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結婚届けにした理由
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海斗(かいと)と美里(みさと)は結婚することを決意して、その宝石店に入って行ったところだった。
「結婚指輪、どれか気になる?」
海斗が美里に尋ねた。美里が陳列棚を指さした。店員が神妙に「値札」を表示した。高価な寿命取引きの品ゆえ、値段は常時表示設定されないのが慣例だ。
「えっ!……ペアで一日、一日寿命!?」
「割り勘にしても、いっしょの時間が半日短くなったってこと?」
しばし絶句する二人を、店員が見守っていた。結局、二人は気に入ったその結婚指輪を購入する決意を固めることはできなかった。
「これから、結婚式場の説明聞くんだよね……」
喫茶店でアイスコーヒーを飲みながら、美里がげっそりした声を出した。指輪で0.5日寿命だとすると、一連の結婚行事を積み重ねたら、寿命何日分を請求されるのだろうか?
「今まで大きな寿命使ったことないから、貯寿命はあるし……」
海斗は美里を元気づけるつもりで言ってみたが、説得力を伴っていないことを痛感する。大きな寿命を支払う為の下見という認識を前に二人の高揚感は急速に失われていた。
アイスコーヒー二人分0.1秒寿命を「割り勘」で支払って喫茶店を出た。
結婚を決めた時、二人で約束したのだ。寿命をおごることはしない。それは二人の結婚生活を長くするために必要なことだったから。
「今まで、寿命を軽く扱い過ぎていたんだね」
美里が呟く。
若い二人である、寿命が一秒短くなることを今まで大きな問題とは思わないで生きてきた。しかし。愛する人との時間を売って何かを購入する行為について二人は今更ながら考えを新たにしていた。
「結婚式の下見、キャンセルしよう?」
美里が半分泣き出しそうな顔で海斗に訴えた。見積もりが出た段階で美里は自分が怖気づくことに怯え始めていたのだ。
結婚指輪以上の寿命を請求されるのは、見積もらなくてもわかる。美里は更に泣きそうになりながら続けた。
「結婚式にご祝儀いらないって言っても、招待した人、ご祝儀くれちゃうよね?」
「俺たちだって、今までご祝儀を何度か出しているしなぁ……」
「出す時はあまり気にしていなかった。いや、友達を祝福するのに何のためらいもなかった。でもいざ招待する側になったら。招待するのって寿命差し出せって要求していることになるんだよね」
「だって、それがこの世の中だから……」
一応言ってみたものの海斗も、美里と同じ気持ちに陥っていた。
海斗は今日の下見は無理だと美里に同意する。下見のキャンセルの旨を告げると、結婚式場の担当の佐々木さんは言った。
「見越しておりました。一回はキャンセルされるカップル様が多いので。もし、お気持ちに変化がありましたら、ご連絡を心からお待ちしております」
海斗の電話に美里も顔を近づけてきいていた。電話がきれると、二人は顔を見合わせた。
「想定済みだったかぁ」
「同じこと考える人が多いんだね」
二人は結婚行事という大きな支払いを目の前にして寿命経済を真正面から考えることを突き付けられた思いを抱いたのだ。
次の週末。
美里は海斗の部屋にいた。二人で過ごす時間は独り暮らしの海斗の部屋の方が居心地がいい。美里が部屋に入って、しばらく無言の時間が過ぎていた。
やがて。
「結婚式しなくてもいいんじゃないかなって思うんだ」
小さなテーブルの横にペタンと座り、マグカップのお茶を揺らしながらポツリ、と美里が言う。
「結婚届け出すだけなら、寿命の支払いいらないもの」
美里が窓の夕焼けを見つめて背中を向けている海斗に語り掛ける。
「一分だって、一秒だって、あなたとの時間を短くしたくない」
美里は海斗の背中に抱きついた。
「愛している」
海斗が美里に向き直る。
「僕も愛している」
夕日が赤く部屋を染めあげた。二人の唇がゆっくり重なっていく――。
二人は結婚届けを出した。それ以上は必要ない、共にいられる時間を一秒でも長くしたかった。
(おわり)
「結婚指輪、どれか気になる?」
海斗が美里に尋ねた。美里が陳列棚を指さした。店員が神妙に「値札」を表示した。高価な寿命取引きの品ゆえ、値段は常時表示設定されないのが慣例だ。
「えっ!……ペアで一日、一日寿命!?」
「割り勘にしても、いっしょの時間が半日短くなったってこと?」
しばし絶句する二人を、店員が見守っていた。結局、二人は気に入ったその結婚指輪を購入する決意を固めることはできなかった。
「これから、結婚式場の説明聞くんだよね……」
喫茶店でアイスコーヒーを飲みながら、美里がげっそりした声を出した。指輪で0.5日寿命だとすると、一連の結婚行事を積み重ねたら、寿命何日分を請求されるのだろうか?
「今まで大きな寿命使ったことないから、貯寿命はあるし……」
海斗は美里を元気づけるつもりで言ってみたが、説得力を伴っていないことを痛感する。大きな寿命を支払う為の下見という認識を前に二人の高揚感は急速に失われていた。
アイスコーヒー二人分0.1秒寿命を「割り勘」で支払って喫茶店を出た。
結婚を決めた時、二人で約束したのだ。寿命をおごることはしない。それは二人の結婚生活を長くするために必要なことだったから。
「今まで、寿命を軽く扱い過ぎていたんだね」
美里が呟く。
若い二人である、寿命が一秒短くなることを今まで大きな問題とは思わないで生きてきた。しかし。愛する人との時間を売って何かを購入する行為について二人は今更ながら考えを新たにしていた。
「結婚式の下見、キャンセルしよう?」
美里が半分泣き出しそうな顔で海斗に訴えた。見積もりが出た段階で美里は自分が怖気づくことに怯え始めていたのだ。
結婚指輪以上の寿命を請求されるのは、見積もらなくてもわかる。美里は更に泣きそうになりながら続けた。
「結婚式にご祝儀いらないって言っても、招待した人、ご祝儀くれちゃうよね?」
「俺たちだって、今までご祝儀を何度か出しているしなぁ……」
「出す時はあまり気にしていなかった。いや、友達を祝福するのに何のためらいもなかった。でもいざ招待する側になったら。招待するのって寿命差し出せって要求していることになるんだよね」
「だって、それがこの世の中だから……」
一応言ってみたものの海斗も、美里と同じ気持ちに陥っていた。
海斗は今日の下見は無理だと美里に同意する。下見のキャンセルの旨を告げると、結婚式場の担当の佐々木さんは言った。
「見越しておりました。一回はキャンセルされるカップル様が多いので。もし、お気持ちに変化がありましたら、ご連絡を心からお待ちしております」
海斗の電話に美里も顔を近づけてきいていた。電話がきれると、二人は顔を見合わせた。
「想定済みだったかぁ」
「同じこと考える人が多いんだね」
二人は結婚行事という大きな支払いを目の前にして寿命経済を真正面から考えることを突き付けられた思いを抱いたのだ。
次の週末。
美里は海斗の部屋にいた。二人で過ごす時間は独り暮らしの海斗の部屋の方が居心地がいい。美里が部屋に入って、しばらく無言の時間が過ぎていた。
やがて。
「結婚式しなくてもいいんじゃないかなって思うんだ」
小さなテーブルの横にペタンと座り、マグカップのお茶を揺らしながらポツリ、と美里が言う。
「結婚届け出すだけなら、寿命の支払いいらないもの」
美里が窓の夕焼けを見つめて背中を向けている海斗に語り掛ける。
「一分だって、一秒だって、あなたとの時間を短くしたくない」
美里は海斗の背中に抱きついた。
「愛している」
海斗が美里に向き直る。
「僕も愛している」
夕日が赤く部屋を染めあげた。二人の唇がゆっくり重なっていく――。
二人は結婚届けを出した。それ以上は必要ない、共にいられる時間を一秒でも長くしたかった。
(おわり)
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