天国での1日(短編集)

遊び人

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ある朝の話

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 20時過ぎの電車を最寄り駅で降り一目散に家へと向かう高井
会社近くのスーパーの袋を抱え
激務のせいか疲れ切った顔である
職場の工場勤務には慣れたものの
激務の状況は何も変わっていない

高井の目の前には労基署があり
その隣に会社でも噂になっている
不審者の目撃情報がある


「ちょっくら、言いつけてやろうかな」

そう言ったのはいいものの
この時刻ではすでに閉まっている

今は訴える気力があったのに
それも明日になると喪失してしまう

立ち止まってふと呟く高井に
無地のフードを被った男が
そっと隣に現れて囁いた

「明日、ここへ来てください」

突然紙切れを
高井の手のひらに押しつぶす

「なんですか、これは」

見知らぬ男に夜そう聞かれると
誰もがそう返すであろう

沈黙の時間が続くと

男は少し焦った面持ちで

「嫌なら、その紙をクシャクシャにしたらいい、では」

フードを降ろし
高井に向けて顔を出す

「明日待っていますから、
この顔を覚えていてくださいね」

そう言い放ち男は
夜の暗い街に消えていった
高井も不思議に満ちた顔で
不安定な明日へ備えるため帰路を急いだ


翌日高井は
案外目覚めの良さに驚きながらも
業務のように
服を着替え
内ポケットにある
昨日もらった紙を思い出した

紙を一面に広げると

「〇〇アポートの前 7時に集合」

〇〇アポートの名前に覚えはなく
スマホで調べると
自宅のマンションから徒歩で行ける
距離であり
時刻は6時半

高井は腕時計を凝視し

「行ってみるか」

リュックサックを背負い
朝食に食べる予定の昨日買った
カスタードパンを机に置いたまま
ボーナスで買った黒色のスニーカーを履いて
家を出た

時計とアイコンタクトを何度もし
丁度7時の時間に
高井は目的地のアパート前に到着した

高井は周りを探っていると
防護柵に座っている
男の姿があった
身なりはフードを被って自分の靴を見ている

目線を上げ高井と目が合うなり
笑顔でスキップに近い足取りで高井の前に近づいた

「おはよう、来てくれたんだね」


フードを下ろし顔を見せると
昨日見た時には男の顔ははっきりと見えず
まじまじと見ていると
童顔のような若い顔立ちである

「で、なんだここへ連れてきて
何かあるのか」

「今から、何があるか
目で感じてください」

そう男が言うと
フードを被り
周りに高井以外誰もいないことを確信すると
朝日に照らされ
大きくサメのような歯をギラリ
口角を上げて高井を見つめた

「は、なんだよそれ」

言葉は強気なものの
高井は恐怖のあまり
1.2歩後ろへと下がる

「10.9.8…」

カウントダウンが男の口から始まった

「時間だ会社へ行かないと」

高井はそう言い訳をして
全力疾走で男から逃げる

「急いで駅で電車に乗ってしまえば
逃げれる」

高井は培った土地勘を信じ
駅へと続く道を脳内につくり
走る
後ろをそっと振り向くと
男がさっきまでは上手く確認できなかった牙をむき出しにして走っている

「おいおい、なんだよあいつ」

高井以外の人も牙を出し突っ走
る男を立ち止まり見つめる
その理由もあってか
サラリーマンや学生は歩道の端に移り
道路の真ん中はきれいに空いてしまった

高井は人数の多さを利用し撒くことは
不可能を悟る
後ろを再び振り向くと距離は近づいている

直線では到底逃げ切れないことを感じ
高井は建物の間の通り道を通る
ここはショートカットとして使う道
高井は目の前にある青色のゴミ箱を
両手で掴みに男の方に投げる

後ろではジャンプ音と共に

「待ってくださいよ、ねぇ早く」

高井は真剣さのあまり
一言も返さず
走ることだけに集中する

「この通り道を右に曲がれば駅だけど」

駅へと続くのは距離として500メートルほどの直線で
直線勝負で行けば
この段階では
100メートルの時点で追いつかれる

高井は後ろを振り向いた
男との距離はざっと10メートルほどだ

高井は右の駅へと道へ曲がる素振りを見せ直前に左にへと体を転換させ走る

男は突然の進路変更に予想できず
防護柵に突撃する

「ふん、足の速さだけでは勝てない
勝てるのはズル賢さだけさ」

決め台詞を放ち
高井は1分2分と走った後
100円自販機の目の前へ立ち止まった

「ここだったら、大丈夫だろう」

水筒を持っていくことを忘れたため
自販機で天然水を買おうと
ボタンを押そうとした瞬間

高井の右肩にそっと手が置かれた

恐る恐る高井は後ろを振り向くと

「勝てるのはズル賢さですか
それとも足の速さですか?」

男は少年のような目で
牙を見せ
ニタニタと笑いながら高井の顔を
のぞきこんだ

高井は後ろを振り向かず
周りの人目を気にせず
額から降り注ぐ汗に
目を襲われつつも
懸命に擦り
走り続けた
過労などによる足の疲れは
今の高井には消え去っている

ふと立ち止まり
ひざに手を置き
高井は呼吸を整えて



「ここはどこだ」



見覚えのある場所は確かである
高井は上を見上げると
そこは自分の働く工場である

後ろを振り向くと男の姿はいない
時計を見ると始業時間の10分前の時間であり
上司や社長に朝起きた事を説明しても
誰も信じてはくれないだろうと溜息する

高井は労基署の前で会った
牙を見せてきたあの男のせいで
労基署には行けず
これからも辞めたい思いを胸に残し続けながら働き続け
借金取りに追われ続け
今日のように逃げ回ることであろう


高井は笑顔で工場に入ると
同僚や上司達に対し



「おはようございます!」



屈託のない返事で仕事を始めた。







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感想 1

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