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後編
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収監部屋に入って三百夜を越え、和馬を見た魔莉音は叫んだ。
「陽菜は黙って! 私は和馬と話したい」
再び、和馬が魔莉音に顔を向けた。好意のかけらもない視線だった。
「君の魔力に騙されていたんだな」
和馬の声は魔莉音の気持ちを凍らせるに十分だった。
「魔力を使うのは卑怯だ!」
「卑怯って……。だって、私は魔女だから! 卑怯って言われても、魔女だったんだから!」
魔法使いも人間も、区別なく共同生活を送っている。たまたま、和馬と同じ高校に入学し、魔莉音は和馬を意識し始めた、それだけのことだった。魔女であることは和馬も承知していたことだ。
振り向いて欲しい、そう願うと同時に無自覚に魔力を行使していた。魔莉音に魔力をコントロールする能力はない、それを卑怯だと言われても。好きになることが卑怯だと言われても!
「僕には陽菜だけだ、今も昔もこれからも」
和馬が絞り出すように言うと、陽菜が和馬の握りこぶしをそっと両手で包んだ。魔莉音に見えるように。
「私を捨てる、と?」
すでに、魔莉音は湧き上がる怒りを抑えようとはしなかった。身体の中に残っていた魔力が覚醒していく。
「あなたといっしょになるために、魔力を削ぐ苦しみを選んだ。その結果がこれなの?」
魔莉音の目からボロリと黒い涙が一粒、こぼれて落ちた。
「ここから消えて!」
叫ぶと同時に、魔莉音の魔力の残り火が再発現した。その力は「魔力」ではなく変質した影の力であった。
影の力を発動した魔莉音は、和馬と陽菜を目の前からかき消した。
涙とともにグズグズと魔莉音の右半分が実体を失いつつあった。
「壊れていく……、どうでもいい」
崩壊する魔莉音は、気が遠のく中で抱きかかえられる感覚に残っている左目を向けた。
「汚気《おぎ》、どこへ?」
「堕ちてくるのを待っていたぞ、魔莉音……」
陽菜が気が付いて上半身を起こした。和馬の部屋だ。陽菜の横に和馬が倒れている。
咄嗟に和馬の口元に耳を寄せ、息があるのを確認する。
「和馬……」
陽菜は意識のない和馬の唇に己のそれをそっと合わせた。ぼんやりしていた記憶が戻ってくる。
魔莉音の怒りが暴発して、収監部屋から二人はふき飛ばされたのだ。
魔莉音が和馬を奪い返しにこないだろうか? 魔莉音は力を取り戻した。このまま黙って引き下がる、とは思えない。
「でも、あたしと和馬を二度と引き裂く真似は、許さない」
陽菜が、ギリリと歯をくいしばった。
和馬が気が付いた。魔力に支配された感情から脱出したことがわかった。
「悪夢から脱出した、のかな?」
上体を起こした和馬が陽菜を抱きよせた。
「すまなかった……」
言いながら和馬は陽菜の唇を塞いだ。和馬のキスを受け入れながら陽菜は思う。結局、魔莉音は魔力に頼ってるだけの女なのだ。
汚気は、影の支配する空間領域の中に魔莉音を抱いた状態で降り立った。魔莉音の右半分が実体を失いつつあって、グズグズと揺れている。
汚気は、左手で魔莉音の頭を撫でながら宣言した。
「パーティーを始めよう」
汚気の左手には底なしの黒い穴が開いている。魔莉音の頭を撫でていた、その左手を魔莉音の右目があった部分にかざした。
魔莉音の右目の穴から、黒い醜気が汚気の左手にズルズルと吸い取られていく。
「美味い……」
汚気が感嘆する。
愛を信じて裏切られた、その気持ちが純粋であればあるほど、堕ちた憎悪という感情は影の力となり、汚気の極上の栄養になる。
魔莉音から生まれる醜い感情を、汚気はずっとずっと待っていた。魔莉音が透明だった頃から、ずっと待っていたのだ。
汚気に醜悪な感情を啜り取られて、魔莉音は気持ちが軽くなった。
「感謝すべき?」
魔莉音が汚気にとがめるような口ぶりで尋ねた。汚気がゲタゲタと笑い出した。
「何を言ってるんだ。感謝するのは俺だろうよ。また極上の憎悪を食わせてくれよ」
あの二人を憎めば憎むほど、汚気が喜ぶのだという、その言葉に魔莉音は小さく眉をしかめた。もしかして汚気は回りくどく魔莉音を慰めてるのではないか? しかし、疑問が頭をかすめた瞬間、汚気が声をかぶせてきた。
「お前が憎み、俺が食らう。ギブアンドテイク、それだけだ」
グズグズと揺れる右半身を揺らしながら、魔莉音は魔女にも戻れず、人間にもなれない状態になったことを自覚した。
和馬と陽菜に対する憎悪を募らせては影の力を汚気に啜られる――汚気に抱かれながら、魔莉音は堕ちていく感情に身を任せることにした。
「パーティのご馳走は、すぐに用意できると思うわ」
(おわり)
「陽菜は黙って! 私は和馬と話したい」
再び、和馬が魔莉音に顔を向けた。好意のかけらもない視線だった。
「君の魔力に騙されていたんだな」
和馬の声は魔莉音の気持ちを凍らせるに十分だった。
「魔力を使うのは卑怯だ!」
「卑怯って……。だって、私は魔女だから! 卑怯って言われても、魔女だったんだから!」
魔法使いも人間も、区別なく共同生活を送っている。たまたま、和馬と同じ高校に入学し、魔莉音は和馬を意識し始めた、それだけのことだった。魔女であることは和馬も承知していたことだ。
振り向いて欲しい、そう願うと同時に無自覚に魔力を行使していた。魔莉音に魔力をコントロールする能力はない、それを卑怯だと言われても。好きになることが卑怯だと言われても!
「僕には陽菜だけだ、今も昔もこれからも」
和馬が絞り出すように言うと、陽菜が和馬の握りこぶしをそっと両手で包んだ。魔莉音に見えるように。
「私を捨てる、と?」
すでに、魔莉音は湧き上がる怒りを抑えようとはしなかった。身体の中に残っていた魔力が覚醒していく。
「あなたといっしょになるために、魔力を削ぐ苦しみを選んだ。その結果がこれなの?」
魔莉音の目からボロリと黒い涙が一粒、こぼれて落ちた。
「ここから消えて!」
叫ぶと同時に、魔莉音の魔力の残り火が再発現した。その力は「魔力」ではなく変質した影の力であった。
影の力を発動した魔莉音は、和馬と陽菜を目の前からかき消した。
涙とともにグズグズと魔莉音の右半分が実体を失いつつあった。
「壊れていく……、どうでもいい」
崩壊する魔莉音は、気が遠のく中で抱きかかえられる感覚に残っている左目を向けた。
「汚気《おぎ》、どこへ?」
「堕ちてくるのを待っていたぞ、魔莉音……」
陽菜が気が付いて上半身を起こした。和馬の部屋だ。陽菜の横に和馬が倒れている。
咄嗟に和馬の口元に耳を寄せ、息があるのを確認する。
「和馬……」
陽菜は意識のない和馬の唇に己のそれをそっと合わせた。ぼんやりしていた記憶が戻ってくる。
魔莉音の怒りが暴発して、収監部屋から二人はふき飛ばされたのだ。
魔莉音が和馬を奪い返しにこないだろうか? 魔莉音は力を取り戻した。このまま黙って引き下がる、とは思えない。
「でも、あたしと和馬を二度と引き裂く真似は、許さない」
陽菜が、ギリリと歯をくいしばった。
和馬が気が付いた。魔力に支配された感情から脱出したことがわかった。
「悪夢から脱出した、のかな?」
上体を起こした和馬が陽菜を抱きよせた。
「すまなかった……」
言いながら和馬は陽菜の唇を塞いだ。和馬のキスを受け入れながら陽菜は思う。結局、魔莉音は魔力に頼ってるだけの女なのだ。
汚気は、影の支配する空間領域の中に魔莉音を抱いた状態で降り立った。魔莉音の右半分が実体を失いつつあって、グズグズと揺れている。
汚気は、左手で魔莉音の頭を撫でながら宣言した。
「パーティーを始めよう」
汚気の左手には底なしの黒い穴が開いている。魔莉音の頭を撫でていた、その左手を魔莉音の右目があった部分にかざした。
魔莉音の右目の穴から、黒い醜気が汚気の左手にズルズルと吸い取られていく。
「美味い……」
汚気が感嘆する。
愛を信じて裏切られた、その気持ちが純粋であればあるほど、堕ちた憎悪という感情は影の力となり、汚気の極上の栄養になる。
魔莉音から生まれる醜い感情を、汚気はずっとずっと待っていた。魔莉音が透明だった頃から、ずっと待っていたのだ。
汚気に醜悪な感情を啜り取られて、魔莉音は気持ちが軽くなった。
「感謝すべき?」
魔莉音が汚気にとがめるような口ぶりで尋ねた。汚気がゲタゲタと笑い出した。
「何を言ってるんだ。感謝するのは俺だろうよ。また極上の憎悪を食わせてくれよ」
あの二人を憎めば憎むほど、汚気が喜ぶのだという、その言葉に魔莉音は小さく眉をしかめた。もしかして汚気は回りくどく魔莉音を慰めてるのではないか? しかし、疑問が頭をかすめた瞬間、汚気が声をかぶせてきた。
「お前が憎み、俺が食らう。ギブアンドテイク、それだけだ」
グズグズと揺れる右半身を揺らしながら、魔莉音は魔女にも戻れず、人間にもなれない状態になったことを自覚した。
和馬と陽菜に対する憎悪を募らせては影の力を汚気に啜られる――汚気に抱かれながら、魔莉音は堕ちていく感情に身を任せることにした。
「パーティのご馳走は、すぐに用意できると思うわ」
(おわり)
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