4 / 6
第4章
闇の力
しおりを挟む
私に「闇を操る力」があることが判明して、おとうさんとおかあさんは、かなり衝撃を受けたようだ。
村は雨が続いて、農作物に被害が出始めていた。天候不順に村人たちは、困惑するしかなかった――理由を知るただ一人の村人を除いては。
闇の家でおとうさんとおかあさんは、激しい豪雨の音をききながら、事態をどう打開するべきか考えこんでいた。影は闇に依存し、光と表裏一体を為すべきだ。その影が「闇を操る力」を持ち、光に影響を与えることは、断じて許されない事態だった。
影としてさえ未熟な彼女が「闇」を動かす力を持ってしまったのだ。その結果がこれだ。幼く不安定な心に呼応して闇が雲を呼び、雨が降る。
「どうしたらいいんだ」
おかあさんが、おとうさんの後ろから、その肩に手を置いた。
「寂しくなりますけど、方法は一つしかないわ」
「……」
「このままいけば、あの子自身が「闇」になってしまう。あの子はいい子ですが、「力」を自在にできる存在になったとき、あの子はあの子のままでいられるとあなたは思う?」
「わからない……」
「私が影をやめて闇の中へ引き籠った理由、あなたにも話してなかったことがあるの」
「そうじゃないかとは思っていた」
おとうさんはおかあさんの話を静かに待った。
「影をやめて徐々に闇に飲み込まれていくことを受け入れた本当の理由……」
「人間の男に恋をした気持ちを断ち切るため、だけではないということか」
「いえ、断ちきるためだった。それは、本当のこと」
「君は、あの男の影しかできなくなっていたね。君の恋する気持ちは、あまりにも激しすぎた」
「影という宿命の自分にあんな激しい感情があったなんて、自分でも驚いた……愛するというのは激しい感情なんですね。あの人が結婚することになった時、嫉妬で私は理性を失った」
そこで一息つくと、おかあさんはその言葉を一気に吐き出した。
「いっそ、命を奪ってしまおうと思った」
「それは……」
おとうさんは息を吞む。そして疑問が解けた。
「あれは、君がやったことなのか? 君にも「力」があるんだな?」
おかあさんがうなづく。
「そう、落雷は私が起こした。私の気持ちに闇が反応して発生した落雷は、彼の命を狙った……でも彼の命を奪う寸前で、彼女が――彼の……動けなくなった彼を命がけで避難させた。本当に彼を愛しているのは、彼女だった」
一つ一つ絞り出すようにおかあさんは話を続けた。
「私の想いは愛情とは呼べない状態に変質してしまった。彼女の愛に私は負けた……」
「……」
「理性がなくなることは怖いことだわ。私の標的はただ一人あの人だけだった」
おかあさんは続ける。
「でも、この子の力はもっと巨大だわ」
おとうさんとおかあさんの相談は続き、そして結論を出した。
「どうしても、この方法に戻ってきてしまう」
「それが正解だから、ということなのよ……」
私は夢の中で小さな檻に閉じこもっていた。自らその中に入って行った。夢のなかの更に奥、檻の中に潜り込んだのだ。家の外に出たいなんて思わなければ良かった。もう出て行こうとは思わない。このままずっと、小さくうずくまっていたかった。
その影響が実世界に被害を出しているとは、私は想像もしていなかった。
目覚めるきっかけは、私の大嫌いな村人が夢に入りこんできたからだ。
夢にまでズカズカ入り込んでくるなんて! 逃げ場もないというのに。村人が何か言おうと口を開ける前に、私は夢から逃げた。結果として目を覚まさざるを得なかったのだ。
目覚めるといつもの闇の家だった。村人の気配はない。私はほっと安堵する。おとうさんとおかあさんがベッドの横で私の様子を伺っているのに気付いた。
「怖い夢……」
自分の声がかすれていた。長い間、しゃべってなかったみたいに。
「そうよ、ずっと眠っていたから。しゃべってなかったのよ。さ、水分とって」
おかあさんが水を飲ませてくれた。
外のうるさかった雨音が次第に静かになっていくのが聞こえた。雨だからおとうさんは家にいたんだ、まだ半分ぼーっとした頭で納得する。
「怖い夢見たの」
もう一度声に出す。おとうさんがうなずく気配がわかった。
「すまないことをした。おとうさんが呼んで、お前の夢に入ってもらったんだ」
「え?」
驚きのあまり声が出ない。怒りが再び湧き上がってくる。雨が再び激しくなった。おとうさんが、言葉を続ける。
「おまえが、夢の中に逃げ込んで出てこようとしなかったものだから、手荒な方法を取らざるを得なかった。すまなかった」
「だって、もう起きたくなかったんだもの」
力なく抗議しながら涙がぽろぽろこぼれてきた。
「あの人、嫌いだ!」
私は怒りが叩きつける。
雨がさらに激しくなった。私には理解できなかったが、父が困惑しているのを感じる。私、何も悪いことしていないよ、おとうさん?
おかあさんが私を優しく抱きかかえて、おとうさんに言った。
「これ以上、混乱させたら駄目だわ」
「そうだな。ただ、安心しろ。あいつは村を出たから」
村を出て行った?
「ほんとに?」
おかあさんが、肯定するように私をぎゅっと抱きしめてくれた。安堵感が少しづつ広がる。
おとうさんがつぶやいた。
「雨雲が動き出した……」
私はまだその言葉のほんとの意味を理解していなかった。雨がやみ、日差しが水たまりに反射しキラキラと光り始めた。闇の家の隙間から、そのキラキラはかすかに見えた。
「おとうさん、今日影の練習休んでいい?」
おかあさんのスープを飲んでゆっくりしていなさい、おとうさんは優しくそう言うと、影の仕事に出かけて行った。
(つづく)
村は雨が続いて、農作物に被害が出始めていた。天候不順に村人たちは、困惑するしかなかった――理由を知るただ一人の村人を除いては。
闇の家でおとうさんとおかあさんは、激しい豪雨の音をききながら、事態をどう打開するべきか考えこんでいた。影は闇に依存し、光と表裏一体を為すべきだ。その影が「闇を操る力」を持ち、光に影響を与えることは、断じて許されない事態だった。
影としてさえ未熟な彼女が「闇」を動かす力を持ってしまったのだ。その結果がこれだ。幼く不安定な心に呼応して闇が雲を呼び、雨が降る。
「どうしたらいいんだ」
おかあさんが、おとうさんの後ろから、その肩に手を置いた。
「寂しくなりますけど、方法は一つしかないわ」
「……」
「このままいけば、あの子自身が「闇」になってしまう。あの子はいい子ですが、「力」を自在にできる存在になったとき、あの子はあの子のままでいられるとあなたは思う?」
「わからない……」
「私が影をやめて闇の中へ引き籠った理由、あなたにも話してなかったことがあるの」
「そうじゃないかとは思っていた」
おとうさんはおかあさんの話を静かに待った。
「影をやめて徐々に闇に飲み込まれていくことを受け入れた本当の理由……」
「人間の男に恋をした気持ちを断ち切るため、だけではないということか」
「いえ、断ちきるためだった。それは、本当のこと」
「君は、あの男の影しかできなくなっていたね。君の恋する気持ちは、あまりにも激しすぎた」
「影という宿命の自分にあんな激しい感情があったなんて、自分でも驚いた……愛するというのは激しい感情なんですね。あの人が結婚することになった時、嫉妬で私は理性を失った」
そこで一息つくと、おかあさんはその言葉を一気に吐き出した。
「いっそ、命を奪ってしまおうと思った」
「それは……」
おとうさんは息を吞む。そして疑問が解けた。
「あれは、君がやったことなのか? 君にも「力」があるんだな?」
おかあさんがうなづく。
「そう、落雷は私が起こした。私の気持ちに闇が反応して発生した落雷は、彼の命を狙った……でも彼の命を奪う寸前で、彼女が――彼の……動けなくなった彼を命がけで避難させた。本当に彼を愛しているのは、彼女だった」
一つ一つ絞り出すようにおかあさんは話を続けた。
「私の想いは愛情とは呼べない状態に変質してしまった。彼女の愛に私は負けた……」
「……」
「理性がなくなることは怖いことだわ。私の標的はただ一人あの人だけだった」
おかあさんは続ける。
「でも、この子の力はもっと巨大だわ」
おとうさんとおかあさんの相談は続き、そして結論を出した。
「どうしても、この方法に戻ってきてしまう」
「それが正解だから、ということなのよ……」
私は夢の中で小さな檻に閉じこもっていた。自らその中に入って行った。夢のなかの更に奥、檻の中に潜り込んだのだ。家の外に出たいなんて思わなければ良かった。もう出て行こうとは思わない。このままずっと、小さくうずくまっていたかった。
その影響が実世界に被害を出しているとは、私は想像もしていなかった。
目覚めるきっかけは、私の大嫌いな村人が夢に入りこんできたからだ。
夢にまでズカズカ入り込んでくるなんて! 逃げ場もないというのに。村人が何か言おうと口を開ける前に、私は夢から逃げた。結果として目を覚まさざるを得なかったのだ。
目覚めるといつもの闇の家だった。村人の気配はない。私はほっと安堵する。おとうさんとおかあさんがベッドの横で私の様子を伺っているのに気付いた。
「怖い夢……」
自分の声がかすれていた。長い間、しゃべってなかったみたいに。
「そうよ、ずっと眠っていたから。しゃべってなかったのよ。さ、水分とって」
おかあさんが水を飲ませてくれた。
外のうるさかった雨音が次第に静かになっていくのが聞こえた。雨だからおとうさんは家にいたんだ、まだ半分ぼーっとした頭で納得する。
「怖い夢見たの」
もう一度声に出す。おとうさんがうなずく気配がわかった。
「すまないことをした。おとうさんが呼んで、お前の夢に入ってもらったんだ」
「え?」
驚きのあまり声が出ない。怒りが再び湧き上がってくる。雨が再び激しくなった。おとうさんが、言葉を続ける。
「おまえが、夢の中に逃げ込んで出てこようとしなかったものだから、手荒な方法を取らざるを得なかった。すまなかった」
「だって、もう起きたくなかったんだもの」
力なく抗議しながら涙がぽろぽろこぼれてきた。
「あの人、嫌いだ!」
私は怒りが叩きつける。
雨がさらに激しくなった。私には理解できなかったが、父が困惑しているのを感じる。私、何も悪いことしていないよ、おとうさん?
おかあさんが私を優しく抱きかかえて、おとうさんに言った。
「これ以上、混乱させたら駄目だわ」
「そうだな。ただ、安心しろ。あいつは村を出たから」
村を出て行った?
「ほんとに?」
おかあさんが、肯定するように私をぎゅっと抱きしめてくれた。安堵感が少しづつ広がる。
おとうさんがつぶやいた。
「雨雲が動き出した……」
私はまだその言葉のほんとの意味を理解していなかった。雨がやみ、日差しが水たまりに反射しキラキラと光り始めた。闇の家の隙間から、そのキラキラはかすかに見えた。
「おとうさん、今日影の練習休んでいい?」
おかあさんのスープを飲んでゆっくりしていなさい、おとうさんは優しくそう言うと、影の仕事に出かけて行った。
(つづく)
0
あなたにおすすめの小説
童話絵本版 アリとキリギリス∞(インフィニティ)
カワカツ
絵本
その夜……僕は死んだ……
誰もいない野原のステージの上で……
アリの子「アントン」とキリギリスの「ギリィ」が奏でる 少し切ない ある野原の物語 ———
全16話+エピローグで紡ぐ「小さないのちの世界」を、どうぞお楽しみ下さい。
※高学年〜大人向き
「いっすん坊」てなんなんだ
こいちろう
児童書・童話
ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。
自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
しょうてんがいは どうぶつえん?!
もちっぱち
児童書・童話
しょうがくせいのみかちゃんが、
おかあさんといっしょに
しょうてんがいにいきました。
しょうてんがいでは
スタンプラリーをしていました。
みかちゃんとおかあさんがいっしょにスタンプをおしながら
しょうてんがいをまわるとどうなるか
ふしぎなものがたり。
作
もちっぱち
表紙絵
ぽん太郎。様
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
ノースキャンプの見張り台
こいちろう
児童書・童話
時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。
進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。
赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる