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第二章 きみと恋して

夕陽と向日葵と並んで

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「お疲れ様でした!!」
 あっというの間の県大会だった。夏休みの前半は勉強、宿題なんてそっちのけで部活に打ち込んでいた。でも、それも今日で一段落。中部大会は冬休みだから、それまでは、文化祭に向けて何をやるか、二年と一年で思案しなければならない。
「新入生が入ってきて、今年は二年の笹井と葵さんが途中から入部して、部長として、三年として中部大会まで俺たちがもっていかなきゃなと思ってた。でも……」


 本番が終わり、幕の下りた舞台では慌ただしく撤去作業が行われる。一流には程遠いけれど、他の高校よりは凝ったセットになっていたはず。そのため、片付けも要領良くやらないと時間内に終わらない。舞台監督が中心になり指示を出し、開帳場、それに合わせて繋がれていた平台、開き足が次々と釘を抜かれて搬入口のある下手へ運ばれていく。ずしりと重い開帳場を、なぜだか必ず俺と誰かで運んでいた。四つあるから四回だ。俺をすべてに指名してやらせたのはもちろん、舞台監督の乃木先輩だ。気に触るようなことでもしたのだろうかと考えてしまう。後で、やんわりと話でもしてみよう。さすがに、二の腕がプルプルする。
 片付け終わると、先程までは工事現場にいるかのように、工具の音、人の声で賑わっていたのに、閑散とした広い舞台がもの寂しげに見えてくる。
 表ではキャストたちに対し、一五分の質疑応答の時間として、幕間討論会というものがある。その時の客席の反応も、ものすごくよかった、涙が出ました、高校演劇のこの短い上演時間で見事な構成だった。生徒だけじゃなく、一部の先生たちからの評価もよかった。もちろん、自分たちも満更ではない。中部大会を飛び越えて、来年の全国大会に行けるんじゃないかとまで、思いたくなるくらいの達成感があった。
 そして、結果発表。
「六位、山吹原高校、【明日の恋】」
 ギリギリだった。ここで名前が呼ばれなければ終わりだった。だから、どの高校よりも大声を出して喜びを分かち合った。自信があった分、この順位に満足はできない。満足してはいけない。堤大山高校に絶対勝つという思いと、一位で通過するぞという意気込みもあった。それなのに、ビリけつ。通過できなかった高校を思えばラッキーなのもしれないけれど、悔しさはかなり残っている。
 けれど、マイナスばかりに考えていないで、チャンスを掴めたんだからと、プラスに考えれば六位だって上々だ。



「でも、俺たちというか、これは部員全員の力だと思う。講評委員会では六位七位を八田商業と山吹原とで揉めてたらしい。やっぱ俺たちのやり方見せ方が、古い考えを持つ先生たちにとって、あまり好きじゃないってことだよな? だからといって山吹原の色は変えるつもりもない。このままもっといいものを作っていこう」
「はい!」
 部員全員本田先輩の熱い思いを受けて、力強い返事が自然と揃った。
「で、夏休みが終わったら新部長と新副部長も発表になるから、心しとけよ!」
「はい!」
 部長か、もしサッカー部だったらなりたかったな。でも、演劇部だと俺はまだまだわからないことだらけ、書記すら無理だ。
 まぁ、予想するなら、福居と新座かな? キャストのこともわかるし、裏方のことも大体は把握しているし、このふたりに任せれば、先輩たちの作ってきたものがちゃんと受け継がれていくと思う。
 とりあえず、俺が今ここでできることは、文化祭に向けてどういう作品をつくるのか案を出すこと、足手まといにならないように、演劇についてもっと知識をつけること。あとは、オーディションを通過してキャストになりたい。
「県大会、お疲れ様でした!」
「ロカ男、この後の役者講座いくだろ?」
「うん、もちろん」
「絽薫くん、わたしたちは脚本講座行ってくるね」
「うん、帰りここで待ち合わせだね」
「うん」
「後で」
 よしっ! 役者の勉強してくるぞー! 
 部員として次のステップを踏むために、今できることをしたいと思った。


     ☆         ☆         ☆


 お風呂帰りにコンビニに立ち寄った。一際明るく、暗い夜道を歩いていても安心できる。ガラス張りの壁はフローズンドリンクやアイスクリームのポップが貼ってあり、冷めない夜が見ているだけで癒される。
「お酒、買っちゃう?」
 新座明歩はドリンクショーケース前に来ると、悪びれる様子もなく、無邪気な顔で俺たち三人の方を見た。キョロキョロと顔を見合わせ、誰がその答えを出すのかと探っていた。
「どーする? チャンスじゃない?」
 俺たちに一歩近づき、獲物を狩るときのヒョウのような目つきで、こちらに追い討ちをかける。冷や汗が頬を垂れる。
「そーだな。こーゆーときくらい……」
 福居が痺れを切らし、新座の言うことに乗った。お酒に興味がないはずがない。自分たちに取って自分たちは子どもでもあり、ほぼほぼ大人だと思っているところがある。飲んでみたい! 好奇心がグラスに注がれるビールの泡のように、こんもりとふくらみ、満を持して崩壊し溢れ出す。
「そーだよね、こーゆーときくらい羽目を外して……」
 俺も話に乗った。
「嘘でしたー!」
 百彩ちゃんも含め俺たち三人の意思が固まったのを見て、声をかぶせ戯けた表情でこちらを見た。
「はっ?」 
 三人の声が重なった。そりゃそうだ、ほんの一瞬でも期待してドキドキして、大人になるはずだった。言い出したのは新座なのに、急に何を思って覆したのか、驚きよりも怒りの方が勝りそうだった。
「明歩?」
 百彩ちゃんが首を傾げながら名前を呼んだ。
「もっちゃん、ごめんね。うちはただ試したかったの。この男子ふたりがちゃんと演劇部のこと考えてるか」
 どういうことなのか今のところ理解できていない。
「新座、どう言うことだよ? 試すって。俺らがなんかしたのかよ?」
「チッチッチッ、甘いな福居昇流」
 新座は人差し指を立て左右に三回振った。いつの間に役作りをしたのか、腕を組んで検察にでもなったかのように、俺たち三人の周りをぐるりと周った。
「なんだよ?」
「うちは、ふくすけがダメだって言うのを期待してた。次世代でしょ? 次期部長でしょ?」
 話が急すぎてついていけない。ふくすけが、いや福居が次期部長だったとしても、酒を飲む飲まないなんて関係ある?
「プライベートならいいよ、ホントはダメかもだけど。それがさ、合宿中にお酒を飲んだなんて知れたら、退部どころの騒ぎじゃないよ。停学だって、もしかしたら退学だってありえるし。廃部になるかもしれない。今回の県大会だっていけなくなるかもしれない。先輩たちに……」
 俺たちはドリンクショーケースの方を向いて話している新座を置いて、忍足でジュースとアイスを買ってコンビニを出た。
「あいつ、こういうとこダルいんだよな?」
「そーかも」
「ん~~、こんなことしなくてもみんな大丈夫なのにね」
 中を覗いてみた。まだ気付いていないようで、外から聞こえるかわからないけれど、三人で名前を呼んだ。三回目で何か察したようで、こちらを振り向き店内を四方八方見渡し、恥ずかしそうにジタバタしていた。俺たちはコンビニの袋を見せ、買ってきてと口パクをし、ゆっくり学校へと向かった。溶けるといけないのでアイスを食べながら歩いていると、後ろから慌てた様子の足音ともに、新座の声がした。
「何で先に行っちゃうわけ? 置いてくとか鬼だよね」
「明歩、ごめんね」
「えっ? もっちゃんが悪いわけじゃないよ」
「じゃあ、誰だよ?」
 福居が突っかかるように言った。それと同時に俺たちの鋭い視線が新座を刺す。
「えっ? ……うちが悪かった」
 新座は口をへの字に曲げて、少し不服な表情だった。
「素直でよろしい!!」
「何、その言い方。うちはただ先輩たちがいなくなった先のことを考えて、意識を高めようとしただけで、それに……」
 新座は本当にひとつのことを言うのに長々と話し続ける。冗長と言うわけではないがけれど、聞いているこちらのことも考えてほしい。言いたいことはわかる。でも、お説教のように延々話されたら、楽しい気分だって落ちてしまう。
「明歩、みんなちゃんとわかってるから大丈夫だよ」
 天使だ。葵百彩が、まるで煌めく星たちを纏う天使に見えた。男ふたりは焦ったくて少し苛立ちを募らせていたのに、百彩ちゃんだけは落ち着いていて、穏やかで、和かで、邪心のひとつもないようだった。
「えっ? そ、そーだね。うちも言いすぎたかも」
「明歩はみんなのことが大切なだけだよ」
「いやだ、もっちゃん。そーだけどさ、照れるじゃん。そんなこと言われたら」
 そのまま、百彩ちゃんと新座は前を歩き、俺と福居は後ろを歩いた。
 コンビニから学校までの道、いつも通っているのにこんな時間に歩くと、雰囲気が違って見える。左側、二車線の道路を挟んだ向いにはマンションがある。夕方には学校から帰ってくる学生がいたり、遊んでどろだらけになった子ども、犬の散歩をする人、自動車の音も重なり極めて賑やかだ。今は自動車もまばらで、シーンと静まり返っている。右側は戸建てや単身用のアパートが多い。そこに少し古びた一軒家もあり、いつも縁側で窓を半分開け、お菓子を食べるおばあさんがいる。それも当たり前だけれど、閉まっていて真っ暗だ。
 まるで、モノトーンの風景を見せられているような感覚になる。
「ロカ男、学校着いたらふたりきりにしてやるよ」
「えっ? マジッ?」
「合宿所までだけどな」
「俺が新座を連れていくから、うまくやれよ?」
「う、うん」
 えっ? まさか、ここで告白? 願ってもないチャンスだ。けれど、心の準備ができていない。急に心臓の血液を送り出す音が、耳元まで聞こえてきた。汽車の汽笛が鳴っているかのようだった。蒸気が煙突ではなく鼻から出て、駅まで止まることができない。シュッシュッポッポ、シュッシュッポッポ、今にも全速力で走り出す勢いで、福居の顔を見た。
「バカ、落ち着け」
 両肩を両手でガッチリと掴まれた。前を歩いていた、新座と百彩ちゃんがこちらを見た。
「どーしたの?」
「いや、何でもないよ。なあ? ロカ男」
「えっ? あー、そーだよ。何でもない。行こ」
 首を傾げてふたりはそのまま歩き出した。
「ロカ男、勘違いするなよ。まだ告るとか違うからな」
「えっ? そっか」
 少し焦りすぎた。興奮していた気持ちをなんとか抑えようと、深呼吸をする。
「ちょっとした会話くらいでいいんだよ。夜だし、いつもと違う雰囲気の中で喋れば、女子だって、少しはドキッとするだろ?」
「……そーだよね?」
 危なかった。完全に衝突寸前だった。ここで間違いを犯して、後戻りできなくなったら大変なことになっていた。というか、福居は彼女がいるわけではないのに、どうしてこんなに詳しく女心をわかるのか、少し疑問はある。けれど、ありがたくアドバイスを受け取ろうと思う。それが今できる最善だと思うから。本当にありがとう。なんていい友達だ。
 学校へ戻ってくると、福居は新座に声をかけ、ゆっくりでいいからなと小走りで行ってしまった。
 ふたりきりだ。
 いつもあることだ。 
 別に動揺なんかしていない。
 と、思ってはいるけれど、なんだか落ち着かない。夜に女子とふたりきりなんて、どうしたらいいのかわからない。福居のいつもと違う雰囲気という言葉を思い出した。
 …………。
 余計にダメだ。変な妄想が頭をよぎってしまう。
『なあ、ハニー。こっちこいよ』
『どーしたの? ダーリン』
 腰に手を回して、体のくびれを感じ取れるくらいに体を重ねる。
『ふたりで熱いモノ感じ合おうぜ』
『えっ、やだ何言ってるの? もう。いいよ』
 ……、違う! 絶対これじゃない。いつもと違う雰囲気ってこういうのじゃない。でもしたい! いやいや、違う! もっと先の未来はそうだろうけれど、今は違う! 今の気持ち! 
 百彩ちゃん、好きだ。これだよ! これだけなのに、なんて言葉をかければいのか、一言目が出てこない。一分経ったのか、三分経ったのかわからない。いや、そんなに時間なんて経っていない。まだ、門から少し歩いただけだ。どうしようと焦っていた。
「絽薫くん、どーかした?」
「えっ?」
 そうだ、別に俺から話しかけなくても百彩ちゃんから話しかけてくるのもありだよね? と思いつつ、会話が途切れないようにと頭をフル回転させ言葉を探した。
「気分でも悪くなったの?」
「えっ? 何で? 百彩ちゃんとふたりきりになれたのに、むしろ噴火しそう」
「フフフッ」
 しまった! ポロッとポロポロッと、スマホがポケットから何かの拍子に落下したときのように、不意に本音を言ってしまった。幻滅される、どうしたらいい? 俺のバカ!
「絽薫くんっておもしろいね」
「えっ? 俺? 俺なんて何もおもしろくないよ」
「そんなことないよ。優しいし、いつも一緒にいると和むよ」
「そう?」
「うん」
 何だか照れてしまう、そんな風に言ってもらうと。でも、もう一押しないかな? いや、俺から言うべきか? もしかしたら、それを待っているのかもしれない。だから百彩ちゃんはこんなことを言ったんだと確信した。
「百彩ちゃん、あの、俺」
「んっ?」
 その瞳で真っ直ぐに見られると、緊張して、たった一言が言えなくなってしまう。
「俺……」
「絽薫くんとこんな風に出会えてよかった。初めて会ったときも……あっ、そっそう、学校で……」
 百彩ちゃん照れているのか、少し慌てて喋るところがかわいい。
「俺もよかった。百彩ちゃんと今こーしてここにいれて、一緒に演劇部やって、最高に楽しい」
「わたしも楽しい。絽薫くんといれて」
「百彩ちゃん、俺……」
 今やっと、正式に告白をしようとしていた。意を決して、勇気を振り絞り、それがたった一言で無になった。
「ワァッ‼︎」
「アァァーッ⁉︎」
 どでかい叫び声が、夜の学校に響き渡った。ミステリードラマなら、確実にパトカーが来ている。
 まるで闇に潜む妖怪でも見たかのように、心の中心を長く骨々しい青白い手で鷲掴みされた。恐怖で震えて、自分の流れる時間が止まったのかと思った。
 目の前で福居が手を左右に振る。
「おい、大丈夫か?」
「……えっ?」
 目の前を見ることができない。遠くの方を見ることしかできない。自分でもこの臆病さはどうにかならないものかと、情けなさでいっぱいだ。怪談話を読んだり、ホラー映画をひたすら見たりして、慣れさせようとした時期もあった。でも、結局は怖さには勝てず、途中でなげだした。
 怖いものは怖い、それが現実だ。
「絽薫くん、大丈夫?」
 優しく声をかけられ、右手に肉球のようなマシュマロのような何かが触れていた。ほのかに残るシャンプーの香りと、息づかい、たったそれだけで遠くにいた意識が、透かさず自分の体に戻ってきた。
「だっだいじょうぶ。ごめんね、こんなで」
「ううん、そういう絽薫くんだから好きなんだよ」
 百彩ちゃんは、何事もなかったかのように、空気に溶け込んだかのように、サラッとその言葉を言った。
 三人は唖然となり、言葉を失い百彩ちゃんを見た。
 ————。
「えっ? 百彩ちゃん今、今のって……」
「えっ? 何? 何か変なことでも言った?」
「ううん。もっちゃん、変なことっていうか。言っちゃったよね?」
「んっ? それより早く合宿所行こ。本田部長も無駄に外を出歩くなって言ってたし」
 無邪気な笑顔でそう言った。
「あれっ? もっちゃん、俺の聞き間違いだったんかな?」
 福居の問いに百彩ちゃんは早く行こ~と、新座と先を走っていった。
「福居、お前も聞いたよね? 今の」
「いや、俺は何も聞いてなかった。単なる事故だよ。まあ、そーゆーときもある」
 なっ? と肩を叩き、行くぞの一声で颯爽と合宿所のほうへと走っていった。
 はぁ~と短いため息を吐き、周りを見ると何かゾクゾクとするのもを感じた。夜の学校、下駄箱前、鍵が閉まっていてもちろん誰もいない。それでも、耳をすませば……何か聞こえてきそう。早くみんなのいるとこに行ったほうがよさそうだ。軽く鼻歌を歌いながら、全力で三人の後を追った。


     ☆           ☆          ☆


「あっ、こっちこっち」
 一時間の講習会を終えてロビーの端で待っていた。
「お待たせ」
「うん、どーだった? 脚本講座は?」
「おもしろかったよ。わたしもいつか書けたらなって」
「百彩ちゃんなら書けるよ」
「……うん。そーかな?」
 少し自信がないのか、首を傾けていた。
「そーだよ。来年の大会に間に合わなくたって、文化祭や合同発表会に使ってもらえたらよくない?」
「……うん、そーだね……」
 一瞬だけど、悲しげな表情に見えた。まだ演劇部入って時間は経ってないけれど、百彩ちゃんは頭もいいし、きっと大丈夫だと思った。
「自信持ちなよ。まあ、俺なんかが言ったところでだけど」
「えっ? そんなこないよ。嬉しい」
「よかった」
「そーいえば、福居くんは? 明歩はトイレに行くって、先に行ったんだけど」
「あっ、あのふたりならなんか用事があるとかで先帰ったよ」
 こんな嘘すぐにバレてしまいそう。用事なんてあるわけない、福居が気を遣ってふたりにしてくれたのだ。んっ? 待てよ。前も新座と先に行くって、あったよね? まさか本当は福居が新座とふたりきりになりたかったんじゃないのかと、そんな考えが頭に浮かぶ。
「そっかそうだったんだ。じゃあ、行こ」
「うん」
 ……んっ? 違うな。よく考えろと心が言っているようだった。なぜなら前にもあったことのシチュエーション、場所も時間も全く違うけれど、やっていることは同じだ。周りを探偵の鼻をきかすように見回してみる。……いない。考えすぎかな? とも思ったけれど、念には念をということで、正面出入り口から出るのを避け、左にある非常口から出ることにした。百彩ちゃんには付いてきてとだけ言った。
「絽薫くん、ここ非常口だよ。あっち行かなくていいの?」
「うん。あのね。百彩隊員、今から大事なミッションを遂行する」
「えっ、ミッション? うん、あっ、はい! 絽薫隊長」
 百彩ちゃんの声色が変わった。迷彩服を着こなし、周りに意識を飛ばして、敵の陣地に忍び込んだように、気を張り詰めている。真剣な表情が可愛いすぎる。
「絽薫隊長、しっかり前を見てください。後ろはわたしが」
「ああ、すまない」
 非常口から正面側まで、日陰を誰にも見つからずに通ってきた。まあ、ここから出入りするやつがいないのが事実だ。でも、今からが本番だ。遊歩道にある木陰まで、気づかれないように近づかなければならない。そうしなくちゃ意味がなくなってしまう。百彩ちゃんには人差し指で目標を示して、そのまま口に当てシーッとときが来るまで黙っているように指示をした。
忍足で距離を縮める。まさか後ろから来るなんて思っていないのか、正面出入り口の方ばかり見ていて全くこちらに気づかない。
 込み上げる笑いを堪えて、ふたりで勢いよく声を上げた。
「ワァッ‼︎」
「ヒィッ!」
「ヒャッ!」
 ふたりがゆっくりと後ろを振り向いた。
「学んだ。毎回毎回引っかかってたまるかよ」
 バレてたし~、俺の作戦が~、と呂律の良さがいつもの半分以下に聞こえるくらい肩を落とし、つぶやく福居。対し、ぴえん超えてぱおんと戯けるように軽く頭を下げ、残念がる新座。俺は心の中で大いにガッツポーズを決めていた。けれど、それを悟られないように平静を装う俳優魂、さすがだと思う。まだ、役者したことないけれど、それはご愛嬌。
「まあ、いいんじゃない?」
 軽い口調で優越感たっぷりに言い、余裕をかまして、百彩ちゃんと先を歩き出した。ロカ男に見抜かれた、一生の不覚などとぶつぶつ言いながら、新座に介抱され後ろをゆっくりと歩いていた。逆にディスられているようにも思えたけれど、今日は気分がいいので聞こえなかった振りをしてやろう。
 途中、スーパーの駐車場にひまわりの花壇があり、へこんでいる福居を直立させ、四人で夕陽を浴びながらひまわりと並んで写真を撮った。福居だけが、ひまわりよりも頭ひとつ大きかった。
「福居、お前ってやっぱりでかいな」
「まあ、それほどでも」
 満更でもない様子で笑顔を浮かべ、さっきまでの落ち込みは何だったのかと思わせる。
 茜色に燃えるような夕方、暑さに追い討ちをかける。汗を拭いながら駅までの道をただ歩いた。何気ないこんな時間、みんなの表情は当たり前にあるものだと思っていた。
 
 これからも変わらないものだと思っていた。
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