6 / 10
6 及川静香の手法
しおりを挟む
就寝中の紬の部屋に、遅い帰宅を果たした及川静香がそっと入って来た。紬を起こさないように慎重に引き出しを開け、探し始める。
母親が探すとは思っていなかったのか、二番目の引き出しに放りこんであった包みが、いとも簡単に見つかった。
静香は一旦、本を持って部屋の外に出て、じっくり破壊された本を調べた。
「学校図書……」
紬が興味を持っていないはずの爬虫類の本をリクエストしたことに、ひっかかりを感じた静香の勘はどうやら当たっていたようだ。
何が起きたのか? 何が起きようとしているのか? 回転の速い頭が動き出す。しばしの時間で方針を決めた静香は、本を紬の引き出しに再び戻した。
午後三時、紬が帰宅する前に到着した荒木沙耶は、驚いた。静香がこんな時間に在宅しているのは初めてだったからだ。
「珍しく早く仕事が終わったの」
静香はそういうと、寝そべっていたソファーでうーんとのびをして起き上がった。続けて
「買い物の片付け終わったら、お茶の用意してもらえませんか? 二人分」
「えっと?」
「たまには、いっしょにお茶しましょう」
静香は笑みを浮かべて沙耶を誘う、その穏やかさは拒否を許さないものがあった。
沙耶はソファーの前のテーブルに用意した紅茶のカップを置いた。
「そのソファーに沙耶さんも座って」
静香が沙耶を座るように促した。
「あの、私、何か失礼なことしたのでしょうか?」
怯えて沙耶が尋ねる。静香は、驚き目を見開いて、沙耶を見返した。
沙耶の頭に『蛇に睨まれたカエル』が浮かんだ。
沙耶の頭の中を見透かすように静香が言葉を重ねる。
「まさか。こんなによくやってくださって感謝しています」
静香は、腰掛けたままとはいえ、沙耶に頭を下げた。
「そ、そんな……」
沙耶は戸惑った。工場長に頭を下げさせてしまった、そう思うと居心地が悪く、落ち着かなかったのである。沙耶がオロオロしている様子に意を介すことなく、静香は続ける。
「舞さんが、紬とも仲よくしてくださって、ほんとに嬉しいのです。舞さんは、勉強熱心だと紬が言っていましたよ」
娘の舞の話を持ち出されて、沙耶は困惑する。そこまで把握しているのか、と心の中でつぶやいた。やはり絶対に敵に回せない相手だ、と沙耶は思いながら静香を見返した。するどい視線が沙耶を射抜く。沙耶の頭の中に、再び『蛇に睨まれたカエル』が浮かんだ時、静香が言った。
「蛇とか、カエル……」
「えっ?」
沙耶は背中がゾワッと泡立った。
「爬虫類、好きな子いるでしょうか?」
静香の質問は、沙耶の悪い予感から外れていた。沙耶の緊張が一気にほぐれる。安堵は沙耶の口を軽やかにした。
「寺田君とか、田本君あたりでしょうか。男の子の方が興味持つんですね」
沙耶が答えると、静香が笑った。
「なぜでしょうね。爬虫類好きな女の子、いないのでしょうか?」
静香の問いに沙耶は思いつく。
「ペットショップに尋ねると、確かかもしれません」
沙耶の言葉に静香がうなづいた。
「あぁ、確かに! 今度、ペットショップに立ち寄ってみます」
静香はそこで紅茶を一口飲んだ。
「美味しいですね」
静香は沙耶に晴れやかな笑顔を向けた――忘れなさい
沙耶は静香が『なぜ爬虫類好きな子供』に興味を持つのか、触れてはいけないと本能で察する。脳内から疑問を追い出し忘却し、飲み終わった茶器を持ちキッチンに向った。
沙耶がキッチンに戻った後、笑みを消した静香がその本をネットで注文した。続けて紬へのメッセージを書き込んだ。
『本、届くまで少し待ってね』
静香はスマホを離し、再びソファーに横になった。
アンテナは張り巡らせていなければならない、思いながら同時に疲れをとるため、静香は瞼を閉じしばし眠りについた。
(つづく)
母親が探すとは思っていなかったのか、二番目の引き出しに放りこんであった包みが、いとも簡単に見つかった。
静香は一旦、本を持って部屋の外に出て、じっくり破壊された本を調べた。
「学校図書……」
紬が興味を持っていないはずの爬虫類の本をリクエストしたことに、ひっかかりを感じた静香の勘はどうやら当たっていたようだ。
何が起きたのか? 何が起きようとしているのか? 回転の速い頭が動き出す。しばしの時間で方針を決めた静香は、本を紬の引き出しに再び戻した。
午後三時、紬が帰宅する前に到着した荒木沙耶は、驚いた。静香がこんな時間に在宅しているのは初めてだったからだ。
「珍しく早く仕事が終わったの」
静香はそういうと、寝そべっていたソファーでうーんとのびをして起き上がった。続けて
「買い物の片付け終わったら、お茶の用意してもらえませんか? 二人分」
「えっと?」
「たまには、いっしょにお茶しましょう」
静香は笑みを浮かべて沙耶を誘う、その穏やかさは拒否を許さないものがあった。
沙耶はソファーの前のテーブルに用意した紅茶のカップを置いた。
「そのソファーに沙耶さんも座って」
静香が沙耶を座るように促した。
「あの、私、何か失礼なことしたのでしょうか?」
怯えて沙耶が尋ねる。静香は、驚き目を見開いて、沙耶を見返した。
沙耶の頭に『蛇に睨まれたカエル』が浮かんだ。
沙耶の頭の中を見透かすように静香が言葉を重ねる。
「まさか。こんなによくやってくださって感謝しています」
静香は、腰掛けたままとはいえ、沙耶に頭を下げた。
「そ、そんな……」
沙耶は戸惑った。工場長に頭を下げさせてしまった、そう思うと居心地が悪く、落ち着かなかったのである。沙耶がオロオロしている様子に意を介すことなく、静香は続ける。
「舞さんが、紬とも仲よくしてくださって、ほんとに嬉しいのです。舞さんは、勉強熱心だと紬が言っていましたよ」
娘の舞の話を持ち出されて、沙耶は困惑する。そこまで把握しているのか、と心の中でつぶやいた。やはり絶対に敵に回せない相手だ、と沙耶は思いながら静香を見返した。するどい視線が沙耶を射抜く。沙耶の頭の中に、再び『蛇に睨まれたカエル』が浮かんだ時、静香が言った。
「蛇とか、カエル……」
「えっ?」
沙耶は背中がゾワッと泡立った。
「爬虫類、好きな子いるでしょうか?」
静香の質問は、沙耶の悪い予感から外れていた。沙耶の緊張が一気にほぐれる。安堵は沙耶の口を軽やかにした。
「寺田君とか、田本君あたりでしょうか。男の子の方が興味持つんですね」
沙耶が答えると、静香が笑った。
「なぜでしょうね。爬虫類好きな女の子、いないのでしょうか?」
静香の問いに沙耶は思いつく。
「ペットショップに尋ねると、確かかもしれません」
沙耶の言葉に静香がうなづいた。
「あぁ、確かに! 今度、ペットショップに立ち寄ってみます」
静香はそこで紅茶を一口飲んだ。
「美味しいですね」
静香は沙耶に晴れやかな笑顔を向けた――忘れなさい
沙耶は静香が『なぜ爬虫類好きな子供』に興味を持つのか、触れてはいけないと本能で察する。脳内から疑問を追い出し忘却し、飲み終わった茶器を持ちキッチンに向った。
沙耶がキッチンに戻った後、笑みを消した静香がその本をネットで注文した。続けて紬へのメッセージを書き込んだ。
『本、届くまで少し待ってね』
静香はスマホを離し、再びソファーに横になった。
アンテナは張り巡らせていなければならない、思いながら同時に疲れをとるため、静香は瞼を閉じしばし眠りについた。
(つづく)
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる