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第3話 もう一人の家族
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「......きて、起きて丸男、丸男」
誰かが呼んでる。
僕は声のする方に顔を向けた。
なんか眩しい、誰かの声がする。
誰の声だろう?
眩しさに慣れ、しっかり目を開けると僕の寝てるベッドにカメ子が腰をかけていた。
「ご飯できたよ。 起きて丸男。 お母さんもお父さんも待ってるよ」
何が出来たって?
何を待ってるの?
僕はどうしたんだ?
なんでカメ子がここに?
「一階から呼んでも返事がないから起こしにきたの。 お母さんに、寝ちゃってるんだろうから起こして来てって言われたの」
そうだ、着替えて横になったらそのまま寝ちゃったんだ。
僕はとりあえず体を起こした。
「早く来て。 みんなで食べましょう。 でも、みんなで一緒に食べるなんて初めて。面白いね人間って」
なんか変なこと言ってる。
やっぱりカメ子だ。
「先に行ってて、すぐ行くよ」
僕がそう言うと、下で待ってるわと言ってカメ子は階段をおりて行った。
そうだ、カメ子と一緒に暮らすことになったんだ。
長い一日はまだ続いている。
そう思いながら部屋から出て僕も一階へ降りる。
テーブルにつくとテーブルの上には緑がいっぱいだ。
「何これ?」
「野菜サラダよ」
「野菜サラダ? 」
「お野菜は体にいいのよ」
テーブルの上にいくつかあるお皿の上には全て野菜が盛ってある。
まさかとは思ったが、一応僕は聞いてみた。
「体にいいのはわかるけど、今日の晩御飯もしかしてこれだけ?」
「そう」
軽く言うお母さんに、僕はあっけにとられると言うか、正直絶句に近い思いだった。
だって、食べ盛りの中学生の晩御飯が野菜だけなんて信じられないよ。
そんな僕の気持ちが絶対に伝わってないであろうお母さんはにこにこしながらこう続けた。
「だってカメちゃんが好きだって言うのよ、野菜が」
一瞬、ため息が出そうになったけど、お母さんの笑顔を見ていると、野菜が嫌いなわけでもないし、たまにはこんなのもいいかと思ってしまう。
「今日洋服を買いに外へ出たって言ったろ、その途中、何処かで食事でもと思ったんだけどさ、カメちゃんが何を食べたいのかわからないだろ? で、とりあえず近くのスーパーで色々食材を見せて、何が食べたいのか選んでもらって、その食材の料理を食べに行こうと思ったんだけど、野菜しか選ばないんだよ」
「そうなのよ。色々見せて説明するんだけど、何にもわからない子に説明のしようがなかったのよ。 で、とりあえずこれが食べたいって言った野菜を買って家で食べようって事になったわけ」
「でも、ツナとかハムとかゆで卵とか色々あるんじゃない?」
「こうやってテーブルに並べると、そうも思うけど、その時はそんな事考える余裕はなかったのよ。 でも、今日の所はこれでいいじゃない」 とお母さん。
「そうだよ、今日はこれでいいよ」 といつもの感じのお父さん。
お母さんがカメ子に、「いい? 食事の前は必ず いただきます と言ってからたべるのよ」と教えると、変なの、と言って笑ったが、いただきますは食事の合図と言う事で、理解したようだった。
そしてそれぞれが「いただきます」と言って食べ始めようとした途端、カメ子以外のみんなの手が止まった。
カメ子は取り分けられた皿を両手で持ち上げ顔を近づけると、盛ってあるサラダに顔を突っ込む様にして、そのまま直接食べ始めた。
それを見たお母さんは悲鳴にも似た高い声で「カメちゃん、何やってるの」と、カメ子が持ってる皿を取り上げた。
カメ子は口いっぱいに野菜を頬張っていた。
「とっても美味しいよ、お母さん」
僕はそのやり取りを見て、さっき言ってた『そんな余裕がなかった』って言うのがわかる気がした。
きっと今日一日何をやってもこんな調子だったんだろうなと、想像もできた。
その後、お母さんが箸の持ち方や使い方を教えたけど、流石に難しいみたいで、今日の所は手で食べると言う事になった。
食べ終えてから僕はカメ子がこれからどの部屋を使うようになるのか聞いてみた。
「お父さんには丸男の隣の部屋にいってもらう事にしてカメちゃんは当分の間お母さんと一緒に寝るようにと思ってるの。だから丸男、あまり遅くまで起きてると隣の部屋からお父さんが入ってくるかもよ」
お母さんがからかう様に言うと、お父さんが僕を見て「よろしくなお隣さん」と言い僕の肩を軽く叩いた。
僕の家は一階にテレビの部屋と食事をするダイニング、それとお母さんとお父さんの寝室があり、二階に僕の部屋ともう一部屋がある。
誰かが泊りに来た時に使う為の部屋であまり使ってない部屋だ。
とりあえずその部屋をお父さんの部屋にする事になった。
お父さんは「俺にも部屋ができたよ。 Wi-Fi繋がるかな」と結構乗り気みたいだ。
我が家では僕が一番先にお風呂に入る。
これは早くお風呂を済ませて寝なさいと言う事で小さい頃からの決まりだ。
僕が風呂から出た後、お母さんとカメ子が一緒に入った。
食事の時の事を考えると、カメ子がこの生活に慣れるまで、何をするにも一緒の方がいいだろうと言う話になったから。
お母さんが風呂に入った所で、僕はテレビを見ているお父さんにおやすみを言って、自分の部屋に戻った。
僕は寝つきはいい方で、ベッドに入るとすぐに睡魔がおとずれるのに、食事の前に寝ちゃったのが効いてるのか、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。
とりあえずゴロゴロしながら眠気がくるのを待つしかないなと思っていると、部屋のドアを誰かがノックする。
早速来た、きっと「お隣さん」だ。
近所付き合いは大事にしないと、と思い返事をした。
「起きてるよ。 何?」
「入っていいか?」
「いいよ」
「もうお風呂はいったの?」
「いや、まだお母さんたちが入ってる。 今日は色々あったから、話をしておきたくてな。お酒が入る前に」
お父さんはお風呂から上がると毎日必ずビールを飲む、どれだけ飲むのかわからないけど、酔ってる時に近くにいると絡まれる。
昔の話をしたり、ひどい時には抱きついて来たりもする。
面白い話もあるけど、基本的に迷惑だ。
今日はまだ飲んでないと聞いて、抱きつかれる事はないなと思うと少しホッとした。
「どうしたの?」
お父さんは部屋に入ると僕のベッドに腰をかけた。
僕も起き上がりお父さんの隣で、お父さんが話するのを待った。
すると、お父さんはゆっくりとした口調で、僕の顔を見ずに話しを始めた。
「前にお前にお姉ちゃんがいたって話をしたの覚えてるか?」
突然のシリアスな話にちょっと戸惑ったけど、僕ははっきり言った。
「覚えてるよ」
実は僕には二つ違いのお姉ちゃんがいるはずだった。
いるはずだったと言うのは、そのお姉ちゃんは、生まれてくる前にお母さんのお腹の中で亡くなってしまったからだ。
お腹にいる時に女の子だとわかってたらしくお母さんはお父さんに、産まれたら一緒に買い物に行ったり、大きくなったら洋服を交換したりするんだって、色々話してたみたいだけど、産まれてくる事ができなかった。
それが僕のお姉ちゃん。
お母さんは、赤ちゃんを元気に産んであげることができなかったって、うんと自分を責めたんだって、お父さんが涙を流しながら話をしてくれたことがある。
大人が涙を流すのを見たのは初めての事だったので良く覚えている。
「今ではあまり話すこともなくなったけど、お父さんにとってもお母さんにとっても、絶対に忘れる事のできないことなんだ。思い出さない日はないくらいだよ。 お母さんも同じだと思う」
そこまで言うとお父さんは、机の椅子を引いて、僕の真正面に座った。
今度は僕の目を見て話しを始めた。
「そう言う事があったから、お前が産まれてきてくれた時はすごく嬉しかったんだ。 お母さんの喜びようも半端じゃなかったよ、どんな時もお前のそばから離れようとしなくてさ、ほっといたらトイレにも連れて行こうとするんだからね」
そこまで言うと少し笑みがこぼれた。
「お父さんも、丸男が産まれたって連絡が来て、すっ飛んで病院に行ったんだ。 病院について初めて丸男を見た時にお母さんが言ったんだよ。 この子はちゃんと産んであげられたって、これであの子も許してくれるかなってね。 それを聞いた時、お母さんは自分のせいだってずっと自分を責めて苦しんでたんだなって知って、泣けてしょうがなかったよ」
そこまで話すと、当時を思い出すのか、次の言葉を口する前にお父さんは少し呼吸を整えた。
「もしかしたらお母さんは、カメちゃんに対して多少重ねちゃう部分とかあると思うんだ」
申し訳なさそうに言うお父さんに僕も自分の思ったことを話した。
「僕もそう思ってたよ。 お父さんからお姉ちゃんの事聞いてたからね」
お父さんは僕の言葉に対し、そうか、と言ってまた呼吸を整えてからゆっくりと話を続けた。
「しばらくはカメちゃん中心になっちゃうかもしれないけど、、、、」と言って次の言葉を探してるお父さん。
そんなお父さんに僕は言った。
「大丈夫だよ。 安心して。 厳しい事を言う事もあるけど、お母さんはいつでも僕のことを思って言ってくれてるってちゃんとわかってる。大好きなお母さんだよ」
そう言うと少し照れくさくなったので、恥ずかしさを隠す為にひとこと付け加えた。
「ただ、今日みたいな野菜サラダが続く様だとちょっと困るけどね」
お父さんは笑顔でそんな僕の頭を撫でてくれ話を続けた。
「丸男はお母さんからお姉ちゃんの話を聞いたこと覚えてるかい?」
「えっ? お母さんが僕に?」
僕の記憶ではお母さんから産まれてくる事がなかったお姉ちゃんの話なんて聞いた事はない。
「お父さんたちの寝室に飾ってあるエコー写真、見たことあるだろ? お腹の中にいるときの写真。あれだけが唯一残ってるものでね、それを丸男がまだ幼稚園に通ってる頃、これは何かってお母さんに聞いた事があってね、お母さんは大きくなっていきなり話すより出来れば小さいうちから知っておいてもらって一緒に大きくなっていってほしいと思って、遠いところに行ったお姉ちゃんがいるんだよって話をしたんだよ」
僕はそんなこと全然覚えていなかった。
「周りに兄妹がいる子が多かったせいか、話した時、丸男は自分にもお姉ちゃんがいるんだってすごく喜んだんだそうだよ。 でも嬉しさのあまりどこへ言っても僕にはお姉ちゃんがいるんだって言うようになってね。 さすがにこれは良くないと思って お母さんは丸男にお姉ちゃんの事は人の前では話さない様に言って、丸男の前ではその話をしなくなったんだ。 その代わり丸男がもう少し大きくなったらお父さんから話をすることになったんだよ」
僕の記憶では、いつ聞いたか覚えてないけどお父さんが涙ながらに話してくれた事だけしか記憶になかった。
でも聞けて良かったと思う。
今後のことを考えて心配してくれ、わざわざ話をしに来てくれたお父さん。
そして怒るとちょっと怖いけどいつも僕やお父さんの事を思ってくれるお母さん。
僕は話を終え部屋を出ようとするお父さんの背中に向かって言った。
「ありがとう、お父さん」
お父さんは振り返り僕を見ると、うんうんと小さく何度か頷くと、おやすみと言って部屋を出ようとした。
その時、何かを思い出したようで、そうだそうだと言いながら笑顔で言った。
「毎日野菜サラダってのは無い様に言っておくよ。 実はさ、お父さんも丸男と同じ事思ってたんだ」
突然現れたカメムシのカメ子。
お父さんもお母さんも今日一日、いろいろ振り回され大変だったろうなと、思う。
僕も気持的に振り回された感はあるけど、いい一日だった。
これからどんなことが起こるんだろう。
そんな事を考えながら横になり、布団をかぶった。
何故か今度は心地よい眠気が来て、僕は眠りについた。
誰かが呼んでる。
僕は声のする方に顔を向けた。
なんか眩しい、誰かの声がする。
誰の声だろう?
眩しさに慣れ、しっかり目を開けると僕の寝てるベッドにカメ子が腰をかけていた。
「ご飯できたよ。 起きて丸男。 お母さんもお父さんも待ってるよ」
何が出来たって?
何を待ってるの?
僕はどうしたんだ?
なんでカメ子がここに?
「一階から呼んでも返事がないから起こしにきたの。 お母さんに、寝ちゃってるんだろうから起こして来てって言われたの」
そうだ、着替えて横になったらそのまま寝ちゃったんだ。
僕はとりあえず体を起こした。
「早く来て。 みんなで食べましょう。 でも、みんなで一緒に食べるなんて初めて。面白いね人間って」
なんか変なこと言ってる。
やっぱりカメ子だ。
「先に行ってて、すぐ行くよ」
僕がそう言うと、下で待ってるわと言ってカメ子は階段をおりて行った。
そうだ、カメ子と一緒に暮らすことになったんだ。
長い一日はまだ続いている。
そう思いながら部屋から出て僕も一階へ降りる。
テーブルにつくとテーブルの上には緑がいっぱいだ。
「何これ?」
「野菜サラダよ」
「野菜サラダ? 」
「お野菜は体にいいのよ」
テーブルの上にいくつかあるお皿の上には全て野菜が盛ってある。
まさかとは思ったが、一応僕は聞いてみた。
「体にいいのはわかるけど、今日の晩御飯もしかしてこれだけ?」
「そう」
軽く言うお母さんに、僕はあっけにとられると言うか、正直絶句に近い思いだった。
だって、食べ盛りの中学生の晩御飯が野菜だけなんて信じられないよ。
そんな僕の気持ちが絶対に伝わってないであろうお母さんはにこにこしながらこう続けた。
「だってカメちゃんが好きだって言うのよ、野菜が」
一瞬、ため息が出そうになったけど、お母さんの笑顔を見ていると、野菜が嫌いなわけでもないし、たまにはこんなのもいいかと思ってしまう。
「今日洋服を買いに外へ出たって言ったろ、その途中、何処かで食事でもと思ったんだけどさ、カメちゃんが何を食べたいのかわからないだろ? で、とりあえず近くのスーパーで色々食材を見せて、何が食べたいのか選んでもらって、その食材の料理を食べに行こうと思ったんだけど、野菜しか選ばないんだよ」
「そうなのよ。色々見せて説明するんだけど、何にもわからない子に説明のしようがなかったのよ。 で、とりあえずこれが食べたいって言った野菜を買って家で食べようって事になったわけ」
「でも、ツナとかハムとかゆで卵とか色々あるんじゃない?」
「こうやってテーブルに並べると、そうも思うけど、その時はそんな事考える余裕はなかったのよ。 でも、今日の所はこれでいいじゃない」 とお母さん。
「そうだよ、今日はこれでいいよ」 といつもの感じのお父さん。
お母さんがカメ子に、「いい? 食事の前は必ず いただきます と言ってからたべるのよ」と教えると、変なの、と言って笑ったが、いただきますは食事の合図と言う事で、理解したようだった。
そしてそれぞれが「いただきます」と言って食べ始めようとした途端、カメ子以外のみんなの手が止まった。
カメ子は取り分けられた皿を両手で持ち上げ顔を近づけると、盛ってあるサラダに顔を突っ込む様にして、そのまま直接食べ始めた。
それを見たお母さんは悲鳴にも似た高い声で「カメちゃん、何やってるの」と、カメ子が持ってる皿を取り上げた。
カメ子は口いっぱいに野菜を頬張っていた。
「とっても美味しいよ、お母さん」
僕はそのやり取りを見て、さっき言ってた『そんな余裕がなかった』って言うのがわかる気がした。
きっと今日一日何をやってもこんな調子だったんだろうなと、想像もできた。
その後、お母さんが箸の持ち方や使い方を教えたけど、流石に難しいみたいで、今日の所は手で食べると言う事になった。
食べ終えてから僕はカメ子がこれからどの部屋を使うようになるのか聞いてみた。
「お父さんには丸男の隣の部屋にいってもらう事にしてカメちゃんは当分の間お母さんと一緒に寝るようにと思ってるの。だから丸男、あまり遅くまで起きてると隣の部屋からお父さんが入ってくるかもよ」
お母さんがからかう様に言うと、お父さんが僕を見て「よろしくなお隣さん」と言い僕の肩を軽く叩いた。
僕の家は一階にテレビの部屋と食事をするダイニング、それとお母さんとお父さんの寝室があり、二階に僕の部屋ともう一部屋がある。
誰かが泊りに来た時に使う為の部屋であまり使ってない部屋だ。
とりあえずその部屋をお父さんの部屋にする事になった。
お父さんは「俺にも部屋ができたよ。 Wi-Fi繋がるかな」と結構乗り気みたいだ。
我が家では僕が一番先にお風呂に入る。
これは早くお風呂を済ませて寝なさいと言う事で小さい頃からの決まりだ。
僕が風呂から出た後、お母さんとカメ子が一緒に入った。
食事の時の事を考えると、カメ子がこの生活に慣れるまで、何をするにも一緒の方がいいだろうと言う話になったから。
お母さんが風呂に入った所で、僕はテレビを見ているお父さんにおやすみを言って、自分の部屋に戻った。
僕は寝つきはいい方で、ベッドに入るとすぐに睡魔がおとずれるのに、食事の前に寝ちゃったのが効いてるのか、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。
とりあえずゴロゴロしながら眠気がくるのを待つしかないなと思っていると、部屋のドアを誰かがノックする。
早速来た、きっと「お隣さん」だ。
近所付き合いは大事にしないと、と思い返事をした。
「起きてるよ。 何?」
「入っていいか?」
「いいよ」
「もうお風呂はいったの?」
「いや、まだお母さんたちが入ってる。 今日は色々あったから、話をしておきたくてな。お酒が入る前に」
お父さんはお風呂から上がると毎日必ずビールを飲む、どれだけ飲むのかわからないけど、酔ってる時に近くにいると絡まれる。
昔の話をしたり、ひどい時には抱きついて来たりもする。
面白い話もあるけど、基本的に迷惑だ。
今日はまだ飲んでないと聞いて、抱きつかれる事はないなと思うと少しホッとした。
「どうしたの?」
お父さんは部屋に入ると僕のベッドに腰をかけた。
僕も起き上がりお父さんの隣で、お父さんが話するのを待った。
すると、お父さんはゆっくりとした口調で、僕の顔を見ずに話しを始めた。
「前にお前にお姉ちゃんがいたって話をしたの覚えてるか?」
突然のシリアスな話にちょっと戸惑ったけど、僕ははっきり言った。
「覚えてるよ」
実は僕には二つ違いのお姉ちゃんがいるはずだった。
いるはずだったと言うのは、そのお姉ちゃんは、生まれてくる前にお母さんのお腹の中で亡くなってしまったからだ。
お腹にいる時に女の子だとわかってたらしくお母さんはお父さんに、産まれたら一緒に買い物に行ったり、大きくなったら洋服を交換したりするんだって、色々話してたみたいだけど、産まれてくる事ができなかった。
それが僕のお姉ちゃん。
お母さんは、赤ちゃんを元気に産んであげることができなかったって、うんと自分を責めたんだって、お父さんが涙を流しながら話をしてくれたことがある。
大人が涙を流すのを見たのは初めての事だったので良く覚えている。
「今ではあまり話すこともなくなったけど、お父さんにとってもお母さんにとっても、絶対に忘れる事のできないことなんだ。思い出さない日はないくらいだよ。 お母さんも同じだと思う」
そこまで言うとお父さんは、机の椅子を引いて、僕の真正面に座った。
今度は僕の目を見て話しを始めた。
「そう言う事があったから、お前が産まれてきてくれた時はすごく嬉しかったんだ。 お母さんの喜びようも半端じゃなかったよ、どんな時もお前のそばから離れようとしなくてさ、ほっといたらトイレにも連れて行こうとするんだからね」
そこまで言うと少し笑みがこぼれた。
「お父さんも、丸男が産まれたって連絡が来て、すっ飛んで病院に行ったんだ。 病院について初めて丸男を見た時にお母さんが言ったんだよ。 この子はちゃんと産んであげられたって、これであの子も許してくれるかなってね。 それを聞いた時、お母さんは自分のせいだってずっと自分を責めて苦しんでたんだなって知って、泣けてしょうがなかったよ」
そこまで話すと、当時を思い出すのか、次の言葉を口する前にお父さんは少し呼吸を整えた。
「もしかしたらお母さんは、カメちゃんに対して多少重ねちゃう部分とかあると思うんだ」
申し訳なさそうに言うお父さんに僕も自分の思ったことを話した。
「僕もそう思ってたよ。 お父さんからお姉ちゃんの事聞いてたからね」
お父さんは僕の言葉に対し、そうか、と言ってまた呼吸を整えてからゆっくりと話を続けた。
「しばらくはカメちゃん中心になっちゃうかもしれないけど、、、、」と言って次の言葉を探してるお父さん。
そんなお父さんに僕は言った。
「大丈夫だよ。 安心して。 厳しい事を言う事もあるけど、お母さんはいつでも僕のことを思って言ってくれてるってちゃんとわかってる。大好きなお母さんだよ」
そう言うと少し照れくさくなったので、恥ずかしさを隠す為にひとこと付け加えた。
「ただ、今日みたいな野菜サラダが続く様だとちょっと困るけどね」
お父さんは笑顔でそんな僕の頭を撫でてくれ話を続けた。
「丸男はお母さんからお姉ちゃんの話を聞いたこと覚えてるかい?」
「えっ? お母さんが僕に?」
僕の記憶ではお母さんから産まれてくる事がなかったお姉ちゃんの話なんて聞いた事はない。
「お父さんたちの寝室に飾ってあるエコー写真、見たことあるだろ? お腹の中にいるときの写真。あれだけが唯一残ってるものでね、それを丸男がまだ幼稚園に通ってる頃、これは何かってお母さんに聞いた事があってね、お母さんは大きくなっていきなり話すより出来れば小さいうちから知っておいてもらって一緒に大きくなっていってほしいと思って、遠いところに行ったお姉ちゃんがいるんだよって話をしたんだよ」
僕はそんなこと全然覚えていなかった。
「周りに兄妹がいる子が多かったせいか、話した時、丸男は自分にもお姉ちゃんがいるんだってすごく喜んだんだそうだよ。 でも嬉しさのあまりどこへ言っても僕にはお姉ちゃんがいるんだって言うようになってね。 さすがにこれは良くないと思って お母さんは丸男にお姉ちゃんの事は人の前では話さない様に言って、丸男の前ではその話をしなくなったんだ。 その代わり丸男がもう少し大きくなったらお父さんから話をすることになったんだよ」
僕の記憶では、いつ聞いたか覚えてないけどお父さんが涙ながらに話してくれた事だけしか記憶になかった。
でも聞けて良かったと思う。
今後のことを考えて心配してくれ、わざわざ話をしに来てくれたお父さん。
そして怒るとちょっと怖いけどいつも僕やお父さんの事を思ってくれるお母さん。
僕は話を終え部屋を出ようとするお父さんの背中に向かって言った。
「ありがとう、お父さん」
お父さんは振り返り僕を見ると、うんうんと小さく何度か頷くと、おやすみと言って部屋を出ようとした。
その時、何かを思い出したようで、そうだそうだと言いながら笑顔で言った。
「毎日野菜サラダってのは無い様に言っておくよ。 実はさ、お父さんも丸男と同じ事思ってたんだ」
突然現れたカメムシのカメ子。
お父さんもお母さんも今日一日、いろいろ振り回され大変だったろうなと、思う。
僕も気持的に振り回された感はあるけど、いい一日だった。
これからどんなことが起こるんだろう。
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