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1 背中で見る夢欠片~佐々木聡の夢~
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小さなチャンスが五年かけてもう一度巡ってきた。
五年前――
製品設計の組織から完全に外されたとき、会社を辞めることを考えながら踏み切れなかったのは、佐々木聡(ささきさとし)の自信のなさが原因だった。
ニッチな需要で生き残ってきた会社の製品設計技術はあまりにもマニアックで汎用性に乏しかった。秘密保持契約に縛られた状態でどこに転職できるのか、何が問題なく他の会社で生かせる技術の範囲なのか、聡にはわからなかったのだ。
配置転換で命じられた職場は部品と原材料の入出荷だった。
配置転換から五年、聡が出荷を終えると、部長の中野(なかの)が立っていた。入社は聡より四年後の後輩だ。
上司は皆、聡の年下だ。出世コースを外れると、全員会社を辞めて行った。しかし、聡は会社にしがみつき再復帰という儚い夢とともに生きていた。
『会社組織にしがみつく老害』、『会社の新陳対処の阻害物』――会社で働くのが悪人のように言われるようになって、どれほどたつだろうか?
それでも。聡は反論はせずに黙々と会社に従い、夢を見続ける。
「佐々木さん、話があります」
聡は嫌な予感がした。五年前、当時の上司だった依田(よだ)課長に同じように呼ばれた。その結果、設計から外され転属になったからだ。
「え?」
「だから、設計支援業務へ転属です」
中野は二回目を繰り返した。聡が希望して止まない部署だった。
「確認してないですよ!」
間違いを指摘する班長の声音は厳しかった。実践を離れている間に、システムは進化していた。設計の基本はわかっていても、設計用キャドの使い方で聡は壁にぶち当たっていた。
他人の設計図面の細かい修正を指示に従って行う。設計するそのものではない。それでも。設計から遠ざかっていた聡は嬉しかった。
製図の線を引く喜び、自分のやりたい仕事の末端を再び手繰り寄せたのだ。
ここで、振り落とされたくない、聡は必死だった。老いて柔軟性がない脳は思うように覚えてはくれない。ふりかかる自己嫌悪と戦いながら、くらいついていく。
それは夢だった。設計した製品が商品になっていくのが当たり前だった時代に培った「勘」が戻ってくるたびに、からだがゾクゾクした。
三か月がたったある日。
「佐々木さん、話があります」
中野部長に再び呼ばれた。
「え?」
「転勤命令です 商品の出荷が次の仕事の内容です」
「なんで……?」
聡は呆然となった。三か月、ようやく業務に慣れてきたところだった。中野部長が目を逸らす。自分の身を守らねばならないのは、サラリーマンの宿命だ。会社は聡を『再び』見切ったのだ。部長の中野は聡の耐えてきた期間を知っている。しかし、下手に同情すれば自分の身を守れなくなる。
命令から二か月後。転勤した聡の新しい日常が始まっていた。
「いつになったら覚えるんだ?」
二カ月前に必死で覚えたことは一切役に立たない。ゼロから覚えることは外国語のように頭をすり抜けた。怒鳴られる日々が続く。怒鳴られながら、二十年前、聡が設計した商品を出荷した。
「僕の設計した製品がまだ売れている」
束の間、笑みが小さくこぼれた。
社内ではリストラと同意義語を意味する二度目の配置転換。それをも受け入れ、覚えの悪くなった頭にゼロから覚えようとしても。
砂がサラサラこぼれ落ちるように言葉が抜けていく。
終身雇用、年功序列はとうに崩壊した。定年直前、聡はリストラ社員としてパズルのピースのように配属転換を繰り返し命じられるだけの存在なのだ。
一瞬、取り戻したかにみえた小さな夢は砕け、粉々になって霧散した。
それでも、聡は生きている。目の前の仕事をこなしながら、背中が砕けた夢の破片をみつけようともがいている。生きているから。
「どうせ、いつか死ぬんだから、今は生きるんだ」
視線のない背中で探し続ける、夢の破片――
砕けた夢の欠片が無数、舞っている。夢の結晶はそのほんのひと握り。
(おわり)
五年前――
製品設計の組織から完全に外されたとき、会社を辞めることを考えながら踏み切れなかったのは、佐々木聡(ささきさとし)の自信のなさが原因だった。
ニッチな需要で生き残ってきた会社の製品設計技術はあまりにもマニアックで汎用性に乏しかった。秘密保持契約に縛られた状態でどこに転職できるのか、何が問題なく他の会社で生かせる技術の範囲なのか、聡にはわからなかったのだ。
配置転換で命じられた職場は部品と原材料の入出荷だった。
配置転換から五年、聡が出荷を終えると、部長の中野(なかの)が立っていた。入社は聡より四年後の後輩だ。
上司は皆、聡の年下だ。出世コースを外れると、全員会社を辞めて行った。しかし、聡は会社にしがみつき再復帰という儚い夢とともに生きていた。
『会社組織にしがみつく老害』、『会社の新陳対処の阻害物』――会社で働くのが悪人のように言われるようになって、どれほどたつだろうか?
それでも。聡は反論はせずに黙々と会社に従い、夢を見続ける。
「佐々木さん、話があります」
聡は嫌な予感がした。五年前、当時の上司だった依田(よだ)課長に同じように呼ばれた。その結果、設計から外され転属になったからだ。
「え?」
「だから、設計支援業務へ転属です」
中野は二回目を繰り返した。聡が希望して止まない部署だった。
「確認してないですよ!」
間違いを指摘する班長の声音は厳しかった。実践を離れている間に、システムは進化していた。設計の基本はわかっていても、設計用キャドの使い方で聡は壁にぶち当たっていた。
他人の設計図面の細かい修正を指示に従って行う。設計するそのものではない。それでも。設計から遠ざかっていた聡は嬉しかった。
製図の線を引く喜び、自分のやりたい仕事の末端を再び手繰り寄せたのだ。
ここで、振り落とされたくない、聡は必死だった。老いて柔軟性がない脳は思うように覚えてはくれない。ふりかかる自己嫌悪と戦いながら、くらいついていく。
それは夢だった。設計した製品が商品になっていくのが当たり前だった時代に培った「勘」が戻ってくるたびに、からだがゾクゾクした。
三か月がたったある日。
「佐々木さん、話があります」
中野部長に再び呼ばれた。
「え?」
「転勤命令です 商品の出荷が次の仕事の内容です」
「なんで……?」
聡は呆然となった。三か月、ようやく業務に慣れてきたところだった。中野部長が目を逸らす。自分の身を守らねばならないのは、サラリーマンの宿命だ。会社は聡を『再び』見切ったのだ。部長の中野は聡の耐えてきた期間を知っている。しかし、下手に同情すれば自分の身を守れなくなる。
命令から二か月後。転勤した聡の新しい日常が始まっていた。
「いつになったら覚えるんだ?」
二カ月前に必死で覚えたことは一切役に立たない。ゼロから覚えることは外国語のように頭をすり抜けた。怒鳴られる日々が続く。怒鳴られながら、二十年前、聡が設計した商品を出荷した。
「僕の設計した製品がまだ売れている」
束の間、笑みが小さくこぼれた。
社内ではリストラと同意義語を意味する二度目の配置転換。それをも受け入れ、覚えの悪くなった頭にゼロから覚えようとしても。
砂がサラサラこぼれ落ちるように言葉が抜けていく。
終身雇用、年功序列はとうに崩壊した。定年直前、聡はリストラ社員としてパズルのピースのように配属転換を繰り返し命じられるだけの存在なのだ。
一瞬、取り戻したかにみえた小さな夢は砕け、粉々になって霧散した。
それでも、聡は生きている。目の前の仕事をこなしながら、背中が砕けた夢の破片をみつけようともがいている。生きているから。
「どうせ、いつか死ぬんだから、今は生きるんだ」
視線のない背中で探し続ける、夢の破片――
砕けた夢の欠片が無数、舞っている。夢の結晶はそのほんのひと握り。
(おわり)
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