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アルバイト市街
第2話「戦う前に、もう勝っている」
「で、君は死にかけてたところを助けられた、と」
男はそう言って、椅子にふんぞり返った。
部屋はやけに広い。
だが、壁は薄汚れ、窓から入る風は冷たい。
(無駄に広いだけの建物だな)
目の前の男――準男爵は、足を組みながらリンゴをかじっている。
「いやーびっくりしたよ。あんなデカいの湖にいるんだねぇ」
「知らなかったのか」
「うん」
即答だった。
(なるほど)
俺は一度、周囲を見回す。
家具は少ない。
使用人もいない。
外から聞こえる声は、活気がない。
そして何より――
(人が少ない)
記憶が補完する。
この領地は、人口三百。
かつては五百を超えていたが、逃げ出した者が多い。
理由は単純。
貧しい。
危険。
そして無能。
(詰んでいるな)
「でさ」
準男爵がこちらを覗き込んだ。
「君、名前なんだっけ?」
一瞬、言葉が詰まる。
二つの記憶が、まだ完全には馴染んでいない。
だが、答えはすぐに出た。
「……リクだ」
「リクくんね。よし覚えた」
覚えていない顔だった。
「それでリクくん、仕事探してる?」
「いや」
「じゃあ働いてよ」
軽い。
あまりにも軽い。
「人足りてなくてさぁ」
「見ればわかる」
「でしょ?」
自慢げに言うことではない。
俺は少しだけ考える。
(選択肢は少ない)
ここで放り出されれば、生き残る保証はない。
この世界の情報も足りない。
ならば――
「条件がある」
「お、交渉?いいね」
準男爵は楽しそうに笑う。
「なんでも言ってみなよ」
「この領地、立て直す」
「うん?」
「その代わり、俺のやり方に口を出すな」
沈黙。
数秒の間。
そして――
「いいよ」
即答だった。
(軽すぎるだろう)
「ただし」
準男爵が指を立てる。
「失敗したら、責任とってね」
「どうやって」
「追放」
簡単に言った。
(合理的ではある)
「いいだろう」
俺は頷く。
準男爵は満足げに立ち上がった。
「よーし決まり!じゃあまず何するの?」
俺は窓の外を見た。
畑は荒れ、土は痩せている。
人の姿はまばら。
(原因は一つじゃない)
だが、最初にやるべきことは決まっている。
「人を集める」
「いや無理でしょ」
準男爵が即座に否定した。
「みんな出てったし」
「戻す」
「どうやって?」
俺は答える。
「噂を流す」
「……は?」
理解していない顔。
当然だ。
「この領地は安全だと」
「いや安全じゃないよ?さっきの蛇とか」
「排除した」
「一匹だけでしょ?」
「十分だ」
俺は淡々と言う。
「人は事実では動かない。認識で動く」
準男爵は首をかしげた。
「難しいこと言うねぇ」
「簡単だ」
俺は振り返る。
「“ここは安全で、食える”と思わせればいい」
「思わせるって……嘘?」
「違う」
少しだけ、口元が緩む。
「これから事実にする」
準男爵はしばらく黙っていたが、やがて笑った。
「面白いね、リクくん」
「そうか」
「うん。なんかよくわかんないけど、勝てそうな気がする」
(……)
根拠はない。
だが、こういう人間は嫌いではない。
「まず何するの?」
再び問われる。
俺は短く答えた。
「明日、全員集めろ」
「全員?」
「三百人」
「無理だよ」
「やれ」
少しだけ、間を置く。
準男爵は肩をすくめた。
「はいはい、やりますよーっと」
軽い足取りで部屋を出ていく。
扉が閉まる。
静寂。
俺は一人、窓の外を見た。
(戦場は整った)
敵はいない。
だが――
(だからこそ、崩れている)
剣も、魔法もいらない。
必要なのは、一つ。
(人の心を動かすこと)
小さく息を吐く。
「――すでに勝っている」
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