お姉様と呼んでいいですか

那須野 紺

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蜜月の跡

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美咲さんと一晩中、半ば寝ないで行為にふけった後、二人でシャワーを浴びてネットショッピングでアダルトグッズを注文した。
そしてその後美咲さんは更に私を追い詰めるような「お姉様」モードに入ってもう一回千交えるのかと思いきや、美咲さんは力尽きたのかそのまま眠ってしまった。

バスローブ姿のまま、文字通り泥のように美咲さんは眠っている。
私は、美咲さんの身体が冷えないように毛布をそっとその背中にかけながら、傍らのノートパソコンを閉じた。

…美咲さんは、年末年始の休みに帰省したりはしないのだろうか。どんな予定があるのか、私は何も知らない。
でもさっき、強烈な「お姉様モード」の際に一言「もう一日私に飼われなさい」と言っていたっけ。
今日は12月28日だから、少なくとも明日、29日までは美咲さんはこの部屋にいるというつもりなのかもしれない。

休みの日、時々作るアサイーボールを準備する。
私のレシピは、豆乳とグラノーラを使ったものだ。あまり手の込んだものだと作るのが面倒になるし、内容は多分適当で良い。
正直、毎日食べたいかと言われるとそういう物でもないから、私自身たまにしか食べない。ただなんとなく、どうやって美咲さんを元気にすればいいだろう、と考えて私なりに思いついたのがこれだった。

しばらくして美咲さんが身じろぎする気配があり、「あ」という声が聞こえた。
振り返ってそちらを見ると、「やだなあ」と美咲さんがぼやいている。
「私、寝落ちしちゃったんだ、ダサすぎ」
調子が出ない時いつもそうしているのか、美咲さんは自分の拳で額の真ん中を小突いている。そして「冴子、ごめんね、びっくりしたよね」と詫びてきた。

「いえ、何も」

落ちる前のどこまで記憶が残っているのかわからないので、私は曖昧に返事をしながら手を動かした。
アサイーボールはできたが、冷蔵庫から出したばかりの豆乳は冷たいから、冬の朝食には適さない。少し常温に戻るぐらいまで放置してから食べる方が身体には優しいはずだ。

私は、キッチンにアサイーボールを置いたまま美咲さんの隣に座る。

「大丈夫ですか」
「うん、ごめんね」
「私こそ、すみませんでした」
「なんで謝るの?こういう事はお互いさまでしょ」
「じゃあ、お姉さまも、謝らないでください」
「わかった」

なんとなくそうしたいのかな、と推測して私は美咲さんに眼鏡を渡した。美咲さんは素直に受け取り眼鏡をかける。
ネットショッピングをしている時、美咲さんは眼鏡をかけていなかったから、もしかすると美咲さんはごく弱い近視なのかもしれない。実際眼鏡なしには何もできないという事はない様子が日ごろから見受けられる。

「…いきなり落ちるのは何年ぶりかなあ、記憶にないわ」

その何年か前の時は激務でそうなったのか、それとも私としているような事の中でそうなったのか。
聞くに聞けない質問である。

「とりあえず、食べますか?」

注いだ豆乳が常温に戻ってはいないタイミングだが、私は美咲さんにアサイーボールを勧めた。

「こんなのいつも食べてるの?」

美咲さんは今は「ありがとう」とは言わなかった。いきなりスプーンを付けて食べ始めるあたり、空腹だったのだろう。

「いつもじゃ、ないです、たまに」
「…ふーん」

美咲さんはさほど興味なさそうに、と言うかどちらかと言うと食べる方に集中して、話の受け答えはあっさりしていた。
私は、美咲さんがガツガツ食事する姿を、多分初めて見たような気がする。材料を混ぜただけのアサイーボールを、美味しそうに完食した。けっこうな勢いで。

「温かいココアもありますけど、召し上がりますか?」
「うん」

美咲さんはじっと座ったまま即答する。
「ごちそうさま」と言いながらアサイーボールの入っていた器を私に返してきた。
普段の美咲さんなら、立ち上がってキッチンへその器を返す動きを取るはずだが、この時はそれを諦めているというか、あえてそうしないという意志が読み取れる感じがした。
もう、気張って動くまいという所だろうか。そういう、ある所で遠慮する事を諦めるという割り切りは、潔ささえ感じて清々しい。

私は、せっかくだからと思いレンジではなく鍋で牛乳を温めてココアを作った。牛乳を鍋で温める匂いもまた、一つのメニューだと思ったからだ。

「さっきのと味がかぶりますけど、少し調整して良いですか」
「任せる」
「わかりました」

甘さと濃さを控え目にして味を調整する。あまり薄いココアというのも貧乏臭いので調整は難しい。
多少の苦みはあっても、ココアパウダーは多め、牛乳は少な目に調整した。美咲さんは黙って、首一つ動かさず待っている。

「お待たせしました」
お盆は省略で、直接マグカップを美咲さんに渡すと、今度は「ありがとう」という言葉を口にしつつ美咲さんはカップを受け取った。

…なるほど、と思う。美咲さんは、単なる行動そのものに対して、または頼んだ事そのものを遂行しただけなら「ありがとう」はあまり言わないのかもしれない。
その先に更に気使いや配慮や工夫をこらした行動に対して、美咲さんは「ありがとう」という言葉を使う人なのだろうと思った。
今で言えば美咲さんの状態を思ってココアの味を調整した、という所が「ありがとう」に対応する行動なのだろう。

まあ、そこの整合性を追求しても、ロジカルに何かがあるわけでもない。あくまでも気分なのだろうとは思うのだけど、美咲さんが「ありがたい」と思う事を口に出すルールは独特である、それは確かだ。

「…熱いですよ」
「大丈夫」

美咲さんは慣れているといった風情でココアに口をつけた。
こういう所一つを見ても、激務を潜り抜けてきた人なのだ、という想像が膨らむ。どうしてそうなのか話を聞かなくても、私にはなんとなくその背景を思い描く事ができた。おそらくは、熱い飲み物をゆっくり冷まして飲むほど暇ではないという状況が何度もあったとか、そういう事ではなかろうか。あるいは元々そういうのが大丈夫な体質なのかもしれないけれど、私の思考は自動的に、美咲さんの仕事を通じた生活習慣に思いを巡らせてしまう。

しばらく身体は動かすまいとしている態度にしても、過去にそうやって最短の時間で体力回復を図ってきた、そういう経験則に基づく本人なりの理論があってしている事だとわかる。
一度体力が底まで落ちたら、身体も心も変な遠慮はせずに回復に徹するというのも、美咲さんなりの合理的な考え方によるものだろう。

それが本当にそうかどうか確かめる事はしないけど、私なりにそう美咲さんを解釈した。

「お姉さま、嫌になっちゃいました?」
「なってない、だからこうやって一刻も早く回復しようとしてるのよ」
「…はい」

どうやってあれだけの量の熱いココアをその時間で飲み干す事ができるのか不思議なぐらい短時間で、美咲さんのカップは空になっていた。
美咲さんは特に何も言わず、ローテーブルにカップを置く。

「…」
「あとは何か、欲しいものはありませんか」

反射的に私は尋ねる。

「私の荷物」
「はい」

急いで美咲さんの手荷物を傍らに置く。美咲さんはさっと鏡を取り出して自分の表情を確認して、それからこの部屋に来る道中で買ったらしきコンビニコスメの基礎化粧品を使い始めた。

私は、あまりじっとその様子を見ない方が良いかと思い、ココアの入っていたカップを下げてキッチンへと向かった。

「ほんと、怖いわね」
「…何が、ですか」

美咲さんの方に目を向けずに聞き返すと、美咲さんはこう言う。

「冴子が何を怖がっていたのかが、なんとなくわかってきた」
「…そうですか」
「だから私がこの部屋に住むんじゃなくて、住むなら冴子が私の所に住みなさい」
「…はい、…え?」

一旦普通に返事してしまったが、何を言われているのか急すぎてびっくりする。

「冴子がその気になったらの話だけど」
「はい…」
「まさかこの年になってぱったり落ちるとか、自分でも信じられないわ」
「す、すみません」
「冴子のせいじゃないから」

今の美咲さんの口調は、寝落ちする直前の時ほどの威圧感はない。
けれど、私は内心あの時の美咲さんとの「その先」の展開にものすごく期待してしまっている。仮に寝落ちしなければどうなっていたのだろう、と。

あの瞬間美咲さんが考えていた、「その先」の行為の内容はどんなものなのだろうか。おそらくは特別な事をしないまでも、同じような行為でもものすごく違った緊張感を作り出したに違いない。

果てしなく奉仕を要求されたのだろうか。
それとも恥ずかしい恰好をさせられて行為に及んだのだろうか。

あるいは、もっと別の事、これまでしてこなかったような事をしたのだろうか。

そのどれだったとしても、私は新たな興奮に身体を熱くしたに違いない。

何が怖いのか、それは私が美咲さんから様々なものを奪うという事だ。
時間、体力、精神力、自由。他にもあるかもしれない。
そしてそれを美咲さんはきっと理解している。
私は、今の、充実した美咲さんの傍にいたい。だけど私のせいで美咲さんが消耗しすぎるのであればそれは実現不可能な望みだ。
だから私は怖いと感じるし、躊躇もするのだ。
いっそ美咲さんにただひたすらに命じられた事をこなしているだけの方がよほど気楽という見方もできる。

「…ベッドでお休みになりますか」
「冴子が添い寝してくれたらね」
「いいんですか?相当狭いですけど…」
「うん、いい」

美咲さんがそう言うのなら従うまでだ。私は美咲さんと再び同じベッドに入って布団をかぶる。

あの時「もう一日飼われろ」と言われたが、そのまま半日以上二人で眠ったので、結局あれ以降やった事は食事と睡眠が大半という事になってしまった。

*-*-*-*-*-

大事を取って、その後はいやらしい事は何もせず美咲さんは帰る事となった。
私は、一人美咲さんの気配が色濃く残る部屋で考える。

美咲さんがどうしてあんな風になってしまったのかという事や、「住むなら私の部屋にしなさい」と言った理由などを。
そして何より一瞬だけど発動した「お姉様モード」のその先を妄想すると、やっぱり続きが気になって仕方ない。
一番悔やまれるのは、その一点だ。

「……」

ローテーブルの傍らの、美咲さんが座っていたのと同じ位置に私は座っている。
美咲さんがアサイーボールをがつがつ食べたり、いきなりぐっすりここで座ったまま眠っている姿などは、なんだか子供みたいで愛らしさすら感じた。

…美咲さんだって、ただの一人の女の人だ。食事もすればトイレにも行くし、疲れればがくっと眠る。
でも私の期待に応えようとして、何かそこだけを見せてくれていたのかもしれない。
ああいう、素の姿を見たら私が幻滅すると、ずっと思っていたのかもしれない。でもきっと、寝落ちした事で、そこを繕うのは辞めたのだ。

「無理させてたのかな」

本人に聞けば、絶対に否定するに決まっているから、直接聞く事はしない。
だけど、どうしてそこまでしてくれるのだろうか。私のために。

「…」

更に思い出していくと、美咲さんは「冴子が帰った後によくオナニーする」と言っていた。まさに今のような時に、という事だろう。その心境もなんとなくわかる気がする。

私はそのままの態勢で目を閉じて、ここに座っている美咲さんの姿や、一緒にシャワーを浴びた時の情景を思い出してみる。
ついさっきまで、その人はここにいた。今はいないけれど。

目を開けて、ランドリーボックスの中に、美咲さんが着ていたバスローブが入っているのを遠目に確認する。
それもまた、さっきまで美咲さんがこの部屋にいたというまぎれもない証拠だ。

ベッドに寝ころぶと、美咲さんとの濃密な時間が思い出される。美咲さんの気配はあまり残っていないけれど、それはそれはたくさん交わった。その痕跡は私の身体に刻まれている。
特に敏感な部分は、美咲さんに触られ過ぎて痛いほど過敏になっている。
本当は、身体を休ませなければいけないのだろうけど、私は、なぜかその痛いぐらいの痕跡を消したくなくて、その場所を更に自分で刺激した。自分で触るとむしろ痛みしかない。それでも、止める事はできなかった。
半ば、無理やり感じるはずの場所を指で弄って、さっさと達してそのまま眠りたい、そんな気分だった。

「…っ、ん…」

わざと乱暴に自分の胸を掴んで揉んでいく。空いた方の手ではいきなり指先で花弁をこじ開け強引に挿入した。あまり濡れていないけれど、それはどうでもいい。

「…っ…く」

自分をいためつけるような行為に没頭していくうち、様々な思考が落ちて、考える事そのものがどうでも良くなった。ほんの一瞬だけ、美咲さんはもう自宅に着いたのだろうか、という考えがよぎったが、スマホにそのようなメッセージが届いているかどうか、確認する事すら億劫で、私は区切りのいい所までは行為を続ける。

「あ、…あ…お姉さま…っ」

美咲さんが出ていった後、玄関の鍵をかけていないかもしれない、とまた余計な事が頭に浮かんだが、それもまた今はどうでもいいと考えて行為は続行する。

「や…だ、いくっ…」

全然濡れていなかったはずなのに、あっという間に秘部は濡れそぼり、痛いはずなのに萌芽はぱんぱんに膨らんでいく。
そうなるはず、そうに決まっていると自虐的な気持ちになりながら、ひたすら、あの「お姉様モード」の先を思い描いて自分を慰めた。
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