影の子が暮らす家

ぽんたしろお

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第4章

闇の力

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 私に「闇を操る力」があることが判明して、おとうさんとおかあさんは、かなり衝撃を受けたようだ。

 村は雨が続いて、農作物に被害が出始めていた。天候不順に村人たちは、困惑するしかなかった――理由を知るただ一人の村人を除いては。


 闇の家でおとうさんとおかあさんは、激しい豪雨の音をききながら、事態をどう打開するべきか考えこんでいた。影は闇に依存し、光と表裏一体を為すべきだ。その影が「闇を操る力」を持ち、光に影響を与えることは、断じて許されない事態だった。
 影としてさえ未熟な彼女が「闇」を動かす力を持ってしまったのだ。その結果がこれだ。幼く不安定な心に呼応して闇が雲を呼び、雨が降る。
「どうしたらいいんだ」
 おかあさんが、おとうさんの後ろから、その肩に手を置いた。
「寂しくなりますけど、方法は一つしかないわ」
「……」
「このままいけば、あの子自身が「闇」になってしまう。あの子はいい子ですが、「力」を自在にできる存在になったとき、あの子はあの子のままでいられるとあなたは思う?」
「わからない……」
「私が影をやめて闇の中へ引き籠った理由、あなたにも話してなかったことがあるの」
「そうじゃないかとは思っていた」
 おとうさんはおかあさんの話を静かに待った。
「影をやめて徐々に闇に飲み込まれていくことを受け入れた本当の理由……」
「人間の男に恋をした気持ちを断ち切るため、だけではないということか」
「いえ、断ちきるためだった。それは、本当のこと」
「君は、あの男の影しかできなくなっていたね。君の恋する気持ちは、あまりにも激しすぎた」
「影という宿命の自分にあんな激しい感情があったなんて、自分でも驚いた……愛するというのは激しい感情なんですね。あの人が結婚することになった時、嫉妬で私は理性を失った」
 そこで一息つくと、おかあさんはその言葉を一気に吐き出した。
「いっそ、命を奪ってしまおうと思った」
「それは……」
 おとうさんは息を吞む。そして疑問が解けた。
「あれは、君がやったことなのか? 君にも「力」があるんだな?」
 おかあさんがうなづく。
「そう、落雷は私が起こした。私の気持ちに闇が反応して発生した落雷は、彼の命を狙った……でも彼の命を奪う寸前で、彼女が――彼の……動けなくなった彼を命がけで避難させた。本当に彼を愛しているのは、彼女だった」
 一つ一つ絞り出すようにおかあさんは話を続けた。
「私の想いは愛情とは呼べない状態に変質してしまった。彼女の愛に私は負けた……」
「……」
「理性がなくなることは怖いことだわ。私の標的はただ一人あの人だけだった」
 おかあさんは続ける。
「でも、この子の力はもっと巨大だわ」
 おとうさんとおかあさんの相談は続き、そして結論を出した。
「どうしても、この方法に戻ってきてしまう」
「それが正解だから、ということなのよ……」

 
 私は夢の中で小さな檻に閉じこもっていた。自らその中に入って行った。夢のなかの更に奥、檻の中に潜り込んだのだ。家の外に出たいなんて思わなければ良かった。もう出て行こうとは思わない。このままずっと、小さくうずくまっていたかった。
 その影響が実世界に被害を出しているとは、私は想像もしていなかった。

 目覚めるきっかけは、私の大嫌いな村人が夢に入りこんできたからだ。
夢にまでズカズカ入り込んでくるなんて! 逃げ場もないというのに。村人が何か言おうと口を開ける前に、私は夢から逃げた。結果として目を覚まさざるを得なかったのだ。

 目覚めるといつもの闇の家だった。村人の気配はない。私はほっと安堵する。おとうさんとおかあさんがベッドの横で私の様子を伺っているのに気付いた。
「怖い夢……」
 自分の声がかすれていた。長い間、しゃべってなかったみたいに。
「そうよ、ずっと眠っていたから。しゃべってなかったのよ。さ、水分とって」
 おかあさんが水を飲ませてくれた。
 外のうるさかった雨音が次第に静かになっていくのが聞こえた。雨だからおとうさんは家にいたんだ、まだ半分ぼーっとした頭で納得する。
「怖い夢見たの」
 もう一度声に出す。おとうさんがうなずく気配がわかった。
「すまないことをした。おとうさんが呼んで、お前の夢に入ってもらったんだ」
「え?」
 驚きのあまり声が出ない。怒りが再び湧き上がってくる。雨が再び激しくなった。おとうさんが、言葉を続ける。
「おまえが、夢の中に逃げ込んで出てこようとしなかったものだから、手荒な方法を取らざるを得なかった。すまなかった」
「だって、もう起きたくなかったんだもの」
 力なく抗議しながら涙がぽろぽろこぼれてきた。
「あの人、嫌いだ!」
 私は怒りが叩きつける。
 雨がさらに激しくなった。私には理解できなかったが、父が困惑しているのを感じる。私、何も悪いことしていないよ、おとうさん?
おかあさんが私を優しく抱きかかえて、おとうさんに言った。
「これ以上、混乱させたら駄目だわ」
「そうだな。ただ、安心しろ。あいつは村を出たから」
 村を出て行った?
「ほんとに?」
 おかあさんが、肯定するように私をぎゅっと抱きしめてくれた。安堵感が少しづつ広がる。
おとうさんがつぶやいた。
「雨雲が動き出した……」
 私はまだその言葉のほんとの意味を理解していなかった。雨がやみ、日差しが水たまりに反射しキラキラと光り始めた。闇の家の隙間から、そのキラキラはかすかに見えた。
「おとうさん、今日影の練習休んでいい?」
 おかあさんのスープを飲んでゆっくりしていなさい、おとうさんは優しくそう言うと、影の仕事に出かけて行った。

(つづく)
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