賢者、二度目の転生――女性しか魔術を使えない世界だと? ふん、隠しておけば問題なかろう。(作中に飲酒シーンが含まれます、ご注意ください)

鳴海 酒

文字の大きさ
143 / 200
第15章 再びアサルセニア

デビルズ・スタンス(悪魔の立ち位置)

しおりを挟む

「お酒は、女神の作った薬よ」
「ああ、同感だ。霊薬エリクサーとはまさに、酒のことだろう」

「違うわ、比喩じゃない。私が言っているのは、転生の女神の話よ」

 俺はサクラと顔を見合わせる。レイチェルは、隠し持っていた焼酎をぐびりと飲み始めた。
 うむ、酔っ払いは話をややこしくするだけなので、黙って隅で飲んでいてくれ。

「この世界にも、昔はお酒があふれていたわ。でも、今は違う。禁じられているのよ、法律でね」
「法律? 法律ごときで酒飲みを止められるとは思えんがな」
「そうね。私もそう思ってたわ。――ダイヴを知るまでは」
「あのー、お二人とも、その『ダイヴ』って何なんですか? 夢の中に出てきたイングウェイさんも、おんなじこと言ってましたけど」

 俺は眉をひそめる。忌々しいその単語。その言葉を聞いたあと、大抵ひどいことが起きるのだ。

 女魔術師は、白い手を艶めかしく動かして、首筋にあるジャックをサクラに見せた。
「ここにね、プラグを差し込むの。金属製の棒よ。そこから、脳に直接情報を流し込むの」

「そうすると、どうなるんですか?」

 ダイヴとは、精神の堕落だ。人を豚にする一番手っ取り早い方法だ。それは、

 ――そうか、それは、
 酔っ払いじゃないか、まるで。

 魔術師は嘲笑を浮かべた。それは俺にではなく、自分自身に向けてのものだったのだと、今ならわかる。
 彼女もまた、堕落しかけたのだろう。
 魔術をもってしても、抗えなかったのだ。あの快楽に。
 だが。
「だが、別にダイヴで快楽が得られるなら、酒でなくてもいいはずだ。ということは、何かあるんだろう?」
「ええそうよ。忌々しい仮想現実ごときに、酒を超えられるわけはないわ。ダイヴでは喉の渇きが潤せても、喉や胃を溶かすような熱い感覚は得られない。快楽で脳を刺激することはできても、脳を掴んで丸ごと振り回されたような苦痛は再現できない。それになにより、すべて仮想なのよ。何が起きても失敗なんてしない。現実じゃあないの。わかる?」

「もしかして、やらかした時のことか?」
「そうよ! 吐いたり物を壊したり、そんな後悔をすることはできないわ。そんなつまらないことって、ある!?」

 最後のほうはほとんど叫びのような訴えだった。
 酔えない女性の悲痛なる叫び。わかるぞ、その気持ち。
 もうやらない、もう飲まない。それを簡単に破ってしまうのが楽しいのだ。それこそが酒の一番の魅力なのだ。
 それを奪われるということは、――まさに、地獄だった。


「……あのー、それって、やらかさないほうがいいんじゃあないでしょーか? まわりに迷惑ですよー。えーと、いんぐうぇいさーん?」
 サクラの常識的な訴えは、俺達には届かなかった。


 俺たちはこの部屋を去ることにした。
 なぜかだって? わざわざ説明しなくてもわかるだろう。

 ここには酒がない。それだけで、ここを出る理由は十分だ。レイチェルが懐に忍ばせておいた焼酎 (マリアの応急処置用だった)は、餞別代りに女魔術師にくれてやった。
 彼女は飛び上がって喜び、そして部屋の器具と魔法陣を起動させると、紫の靄を作り出した。
 靄に足を踏み入れる前、俺は振り返り、彼女に問うた。
「お前は、来ないのか?」
 彼女は首に手を当てると、悲しそうに言った。
「そうしたいけどね、これがあるし、止めとくわ」

 ヒトにはそれぞれの立ち位置というやつがある。

 この部屋に俺たちが来た意味はあるのだろうか?
 愚問だ。迷ってたどり着く場所に、意味などない。もしあるとすれば、その意味はこれから作られていくのだ。
 チェーホフの言葉は、現実を生きる者には届かない。彼女はまた、彼女の現実を生きるのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。 ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!? 俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。 第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。 「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」 信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。 賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。 様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する! 異世界ざわつき転生譚、ここに開幕! ※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。 ※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

神様から転生スキルとして鑑定能力とリペア能力を授けられた理由

瀬乃一空
ファンタジー
普通の闇バイトだと思って気軽に応募したところ俺は某国の傭兵部隊に入れられた。しかし、ちょっとした俺のミスから呆気なく仲間7人とともに爆死。気が付くと目の前に神様が……。 神様は俺を異世界転生させる代わりに「罪業の柩」なるものを探すよう命じる。鑑定スキルや修復スキル、イケメン、その他を与えられることを条件に取りあえず承諾したものの、どうしたらよいか分からず、転生した途端、途方にくれるエルン。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...