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第2話 家族というもの
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やっと終わった。
今日一日全然授業に集中できなかった。
いつもが集中できてるわけじゃないけど、今日は特に集中できなかった。
とにかく、カメムシのカメ子、今日一日僕の頭の中はそれでいっぱい。
あの子はこれからどうするんだろうって、考えても訳がわからないしキリが無いのはわかってる。
でも、やっぱり気になってしょうがない。
確かにお母さんの言う通りあんな緑の女の子がそんじょそこらにいるわけはない。
だからカメ子の言う事を信じるしかない。
ただこうして学校に来ていつもと変わらない一日を過ごしてると、もしかして夢だったんじゃないかとも思う。
とにかく今日は早く家へ帰ろう。
授業が終わると吾一がいつもの様に帰ろうぜ、と声を掛けてくれた。
今日は毎週読んでる週刊トビウオの発売日。
僕らは毎週この日を楽しみにしてて学校が終わると着替えて駅前の本屋へ猛ダッシュ。
吾一はそのつもりだろう。
だけど、今日の僕は全然そんな気にならない。
正直、頭の中は今それどころじゃない。
幼稚園からの友達の鳩村吾一。
小学校に上がる前はお母さん同士仲が良く、お互いの家を行き来していた。
小学校に入ると、吾一はサッカー、僕は野球をやるようになり、その間は同じクラスになっても余り遊ぶことはなくなった。
でも、中学に入ってお互い部活に入らずにいたら、学校帰りとか顔を合わせる事が多くなって、なんとなく一緒にいる事が増えた。
そして、二年生になって同じクラスになると、急に距離が縮まって、何でも話せる一番の親友になった。
そんな吾一には悪いけど、今日は用事があるからと言って断った。
もちろん用事と言うのはカメ子の事。
いくら吾一でもホントのことは話せない。
カメムシの世界からやって来た女の子の事なんてどうやって説明したらいいかわからない。
ごめん吾一。
とにかく早く家にかえらなくっちゃ。
ドアを開け玄関からいつもより大きな声でただいまと、帰ったことを告げてみた。
返事はない。
誰もいないのかなと思ったけど、奥の方で笑い声が聞こえる。
テレビの部屋を覗くと、そこにはジーンズを履き胸に英語で何やら文字が入ってるTシャツ着たカメ子、そしてそれを見てるお母さんとお父さんがいた。
「おう、丸男。 おかえり」
「あら、今日は早いのね」
普段こんな時間に家にいないお父さんはお母さんの言った「今日は早い」という言葉に引っかかったみたいで、茶化すように言った。
「丸男もカメちゃんの事が気になって気になってしょうがないんだろ?」
まぁ、確かにそうだけど。
でも、カメちゃんってなに?
どうなっちゃってるの?
この状況をみてポカンとしている僕にカメ子が笑顔で言った。
「おかえり丸男、今日は早かったのね」
それはまんまお母さんと同じセリフ。
それを聞いたお母さんもお父さんも大笑い。
思わず僕もつられて笑ってしまった。
だって今日の朝会ったばかりで、時間にしたらまだ数十分しか一緒にいないカメ子から「今日は早かったのね」なんて言われるとは思ってもみなかった。
でも、こうして皆で笑っていると、頭いっぱい悩みながらの一日だったのに、一気に力が抜ける。
「ねぇ聞いて丸男。カメちゃんたらお母さんの真似ばっかりするのよ。それも今日一日ずっとよ」
「だって人間のことを知るには真似するのがいいってカメ婆に言われたんだもん」
真似ばっかりするのよと言う割にはなんか楽しそうなやりとりだ。
そんなカメ子とお母さんを見ていたお父さんがコーヒーでも入れようかと部屋をでたので、僕も一緒にキッチンへ向かった。
僕はキッチンにある食器棚からグラスを二つだし自分とカメ子の飲み物を入れようとした。
そう言えばカメ子は何を飲むんだろう?
冷蔵庫をあけて中を見てるとお父さんがカメちゃんはミネラルウォーターがいいみたいだぞと教えてくれた。
僕は自分のグラスととカメ子のグラスにミネラルウォーターを入れた。
お父さんも食器棚から、普通より少し大きめのマグカップを二つ出す。
お父さんとお母さんのおそろいのマグだ。
そのマグカップにインスタントのコーヒーを入れる。
このマグはお父さんがある店で見つけて買って来たもので、色や形だけじゃなく、重さや持った感じがおちつくんだと言って、お母さんも気に入ってるもの。
見分け方は濃いブルーがお母さん、薄いブルーがお父さん。
お父さんは、そのおそろいのマグカップにお湯を注ぎながら今日一日の事を話してくれた。
「丸男が学校へ行った後、お母さんと話をして、さすがに毛布でくるんでいるだけじゃカメちゃんだって動き回るのが大変だろう、という事になってさ、それなら思い切って洋服を買いに行こうって事になったんだよ」
カメ子には少し大きかったけど、とりあえずお母さんの洋服を着せ、カメ子の洋服を買いに出かけたという事だった。
お父さんは「思い切って」と言うのは、お父さんだけが思ったことだとも話してくれた。
理由は頭の先から足の先まで緑色のカメ子が周りの人に何か言われるんじゃないかって気になったからだと少し恥ずかしそうに言った。
実際、どのお店に行ってもカメ子の緑色した肌は注目の的で、中にはカメ子の肌の色を不思議がり、なんでそんな肌の色をしてるのか、何か塗っているのか、と直接聞いて来る人が何人かいたらしい。
そんな相手にはカメ子自身が、自分はカメムシなんだと説明するが、聞いた相手は大抵、怪訝そうな顔すると、ふーんと言っていなくなるんだとお父さんは言った。
でもお父さんとしてはその反応がほとんど皆同じなのが面白かったと話してくれた。
僕にはそういう人の気持ちがわかるような気がした。
そういう人はきっと理解はしてない、というか理解できないんだろうなと思った。
そしてお父さんはうんざり顔で続きを話してくれた。
「でも、中には意地の悪い人が何人かいてさ。 そういう意地の悪い奴らは意地の悪い奴らで、皆決まって同じような事言うんだよ。 それにはほんとに呆れたよ」
お父さんの言う意地の悪い人達は、カメムシなら臭いを出してみろとか、羽はあるのか、あるなら飛んで見せてみろとか言うんだと言った。
そんなこと言う人がいるんだと僕は驚いた。
確かにカメムシの世界からやって来た、なんて言っても簡単には理解できないと思う。
でも、だからって、そんな言い方ないんじゃないかって強い憤りが湧いて来る。
正直今ここで聞いてるだけも気分が悪い。
「でもな、そう言う時カメちゃんより先にお母さんが割って入って言うんだよ、『この子の肌の色がどうでもこの子はうちの子です。関わらないでください』ってね。結構な勢いで言うから流石に相手も逃げる様にいなくなるんだ」
そしてお母さんはその都度、カメ子を励ます様に話をする事も教えてくれた。
「いい? カメちゃん。 肌の色なんて関係ないのよ。だから誰に何を言われても堂々としてなさい。 何があってもあたしはあなたの味方だから。あなたはあたし達の大切な家族なんだから」
そんな感じで今日一日、お母さんはまわりの事なんて一切気にせず、“あれは~” ”これは~“ と見るもの触れるものを出かけている間中ずっとカメ子に説明していたと話してくれた。
そして最後にお父さんは、今日一日そんなお母さんを見ていて、周りを気にしてた自分の方が恥ずかしくなったと言った。
そして、そうこうしながら今着てるTシャツやジーンズを買ってきたらしい。
僕が言うのなんだけどなかなか似合ってると思う。
その他にも色々買ってきて、帰ってからはカメ子のファッションショーになっていた。
そこまで話すとお父さんは、冷めちゃうなと言いながらマグカップを持ってテレビの部屋へ戻った。
とにかく僕が学校へ行ってる間にカメ子が洋服を着て普通の女の子の様になったり呼び方がカメちゃんになったっていう理由は何となくわかった。
そしてカメ子のファッションショーが終わるとお父さんとお母さんは突然神妙な面持ちで僕を見た。
そんな顔で見られても僕の方に思い当たる事は何も無い。
何だろうと思っていたらお父さんが話し始めた。
「カメちゃんは人間の事っていうか人間の世界の事はわからないことも多いみたいだから、丸男も色々教えてあげてくれよ。時々、素っ頓狂な事を言う時もあるけど、ま、天然な女の子だと思えばなんでもないからさ」
確かに、肌の色以外、見た目は僕達と同じとはいえ、初めてやって来た人間の世界。
カメムシからすると異世界って事になるんだろう。
そんな所に来たんだからわからないことだらけというのは当たり前だと思う。
それは僕にも十分頷ける。
しかし、これが滅多に見せる事の無い神妙な顔をしてまで僕に言おうと思ってた事?
そう思っていると本題はお母さんが話してくれた。
「ねぇ丸男、今日お父さんと色々話をしたんだけど、カメちゃんどこにも行く所が無いって言うから、うちに居てもらおうと思うんだけど丸男はどう思う?」
さすがに友達には言えないけど、これまでの流れを見ればその質問は想定内。
僕はもっと難しい、何か答えに困るような事かとも思っていたので正直ほっとした。
「お母さんとお父さんがいいなら僕はいいよ」
「ホント? 良かったわ~。 朝の事が突然だったから丸男がなんて言うかと思ってたのよ。でもとりあえずカメちゃんもこれで本当にうちの家族ね」
嬉しそうに言うお母さん。
それにに対してカメ子はきょとんとしている。
「ねぇお母さん、家族ってなに?」
カメ子は家族っていうのがわからないみたい。
いくら天然だっていってもそれはないだろと僕は思った。
「カメムシの世界にだって家族はあるんでしょ? 君のお父さんやお母さんはどうしてるの? 」
言ってしまってからお父さんやお母さんがいないという事だってある事に気が付いた。
悪気はなかったとはいえ、相手を傷つけてしまうかもしれない。
僕は申し訳ない様な気持ちになった。
カメ子はそんな僕を不思議そうな顔で見て、そして言った。
「お父さんとお母さんって人間の名前でしょ? カメムシの中にはお父さんとかお母さんなんて言う名前はないわ」
お父さん、お母さんって言う名前??
なんか変だ。
「違うよ。 確かにお父さん、お母さんって呼ぶけどそれは名前じゃないんだよ。うちのお父さんの名前は菱形角児で、お母さんの名前は菱形サチコ、そして僕が産まれたんだよ。お母さんって言うのは、えーっと、僕を産んでくれた人の事だよ」
なんか変なこと言ってる僕。
今までお母さんやお父さんが何なのかなんて説明した事なんてなかったから、上手く説明出来ない。
でも、そこまで聞いたカメ子は、それならわかると言った。
「お母さんって言うのは卵を産む人の事ね。それならわかるわ。私は会った事ないけど、私もメスだからいずれ卵を産むようになるんだもん。カメムシはね、卵を産むとどこかに行っちゃうの。そしてそこには卵だけが残るの。そこで同じカメムシから産まれた私達は少しの間一緒にいて飛べるようになったらそれぞれがあちこちに飛んでいくの。私にはまだ詳しい事はわからないけど、それがカメムシなの」
卵???
そうかカメムシなんだっけこの子。
相手が海外の人の場合、自分達との違いを、文化の違いとか言うんだろうけど、こういう場合はなんて言えばいいんだろう?
そもそも、お母さん、お父さんと言う名前の人っていう認識だと僕たちの事はどう思ってたんだろう?
僕は、カメ子が僕達の事をどう思ってるのか気になったので聞いてみようとした。
しかしそれに気づいたお母さんが言った。
「いきなりは無理よ。私たちにも理解できない事多いし、人間の世界にきたばっかりのカメちゃんなら尚更でしょ。でも、今の話で少しわかったんだからいいじゃない。少しずつよ、少しずつ。 でも、あなたは卵から生まれたわけじゃないからね。お母さん卵産めないからね」
お母さんは笑いながら言った。
「そうそう、お母さんの言う通りだよ」
お父さんのいつもの相づち。
「人間がどうやって産まれるのか分からないけど、私だって人間が卵を産まないことくらい知ってるわ」
どうだと言わんばかりにカメ子はちょっと得意な顔をしながらそう言った。
それを見てみんなで大笑いした。
カメ子も笑った。
笑われてるのは自分なのに、カメ子は僕達と一緒に笑った。
そして、お母さんは夕飯の支度をしなくっちゃと、カメ子を連れてキッチンの方へ行った。
そんな二人を笑顔で見てるお父さん。
僕は帰ってから着替えもしてなかった事に気づき、二階の自分の部屋へ行った。
部屋の前まで来てちょっと考える。
朝はバタバタして気にしなかったけど、もしかしたら僕の部屋にカメムシの世界と繋がる何かがあるのかもしれない。
そう、始まりはこの僕の部屋なんだから。
そう思うと部屋に入る時、少しだけ緊張した。
僕は部屋に入るとカメ子が立ってた所に立ち、天井や壁、窓などよく見てみたがカメムシの世界と繋がってる様な形跡は一切なかったのでほっとした。
ほっとすると週刊トビウオの事を思い出した。
こんな事なら買いに行けば良かったかな。
でも、吾一は買いに行っただろうから、明日見せてもらおうと思いながらベッドに横になった。
横になり、体全体で伸びをしたら、今日一日の緊張が疲れとなってどっと押し寄せた。
そして僕は気づかないうちに寝てしまっていた。
今日一日全然授業に集中できなかった。
いつもが集中できてるわけじゃないけど、今日は特に集中できなかった。
とにかく、カメムシのカメ子、今日一日僕の頭の中はそれでいっぱい。
あの子はこれからどうするんだろうって、考えても訳がわからないしキリが無いのはわかってる。
でも、やっぱり気になってしょうがない。
確かにお母さんの言う通りあんな緑の女の子がそんじょそこらにいるわけはない。
だからカメ子の言う事を信じるしかない。
ただこうして学校に来ていつもと変わらない一日を過ごしてると、もしかして夢だったんじゃないかとも思う。
とにかく今日は早く家へ帰ろう。
授業が終わると吾一がいつもの様に帰ろうぜ、と声を掛けてくれた。
今日は毎週読んでる週刊トビウオの発売日。
僕らは毎週この日を楽しみにしてて学校が終わると着替えて駅前の本屋へ猛ダッシュ。
吾一はそのつもりだろう。
だけど、今日の僕は全然そんな気にならない。
正直、頭の中は今それどころじゃない。
幼稚園からの友達の鳩村吾一。
小学校に上がる前はお母さん同士仲が良く、お互いの家を行き来していた。
小学校に入ると、吾一はサッカー、僕は野球をやるようになり、その間は同じクラスになっても余り遊ぶことはなくなった。
でも、中学に入ってお互い部活に入らずにいたら、学校帰りとか顔を合わせる事が多くなって、なんとなく一緒にいる事が増えた。
そして、二年生になって同じクラスになると、急に距離が縮まって、何でも話せる一番の親友になった。
そんな吾一には悪いけど、今日は用事があるからと言って断った。
もちろん用事と言うのはカメ子の事。
いくら吾一でもホントのことは話せない。
カメムシの世界からやって来た女の子の事なんてどうやって説明したらいいかわからない。
ごめん吾一。
とにかく早く家にかえらなくっちゃ。
ドアを開け玄関からいつもより大きな声でただいまと、帰ったことを告げてみた。
返事はない。
誰もいないのかなと思ったけど、奥の方で笑い声が聞こえる。
テレビの部屋を覗くと、そこにはジーンズを履き胸に英語で何やら文字が入ってるTシャツ着たカメ子、そしてそれを見てるお母さんとお父さんがいた。
「おう、丸男。 おかえり」
「あら、今日は早いのね」
普段こんな時間に家にいないお父さんはお母さんの言った「今日は早い」という言葉に引っかかったみたいで、茶化すように言った。
「丸男もカメちゃんの事が気になって気になってしょうがないんだろ?」
まぁ、確かにそうだけど。
でも、カメちゃんってなに?
どうなっちゃってるの?
この状況をみてポカンとしている僕にカメ子が笑顔で言った。
「おかえり丸男、今日は早かったのね」
それはまんまお母さんと同じセリフ。
それを聞いたお母さんもお父さんも大笑い。
思わず僕もつられて笑ってしまった。
だって今日の朝会ったばかりで、時間にしたらまだ数十分しか一緒にいないカメ子から「今日は早かったのね」なんて言われるとは思ってもみなかった。
でも、こうして皆で笑っていると、頭いっぱい悩みながらの一日だったのに、一気に力が抜ける。
「ねぇ聞いて丸男。カメちゃんたらお母さんの真似ばっかりするのよ。それも今日一日ずっとよ」
「だって人間のことを知るには真似するのがいいってカメ婆に言われたんだもん」
真似ばっかりするのよと言う割にはなんか楽しそうなやりとりだ。
そんなカメ子とお母さんを見ていたお父さんがコーヒーでも入れようかと部屋をでたので、僕も一緒にキッチンへ向かった。
僕はキッチンにある食器棚からグラスを二つだし自分とカメ子の飲み物を入れようとした。
そう言えばカメ子は何を飲むんだろう?
冷蔵庫をあけて中を見てるとお父さんがカメちゃんはミネラルウォーターがいいみたいだぞと教えてくれた。
僕は自分のグラスととカメ子のグラスにミネラルウォーターを入れた。
お父さんも食器棚から、普通より少し大きめのマグカップを二つ出す。
お父さんとお母さんのおそろいのマグだ。
そのマグカップにインスタントのコーヒーを入れる。
このマグはお父さんがある店で見つけて買って来たもので、色や形だけじゃなく、重さや持った感じがおちつくんだと言って、お母さんも気に入ってるもの。
見分け方は濃いブルーがお母さん、薄いブルーがお父さん。
お父さんは、そのおそろいのマグカップにお湯を注ぎながら今日一日の事を話してくれた。
「丸男が学校へ行った後、お母さんと話をして、さすがに毛布でくるんでいるだけじゃカメちゃんだって動き回るのが大変だろう、という事になってさ、それなら思い切って洋服を買いに行こうって事になったんだよ」
カメ子には少し大きかったけど、とりあえずお母さんの洋服を着せ、カメ子の洋服を買いに出かけたという事だった。
お父さんは「思い切って」と言うのは、お父さんだけが思ったことだとも話してくれた。
理由は頭の先から足の先まで緑色のカメ子が周りの人に何か言われるんじゃないかって気になったからだと少し恥ずかしそうに言った。
実際、どのお店に行ってもカメ子の緑色した肌は注目の的で、中にはカメ子の肌の色を不思議がり、なんでそんな肌の色をしてるのか、何か塗っているのか、と直接聞いて来る人が何人かいたらしい。
そんな相手にはカメ子自身が、自分はカメムシなんだと説明するが、聞いた相手は大抵、怪訝そうな顔すると、ふーんと言っていなくなるんだとお父さんは言った。
でもお父さんとしてはその反応がほとんど皆同じなのが面白かったと話してくれた。
僕にはそういう人の気持ちがわかるような気がした。
そういう人はきっと理解はしてない、というか理解できないんだろうなと思った。
そしてお父さんはうんざり顔で続きを話してくれた。
「でも、中には意地の悪い人が何人かいてさ。 そういう意地の悪い奴らは意地の悪い奴らで、皆決まって同じような事言うんだよ。 それにはほんとに呆れたよ」
お父さんの言う意地の悪い人達は、カメムシなら臭いを出してみろとか、羽はあるのか、あるなら飛んで見せてみろとか言うんだと言った。
そんなこと言う人がいるんだと僕は驚いた。
確かにカメムシの世界からやって来た、なんて言っても簡単には理解できないと思う。
でも、だからって、そんな言い方ないんじゃないかって強い憤りが湧いて来る。
正直今ここで聞いてるだけも気分が悪い。
「でもな、そう言う時カメちゃんより先にお母さんが割って入って言うんだよ、『この子の肌の色がどうでもこの子はうちの子です。関わらないでください』ってね。結構な勢いで言うから流石に相手も逃げる様にいなくなるんだ」
そしてお母さんはその都度、カメ子を励ます様に話をする事も教えてくれた。
「いい? カメちゃん。 肌の色なんて関係ないのよ。だから誰に何を言われても堂々としてなさい。 何があってもあたしはあなたの味方だから。あなたはあたし達の大切な家族なんだから」
そんな感じで今日一日、お母さんはまわりの事なんて一切気にせず、“あれは~” ”これは~“ と見るもの触れるものを出かけている間中ずっとカメ子に説明していたと話してくれた。
そして最後にお父さんは、今日一日そんなお母さんを見ていて、周りを気にしてた自分の方が恥ずかしくなったと言った。
そして、そうこうしながら今着てるTシャツやジーンズを買ってきたらしい。
僕が言うのなんだけどなかなか似合ってると思う。
その他にも色々買ってきて、帰ってからはカメ子のファッションショーになっていた。
そこまで話すとお父さんは、冷めちゃうなと言いながらマグカップを持ってテレビの部屋へ戻った。
とにかく僕が学校へ行ってる間にカメ子が洋服を着て普通の女の子の様になったり呼び方がカメちゃんになったっていう理由は何となくわかった。
そしてカメ子のファッションショーが終わるとお父さんとお母さんは突然神妙な面持ちで僕を見た。
そんな顔で見られても僕の方に思い当たる事は何も無い。
何だろうと思っていたらお父さんが話し始めた。
「カメちゃんは人間の事っていうか人間の世界の事はわからないことも多いみたいだから、丸男も色々教えてあげてくれよ。時々、素っ頓狂な事を言う時もあるけど、ま、天然な女の子だと思えばなんでもないからさ」
確かに、肌の色以外、見た目は僕達と同じとはいえ、初めてやって来た人間の世界。
カメムシからすると異世界って事になるんだろう。
そんな所に来たんだからわからないことだらけというのは当たり前だと思う。
それは僕にも十分頷ける。
しかし、これが滅多に見せる事の無い神妙な顔をしてまで僕に言おうと思ってた事?
そう思っていると本題はお母さんが話してくれた。
「ねぇ丸男、今日お父さんと色々話をしたんだけど、カメちゃんどこにも行く所が無いって言うから、うちに居てもらおうと思うんだけど丸男はどう思う?」
さすがに友達には言えないけど、これまでの流れを見ればその質問は想定内。
僕はもっと難しい、何か答えに困るような事かとも思っていたので正直ほっとした。
「お母さんとお父さんがいいなら僕はいいよ」
「ホント? 良かったわ~。 朝の事が突然だったから丸男がなんて言うかと思ってたのよ。でもとりあえずカメちゃんもこれで本当にうちの家族ね」
嬉しそうに言うお母さん。
それにに対してカメ子はきょとんとしている。
「ねぇお母さん、家族ってなに?」
カメ子は家族っていうのがわからないみたい。
いくら天然だっていってもそれはないだろと僕は思った。
「カメムシの世界にだって家族はあるんでしょ? 君のお父さんやお母さんはどうしてるの? 」
言ってしまってからお父さんやお母さんがいないという事だってある事に気が付いた。
悪気はなかったとはいえ、相手を傷つけてしまうかもしれない。
僕は申し訳ない様な気持ちになった。
カメ子はそんな僕を不思議そうな顔で見て、そして言った。
「お父さんとお母さんって人間の名前でしょ? カメムシの中にはお父さんとかお母さんなんて言う名前はないわ」
お父さん、お母さんって言う名前??
なんか変だ。
「違うよ。 確かにお父さん、お母さんって呼ぶけどそれは名前じゃないんだよ。うちのお父さんの名前は菱形角児で、お母さんの名前は菱形サチコ、そして僕が産まれたんだよ。お母さんって言うのは、えーっと、僕を産んでくれた人の事だよ」
なんか変なこと言ってる僕。
今までお母さんやお父さんが何なのかなんて説明した事なんてなかったから、上手く説明出来ない。
でも、そこまで聞いたカメ子は、それならわかると言った。
「お母さんって言うのは卵を産む人の事ね。それならわかるわ。私は会った事ないけど、私もメスだからいずれ卵を産むようになるんだもん。カメムシはね、卵を産むとどこかに行っちゃうの。そしてそこには卵だけが残るの。そこで同じカメムシから産まれた私達は少しの間一緒にいて飛べるようになったらそれぞれがあちこちに飛んでいくの。私にはまだ詳しい事はわからないけど、それがカメムシなの」
卵???
そうかカメムシなんだっけこの子。
相手が海外の人の場合、自分達との違いを、文化の違いとか言うんだろうけど、こういう場合はなんて言えばいいんだろう?
そもそも、お母さん、お父さんと言う名前の人っていう認識だと僕たちの事はどう思ってたんだろう?
僕は、カメ子が僕達の事をどう思ってるのか気になったので聞いてみようとした。
しかしそれに気づいたお母さんが言った。
「いきなりは無理よ。私たちにも理解できない事多いし、人間の世界にきたばっかりのカメちゃんなら尚更でしょ。でも、今の話で少しわかったんだからいいじゃない。少しずつよ、少しずつ。 でも、あなたは卵から生まれたわけじゃないからね。お母さん卵産めないからね」
お母さんは笑いながら言った。
「そうそう、お母さんの言う通りだよ」
お父さんのいつもの相づち。
「人間がどうやって産まれるのか分からないけど、私だって人間が卵を産まないことくらい知ってるわ」
どうだと言わんばかりにカメ子はちょっと得意な顔をしながらそう言った。
それを見てみんなで大笑いした。
カメ子も笑った。
笑われてるのは自分なのに、カメ子は僕達と一緒に笑った。
そして、お母さんは夕飯の支度をしなくっちゃと、カメ子を連れてキッチンの方へ行った。
そんな二人を笑顔で見てるお父さん。
僕は帰ってから着替えもしてなかった事に気づき、二階の自分の部屋へ行った。
部屋の前まで来てちょっと考える。
朝はバタバタして気にしなかったけど、もしかしたら僕の部屋にカメムシの世界と繋がる何かがあるのかもしれない。
そう、始まりはこの僕の部屋なんだから。
そう思うと部屋に入る時、少しだけ緊張した。
僕は部屋に入るとカメ子が立ってた所に立ち、天井や壁、窓などよく見てみたがカメムシの世界と繋がってる様な形跡は一切なかったのでほっとした。
ほっとすると週刊トビウオの事を思い出した。
こんな事なら買いに行けば良かったかな。
でも、吾一は買いに行っただろうから、明日見せてもらおうと思いながらベッドに横になった。
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