カメムシのカメ子

田山 田(たやま でん)

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第1話 カメ子がやって来た

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誰?
何を言ってるの?

気が付くと僕は真っ暗闇の中にいた。
周りに人の気配はない。
なのに、遠くの方で誰かが大きな声で叫んでいる。
僕は意識を集中してみた。
すると僕の名前を呼んでるのが分かった。

誰が呼んでるんだろう?

声のする方に体を向けようとしたけど、体が重くて動く事が出来ない。
それにここはどこ?
不安な気持ちはどんどん増していく。
そうしていると叫び声の他に何かデジタル的な音も聞こえる。
その声と音は段々と大きくなり自分を襲って来るような感覚を覚える。
音が大きくなっていくにつれ辺りが明るくなる。
それと同時に段々と意識がはっきりしてきた。
そして誰が叫んでいるのか、何を言ってるのかも分かった。

「丸男、早く起きなさい。遅れるわよ。 何時だと思ってるの? たまには起こされなくても自分で起きてちょうだいよ。毎日毎日二階まで起こしに行く方も大変なのよ。本当にもう」

ドスンドスンと階段を踏む足に力を込めながら僕を起こしにお母さんが上がって来る。
とりあえずお母さんが部屋に入って来る前にスマホのアラームを止めなきゃ。
鳴りっぱなしは寝ている合図。
これを止めないとお母さんが部屋まで入って来る。
そうなると最悪だ。

「起きたよ」

間一髪、上がって来るお母さんにベッドの上からそう言うと階段の途中で足音が止まる。
すると、本当にもうとか、毎日毎日とかブツブツ言いながらも一階に降りていくお母さん。
最悪の朝は免れた。

僕は起きたばかりのボヤボヤした頭のままベッドの中から机の椅子に手を伸ばし、そこに掛けてある制服のズボンとシャツを布団の中に入れた。
これも毎日の日課。
そう、ここまでは全く普通の朝、全く普通の一日の始まりだった。
それは僕がいつもの様にベッドの中でゴソゴソと制服に着替えている時に起こった。

「じ、地震?」

家が突然揺れ出した。
僕は布団の中で体を固くさせ、揺れが収まるのを待った。
幸い、揺れはすぐに収まった。
でも、また揺れが来ないとも言い切れない。
そう思うと僕は、早く着替えを済まそうと布団の中で、もぞもぞと体を動かした。
その時、今度はびっくりする様な大きな音をたてて何かが落ちて来た。

ドスン・バタン・ドテン

これは地震じゃない。
さっきの様に揺れはしなかった。
でも、何かがある、そこに。
布団の中からもはっきりと気配を感じる。
僕の部屋に何かが落ちて来たんだ。
でも一体何が落ちてきたんだ?
布団から出るのが怖い気もしたけど、とりあえず音の正体を、いったいこの部屋に何が落ちて来たのかを見る為に、僕は恐る恐る顔だけを布団から出した。
するとそこには見たこともない一人の女の子が僕の方に背を向けて立っていた。
見たこともないと言うのは、もちろん知らない女の子と言う意味もあるけど、今僕の目の前にいるこの女の子、見た目は普通の女の子の様に見えるけど、頭の先から足の先まで見える範囲全てが緑色だ。
しかも服は着ていない。
僕は目のやり場に困りながらも色々考えてみた。

どこから来たんだろう?
どうして裸なんだろう?

もしかして今の大きな音はこの子が落ちてきたせいなの?
僕は頭が混乱した。
緑色の女の子はこちらに背を向けたままピクリとも動かない。
たぶん後ろから見てる僕の事には気づいてないんだろう。
でもどうしよう。
僕だってこのままずっと布団の中ってわけにもいかない。
ちょっと怖かったけど僕は勇気を出して緑色の女の子の背中に向かって声を掛けてみた。

「君は誰?」

僕に声を掛けられて驚いたのか、体をビクッとさせ首をすぼめた。
そしてその女の子はゆっくりと上半身だけをこちらに向けると僕を見てこう言った。

「あたしはカメ子、カメムシのカメ子。 あなた人間でしょ?  あたし知ってるわ」

カメムシ??
カメ子??

いきなり何言ってんだろうこの子は。
あなた人間でしょって、何?
これって僕は人間だよって答えればいいの?
そして、君も人間でしょって聞き返せばいいの?
なんかおかしくない?
頭の中の混乱が解けない。
でも、このカメ子と名乗った女の子、確かに全身緑色っていうのは不思議な感じがするけど、どこからどう見ても人間だよ。
僕はどう答えようか迷いながらもとりあえず布団から出てベッドに腰かけた。
そして首をこちらに向けたままの姿勢でいるカメ子と名乗る女の子と見つめあった。
どう返事をしていいんだかわからないまま。
カメ子の方も何も言わず黙ったままだった。

「どうしたの? 今のは何の音?」

僕を起こしに来る時とは違い階段を踏む足に力は込めず何かを窺うみたいにソロリソロリという感じでお母さんが上がって来る。
いつものお母さんなら部屋のドアをがばっと開けるが、今日は様子をうかがいながらそーっとドアを開ける。
そしてここで目にした光景にお母さんは瞬時に顔面蒼白、まさに血の気が引いたといった感じだった。
しかしそんな青い顏をしてたのも一瞬だけで、僕とカメ子の二人を交互に見やるとお母さんはその目を大きく見開いて、今度は顔の色が真っ赤になった。
そして体が微かに震えてる。
青くなったり赤くなったりで僕はこのままお母さんが爆発でもするんじゃないかと思うほどだった。
しかし爆発はしなかった。
その代わり今まで聞いたことのないくらい大きな声で僕に向かって言った。

「ま、丸男! あ、あなた何やってるの? この子は誰? 裸じゃない!! なんなの? どうしたの?  何があったの丸男!」

お母さんが部屋を開けて見たのは僕が女の子と二人で見つめ合っている所。
しかも僕は着替えの途中でベッドの上に座ってるし、相手の女の子は全身緑色とはいえ、裸でこちらに背中を向けている。
確かにこの状況だけ見れば勘違いされてもしょうがないし、疑われてもしょうがない。
でも僕は無実だ! 
女の子の裸を見たのが罪になるなら別だけど、僕だって何がなんだか訳がわからないだから。

「ちょっと待ってよお母さん。 僕にも訳がわかんないんだよ」

ここは僕も全力で無実を訴えた。
お母さんからすると言い訳に聞こえるのかもしれないけど知らないものは知らない。
お母さんは黙ったまま、その目にはうっすら涙を浮かべてる。
そしてそのうるんだ目で僕の事を見た事も無いくらいキツく睨んでいる。
そんな目で見ないでよ。
本当に訳がわかんないんだよ。
最悪の朝は免れたと思ったのに。

今日は最悪の朝になった。

僕は今この部屋で起きたことを、僕の見たままをお母さんに説明した。
勿論自分自身の無実を晴らすために。
でも説明っていっても、地震かと思う揺れの後、何かが落ちてきたような大きな音がして、恐る恐る布団から顔を出すとカメ子と名乗るこの全身緑色の女の子がいた。
僕に説明できるのこれだけだ。
確かにいきなり女の子が落ちてきたなんて考えられないけど、これがこの部屋で僕が見たことそのままだから。
僕だって何が起こったのか理解できないし混乱してる。
お母さんも混乱してるのか、肩で大きく息をしていながら黙って僕の話を聞いていた。
そんな僕とお母さんのやり取りを見ていた緑色の女の子は僕を見て僕に、そして次にお母さんを見てお母さんに確認するように聞いた。

「あなたはまるおっていうのね。 あなたは誰?。 人間にもオスとメスがいるんでしょ? あたし知ってるわ。あなたはオス? それともメス?」

オス??
メス??

なんとも奇妙な質問。
それを聞いてお母さんは眉間にしわを寄せ何か言いたそうだったけど何も言わなかった。
ただ今この僕の部屋で普通では理解できないことが起こってるという事はわかってくれたみたい。
カメ子の奇妙な質問のおかげで僕がそれ以上の事を説明をするまでもなくなった。
それでもやはりお母さんが気になるのはカメ子が裸でいる事みたいだった。

「とにかくそんな格好でいないで。これを」

お母さんは僕のベッドの上の毛布をとって女の子をくるんであげた。
僕への疑いが晴れたのかはわからないけど少し落ち着いたようだ。
そこに遅れてお父さんもやって来て毛布にくるまれた女の子を見ながら言った。

「どうした? 何かあったのか? ん? 誰だこの子は? 丸男の友達か?」

なんだかお父さんだけのんびりしたような感じで喋ってるのがおかしかった。
だけどそんなお父さんのおかげで、僕はお母さんに勘違いされてきつく睨まれてた緊張が少し和らぐような感じがした。

とりあえずここでは何だからと、女の子を毛布でくるんだまま皆で一階におりた。

うちでは何か大事な話があるときはいつも一階のテレビの部屋に決まってる。
二人掛けのソファーと一人掛けのソファーがあって、二人がけのソファーにお母さんと僕、そしてお父さんが一人掛けのソファーに座るのがいつもの定位置。
この定位置で話の一切を仕切るのはいつもお母さん。
お父さんは時々唸ったり相づちを打つだけ。
今日もいつもと同じように一階のテレビのある部屋で話をするが、いつもと違うのは二人掛けのソファーにはお母さんとカメ子が座り、僕はテーブルを挟んだ向かい側の床に座った。
それぞれが定位置に着くとお母さんが女の子に話しかけた。

「あなたは誰なの?」

お母さんの質問に対して緑の女の子は最初に僕に話してきた事と同じ事を言った。

「あたしはカメ子、カメムシのカメ子。 あなたたち人間でしょ? あたし知ってるわ」

僕の部屋に突然現れた女の子。
見た目は普通なのに全身緑色。
何から聞いたらいいかわからないけど、聞きたい事はたくさんある。
わからないことが沢山ある、と言うか分からないことだらけだ。
お母さんもお父さんも同じように思ってるみたいだど、お父さんより少しだけ冷静だったお母さんはカメ子にもう一度質問をした。

「人間でしょって、あなたは違うの? あなたはカメムシなの? カメムシの世界から来たって言うの?」
「そうよ」
「カメムシがどうして、こんな風に人間の様になれるの?」

お母さんが毛布でくるまったままのカメ子に聞いた。
カメ子は笑顔でお母さんの顔を見ながら言った。

「カメムシの世界にはカメ婆とカメ爺というカメムシがいて、そのカメ婆が持ってる魔法の杖でカメムシを人間に変えることができるの。私はその杖で人間にしてもらったの。人間の世界が面白そうだから一度来て見たかったの」

カメ爺???
カメ婆???

登場人物が増えてますます混乱する。
この子はカメムシでカメ婆の魔法の杖で人間になった?
僕は話を聞いても理解できないと言うか簡単にはああそうですかと言う風にはならない。
腕を組んで「う~ん」と唸っているだけのお父さんも僕と同じ様な感じに見て取れる。
僕はお父さんに似たのかも。
でも、お母さんは混乱する僕達とは違い、びっくりするほどさばけた考えでいた。
それはお母さんが隣に座るカメ子の肩を抱きながら言った事でわかった。

「わかったわ、カメムシにも人間の様な世界があるって事ね」
「えっ?」

僕は驚いて声を出した。

「なによ。こんな緑の女の子がそんじょそこらにいる訳ないでしょ? 今の話を信じなきゃしょうがないじゃない。 若いのに頭固いわねぇ。」

そしてお母さんは次にさっきから僕が気になってたことを言った。

「それより丸男、あたな早く学校へ行きなさい。遅れるわよ。」
「えーーーーっ!!」

驚いてる僕を見てお母さんがまた一言。

「丸男、あなた今日学校休めると思ったんでしょ? だめよ、こんな事で休める訳ないでしょ。」

その通り。
お母さんは鋭い。
僕はこの事で今日は学校を休めると思ってたのにとちょっと残念だった。
お父さんは残念がっている僕の方を見ると言った。

「じゃ、俺も会社に行ってくるよ。 丸男、途中まで一緒に行こう」

僕はもう中学2年生、途中までといってもお父さんと一緒になんて恥ずかしい。

「一人で行くからいいよ」

僕がお父さんに言うと、横からお母さんがお父さんに言った。

「あなたは休んでよ。先週で大きな仕事がひと段落ついたから少しゆっくり出来るって言ってたし一日くらい有給とったって平気でしょ。 それともこの子と私置いていっちゃうわけ? これからどうするか一緒に考えてよ」

「えーーーーっ!!」

今度はお父さんが驚きの声を上げた。
それを見て僕は思った。
僕はやっぱりお父さん似だ。

「寄り道しないで早く帰って来てね」

背中からお母さんに言われ、僕は靴を履きながらドアに向かって「は~い」と言った。
これはいつもと同じやりとりだけど今日は家にカメ子がいる。
カメムシの世界からやって来たカメ子が。
そこがいつもと違うところだなと思いながら僕は家を出た。
学校に行きすがら僕は朝起きてから家を出るまでの短い時間に起こった事を頭の中で整理した。
カメムシの世界からやって来たカメムシのカメ子。
頭の先から足の先まで全身緑色の女の子。
お母さんには頭が固いって言われちゃったけど、あまりに突飛でそう簡単に理解はできない。
だけどお母さんの言う通りカメ子の話を信じるしかない。
きっとお母さんも同じ様に思ったんだと思う。
理解できたんじゃなく、そのように理解するようにしたんだ。
だから僕もそう思う事にした、そう理解する事にした。
そんな事を考えながら半分くらい来た所で今日は朝ごはんを食べてないことに気がついた。
いつもなら急かされながら食べてる朝ごはんだけど今日は色々バタバタしてて気がつかなかった。
しょうがないなと思ったけど、明日からは絶対早起きをしようと思った。た。
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