フランシェス兄弟はアンニュイ(弟編)

朝陽ヨル(月嶺)

文字の大きさ
11 / 15
付き合ってからの短編

Sweet time

しおりを挟む
 たまには、と。外のカフェや喫茶店ではなく自宅へ招待した。朱廉の好きなクッキーやケーキを薔薇庭園の中央に並べて。白いテーブルクロスを煌びやかな菓子や茶で彩られた。それを見た恋人の表情の方が輝いて見える。 

「どうぞ、お座り下さい」
「は、はいっ! 失礼します」 

 礼儀正しく母国の挨拶として包拳の礼を構えてから座った。
 それに合わせるかのように、シリスも母国の礼の構えを取ってから座った。しかしすぐに立ち上がる。 

「最近菓子を作るようになったので、ご賞味いただけますか?」
「わぁ! お茶だけでなくお菓子も作れるんですか!?」
「少々、兄に教わりまして」
「お兄さん上手なんですか?」
「ええ。器用ですからね」 

 皮肉ではない。本当に器用にこなすから。それ以上にシリスも器用なのだが、本人は気づいていない。 

「りんごのタルトと紅茶のクッキーです」
「とっても美味しそうです!」
「今日は菓子メインで、茶はセイロンにしました」 

 コポコポとティーカップに注がれ、タルトは切り分けられる。テーブルの上は豪華な菓子で、周囲は赤く染まる薔薇庭園。どこからか流れてくるクラシックのメロディー。目の前には大好きな恋人。文句のつけようがない。こんな優雅で贅沢な時を過ごしていいものかと思案する。 

「朱廉君?」
「は、はい!」
「お気に召しませんか?」
「いいえ! 我には、その……もったいなくて……」
「君の為に作ったのです。いくらでも作れますよ?」 

 数のことを言っているわけではないけれど、自分の為に作ってくれたと分かれば食べない方が失礼だ。 

「……いただきますっ」
「どうぞ」 

 セイロン茶で口を潤してからタルトを頬張る。りんごのひかえめな甘さ、かかるソースのまろやかな甘みが絶妙だった。紅茶のクッキーは、紅茶の香りが漂いクッキー自体が香ばしい。 

「どれも美味しいです! シリスさん料理が上手ですね!」
「ありがとうございます」 

 笑顔で口いっぱいに自分の作った物を頬張る恋人が可愛くて仕方ない。自分はほとんど手をつけず、その姿を眺めていた。


「……? シリスさん、どうされたんですか?」
「え?」
「あまりご自分のが減っていないので」
「ああ……」
「美味しいですよ!」 

 にっこり笑って。無意識にタルトを刺したフォークを差し出した。 

「--……」 

 シリスもまた、ゆっくり一回目を瞬かせてからは何も考えずそのフォークをくわえ、刺さるタルトを口に含んだ。
 その一連の動作の後、朱廉は理解した。この行為は恋人がするであろういわゆる『あーん』しているのだと。別に恋人同士なのだから問題ないのだが、慣れない為か固まってしまう。それに……つい魅入ってしまった。シリスの動きに。
 赤くなって口を半開きにして惚けている朱廉を知らずに、シリスは食べたタルトの感想を述べる。 

「もう少し甘さを濃くした方が良いでしょうか。朱廉君はいかがですか?」
「ふぇっ!?」
「もっと甘い方が良いですか?」
「う、あ……、も、もうスッゴく甘いです!!」
「そうですか?」
「はい!!」 

 甘過ぎて、甘美で、これ以上甘いのは容量オーバーだ。
 二人だけのお茶会が終わり、二人仲良く片付ける。屋敷内は広いのでシリスが案内をして朱廉がついていく。 

「広くて迷ってしまいそうですね」
「確かに。しかし慣れるとそう思えなくなるのは不思議ですね」
「そうなんですか?」 

 そんなことを話しながら片付け終える。お茶会が終わったということは、もう帰る時間。少し名残惜しい。少しずつ来た道を戻ると--。 

「あ……、朱廉君、少し部屋に寄ってもいいですか?」
「へ? あ、はい、どうぞ」 

 部屋。シリスの部屋。まだ見たことがないと思ったが、それがどうしたというのか。見たいなんておこがましい。
 部屋につくとシリスは中に入る。だから通路で待っていたのだが。 

「朱廉君? 中へどうぞ」
「……え? いいんですか……?」
「ええ」 

 入れると思っていなかったからか余計に緊張する。 

「お邪魔します……」 

 招かれた部屋へ恐る恐る入れば、そこはスッキリ整頓された部屋だった。凄いのは、ビッシリと本が整然と詰まった本棚が沢山並んでいたこと。 

「わぁー……うわっ!」 

 唖然として本棚を眺めながら歩いていると、前の本棚に強くぶつかった。ぐらりと、本棚が揺れる。 

「っ! 危ない!」 

 シリスが横から朱廉に覆い被さった。本棚から何冊か本が落ちてきたからだ。 

「あっ、シリスさん! ごめんなさいっ!!」
「……大丈夫ですか?」
「我は大丈夫です! シリスさんは……」
「私も大丈夫です」
「良かった……」 

 安堵して息を長く吐くが、この体勢に気づいた途端、心臓が飛び出そうな程驚いた。自分が押し倒されている。 

「……シリス、さん……」 

 目で訴えてもどいてくれない。徐々に自分の顔が赤く火照っていく。シリスの顔が近い。覆い被さったまま、投げ出された手にシリスが手を重ねて。 

「朱廉君……」
「……っ……」 

 ゆっくりシリスの顔が近づいて、耳元で名前を囁かれて、少しだけ息が漏れる。ビリビリと痺れて動けない。シリスの息遣いが聞こえる程近くて、もうどうしていいのかわからない。ドキドキとうるさく鳴って壊れてしまいそう。 

 --ガチャン 

「ねぇ、シリス……ここ……」 

 本を片手にシリスの兄であるジョアルが扉を開いた。一瞬その場が凍りつく。 

「……ごめん、取り込み中だった」 

 素直に謝りながら目を逸らし、そう言い残してすぐさま出ていった。
 シリスはスッと立ち上がり朱廉に手を伸ばす。 

「立てますか?」
「は、はい」 

 シリスの手を借りて立ち上がる。それから何事もなかったように見送られ、屋敷から出た。 

 シリスさん……お兄さんが来なかったら……あの後どうしたんですか? 

 それだけはどうしても聞けなかった。
 


 END
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

処理中です...