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2 大崎留美の選択
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大崎留美(おおさき るみ)は、舞が紬に話しかけるのを衝撃とともに見つめていた。
舞の司令の元、いじめられ続けていた突破口を見つけたと直感したのだ。
クチナシ市とその周辺の子供の憎悪のはけ口と処分場としての使命がいつ終わるのか? 留美はクチナシ第一小学校の裏掲示板に垂れ流される大崎家の情報をスマホ画面を通して見つめながら、心が波立たない自らを笑っていた。
『個人情報が保護されている』って習ったけどそれは「嘘」だね。だって、すとーかーレベル超えてるよね、大崎家のトイレの回数まで毎日報告されるのおかしくね? 私も家族の回数まで合算して知らないのだが?
以前、「お腹痛い」と言って学校を休んで検証してみた。
震えるレベルの正確さでトイレの回数とトイレ滞在時間が裏掲示版に翌日アップされていた。
地方の一自治体の恐ろしさを留美は骨の髄まで叩き込まれていた。
外傷を残すようなアホな真似はされない。見えない心を、効果的にえぐることに皆腐心(ふしん)していた。
言葉は繰り返すごとにボディーブローとなって心を削り落とす、やがて、自衛のために心が閉じる。留美は心身を守るため石になった。
無機物と化していれば、なぁんにも感じない、言い聞かせながら、心のどこかが誰にも言えない悲鳴を上げていた。
こんな閉じた街から逃げたかった。しかし子供に選択する力などないのだ。
相談窓口にいる大人も絶対に信用できない。クチナシ市の在住している人間だからだ。自らの生活を捨てる大人はここにはいないから。
早く大人になってここから抜け出す以外、方法はないのだと留美は知っていた。
そのいじめの主導権を握っていた舞が子供階級社会のてっぺんから一歩退いた。
他所者(よそもの)にその座を譲りかけているのだ。あと数年は続く地獄を生きるしか方法がなかった留美は飛びついた。
「紬さん、お友達になって欲しい。親友がいいな!」
留美は信じられないほど通る声で呼びかけた。紬に語ると同時に宣言したのだ、紬の側にいる私に手を出すな、手を出したら……橋本紬を人質にとることだって厭わない! この絶望的な状況を脱出できるなら、なんだってやってやる!
留美の目に狂気を見た生徒たちは、ひるんだ。
橋本紬は、留美に笑いかけた。
「大崎さん、よろしくね。お友達から始めませんか?」
「うん……うん?」
「親友になれるかどうか、相性とかあると思うから、まだ約束できないと思う」
留美と紬のまわりの生徒がざわっとする。留美は、ガラガラ気持ちが音をたてて崩れていく感覚に背筋が怖気だった。
どうしよう……。荒木舞が留美をジロリと留美を見返す。しかし動いてしまった以上、もう後戻りはできないのだ、留美は足が細かく震えるのを抑えようとした。
と。
「荒木さん、大崎さんとも友達になろう」
場が凍りついた。紬は水と油をくっつけると言ったのだ。
「「え!?」」
留美と舞が同時に声を上げた。紬は嬉しそうに二人の手をとった。
「息が合ってるね。友達!」
橋本紬は空気をまったく読まない子供だった。読もうとしなかった。読む必要を感じたことがない子供だったのだ、紬以外の全員が同時にそれを空気で悟った。
橋本紬は、クチナシ市のルールを外れた存在だった。クチナシ市内の子供たちが一切手だしを出来ない、怪物だったのだ。無邪気すぎる怪物だった。
クチナシ市の子供階級社会のてっぺんに立った紬は、全く自覚がないまま言い放った。
「今日、用事あるんだ。だから、舞ちゃんと留美ちゃん、仲良くしてね」
「「は?」」
呆然とする子供たちを残し、紬はスキップしながら家路についた。
「これってどうなるの?」
大崎留美が震える声を絞り出し、舞に「対等」な立場で問いかけた。
「仲良くすれって命令出されたんだし、従うしかないじゃん」
舞は、遠くなる紬の後ろ姿にちっと舌打ちした。
「こいつをいじめるのは、終わり。全員に伝えて」
舞が宣言するのを留美は横でただ見守った。
今までいじめられていたのは何だったのか? この状況は喜ぶべきことなのか? 留美は目まぐるしい事態の展開に思考が置いてきぼりになっていた。
「私、いじめられないってこと?」
舞は口を曲げてせせら笑った。
「紬の子分として、せいぜい、うまくやりなよ。あいつ……質悪い(たちわるい)と思うよ」
言い捨てると舞は
「遥斗! 帰ろうよ」
寺田遥斗を呼び止め、走り出した。
大崎留美のまわりから子供たちが引き上げる。留美は紬の子分になることを選択した。この地獄から逃れることが出来たのだ、子分だろうとなんだろうと、紬にくっついていくしかないのだ。
「質悪いって。散々いじめた側のくせに」
質が悪かろうが、数年続く地獄よりはまし、留美は紬を選択したのだ。信じてくっついていくしかないのだ。
(つづく)
舞の司令の元、いじめられ続けていた突破口を見つけたと直感したのだ。
クチナシ市とその周辺の子供の憎悪のはけ口と処分場としての使命がいつ終わるのか? 留美はクチナシ第一小学校の裏掲示板に垂れ流される大崎家の情報をスマホ画面を通して見つめながら、心が波立たない自らを笑っていた。
『個人情報が保護されている』って習ったけどそれは「嘘」だね。だって、すとーかーレベル超えてるよね、大崎家のトイレの回数まで毎日報告されるのおかしくね? 私も家族の回数まで合算して知らないのだが?
以前、「お腹痛い」と言って学校を休んで検証してみた。
震えるレベルの正確さでトイレの回数とトイレ滞在時間が裏掲示版に翌日アップされていた。
地方の一自治体の恐ろしさを留美は骨の髄まで叩き込まれていた。
外傷を残すようなアホな真似はされない。見えない心を、効果的にえぐることに皆腐心(ふしん)していた。
言葉は繰り返すごとにボディーブローとなって心を削り落とす、やがて、自衛のために心が閉じる。留美は心身を守るため石になった。
無機物と化していれば、なぁんにも感じない、言い聞かせながら、心のどこかが誰にも言えない悲鳴を上げていた。
こんな閉じた街から逃げたかった。しかし子供に選択する力などないのだ。
相談窓口にいる大人も絶対に信用できない。クチナシ市の在住している人間だからだ。自らの生活を捨てる大人はここにはいないから。
早く大人になってここから抜け出す以外、方法はないのだと留美は知っていた。
そのいじめの主導権を握っていた舞が子供階級社会のてっぺんから一歩退いた。
他所者(よそもの)にその座を譲りかけているのだ。あと数年は続く地獄を生きるしか方法がなかった留美は飛びついた。
「紬さん、お友達になって欲しい。親友がいいな!」
留美は信じられないほど通る声で呼びかけた。紬に語ると同時に宣言したのだ、紬の側にいる私に手を出すな、手を出したら……橋本紬を人質にとることだって厭わない! この絶望的な状況を脱出できるなら、なんだってやってやる!
留美の目に狂気を見た生徒たちは、ひるんだ。
橋本紬は、留美に笑いかけた。
「大崎さん、よろしくね。お友達から始めませんか?」
「うん……うん?」
「親友になれるかどうか、相性とかあると思うから、まだ約束できないと思う」
留美と紬のまわりの生徒がざわっとする。留美は、ガラガラ気持ちが音をたてて崩れていく感覚に背筋が怖気だった。
どうしよう……。荒木舞が留美をジロリと留美を見返す。しかし動いてしまった以上、もう後戻りはできないのだ、留美は足が細かく震えるのを抑えようとした。
と。
「荒木さん、大崎さんとも友達になろう」
場が凍りついた。紬は水と油をくっつけると言ったのだ。
「「え!?」」
留美と舞が同時に声を上げた。紬は嬉しそうに二人の手をとった。
「息が合ってるね。友達!」
橋本紬は空気をまったく読まない子供だった。読もうとしなかった。読む必要を感じたことがない子供だったのだ、紬以外の全員が同時にそれを空気で悟った。
橋本紬は、クチナシ市のルールを外れた存在だった。クチナシ市内の子供たちが一切手だしを出来ない、怪物だったのだ。無邪気すぎる怪物だった。
クチナシ市の子供階級社会のてっぺんに立った紬は、全く自覚がないまま言い放った。
「今日、用事あるんだ。だから、舞ちゃんと留美ちゃん、仲良くしてね」
「「は?」」
呆然とする子供たちを残し、紬はスキップしながら家路についた。
「これってどうなるの?」
大崎留美が震える声を絞り出し、舞に「対等」な立場で問いかけた。
「仲良くすれって命令出されたんだし、従うしかないじゃん」
舞は、遠くなる紬の後ろ姿にちっと舌打ちした。
「こいつをいじめるのは、終わり。全員に伝えて」
舞が宣言するのを留美は横でただ見守った。
今までいじめられていたのは何だったのか? この状況は喜ぶべきことなのか? 留美は目まぐるしい事態の展開に思考が置いてきぼりになっていた。
「私、いじめられないってこと?」
舞は口を曲げてせせら笑った。
「紬の子分として、せいぜい、うまくやりなよ。あいつ……質悪い(たちわるい)と思うよ」
言い捨てると舞は
「遥斗! 帰ろうよ」
寺田遥斗を呼び止め、走り出した。
大崎留美のまわりから子供たちが引き上げる。留美は紬の子分になることを選択した。この地獄から逃れることが出来たのだ、子分だろうとなんだろうと、紬にくっついていくしかないのだ。
「質悪いって。散々いじめた側のくせに」
質が悪かろうが、数年続く地獄よりはまし、留美は紬を選択したのだ。信じてくっついていくしかないのだ。
(つづく)
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