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付き合ってからの短編
Sweet time
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たまには、と。外のカフェや喫茶店ではなく自宅へ招待した。朱廉の好きなクッキーやケーキを薔薇庭園の中央に並べて。白いテーブルクロスを煌びやかな菓子や茶で彩られた。それを見た恋人の表情の方が輝いて見える。
「どうぞ、お座り下さい」
「は、はいっ! 失礼します」
礼儀正しく母国の挨拶として包拳の礼を構えてから座った。
それに合わせるかのように、シリスも母国の礼の構えを取ってから座った。しかしすぐに立ち上がる。
「最近菓子を作るようになったので、ご賞味いただけますか?」
「わぁ! お茶だけでなくお菓子も作れるんですか!?」
「少々、兄に教わりまして」
「お兄さん上手なんですか?」
「ええ。器用ですからね」
皮肉ではない。本当に器用にこなすから。それ以上にシリスも器用なのだが、本人は気づいていない。
「りんごのタルトと紅茶のクッキーです」
「とっても美味しそうです!」
「今日は菓子メインで、茶はセイロンにしました」
コポコポとティーカップに注がれ、タルトは切り分けられる。テーブルの上は豪華な菓子で、周囲は赤く染まる薔薇庭園。どこからか流れてくるクラシックのメロディー。目の前には大好きな恋人。文句のつけようがない。こんな優雅で贅沢な時を過ごしていいものかと思案する。
「朱廉君?」
「は、はい!」
「お気に召しませんか?」
「いいえ! 我には、その……もったいなくて……」
「君の為に作ったのです。いくらでも作れますよ?」
数のことを言っているわけではないけれど、自分の為に作ってくれたと分かれば食べない方が失礼だ。
「……いただきますっ」
「どうぞ」
セイロン茶で口を潤してからタルトを頬張る。りんごのひかえめな甘さ、かかるソースのまろやかな甘みが絶妙だった。紅茶のクッキーは、紅茶の香りが漂いクッキー自体が香ばしい。
「どれも美味しいです! シリスさん料理が上手ですね!」
「ありがとうございます」
笑顔で口いっぱいに自分の作った物を頬張る恋人が可愛くて仕方ない。自分はほとんど手をつけず、その姿を眺めていた。
「……? シリスさん、どうされたんですか?」
「え?」
「あまりご自分のが減っていないので」
「ああ……」
「美味しいですよ!」
にっこり笑って。無意識にタルトを刺したフォークを差し出した。
「--……」
シリスもまた、ゆっくり一回目を瞬かせてからは何も考えずそのフォークをくわえ、刺さるタルトを口に含んだ。
その一連の動作の後、朱廉は理解した。この行為は恋人がするであろういわゆる『あーん』しているのだと。別に恋人同士なのだから問題ないのだが、慣れない為か固まってしまう。それに……つい魅入ってしまった。シリスの動きに。
赤くなって口を半開きにして惚けている朱廉を知らずに、シリスは食べたタルトの感想を述べる。
「もう少し甘さを濃くした方が良いでしょうか。朱廉君はいかがですか?」
「ふぇっ!?」
「もっと甘い方が良いですか?」
「う、あ……、も、もうスッゴく甘いです!!」
「そうですか?」
「はい!!」
甘過ぎて、甘美で、これ以上甘いのは容量オーバーだ。
二人だけのお茶会が終わり、二人仲良く片付ける。屋敷内は広いのでシリスが案内をして朱廉がついていく。
「広くて迷ってしまいそうですね」
「確かに。しかし慣れるとそう思えなくなるのは不思議ですね」
「そうなんですか?」
そんなことを話しながら片付け終える。お茶会が終わったということは、もう帰る時間。少し名残惜しい。少しずつ来た道を戻ると--。
「あ……、朱廉君、少し部屋に寄ってもいいですか?」
「へ? あ、はい、どうぞ」
部屋。シリスの部屋。まだ見たことがないと思ったが、それがどうしたというのか。見たいなんておこがましい。
部屋につくとシリスは中に入る。だから通路で待っていたのだが。
「朱廉君? 中へどうぞ」
「……え? いいんですか……?」
「ええ」
入れると思っていなかったからか余計に緊張する。
「お邪魔します……」
招かれた部屋へ恐る恐る入れば、そこはスッキリ整頓された部屋だった。凄いのは、ビッシリと本が整然と詰まった本棚が沢山並んでいたこと。
「わぁー……うわっ!」
唖然として本棚を眺めながら歩いていると、前の本棚に強くぶつかった。ぐらりと、本棚が揺れる。
「っ! 危ない!」
シリスが横から朱廉に覆い被さった。本棚から何冊か本が落ちてきたからだ。
「あっ、シリスさん! ごめんなさいっ!!」
「……大丈夫ですか?」
「我は大丈夫です! シリスさんは……」
「私も大丈夫です」
「良かった……」
安堵して息を長く吐くが、この体勢に気づいた途端、心臓が飛び出そうな程驚いた。自分が押し倒されている。
「……シリス、さん……」
目で訴えてもどいてくれない。徐々に自分の顔が赤く火照っていく。シリスの顔が近い。覆い被さったまま、投げ出された手にシリスが手を重ねて。
「朱廉君……」
「……っ……」
ゆっくりシリスの顔が近づいて、耳元で名前を囁かれて、少しだけ息が漏れる。ビリビリと痺れて動けない。シリスの息遣いが聞こえる程近くて、もうどうしていいのかわからない。ドキドキとうるさく鳴って壊れてしまいそう。
--ガチャン
「ねぇ、シリス……ここ……」
本を片手にシリスの兄であるジョアルが扉を開いた。一瞬その場が凍りつく。
「……ごめん、取り込み中だった」
素直に謝りながら目を逸らし、そう言い残してすぐさま出ていった。
シリスはスッと立ち上がり朱廉に手を伸ばす。
「立てますか?」
「は、はい」
シリスの手を借りて立ち上がる。それから何事もなかったように見送られ、屋敷から出た。
シリスさん……お兄さんが来なかったら……あの後どうしたんですか?
それだけはどうしても聞けなかった。
END
「どうぞ、お座り下さい」
「は、はいっ! 失礼します」
礼儀正しく母国の挨拶として包拳の礼を構えてから座った。
それに合わせるかのように、シリスも母国の礼の構えを取ってから座った。しかしすぐに立ち上がる。
「最近菓子を作るようになったので、ご賞味いただけますか?」
「わぁ! お茶だけでなくお菓子も作れるんですか!?」
「少々、兄に教わりまして」
「お兄さん上手なんですか?」
「ええ。器用ですからね」
皮肉ではない。本当に器用にこなすから。それ以上にシリスも器用なのだが、本人は気づいていない。
「りんごのタルトと紅茶のクッキーです」
「とっても美味しそうです!」
「今日は菓子メインで、茶はセイロンにしました」
コポコポとティーカップに注がれ、タルトは切り分けられる。テーブルの上は豪華な菓子で、周囲は赤く染まる薔薇庭園。どこからか流れてくるクラシックのメロディー。目の前には大好きな恋人。文句のつけようがない。こんな優雅で贅沢な時を過ごしていいものかと思案する。
「朱廉君?」
「は、はい!」
「お気に召しませんか?」
「いいえ! 我には、その……もったいなくて……」
「君の為に作ったのです。いくらでも作れますよ?」
数のことを言っているわけではないけれど、自分の為に作ってくれたと分かれば食べない方が失礼だ。
「……いただきますっ」
「どうぞ」
セイロン茶で口を潤してからタルトを頬張る。りんごのひかえめな甘さ、かかるソースのまろやかな甘みが絶妙だった。紅茶のクッキーは、紅茶の香りが漂いクッキー自体が香ばしい。
「どれも美味しいです! シリスさん料理が上手ですね!」
「ありがとうございます」
笑顔で口いっぱいに自分の作った物を頬張る恋人が可愛くて仕方ない。自分はほとんど手をつけず、その姿を眺めていた。
「……? シリスさん、どうされたんですか?」
「え?」
「あまりご自分のが減っていないので」
「ああ……」
「美味しいですよ!」
にっこり笑って。無意識にタルトを刺したフォークを差し出した。
「--……」
シリスもまた、ゆっくり一回目を瞬かせてからは何も考えずそのフォークをくわえ、刺さるタルトを口に含んだ。
その一連の動作の後、朱廉は理解した。この行為は恋人がするであろういわゆる『あーん』しているのだと。別に恋人同士なのだから問題ないのだが、慣れない為か固まってしまう。それに……つい魅入ってしまった。シリスの動きに。
赤くなって口を半開きにして惚けている朱廉を知らずに、シリスは食べたタルトの感想を述べる。
「もう少し甘さを濃くした方が良いでしょうか。朱廉君はいかがですか?」
「ふぇっ!?」
「もっと甘い方が良いですか?」
「う、あ……、も、もうスッゴく甘いです!!」
「そうですか?」
「はい!!」
甘過ぎて、甘美で、これ以上甘いのは容量オーバーだ。
二人だけのお茶会が終わり、二人仲良く片付ける。屋敷内は広いのでシリスが案内をして朱廉がついていく。
「広くて迷ってしまいそうですね」
「確かに。しかし慣れるとそう思えなくなるのは不思議ですね」
「そうなんですか?」
そんなことを話しながら片付け終える。お茶会が終わったということは、もう帰る時間。少し名残惜しい。少しずつ来た道を戻ると--。
「あ……、朱廉君、少し部屋に寄ってもいいですか?」
「へ? あ、はい、どうぞ」
部屋。シリスの部屋。まだ見たことがないと思ったが、それがどうしたというのか。見たいなんておこがましい。
部屋につくとシリスは中に入る。だから通路で待っていたのだが。
「朱廉君? 中へどうぞ」
「……え? いいんですか……?」
「ええ」
入れると思っていなかったからか余計に緊張する。
「お邪魔します……」
招かれた部屋へ恐る恐る入れば、そこはスッキリ整頓された部屋だった。凄いのは、ビッシリと本が整然と詰まった本棚が沢山並んでいたこと。
「わぁー……うわっ!」
唖然として本棚を眺めながら歩いていると、前の本棚に強くぶつかった。ぐらりと、本棚が揺れる。
「っ! 危ない!」
シリスが横から朱廉に覆い被さった。本棚から何冊か本が落ちてきたからだ。
「あっ、シリスさん! ごめんなさいっ!!」
「……大丈夫ですか?」
「我は大丈夫です! シリスさんは……」
「私も大丈夫です」
「良かった……」
安堵して息を長く吐くが、この体勢に気づいた途端、心臓が飛び出そうな程驚いた。自分が押し倒されている。
「……シリス、さん……」
目で訴えてもどいてくれない。徐々に自分の顔が赤く火照っていく。シリスの顔が近い。覆い被さったまま、投げ出された手にシリスが手を重ねて。
「朱廉君……」
「……っ……」
ゆっくりシリスの顔が近づいて、耳元で名前を囁かれて、少しだけ息が漏れる。ビリビリと痺れて動けない。シリスの息遣いが聞こえる程近くて、もうどうしていいのかわからない。ドキドキとうるさく鳴って壊れてしまいそう。
--ガチャン
「ねぇ、シリス……ここ……」
本を片手にシリスの兄であるジョアルが扉を開いた。一瞬その場が凍りつく。
「……ごめん、取り込み中だった」
素直に謝りながら目を逸らし、そう言い残してすぐさま出ていった。
シリスはスッと立ち上がり朱廉に手を伸ばす。
「立てますか?」
「は、はい」
シリスの手を借りて立ち上がる。それから何事もなかったように見送られ、屋敷から出た。
シリスさん……お兄さんが来なかったら……あの後どうしたんですか?
それだけはどうしても聞けなかった。
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