淫す

Yuki

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人喰いの魔物

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 若手魔術師である十七歳のアレン・アルメストはベッドで妻のイリーナとぐっすり眠った。
 翌日、朝食を食べる前に寝室のドアがノックされ、許可を得て室内に入ってきた執事のビクターが来客を告げた。
 階段を降りると、仲間のウォルター・ヤングブラッドとエミリー・シムネットが装備を身に着けた状態で彼を待っていた。
「朝早くにすまない」
「僕も着替えたほうが良さそうだな。何かあったのか、ウォルター?」
「モンスターを討伐する任務が入った。アレン、俺たちと一緒に来てくれ」
「早朝から呼び出しとは。被害が出ているのか?」
 突然の出動要請に緊急性を問うアレンへ、エミリーが説明する。
「狒狒に村人が喰われたの」
「そうか。どこの集落だ?」
「帝都から西に飛行魔法で二時間。ダルメダという地域よ」
「遠いな。狒狒が出現したのなら一刻を争うだろう。すぐに準備する」
 アレンは再び階段を昇って、今度は道具部屋へと入った。防御魔法が編み込まれたローブと、魔法の杖を選ぶ。手ごわい狒狒が相手なので、魔法剣も手に取り、急いで支度した。
 他にも、儀式用の魔石や魔導書、薬草などを一揃いベルトポーチに詰めてから仲間と合流する。
「待たせた。行こう」
 外に出た三人は各々が持つ魔法の杖に跨ると、それに飛行魔法をかけて浮遊し、アルメスト邸を飛び発った。

 昇り始めた太陽を背にして、一行は速度を上げる。追い風に乗って、渡り鳥の群れを頭上から抜き去った。アレンは最後尾を飛びながら、携行した干し肉を手に持ち、そこに極小の火炎魔法を当てて炙り、噛み締める。戦闘前の補給は大切だ。体力は魔力にも直結するため、腹拵えはできるだけ済ませておくことにしている。
「見えてきたぞ」先頭のウォルターがいった。
 ダルメダに現着したアレンたちは集落の中心部に着陸して杖から降り立った。
 村の惨状に三人の魔術師は暫しの沈黙を強いられた。
 至る所で血が流れている。しかし死体は一目では見つからない。木造りの村家は、ほとんどが全壊していた。まるで巨大な何かの下敷きになったかのように屋根が押し潰されている。折れた柱から、血が染み出していた。
 しかし呻き声は聞こえない。
「ああ……、駄目だわ。誰も、生きてはいない」杖を差し上げて探知魔法を展開したエミリーが悲しげに報告した。
「狒狒の気配は感知できるか? 他の人里を襲われたら駄目だ。俺たちで一刻も早く退治する」
「今、捜索範囲を広げるわ。ちょっと待って……、見つけた!」
 エミリーが先導してメンバーが飛んで行くと、標的のモンスターと接敵した。村を抜けた先の山嶺に、家屋を凌ぐ巨獣がいた。猿の体躯を鐘楼の高さまで引き伸ばしたかのような姿で、極彩色の体毛が光沢を帯びている。
 狒狒。
 人喰いの魔物は、アレンたちの存在に気がつくと、大蛇の如き尻尾で高木を薙ぎ倒し、咆哮を上げた。
「倒すぞ!」ウォルターが号令によって三人が散開する。
 狒狒を取り囲んで、全員が「雷霆万鈞」と詠唱した。
 魔法の杖の先が煌々と光り、激しい雷が一斉に放たれた。大出力の雷撃で魔物の頭部を撃ち抜き、脳を焼き切って即死させるつもりだった。
 しかし、彼らが仕掛けた常套の連携攻撃は、相手に直撃しなかった。
「え、嘘でしょ……」
「魔法障壁で防ぎやがった……! 使える個体なのか!?」
「エミリー、避けろ!」
 アレンが叫びながら牽制のために撃った光弾を、一瞥せずに防御魔法を張り替えて遮断し、エミリーを睨めつける狒狒が大口を開けていた。
 魔力の高まりを感知した彼女は握り締めた杖を発進させて急上昇し、攻撃を回避する。

 ーーーーヒヒヒヒ。

 仲間の無事を確認したアレンは眼前の光景に瞠目する。飛び上がったエミリーの真下に広がっていた山林が、焼け野原と化していた。
 魔力を操る怪物が放射した獄炎で、一帯が灰燼と成したのだ。
 即座に上昇しなければ、肉体が灰になって死亡していたエミリー。
「あ……、この威力。とても防ぎ切れないわ」
「俺たちだけでは敵わない。このまま戦えば全滅だ。至急撤退!」
 一斉に逃げ散りながらウォルターは一度だけ振り返った。身の毛がよだつ強烈な殺気。死神の囁きが聞こえて、全速力で空を駆けながら背後を顧みる。
 巨大な狒狒は襲撃者に肉薄していた。岩のような拳が、小さな人間の鼻先に突き出された。
 小隊のリーダーは、怪物に殴りつけられて墜落した。残されたアレンとエミリーは、仲間の脱落に気がついていたが、彼の救出を放棄して逃走を続けた。絶望的だったし、二人とも死の影から抜け出すことに忙殺されていた。
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