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第15章 再びアサルセニア
デビルズ・スタンス(悪魔の立ち位置)
しおりを挟む「お酒は、女神の作った薬よ」
「ああ、同感だ。霊薬とはまさに、酒のことだろう」
「違うわ、比喩じゃない。私が言っているのは、転生の女神の話よ」
俺はサクラと顔を見合わせる。レイチェルは、隠し持っていた焼酎をぐびりと飲み始めた。
うむ、酔っ払いは話をややこしくするだけなので、黙って隅で飲んでいてくれ。
「この世界にも、昔はお酒があふれていたわ。でも、今は違う。禁じられているのよ、法律でね」
「法律? 法律ごときで酒飲みを止められるとは思えんがな」
「そうね。私もそう思ってたわ。――ダイヴを知るまでは」
「あのー、お二人とも、その『ダイヴ』って何なんですか? 夢の中に出てきたイングウェイさんも、おんなじこと言ってましたけど」
俺は眉をひそめる。忌々しいその単語。その言葉を聞いたあと、大抵ひどいことが起きるのだ。
女魔術師は、白い手を艶めかしく動かして、首筋にある穴をサクラに見せた。
「ここにね、プラグを差し込むの。金属製の棒よ。そこから、脳に直接情報を流し込むの」
「そうすると、どうなるんですか?」
ダイヴとは、精神の堕落だ。人を豚にする一番手っ取り早い方法だ。それは、
――そうか、それは、
酔っ払いじゃないか、まるで。
魔術師は嘲笑を浮かべた。それは俺にではなく、自分自身に向けてのものだったのだと、今ならわかる。
彼女もまた、堕落しかけたのだろう。
魔術をもってしても、抗えなかったのだ。あの快楽に。
だが。
「だが、別にダイヴで快楽が得られるなら、酒でなくてもいいはずだ。ということは、何かあるんだろう?」
「ええそうよ。忌々しい仮想現実ごときに、酒を超えられるわけはないわ。ダイヴでは喉の渇きが潤せても、喉や胃を溶かすような熱い感覚は得られない。快楽で脳を刺激することはできても、脳を掴んで丸ごと振り回されたような苦痛は再現できない。それになにより、すべて仮想なのよ。何が起きても失敗なんてしない。現実じゃあないの。わかる?」
「もしかして、やらかした時のことか?」
「そうよ! 吐いたり物を壊したり、そんな後悔をすることはできないわ。そんなつまらないことって、ある!?」
最後のほうはほとんど叫びのような訴えだった。
酔えない女性の悲痛なる叫び。わかるぞ、その気持ち。
もうやらない、もう飲まない。それを簡単に破ってしまうのが楽しいのだ。それこそが酒の一番の魅力なのだ。
それを奪われるということは、――まさに、地獄だった。
「……あのー、それって、やらかさないほうがいいんじゃあないでしょーか? まわりに迷惑ですよー。えーと、いんぐうぇいさーん?」
サクラの常識的な訴えは、俺達には届かなかった。
俺たちはこの部屋を去ることにした。
なぜかだって? わざわざ説明しなくてもわかるだろう。
ここには酒がない。それだけで、ここを出る理由は十分だ。レイチェルが懐に忍ばせておいた焼酎 (マリアの応急処置用だった)は、餞別代りに女魔術師にくれてやった。
彼女は飛び上がって喜び、そして部屋の器具と魔法陣を起動させると、紫の靄を作り出した。
靄に足を踏み入れる前、俺は振り返り、彼女に問うた。
「お前は、来ないのか?」
彼女は首に手を当てると、悲しそうに言った。
「そうしたいけどね、これがあるし、止めとくわ」
ヒトにはそれぞれの立ち位置というやつがある。
この部屋に俺たちが来た意味はあるのだろうか?
愚問だ。迷ってたどり着く場所に、意味などない。もしあるとすれば、その意味はこれから作られていくのだ。
チェーホフの言葉は、現実を生きる者には届かない。彼女はまた、彼女の現実を生きるのだ。
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