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南の島へ行こう
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秘書課フロアである10階女子トイレにて私がメイクを直していると、無音の個室からいきなり梢さんが出てきて熱心に手を洗い始める。
晴香ちゃんと付き合うようになって以降、梢さんはすごく変わった感じがする。
やっぱり、若い娘と付き合っていると気が若くなるのか、以前よりも更に可愛らしくなったような、素直になったような、ちょっと子供っぽくもなったような、そんな微妙だけど様々な変化を私は感じていた。
相変わらず髪色は明るめのブラウンカラーで肩にかかるぐらいの長さにしているけれど、きっと以前の梢さんなら「身体を動かす時にちょっと邪魔かも」などと言いそうな所を、どうも近頃は髪を伸ばしているようだ。
それに元々スタイルはとても良い人で、それこそギリシャ彫刻の女神像のようなプロポーションを誇っているのだけれど、ここの所は更にそのボディラインにもメリハリが出てきている感じがする。
いわゆる黄金比の健康的なプロポーションからは離れてしまうのだろうけれど、現代女性なら誰もが羨むような、腰や足首のくびれなんかは以前よりもセクシャルな雰囲気を強く醸しているように思われる。
それに何より、あの胸。
日々近くで見ているからよくわかる。
以前よりも少しだけどサイズアップしているのではないか、という事と、あとは多分以前に比べて柔らかさが増しているのか、胸を張った時や素早く動いた時に、明らかにたゆんと揺れるようになっている。
物理法則の通りだけど、乳房というのはたくさん揉めば柔らかくなるし多少は大きくもなる。
よりシャープでセクシーになったプロポーション含め、あの胸を作り上げたのも間違いなく晴香ちゃんの仕業なのだなと思うと、何やら余計な想像にばかり頭を使ってしまいそうだ。
「…」
記憶にある梢さんの生の乳房に、晴香ちゃんの白く細い指が食い込んで思い切り揉みほぐされる様子を想像してしまい、ついついリップを塗る手が止まりかけてしまった。
「…あ、冴子ちゃん」
なんとなくやましい想像をしながら横目で梢さんを見ていたのでかなり変な感じに違いなかったはずなのに、それでもひとしきり手を洗ってからようやく、梢さんは私に気付いたようだった。
…やっぱり手を洗っているだけでもすっごく胸が揺れている。
「お疲れ様です」
「うん、お疲れ~」
「なんか…調子悪いとかじゃないですよね?」
梢さんの顔は上気しており熱でもありそうだ。
ただあまり心配しすぎるのも良くないかと思い軽く尋ねるけれど、梢さんは「ハーッ」と盛大に溜め息を吐いて見せる。
「…どうしましたか」
「冴子ちゃんには白状するけどさ」
「はい」
梢さんは背中を反らせるように首を捩じって個室の方を振り返り、他に人がいない事を確かめた上で「例の、むらむらだよ」と呟いた。
…あの、バイオリズム的なやつの話か。それなら私も知っている。
そして梢さんはそのモードに入ると、相手も構わずエッチな悪戯を要求するという癖があった。
かつては私もそこに鉢合わせしてしまい、その模様を一部始終見せつけられている。
…けど、梢さんは一人でトイレから出てきたような。
「…あれ、でも」
私がいぶかると、梢さんは「自分でも信じられない」という言葉を口にした。
先日指輪を買った後の美咲さんと重なる言葉だったので、やましくもないのに何故かぎくりとしてしまう。
「…何か、ありましたか」
「前と違ってむらむらが年中、止まらないから」
「…はぁ」
「それに誰かに遊んでもらって後からお仕置きされちゃうのもアリかもしれないけど、さすがにまだ始まったばかりなのにそれもねぇ…と思うし」
「…なるほど」
要は晴香ちゃんに身体中開発されまくりで身体の疼きが止まる暇もないという事なのだろう。
日々、二人がどれだけ濃厚に交わっているのか想像するとこちらも顔が熱くなるが、それでも梢さんはどうにかして一人で処理しようとしている。
そんな真面目な側面があったなんて、失礼ながら驚きだ。
その事を本人も「信じられない」と言っているのだろう。
「事情を知る冴子ちゃんにはそれの解消を手伝って欲しいけどさ…でもね」
梢さんが私の右手薬指にはめられている指輪に目をやった。
「それの威力は、冴子ちゃんが思う以上に絶大なんだよ」
「……」
そうか、指輪の存在そのものがイコール美咲さんに直結するんだろう。
美咲さんの独占の証を身に着けている私にはもう、気楽に声をかけられなくなったと言いたいらしい。
「あぁ、それこそ動画でも送ったらどうですか?」
とても、性的な話題とは思えぬ明るい調子で言ってしまったが、梢さんは「もうやってるよ」とうなだれる。
毎日死にそうなほど性的快感漬けになっていても、こんなに憂いを抱える人がいるものなのか…しかもそれがあの梢さんなのか、などと色々な驚きがあるものだ。
「…もっと刺激が欲しい、っていうのが止まらなくなっちゃうんだよね」
梢さんも、性的な話題とは思えぬ物憂げな口調で呟く。
私と美咲さん、そして梢さんと晴香ちゃん四人での旅行計画は一応固まりつつあって、もう日程まで決まっている。
もはや梢さんのモチベーションはその時に繰り広げられる予定らしき四人全員参加の交わりに向かっているみたいなんだけど。
本当に本気なのだろうか…と今なお私はそここそが信じられない。
まあ、それがメインではないにしても旅行そのものはとても楽しみだ。
日程はあまり長く取れなかったので、行き先は国内、沖縄の離島のリゾート地を選んでいる。
1月の東京は冬だけど、その地であれば海でも泳げるぐらいに温かい。
そして私と美咲さんで一部屋、梢さんと晴香ちゃんとで一部屋を、同じホテルの別のグレードの部屋で押さえている。
「今度の旅行ってさぁ」
梢さんがようやくハンカチで手を拭きながら言う。
考えてみればその手でさっきまで自分を慰めていたのかと思うと、急に生々しい感じがしてきて焦った。
「はい」
「もはや冴子ちゃん達にとっては新婚旅行とか婚前旅行みたいな事なんじゃないの」
棒読みなのが怖い。
「そんなの梢さんだってあんまり変わらないんじゃないですか?」
「どうかな…」
あれ、二人は相性バッチリの運命的パートナーではないのだろうか。
「私は晴香たんの奴隷みたいなもんだから…よくわかんないよ」
「はぁ……」
梢さんの中でどういう思考が展開されているのか謎だけど、何やらお悩み中らしい。
「だけど幸せなんですよね?」
念の為に聞いてみる。
「そりゃ~、幸せだよ…幸せ過ぎて明日死ぬんじゃないかと思うぐらいに」
「そう、ですか…」
二人の世界は計り知れない。
こんな人たちの交わりを目の当りにして、私の思考や価値観は崩壊しないだろうか、不安だ。
なんとなく梢さんの話を聞いておこうかと思い立って、帰り道二人でカフェに立ち寄った。
あまり会社の人と遭遇しないよう、通勤路からはちょっと外れた場所を選び、できる限り会話を聞かれないように店の隅っこの、周囲に人がいない席を陣取った。
「晴香ちゃんとのこれからの事、心配だったりするんですか」
「…どうかなあ、とにかくよくわからないとしか言えないな」
外を歩いて来た私たちにはカフェの暖房は暑過ぎるくらいで、甘く味付けされたラテのフレーバーよりも、サービスで出された氷水の方が美味しく感じてしまう。
「…どうしてですか?」
「多分、私の方が夢中になっちゃってるから」
「……」
そこで思う。あまり直接的に聞いてしまうのは良くないのだろうか、と。
晴香ちゃんは今もなお、梢さんよりも私の方を思っているとかそんな事を言っているとかだったらどうしよう。
自意識過剰かもしれない忖度をどう扱って良いのか私は悩んだ。
「一応お知らせしておきますけど、二人を引き合わせて以降それっぽい動画も写真も、送られて来てはいないですよ」
「ふーん……あ、来たよホラ」
「え?」
聞けば梢さんのスマホに晴香ちゃんから「まだか」という旨のメッセージが届いたらしい。
…そんなにも、早く梢さんをいたぶりたくて仕方ないのだろうか、晴香ちゃんは。
やっぱり、梢さんが悩むまでもなく愛されてるんじゃないの?と思うんだけど。
「この娘は恐ろしいんだよ、わかってるの?冴子ちゃん」
「いえ、詳しくは…存じませんが」
恐怖のあまりつい言葉遣いまで丁寧になってしまう。
「…仕事が引けてすぐに行けば行ったでじっくり嬲られるし、今日みたいに寄り道したらしたで、『遅い』なんつってメチャクチャにされるんだよ?…更に言うと、やれ『駅のトイレでパンツ脱いでから来い』だの『ベランダで自分の脱いだパンツ咥えてオナニーして見せろ』だのとそりゃもう派手に要求されるんですよ、あのお姫様は」
「……」
「一体全体どこからそういう知識を仕入れてるんだか、次から次へと凄いんだよ」
考えてみれば、晴香ちゃんも『WS』アプリ開発のチームという女の園に属しているわけで、もしかすると晴香ちゃんを囲む経験豊富なお姉様方から、あらゆる性的な体験談や願望などを望まずとも聞かされているかもしれない。
ただ単に実践の相手がいなかったというだけで、やろうと思えば引き出しの数だけは膨大という理屈も成り立つ。
加えてこの、一応は貞操観念劇薄かつM性たっぷりの梢さんを捕まえたのだから、話に聞いたあらゆる行為を試してみたいという好奇心が抑えられなくなるのもある意味自然だと思った。
私は「でも、いい事じゃないですか」と梢さんの…と言うよりも私自身の価値観に照らして言ってみる。
「いいんだけど、こちらの理想を超えてくるから恐ろしいんだよ」
やっぱりのろけにしか聞こえない気がする。
私はしつこくそれを梢さんに伝えた。
「それだって、すごくいい事じゃないですか」
「…そうかもしれないけど、私はいつかお別れしちゃうかもしれない事がもう怖いよ」
…どうしてそんな事、心配するんだろう。
本当に失いたくないほどの相手と出会うと、そんな思考に陥るものなんだろうか。
…でももしかしたらそれとちょっと似たものを、美咲さんから感じた事があったような気もする。
「だったら」
私はわざとらしく右手を突き出して見せる。
梢さんは、氷水の入ったコップを握りそればかり見つめていたが、少し顔を動かして私の右手を見た。
「これと、同じようにしちゃったら良いんじゃないですか?」
「…それ?」
「そう、これですよ」
私は右手の指を動かして、指輪に敷き詰められたピンクダイヤの輝きをわざと拡散させて見せた。
お揃いのアクセサリーを着けること自体は、別に相手を縛る意味合いなんてないのかもしれない。
私の場合たまたま指輪だったからその意味合いが強くなっちゃってるけど、指輪でなくたって梢さんなりに腹落ちする程度には晴香ちゃんとの絆を確かめられるかもしれない、と思ったのだ。
「二人がどれだけ親密になっているのか、私にははっきりとはわかりませんけど…でも、もし何かを贈ったなら、きっと大切にしてくれるんじゃないかと思いますよ、あの娘は」
「うーん」
もう梢さんは、あまりに身体をメチャクチャに破壊され過ぎて思考までダメになってしまったのだろうか。
話を聞く限りは、どう考えても超が付くほどにぴったりと合っているようにしか思えないのに。
「…まあ、一度聞いてみるね、ありがとう」
「気をしっかり持ってください」
実際には大変に順調な、だが本人的には恋に悩む女性に対して全くふさわしくない励まし言葉になってしまったが、私は改めて糖分いっぱいのラテを梢さんに勧めた。
梢さんに限ってそれはないと思うけど、消耗しすぎた脳に少しでもエネルギーを送れたら良いとも思いつつ。
「…じゃ、行ってくるね」
梢さんの行き先は勿論晴香ちゃんの部屋だろう。
まるで処刑台にでも向かうような頼りない足取りだなと思うけれど、処刑台は処刑台でも梢さんが向かう先は官能の処刑台だ。
だからこうして、逃げも隠れもできるのに、わざわざそちらに歩を進めていくのである。
「行ってらっしゃいませ」
受付担当の頃には何度も言っていた挨拶言葉を使って、冗談めかして梢さんと別れた。
変に話しを聞いた所為で、これから二人がどんな風に交わるのか、ますます生々しい妄想が頭の中いっぱいに膨らんでしまった。
*-*-*-*-*-
朝の国内線ターミナルは、たくさんの人で溢れ返っている。
私と美咲さんは早めにチェックを済ませてラウンジでのんびりとお茶を楽しんでいた。
「別にカードラウンジって言っても大した事ないのよね」
「……」
返答に困るのでそういう話題は止めて欲しいのだが。
当然と言えば当然だけど、美咲さんはステータスの高いカードの所有者でもあるから、会員のみ利用可能というラウンジに、私も同伴させてもらっている。
梢さん達とは搭乗ゲート近くで、本当に飛行機に乗る直前に待ち合わせをしているのだけれど、いざ搭乗ゲート付近に来てみても、まだ梢さん達は来ていないようだった。
間に合うだろうか…と少し心配になった所でようやくバタバタと二人がやって来る。
「ごめんね、ト…トイレに行ってたの」
「遅くなってすみませんでした」
梢さんは汗までかいて、晴香ちゃんは深々と頭を下げているんだけど。
…どう考えても上気した顔は二人とも同じ感じで、「トイレ」が事実ならそこで一戦交えたようにしか思えないのでこちらが恥ずかしくなる。
「…やっぱ若いよね、二人」
美咲さんは苦笑いを浮かべて言う。
「…いや、冴子も勿論若いんだけどさ、私だけ浮いてそうで不安だわ」
「そんな事、ありませんよ」
ぼーっとそのやり取りを見ていた梢さんが急に我に返ったように、美咲さんに向かって頭を下げ始めた。
「その、申し訳ございません」
「…やめてよ、プライベートなんだから」
「…はいっ」
よく考えてみれば梢さんの仕事モードの態度を私はきちんと見た事がない。
…こういう、感じなんだ。すごくはきはきと喋るし、動きまできびきびして見える。
明るいと言うより体育会系ノリが強く前に出ている感じがするから、美咲さんが梢さんを「アスリート女子」と表現するのも納得できた。
「…やっぱり、お二人は絵になりますね」
うって変わって晴香ちゃんはさらっと顔色も戻っていて、何やらうっとりとした表情で私と美咲さんを眺めている。
「…大丈夫なの?この娘達は」
美咲さんはだんだん不安そうな表情になっていくけど、私自身は慣れたものなので「大丈夫ですよ、むしろ放置していただくぐらいでちょうど良いです」とアドバイスしておいた。
…それよりも、重要な事に私は気付いてしまう。
思わず梢さんの腕を引っ張り耳打ちせずにはいられなかった。
なぜなら、梢さんと晴香ちゃんがお揃いのネックレスを身に着けているからである。
「…やっぱり私の思った通りだったじゃないですか」
「う、うん」
「後でしっかり話、聞かせてくださいね」
「…はい」
梢さんは恥ずかしいのか、真っ赤になって下を向いてしまった。
ここまでわかりやすいペアアクセサリーを着けておいて何を今更、と思うのだけれど。
そして私たちの様子を伺っていた晴香ちゃんも、めざとく私の右手付近に視線を走らせたかと思うと、何の意外性もないといった風情で美咲さんの顔を見上げていた。
「綺麗ですね、その指輪」
「…子供っぽいってバカにしてるんじゃないの?」
「そんな事…思ってないです」
美咲さんと晴香ちゃんがそんな会話を交わしているけれど、それを聞いていて私はやっと、美咲さんが指輪のグレードにこだわっていた理由を理解した。
…そうか、ペアアクセサリーなんて大人がするのははしゃいでるみたいで照れるから、その照れ隠しにとびきりゴージャスな指輪を選びたかった、という事なのかもしれないと。
稼ぎのない学生カップルが、それでもどうしてもお揃いの物が欲しくて買うような安物は、きっと美咲さんは嫌だったんだろう。「プライドに関わる」なんて言い方してたけど。
…と言いつつ、晴香ちゃんの白い胸元にきらめくネックレスにしても、ぱっと見だけでは値段までわからないものの、そんなに安っぽい代物とは思えない。
さすがに晴香ちゃんがヒモ上等と考えるような娘ではないと思うが、梢さんの方が惚れている分、だんだん梢さんの財布の残額が心配になってきた。
そうこうしているうちにもう搭乗も始まってしまっており、私たちは急いで飛行機に乗り込んだ。
機内では通路を挟んで左に私と美咲さん、そして右に梢さんと晴香ちゃんが横一列並びの座り位置だったけど、大したフライト時間でもないのにまた梢さん達の姿が見えない。
…先に梢さんがトイレに立ったようではあったけど、後から晴香ちゃんも用を足しに行ったのだろうか。
「…ほんと大丈夫なの?あの二人」
「だ、大丈夫です…多分」
美咲さんはもはや呆れているのか心配しているのか、両方なのかわからない感じで私に聞いてくるのだけど。
そんなの私だって責任が持てるほど二人の付き合いがどこまで進んで、いや堕ちているかなんてわからない。
「……」
何やら、空港で待ち合わせた時と同等ぐらいに上気した顔の梢さんと、涼しい顔の晴香ちゃんが一緒に戻って来た。
…今度は見逃していない。二人は同じトイレから出て来ている。
「何やってんですかっ」
晴香ちゃんをやり過ごしてから席に着こうとした梢さんの腕を掴んで囁く。
「…だから大変なんだってば」
「え?エッチな悪戯が大変って事でしょどうせ」
「…じゃ言うから」
「……」
幸い乗務員や他の乗客が通る気配もなく、梢さんは極力小さな声で私に耳打ちしてくる。
「…空港のトイレで、お互い履いてきたパンツ交換させられたんだよ」
「……」
「しかもあっちは私に履かせる前提だからとんでもないビキニみたいなやつ用意してきてるし」
私は思わず梢さんのスカートを凝視してしまう。
そう言えば今日は飛行機移動だし、当然梢さんはショートパンツか何かで来るのかと思っていたが、私服としては珍しい方のスカートを履いているのが気になっていた。
「…それ、スカート履くのも指定されたんですか」
「そうだよ~でもパンツの件はいきなり空港で聞かされて」
「ってどんなん履いてるんですか」
「え?…だからその、なんかちっちゃくてすっごい際どいようなヤツを」
梢さんがそこまで言った所で、別の乗客が「すいません」と通路を通りたそうにしていたので梢さんはさっと私から離れて席に戻った。
待ちかねていたのか、晴香ちゃんが梢さんのスカートを引っ張りながら何か言っているようである。
「…警察のお世話になるとか、そんな事にならなきゃいいけど」
美咲さんの声に私は硬直した笑顔で振り返る。
…まあ、付き合いたての仲良し二人なんてあんなもんだろう、と思いたいけれど。
しかし先ほど梢さんが言い残した情報だけでも、こちらまで顔が火照ってくるようだった。
…あの時空港では、二人がお互いに履いてきたショーツを交換して履き替えていると。更には梢さんが履かされているのは際どいデザインのショーツなのだと。
…多分、それでどれくらい興奮してしまったのか、梢さんの股間を確かめるために晴香ちゃんは後を追ったのだろう。
狭い飛行機内のトイレでスカートをめくられてショーツの食い込みやしみを確かめられる行為がかなり具体的にイメージされ、非常に心臓がドキドキしてしまった。
「ちょっと、冴子まで当てられてどーすんのよ」
「いえ、私は…」
すると、私だけに聞こえるあの甘い声で美咲さんにこう囁かれてしまった。
「ん~、やろうと思えば私だってできるんだけどな」
「や、やめてください、お願いします、旅行になりませんから」
「ふふっ」
…梢さんは自分が被害者みたいに主張しているけど、このままでは流れ弾を私が食らいそうである。
「私たちは、ほら、もっと大人の感じでお願いしたいです」
頑張って笑顔でアピールしてみるけど、今一つ笑顔が決まっていなかったらしく、美咲さんの気を反らす事はできなかった。
「…そうやってちょっと怯えてる冴子も、可愛いのよね」
…とにかくその声を継続するのは止めてもらいたいのだが。
「……」
私は何も言い返す事ができず、ぎゅっと拳を握って膝を押さえ身体を固くする事しかできなかった。
…まったく、梢さんたちの所為でいい迷惑ではないか。離島とは言え国内線のフライト時間なんて知れてると言うのに、あの二人と来たらどんだけ発情しているのやら。
するとようやく普通のトーンに声を戻して美咲さんが呟く。
「今晩はきっと、各々の部屋で水入らずの時間を過ごした方が良さそうね」
「…あの」
と言うか初日から四人でやる気だったのかい、美咲さんっ。
…警戒すべきはあの二人だけではないのか、と思い至り今度は脱力してしまった。
晴香ちゃんと付き合うようになって以降、梢さんはすごく変わった感じがする。
やっぱり、若い娘と付き合っていると気が若くなるのか、以前よりも更に可愛らしくなったような、素直になったような、ちょっと子供っぽくもなったような、そんな微妙だけど様々な変化を私は感じていた。
相変わらず髪色は明るめのブラウンカラーで肩にかかるぐらいの長さにしているけれど、きっと以前の梢さんなら「身体を動かす時にちょっと邪魔かも」などと言いそうな所を、どうも近頃は髪を伸ばしているようだ。
それに元々スタイルはとても良い人で、それこそギリシャ彫刻の女神像のようなプロポーションを誇っているのだけれど、ここの所は更にそのボディラインにもメリハリが出てきている感じがする。
いわゆる黄金比の健康的なプロポーションからは離れてしまうのだろうけれど、現代女性なら誰もが羨むような、腰や足首のくびれなんかは以前よりもセクシャルな雰囲気を強く醸しているように思われる。
それに何より、あの胸。
日々近くで見ているからよくわかる。
以前よりも少しだけどサイズアップしているのではないか、という事と、あとは多分以前に比べて柔らかさが増しているのか、胸を張った時や素早く動いた時に、明らかにたゆんと揺れるようになっている。
物理法則の通りだけど、乳房というのはたくさん揉めば柔らかくなるし多少は大きくもなる。
よりシャープでセクシーになったプロポーション含め、あの胸を作り上げたのも間違いなく晴香ちゃんの仕業なのだなと思うと、何やら余計な想像にばかり頭を使ってしまいそうだ。
「…」
記憶にある梢さんの生の乳房に、晴香ちゃんの白く細い指が食い込んで思い切り揉みほぐされる様子を想像してしまい、ついついリップを塗る手が止まりかけてしまった。
「…あ、冴子ちゃん」
なんとなくやましい想像をしながら横目で梢さんを見ていたのでかなり変な感じに違いなかったはずなのに、それでもひとしきり手を洗ってからようやく、梢さんは私に気付いたようだった。
…やっぱり手を洗っているだけでもすっごく胸が揺れている。
「お疲れ様です」
「うん、お疲れ~」
「なんか…調子悪いとかじゃないですよね?」
梢さんの顔は上気しており熱でもありそうだ。
ただあまり心配しすぎるのも良くないかと思い軽く尋ねるけれど、梢さんは「ハーッ」と盛大に溜め息を吐いて見せる。
「…どうしましたか」
「冴子ちゃんには白状するけどさ」
「はい」
梢さんは背中を反らせるように首を捩じって個室の方を振り返り、他に人がいない事を確かめた上で「例の、むらむらだよ」と呟いた。
…あの、バイオリズム的なやつの話か。それなら私も知っている。
そして梢さんはそのモードに入ると、相手も構わずエッチな悪戯を要求するという癖があった。
かつては私もそこに鉢合わせしてしまい、その模様を一部始終見せつけられている。
…けど、梢さんは一人でトイレから出てきたような。
「…あれ、でも」
私がいぶかると、梢さんは「自分でも信じられない」という言葉を口にした。
先日指輪を買った後の美咲さんと重なる言葉だったので、やましくもないのに何故かぎくりとしてしまう。
「…何か、ありましたか」
「前と違ってむらむらが年中、止まらないから」
「…はぁ」
「それに誰かに遊んでもらって後からお仕置きされちゃうのもアリかもしれないけど、さすがにまだ始まったばかりなのにそれもねぇ…と思うし」
「…なるほど」
要は晴香ちゃんに身体中開発されまくりで身体の疼きが止まる暇もないという事なのだろう。
日々、二人がどれだけ濃厚に交わっているのか想像するとこちらも顔が熱くなるが、それでも梢さんはどうにかして一人で処理しようとしている。
そんな真面目な側面があったなんて、失礼ながら驚きだ。
その事を本人も「信じられない」と言っているのだろう。
「事情を知る冴子ちゃんにはそれの解消を手伝って欲しいけどさ…でもね」
梢さんが私の右手薬指にはめられている指輪に目をやった。
「それの威力は、冴子ちゃんが思う以上に絶大なんだよ」
「……」
そうか、指輪の存在そのものがイコール美咲さんに直結するんだろう。
美咲さんの独占の証を身に着けている私にはもう、気楽に声をかけられなくなったと言いたいらしい。
「あぁ、それこそ動画でも送ったらどうですか?」
とても、性的な話題とは思えぬ明るい調子で言ってしまったが、梢さんは「もうやってるよ」とうなだれる。
毎日死にそうなほど性的快感漬けになっていても、こんなに憂いを抱える人がいるものなのか…しかもそれがあの梢さんなのか、などと色々な驚きがあるものだ。
「…もっと刺激が欲しい、っていうのが止まらなくなっちゃうんだよね」
梢さんも、性的な話題とは思えぬ物憂げな口調で呟く。
私と美咲さん、そして梢さんと晴香ちゃん四人での旅行計画は一応固まりつつあって、もう日程まで決まっている。
もはや梢さんのモチベーションはその時に繰り広げられる予定らしき四人全員参加の交わりに向かっているみたいなんだけど。
本当に本気なのだろうか…と今なお私はそここそが信じられない。
まあ、それがメインではないにしても旅行そのものはとても楽しみだ。
日程はあまり長く取れなかったので、行き先は国内、沖縄の離島のリゾート地を選んでいる。
1月の東京は冬だけど、その地であれば海でも泳げるぐらいに温かい。
そして私と美咲さんで一部屋、梢さんと晴香ちゃんとで一部屋を、同じホテルの別のグレードの部屋で押さえている。
「今度の旅行ってさぁ」
梢さんがようやくハンカチで手を拭きながら言う。
考えてみればその手でさっきまで自分を慰めていたのかと思うと、急に生々しい感じがしてきて焦った。
「はい」
「もはや冴子ちゃん達にとっては新婚旅行とか婚前旅行みたいな事なんじゃないの」
棒読みなのが怖い。
「そんなの梢さんだってあんまり変わらないんじゃないですか?」
「どうかな…」
あれ、二人は相性バッチリの運命的パートナーではないのだろうか。
「私は晴香たんの奴隷みたいなもんだから…よくわかんないよ」
「はぁ……」
梢さんの中でどういう思考が展開されているのか謎だけど、何やらお悩み中らしい。
「だけど幸せなんですよね?」
念の為に聞いてみる。
「そりゃ~、幸せだよ…幸せ過ぎて明日死ぬんじゃないかと思うぐらいに」
「そう、ですか…」
二人の世界は計り知れない。
こんな人たちの交わりを目の当りにして、私の思考や価値観は崩壊しないだろうか、不安だ。
なんとなく梢さんの話を聞いておこうかと思い立って、帰り道二人でカフェに立ち寄った。
あまり会社の人と遭遇しないよう、通勤路からはちょっと外れた場所を選び、できる限り会話を聞かれないように店の隅っこの、周囲に人がいない席を陣取った。
「晴香ちゃんとのこれからの事、心配だったりするんですか」
「…どうかなあ、とにかくよくわからないとしか言えないな」
外を歩いて来た私たちにはカフェの暖房は暑過ぎるくらいで、甘く味付けされたラテのフレーバーよりも、サービスで出された氷水の方が美味しく感じてしまう。
「…どうしてですか?」
「多分、私の方が夢中になっちゃってるから」
「……」
そこで思う。あまり直接的に聞いてしまうのは良くないのだろうか、と。
晴香ちゃんは今もなお、梢さんよりも私の方を思っているとかそんな事を言っているとかだったらどうしよう。
自意識過剰かもしれない忖度をどう扱って良いのか私は悩んだ。
「一応お知らせしておきますけど、二人を引き合わせて以降それっぽい動画も写真も、送られて来てはいないですよ」
「ふーん……あ、来たよホラ」
「え?」
聞けば梢さんのスマホに晴香ちゃんから「まだか」という旨のメッセージが届いたらしい。
…そんなにも、早く梢さんをいたぶりたくて仕方ないのだろうか、晴香ちゃんは。
やっぱり、梢さんが悩むまでもなく愛されてるんじゃないの?と思うんだけど。
「この娘は恐ろしいんだよ、わかってるの?冴子ちゃん」
「いえ、詳しくは…存じませんが」
恐怖のあまりつい言葉遣いまで丁寧になってしまう。
「…仕事が引けてすぐに行けば行ったでじっくり嬲られるし、今日みたいに寄り道したらしたで、『遅い』なんつってメチャクチャにされるんだよ?…更に言うと、やれ『駅のトイレでパンツ脱いでから来い』だの『ベランダで自分の脱いだパンツ咥えてオナニーして見せろ』だのとそりゃもう派手に要求されるんですよ、あのお姫様は」
「……」
「一体全体どこからそういう知識を仕入れてるんだか、次から次へと凄いんだよ」
考えてみれば、晴香ちゃんも『WS』アプリ開発のチームという女の園に属しているわけで、もしかすると晴香ちゃんを囲む経験豊富なお姉様方から、あらゆる性的な体験談や願望などを望まずとも聞かされているかもしれない。
ただ単に実践の相手がいなかったというだけで、やろうと思えば引き出しの数だけは膨大という理屈も成り立つ。
加えてこの、一応は貞操観念劇薄かつM性たっぷりの梢さんを捕まえたのだから、話に聞いたあらゆる行為を試してみたいという好奇心が抑えられなくなるのもある意味自然だと思った。
私は「でも、いい事じゃないですか」と梢さんの…と言うよりも私自身の価値観に照らして言ってみる。
「いいんだけど、こちらの理想を超えてくるから恐ろしいんだよ」
やっぱりのろけにしか聞こえない気がする。
私はしつこくそれを梢さんに伝えた。
「それだって、すごくいい事じゃないですか」
「…そうかもしれないけど、私はいつかお別れしちゃうかもしれない事がもう怖いよ」
…どうしてそんな事、心配するんだろう。
本当に失いたくないほどの相手と出会うと、そんな思考に陥るものなんだろうか。
…でももしかしたらそれとちょっと似たものを、美咲さんから感じた事があったような気もする。
「だったら」
私はわざとらしく右手を突き出して見せる。
梢さんは、氷水の入ったコップを握りそればかり見つめていたが、少し顔を動かして私の右手を見た。
「これと、同じようにしちゃったら良いんじゃないですか?」
「…それ?」
「そう、これですよ」
私は右手の指を動かして、指輪に敷き詰められたピンクダイヤの輝きをわざと拡散させて見せた。
お揃いのアクセサリーを着けること自体は、別に相手を縛る意味合いなんてないのかもしれない。
私の場合たまたま指輪だったからその意味合いが強くなっちゃってるけど、指輪でなくたって梢さんなりに腹落ちする程度には晴香ちゃんとの絆を確かめられるかもしれない、と思ったのだ。
「二人がどれだけ親密になっているのか、私にははっきりとはわかりませんけど…でも、もし何かを贈ったなら、きっと大切にしてくれるんじゃないかと思いますよ、あの娘は」
「うーん」
もう梢さんは、あまりに身体をメチャクチャに破壊され過ぎて思考までダメになってしまったのだろうか。
話を聞く限りは、どう考えても超が付くほどにぴったりと合っているようにしか思えないのに。
「…まあ、一度聞いてみるね、ありがとう」
「気をしっかり持ってください」
実際には大変に順調な、だが本人的には恋に悩む女性に対して全くふさわしくない励まし言葉になってしまったが、私は改めて糖分いっぱいのラテを梢さんに勧めた。
梢さんに限ってそれはないと思うけど、消耗しすぎた脳に少しでもエネルギーを送れたら良いとも思いつつ。
「…じゃ、行ってくるね」
梢さんの行き先は勿論晴香ちゃんの部屋だろう。
まるで処刑台にでも向かうような頼りない足取りだなと思うけれど、処刑台は処刑台でも梢さんが向かう先は官能の処刑台だ。
だからこうして、逃げも隠れもできるのに、わざわざそちらに歩を進めていくのである。
「行ってらっしゃいませ」
受付担当の頃には何度も言っていた挨拶言葉を使って、冗談めかして梢さんと別れた。
変に話しを聞いた所為で、これから二人がどんな風に交わるのか、ますます生々しい妄想が頭の中いっぱいに膨らんでしまった。
*-*-*-*-*-
朝の国内線ターミナルは、たくさんの人で溢れ返っている。
私と美咲さんは早めにチェックを済ませてラウンジでのんびりとお茶を楽しんでいた。
「別にカードラウンジって言っても大した事ないのよね」
「……」
返答に困るのでそういう話題は止めて欲しいのだが。
当然と言えば当然だけど、美咲さんはステータスの高いカードの所有者でもあるから、会員のみ利用可能というラウンジに、私も同伴させてもらっている。
梢さん達とは搭乗ゲート近くで、本当に飛行機に乗る直前に待ち合わせをしているのだけれど、いざ搭乗ゲート付近に来てみても、まだ梢さん達は来ていないようだった。
間に合うだろうか…と少し心配になった所でようやくバタバタと二人がやって来る。
「ごめんね、ト…トイレに行ってたの」
「遅くなってすみませんでした」
梢さんは汗までかいて、晴香ちゃんは深々と頭を下げているんだけど。
…どう考えても上気した顔は二人とも同じ感じで、「トイレ」が事実ならそこで一戦交えたようにしか思えないのでこちらが恥ずかしくなる。
「…やっぱ若いよね、二人」
美咲さんは苦笑いを浮かべて言う。
「…いや、冴子も勿論若いんだけどさ、私だけ浮いてそうで不安だわ」
「そんな事、ありませんよ」
ぼーっとそのやり取りを見ていた梢さんが急に我に返ったように、美咲さんに向かって頭を下げ始めた。
「その、申し訳ございません」
「…やめてよ、プライベートなんだから」
「…はいっ」
よく考えてみれば梢さんの仕事モードの態度を私はきちんと見た事がない。
…こういう、感じなんだ。すごくはきはきと喋るし、動きまできびきびして見える。
明るいと言うより体育会系ノリが強く前に出ている感じがするから、美咲さんが梢さんを「アスリート女子」と表現するのも納得できた。
「…やっぱり、お二人は絵になりますね」
うって変わって晴香ちゃんはさらっと顔色も戻っていて、何やらうっとりとした表情で私と美咲さんを眺めている。
「…大丈夫なの?この娘達は」
美咲さんはだんだん不安そうな表情になっていくけど、私自身は慣れたものなので「大丈夫ですよ、むしろ放置していただくぐらいでちょうど良いです」とアドバイスしておいた。
…それよりも、重要な事に私は気付いてしまう。
思わず梢さんの腕を引っ張り耳打ちせずにはいられなかった。
なぜなら、梢さんと晴香ちゃんがお揃いのネックレスを身に着けているからである。
「…やっぱり私の思った通りだったじゃないですか」
「う、うん」
「後でしっかり話、聞かせてくださいね」
「…はい」
梢さんは恥ずかしいのか、真っ赤になって下を向いてしまった。
ここまでわかりやすいペアアクセサリーを着けておいて何を今更、と思うのだけれど。
そして私たちの様子を伺っていた晴香ちゃんも、めざとく私の右手付近に視線を走らせたかと思うと、何の意外性もないといった風情で美咲さんの顔を見上げていた。
「綺麗ですね、その指輪」
「…子供っぽいってバカにしてるんじゃないの?」
「そんな事…思ってないです」
美咲さんと晴香ちゃんがそんな会話を交わしているけれど、それを聞いていて私はやっと、美咲さんが指輪のグレードにこだわっていた理由を理解した。
…そうか、ペアアクセサリーなんて大人がするのははしゃいでるみたいで照れるから、その照れ隠しにとびきりゴージャスな指輪を選びたかった、という事なのかもしれないと。
稼ぎのない学生カップルが、それでもどうしてもお揃いの物が欲しくて買うような安物は、きっと美咲さんは嫌だったんだろう。「プライドに関わる」なんて言い方してたけど。
…と言いつつ、晴香ちゃんの白い胸元にきらめくネックレスにしても、ぱっと見だけでは値段までわからないものの、そんなに安っぽい代物とは思えない。
さすがに晴香ちゃんがヒモ上等と考えるような娘ではないと思うが、梢さんの方が惚れている分、だんだん梢さんの財布の残額が心配になってきた。
そうこうしているうちにもう搭乗も始まってしまっており、私たちは急いで飛行機に乗り込んだ。
機内では通路を挟んで左に私と美咲さん、そして右に梢さんと晴香ちゃんが横一列並びの座り位置だったけど、大したフライト時間でもないのにまた梢さん達の姿が見えない。
…先に梢さんがトイレに立ったようではあったけど、後から晴香ちゃんも用を足しに行ったのだろうか。
「…ほんと大丈夫なの?あの二人」
「だ、大丈夫です…多分」
美咲さんはもはや呆れているのか心配しているのか、両方なのかわからない感じで私に聞いてくるのだけど。
そんなの私だって責任が持てるほど二人の付き合いがどこまで進んで、いや堕ちているかなんてわからない。
「……」
何やら、空港で待ち合わせた時と同等ぐらいに上気した顔の梢さんと、涼しい顔の晴香ちゃんが一緒に戻って来た。
…今度は見逃していない。二人は同じトイレから出て来ている。
「何やってんですかっ」
晴香ちゃんをやり過ごしてから席に着こうとした梢さんの腕を掴んで囁く。
「…だから大変なんだってば」
「え?エッチな悪戯が大変って事でしょどうせ」
「…じゃ言うから」
「……」
幸い乗務員や他の乗客が通る気配もなく、梢さんは極力小さな声で私に耳打ちしてくる。
「…空港のトイレで、お互い履いてきたパンツ交換させられたんだよ」
「……」
「しかもあっちは私に履かせる前提だからとんでもないビキニみたいなやつ用意してきてるし」
私は思わず梢さんのスカートを凝視してしまう。
そう言えば今日は飛行機移動だし、当然梢さんはショートパンツか何かで来るのかと思っていたが、私服としては珍しい方のスカートを履いているのが気になっていた。
「…それ、スカート履くのも指定されたんですか」
「そうだよ~でもパンツの件はいきなり空港で聞かされて」
「ってどんなん履いてるんですか」
「え?…だからその、なんかちっちゃくてすっごい際どいようなヤツを」
梢さんがそこまで言った所で、別の乗客が「すいません」と通路を通りたそうにしていたので梢さんはさっと私から離れて席に戻った。
待ちかねていたのか、晴香ちゃんが梢さんのスカートを引っ張りながら何か言っているようである。
「…警察のお世話になるとか、そんな事にならなきゃいいけど」
美咲さんの声に私は硬直した笑顔で振り返る。
…まあ、付き合いたての仲良し二人なんてあんなもんだろう、と思いたいけれど。
しかし先ほど梢さんが言い残した情報だけでも、こちらまで顔が火照ってくるようだった。
…あの時空港では、二人がお互いに履いてきたショーツを交換して履き替えていると。更には梢さんが履かされているのは際どいデザインのショーツなのだと。
…多分、それでどれくらい興奮してしまったのか、梢さんの股間を確かめるために晴香ちゃんは後を追ったのだろう。
狭い飛行機内のトイレでスカートをめくられてショーツの食い込みやしみを確かめられる行為がかなり具体的にイメージされ、非常に心臓がドキドキしてしまった。
「ちょっと、冴子まで当てられてどーすんのよ」
「いえ、私は…」
すると、私だけに聞こえるあの甘い声で美咲さんにこう囁かれてしまった。
「ん~、やろうと思えば私だってできるんだけどな」
「や、やめてください、お願いします、旅行になりませんから」
「ふふっ」
…梢さんは自分が被害者みたいに主張しているけど、このままでは流れ弾を私が食らいそうである。
「私たちは、ほら、もっと大人の感じでお願いしたいです」
頑張って笑顔でアピールしてみるけど、今一つ笑顔が決まっていなかったらしく、美咲さんの気を反らす事はできなかった。
「…そうやってちょっと怯えてる冴子も、可愛いのよね」
…とにかくその声を継続するのは止めてもらいたいのだが。
「……」
私は何も言い返す事ができず、ぎゅっと拳を握って膝を押さえ身体を固くする事しかできなかった。
…まったく、梢さんたちの所為でいい迷惑ではないか。離島とは言え国内線のフライト時間なんて知れてると言うのに、あの二人と来たらどんだけ発情しているのやら。
するとようやく普通のトーンに声を戻して美咲さんが呟く。
「今晩はきっと、各々の部屋で水入らずの時間を過ごした方が良さそうね」
「…あの」
と言うか初日から四人でやる気だったのかい、美咲さんっ。
…警戒すべきはあの二人だけではないのか、と思い至り今度は脱力してしまった。
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