【R15】汚気に堕ちていく

ぽんたしろお

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前編

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 人間と異き物いきものが、同じ生活空間を共有している当たりまえの光景が広がっている。ただし、恋愛が絡む時はもれなく問題が発生する、知っての通り、な。

 人間との愛をとるならば、魔力を消失しなければならぬ。それでも愛を取るのか?
 愛をとります!
 ――愚かで大好きだよ、魔莉音《まりね》……


  「待っていてくれるって信じているから」
 魔莉音は固い決意を秘めた力強い眼差しを、和馬に向けた。
「待っている」
 和馬も躊躇なく答える。一千夜、会えない。試練を越えてようやく共に生きることが許される。
 和馬と魔莉音は、長い口づけを交わし離れた。
 魔力を消す幽閉期間として一千夜を課す――汚気《おぎ》に言い渡され、魔莉音は収監に応じる。一千夜は長い。が、魔莉音の魔力が強力ゆえの必要な期間なのだ。
 魔莉音が収監部屋に向かって歩いていく。収監部屋は汚気の支配する影の空間領域下にある。汚気の許可がないと面会もかなわない場所だ。
 一千夜、確認しあうことを許されない中、愛を問われ続ける。
 魔莉音はやり抜く覚悟もあったし自信もあった。だって和馬を愛しているのだから。
 収監部屋を目指し歩き出した魔莉音の背中を見つめながら、和馬は頭を抱え込んでその場に崩れた。
 魔莉音に助けを求めようとしたが、和馬の声は出なかった。和馬の様子に気が付くことなく、振り返ることもなく、魔莉音は汚気の元へ進んでいった
 和馬の頭から魔莉音を追いかけて何かが抜けていく感覚があった。和馬の頭からパリパリと剝がれていく、その感覚は吐き気を気持ちの悪さを伴っていた。
 魔莉音の姿が見えなくなった時、和馬は剥がれていく感覚から解放され、フラフラと立ち上がった。気持ち悪さはすっとひいて消えた。
「これは何だ?」
 物陰で和馬をずっと注視していた陽菜が姿を現した。
「お帰り、和馬」
「お帰り?」
「魔莉音の魔力の支配が消えたんだよ」
「え……、そんなこと――」
 魔莉音が支配しているなど馬鹿なことを言うな、と陽菜に反論しようとして、和馬は黙り込んだ。馬鹿なこと? 愛してる? 魔莉音を……?

 
 魔莉音を収監部屋へ導きつつ、和馬の様子を見やりながら、人は脆いものだなと汚気は心の中で嘲笑した。
 魔女である魔莉音はどれだけ耐えるだろうか。簡単に陥落するのはつまらない、長ければ長いほどいい、と汚気は心を躍らせた。
「堕ちた時の美味しさが違うからな」
 

 
 魔莉音は目をゆっくり開けた。狭い収監部屋で時間の感覚は消失し、浅い眠りと覚醒を延々と繰り返していた。
「和馬《かずま》……」
 魔力と同時に命が削れていく。人間になるということは、寿命も短くなるということなのだ。魔莉音は和馬を想う。ひたすら想う。和馬といっしょになるためならば、耐えられる。
 「和馬が来たぞ」
 かろうじて人型といえるゴツゴツとした岩石のような体格の汚気が、収監部屋の中で虚ろな表情でぐったりと横たわっている魔莉音に声をかけた。
 魔莉音の華奢な肩が小さく動き、彼女は上体を起こした。和馬が? 和馬が会いに来てくれた? 収監から三百夜が経過していた。魔莉音は疲れた顔をなんとか笑顔に変えてみた。
 魔力が減り人間側に落ちていくにつれ、時間が魔莉音をむしばんでいた。収監当時のはねるような肌の艶は三百夜の間に消えていた。それでも和馬と結婚したかった、その代償であるならば受け入れる。

 「和馬……」
 会いにきてくれた恋人に向けた笑顔が、凍り付いた。和馬の後ろに隠れていた陽菜《ひな》が顔をひょいと出したのだ。
「お久しぶりね」
 陽菜の張り付いた笑顔は、魔莉音の心をザラザラと逆立てた。魔莉音は和馬に疑問を投げかける。しかし和馬は魔莉音から視線を外した。
「なぜ陽菜を入れたの?」
 魔莉音は汚気に食ってかかった。汚気は肩をすくめたが答える様子はみせない。魔莉音と汚気のやり取りを、陽菜は面白そうに見た。
「和馬のために魔力を削っているそうね?」
 汚気の気配が消えた。三人を残して部屋の外に出たのだ。陽菜は続ける。
「幼馴染みの和馬と幸せになるはずだった」
 陽菜が魔莉音になおも言葉をぶつける。
「高校は違っても何も心配していなかった。でもあなたに盗まれた」
 陽菜は和馬を奪われた過去を思い返す――


 幼なじみの和馬と陽菜は、互いを意識している両想いだった。進学先の学校が違うからといって、崩れ去るような仲ではない、と信じていたのだ。
 高校に入学して迎えたゴールデン・ウイークに、初めてのキスをした。信じていたから。
 なのに、二人の間は次第にギクシャクしていった。
 
 高校二年の二学期が始まり秋が深まってきたあの日、魔莉音が校門で待ち伏せして、陽菜に声をかけてきたのだ。
「和馬はあなたの所有物ではない」
 いきなりの言葉。呆然とする陽菜に挑戦状をたたきつけて、魔莉音は去っていった。

 魔莉音って何者? 調べるほどのことでもなかった。和馬のクラスメイトで、そして人間ではなく魔女だった。
 魔莉音が魔女だと聞いて陽菜は、腑に落ちた。魔莉音は魔力で和馬の心を惑わせたのだ、そうでなければ和馬が陽菜を捨てるなど、あり得ないことだから。
「あなたは魔力で操られているだけよ」
 何度和馬に訴えただろうか? 自覚がない和馬は陽菜の話をひたすら否定するだけだった。
「そんなことはない、魔莉音を愛してる」
 和馬が陽菜に対して心を閉じてしまった。忸怩たる気持ちになりながら、しかし陽菜は諦めようとは思わなかった。幼いころからいっしょにいた、ずっといっしょにいるはずだった。否、いっしょにいなければならない二人なのだから。
 魔莉音から取り戻すと、陽菜は決意したのだった。
 辛い三年間だった。魔莉音と和馬がいっしょに行動するのを遠くから見つめて耐えなけらばならないのは屈辱であった。
 
 ついにチャンスが巡ってきた。ここまで陽菜が耐えたかいがあったというものだ。
 魔莉音は和馬との愛を誓うために魔女をやめる、と言い出した。魔力を消失して人間になって和馬と添い遂げる、と魔莉音はぬかしたのだ。魔莉音の魔力は大きくて、消失するのに、一千夜が必要なのだという。
 その一千夜の間が、和馬を取り戻すチャンスだ。
 
 
(つづく)
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