カメムシのカメ子

田山 田(たやま でん)

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第4話 呼び笛

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スマホのアラームが鳴る。
音量はマックス。
ベッドの中から手を伸ばし頭の所にあるアラームを止め、そのままスマホを布団の中へ。
時間を確認、大丈夫だ、今日は珍しく一人で起きれた。
年に何回もない事、今日は何か良い事があるかも。
いつもなら何か遠くから音が聞こえてきて、何の音だろうと、ボヤボヤした頭で考えているうちに、お母さんの声が聞こえてきて、まずいと思って慌ててアラームを止める。
アラームの鳴りっぱなしは寝てる合図。
そうすると僕の名前を呼びながらお母さんが部屋へ入ってくる。
そうなると最悪だ。
でも、今日は大丈夫。
と思っていたら、、、、、

「.......きて、起きて丸男、起きて」

誰かが僕を呼んでる。

誰?
お母さん? 
でもこれは、お母さんの声じゃない。
これは夢?

「丸男、起きて、起きて丸男」

いいや違う、やっぱり誰かが僕を呼んでいる。
カメ子だ、これはカメ子の声だ。

しまった。。。二度寝だ。

スマホのアラームは自分で止めたのに。
今日は自分で起きれたと思ったのに。

目を開けると昨日と同じようにカメ子が僕を上から見ている。

「起きて丸男、今度は朝ごはんだって」

今度は?

また変だ。
でもこれがカメ子。
でもお母さんに怒られるよりいいかな。

「ありがとう。着替えて降りていくよ」

僕は慌ててベッドから出ると起こしに来てくれたカメ子に言った。
するとカメ子は軽く腕を広げて自分の着てる服を僕に見せた。

「面白いわね、人間て。何度も服を着替えるのね。 私も昨日お母さんと寝る時に着替えて寝たのよ。朝起きてからも着替えたの、ほら昨日と違うでしょ」

気づかなかったけど、確かに昨日のジーンズとTシャツとは違う。
僕が似合うねと言うと、カメ子は嬉しそうな顔をして、またみんなで一緒に食べるから早く来てね、と言って降りて行った。
昨日は朝ごはん抜きになっちゃったので、今日は早く用意をしていかなきゃ。

うちの朝はパン派。
お母さんが朝食には必ず牛乳を飲むのでパンになったんだって。
僕もお母さんもご飯と牛乳でも平気だけど、お父さんがご飯と味噌汁と牛乳が並ぶのは変だと言い、それならと、うちの朝食はずーっとトーストになった。

「あれ、お父さんは?」
「昨日休んだからちょっと早く行くんだって言って、もう出かけたわよ」

今日の朝はお父さんがいない三人での朝食になった。
テーブルにつくとカメ子がいただきますと言ってお箸を持って食べ始めた。
昨日教わったご飯を食べる前の合図は忘れてないみたいだ。
カメ子は箸を持ってサラダを食べようとしている。
掴んでは落とし、掴んでは落とししてるけど、なんとか口にまで運んでる。
昨日の今日なのにかなり上達してる。
覚えが早い。

「昨日の今日なのに、だいぶ上達したんじゃない」
「ありがとう。でもうまく力が入れられなくてこれが持てないの」

見るとカメ子はトーストを箸で持とうとしていた。
それを見たお母さんがこれは手で食べるのよと言っても、もう少しで持てるからと、何度もチャレンジするカメ子。

「違うの。これはトーストって言って、お箸じゃなく手で持って食べるの」
「お母さん、昨日は箸を使え、今日は手でいいんじゃ、わかんないよ」
「困ったわね。 どうしたらいいかしらね、何をどう教えてあげたらいいかわからないわよね」

困ってる割には明るく答えたお母さん。
そして僕はそんなお母さんに代わってカメ子に言った。

「昨日言ってた通り、真似すればいいんじゃない、とりあえずはお母さんの真似をして少しずつ覚えればいいんじゃん」

「そうね。 それならできるわ。やっぱりカメ婆の言ったとおりね」

確かに分からなければとりあえず周りの真似をする。
案外これはいい事なのかも。
へこたれないカメ子もいいけどカメ婆も中々やるなと思った。
そんなすったもんだの朝食を終えると僕はいつものように家を出た。


学校では吾一が待ってましたとばかり僕の所へ来て週刊トビウオの話。
僕たちのお気に入りは ”マジック” という漫画で、僕らと同じ中学二年の男の子タドルが主人公。
周りで起こる問題を色々なマジックで解決していくストーリー。
しかし主人公のタドルが解決するのに使ってるのはマジックではなく本当はタドルが持つ超能力。
ただそのタドルのマジックに疑いを持ってる同級生のシズルが、タドルの本当の正体をあばこうとする話。
タドルが使う色々なマジックと、その正体があばかれそうになるハラハラ感が面白い。
でも、このマジック正直あまり人気のない漫画で、いままで僕の周りではこの漫画が好きだと言うのは吾一しかいなくて、吾一と急に仲良くなったきっかけの一つでもある。
でも、どちらかと言うとハマってるのは吾一の方で、マジック仲間ができて喜んでいるのは僕よりも吾一の方。
いつもなら発売日に一緒に本屋へ行って、どちらかが買って帰り、お互いの家に行って交互に読んで話をする。
僕はマジックしか読まないので買うのは大体吾一。

「まだ読んでないんだろう? マジック。 俺はもう読んだから、帰りにうちによれよ。 持ってきてやろうかとも思ったけど重いからやめた。 それともここで俺が話してやってもいいけど、どうする?」

吾一がからかい調に言う。
僕はちょっと勘弁してよ~とおどけて言い、帰りに寄る約束をした。
授業が終わり、吾一と一緒に教室を出て帰ろうとした所で、担任の青山先生から呼び止められた。

「おい、丸男。 お母さんから早く帰ってきてくれって電話があったぞ」

僕は先生からも丸男と呼ばれてる。

「お母さんから電話?」
「ああそうだ。 本人を呼んで話しますかって聞いたんだけど、早く帰って来る様に言ってくれれば言いってことだったから電話は切ったけど、何かあったのか?」

カメ子の事だ。
間違いない。

「わかりました、 ありがとうございます」

先生にお礼を言い、吾一にも、と言うことだから、今日はまっすぐ帰るよ、と僕は慌てて学校を後にした。


家に着くとお母さんが玄関で僕を待っていた。

「どうしたの? 学校にまで電話して来て、何かあったの?」
「カメちゃんが帰ってこないのよ」
「帰ってこない? どこに行ったの?」
「わからないわ、ちょっと家の周りを歩いて来るって午前中に出て行ってまだ帰らないのよ」

今は午後3時30分、確かに知らない世界で午前中に出て行ったにしては遅いかもしれない。

「近所は回って見たんだけど、どこにもいないのよ」
「近所ってどこ?」
「家の周り」
「家の周りだけ?」
「そう。カメちゃんが出て行く時に家の周りを歩いてみるって言ってたから。でも家を出て探してると、もしかして帰ってるんじゃないかって気になって、あまり遠くまでは探しに行ってないの」
「わかった。 僕、駅の方とか色々回ってみるよ」

僕はカバンを玄関に置き制服のまま自転車に乗って駅の方へ探し行った。
まず、駅に向かう途中にある公園を見て回った。
公園の中は、まだ明るかったので遊んでる子供たちがたくさんいる。
その中にはカメ子はいない。
公園にいないとすれば駅の方だ。
家から公園まではほぼ直線で、公園を抜けると大通りがある。
その大通りを渡ると商店街があって商店街を抜けると駅にでる。
駅には大きなデパートがあったり行き交う人も多い、その中に紛れたら見つけるのは難しいかもしれない。
僕は商店街の入り口で自転車を止めると、駅までは歩いて行く事にした。
小さい頃はお母さんと一緒に買い物に来ていたけど、いつの間にか一緒に歩くことはなくなった。
今この商店街に来るのはほとんど吾一とで、それも入り口と反対側にある本屋に行く時だけ。
ただ、一つだけよく知ってるお店がある。

パンの麹屋だ。

ここは吾一と同じ、幼稚園からの幼馴染の麹谷モロミの家。
読み方は一緒でもお店の名前は麹谷ではなく麹屋。
モロミとも吾一と同じ様に幼稚園の時は遊んでいたが小学校に入ってからは遊ばなくなった。
でも、お母さんはよくこのお店にやって来る。
うちで毎朝食べるパンもこの店で買っているから。
もっともお母さんはパンを買う為だけにここにくるのではないみたいだけど。
その麹屋の前を通ると中からモロミのお母さんから声をかけてくれた。

「あら、丸男くん。 久しぶりね。 今日はどうしたの?」

さすがにカメ子の事は説明できないので、僕はちょっと、と挨拶もそこそこに通り過ぎようとした。
暗くなる前にカメ子を探さなきゃいけない。
そんな僕におばさんが優しい口調で言った。

「今うちのモロミが丸男くん家に行ってるからあんまり遅くならないうちに帰るように言っといてくれる?」

モロミがうちに?
僕は何故モロミがうちに来てるんだろうと足を止めボンヤリ考えているとおばさんは今度は笑いながら言った。

「あらやだ、カメちゃんを送りに行ったのよ」

えーーーーーーー!!!

なんでカメ子を知ってるんだろう。
僕は驚きながらおばさんに聞いた。

「カメ子がここに来たんですか?」
「そうよ。 今日は一人で歩いてたからどうしたのかと思って声をかけたの。 それに昨日も丸男くんのお父さんとお母さんと一緒に来たわよ。 これから一緒に暮らす様になるからよろしくねってね。 初めは緑色だし驚いたけど面白い子ねカメちゃんて、カメムシなんだってね。 でも可愛いくていい子よね」

そうか、洋服を買いに行ったって言ってたっけ。
と言う事は商店街の人達はみんな知ってるって事?

「モロミとは気があうみたいでね、 モロミもカメムシの友達が出来たって喜んでたのよ。今度は二人でいらっしゃいよ。 あ、吾一くんも誘って三人でいらっしゃいよ」

”いらっしゃいよ” が頭の中でグルグルしてる。
とにかく急いで帰らなきゃ、モロミに知れたらきっと明日中には学校に知れ渡る。
吾一にはなんて説明しよう。
学校のみんなには黙ってようと思ってたのに。
僕は自転車を飛ばして家に帰った。
玄関の横に自転車を止め、ドアを開けるとカメ子の靴とモロミの靴、それと僕と同じサイズの靴がある。
他にも誰か来てるのか?
靴を脱ぎながらただいまと言うとテレビの部屋の方から、帰って来た見たいとモロミの声がする。
本当に来てる。
部屋を覗くとモロミはカメ子とお母さんと一緒に居て、モロミが持って来たらしい菓子パンを食べながら笑っていた。
そしてそこにはもう一人僕と同じサイズの靴の持ち主もいた。

吾一だった。

僕はこれで変な説明をしなくて良かったかなと、ちょっとほっとした。

「よう、おかえり。 なんか大変そうだったから、持って来てやったぞ。トビウオ」
「あ、ありがとう」

僕はヘッコリしながら言った。

「丸男のうちに来るのも久しぶりだったし、カメちゃんともっと一緒に話したかったから来ちゃった」

そうモロミはおばさんと同じ笑顔で言った。
そしてお母さんは超上機嫌。

「こうしてみんなで揃うのは本当に久しぶりね。 おばさん嬉しいわ」

そしてカメ子が得意げに僕に言う。

「聞いて丸男、私達友達になったの。ほら、吾一とモロミ」

それを聞いてみんなで大笑い。
出て行く前はこの世の終わりみたいな顔してたお母さんまで笑ってる。
でも、カメ子に何も無くて本当に良かった。
この後、僕も加わって皆で懐かしい話をした。
皆の話を聞いてるだけだったけどカメ子も嬉しそうにしていた。
本人はいいと断ったが、暗くなって来たので僕と吾一でモロミを公園まで送ってあげた。
その後、モロミが大通りを渡って商店街に入る所まで二人で見送った。

僕が家に帰り自分の部屋に戻るとカメ子が入って来た。

「今日はごめんなさい。 最初は家の周りだけと思ったんだけど、足で歩くのが楽しくて色々歩いてたの。そうしたら昨日お母さんたちと行ったお店の沢山ある通りまで出てたの。道は覚えてるから大丈夫だと思ってその通りを歩いてたらモロミの家の前でモロミのお母さんから声をかけられてお話ししてたら遅くなっちゃって」

今日の事のお詫びだ。
反省してるみたい。
僕は何にもなかったんだからいいよと言う。
それよりも僕はカメ子の話し方が大分まともになって来て驚いた。

「でも、足で歩くのが楽しくって言うけど、羽根で飛んだ方が僕は面白いと思うんだけど」

僕がそう言うと、そんなの普通でしょだって。
やっぱりカメ子だ。
その時、カメ子は突然あっというと、頭、正確には髪をぐしゃぐしゃにかき乱す様にゴソゴソしだした。
そしてその中から小さい楊枝くらいの枝を取り出すと、その枝を僕にくれた。

「これはなに?」
「これは呼び笛って言ってカメムシは一匹に一つ必ず持ってる物なの、これをこうして振ると大きくなってこの穴から吹くとこの笛の持ち主は必ず呼ばれた場所に戻るんだって」

その楊枝のような枝の端を持って振るとリコーダーくらいの大きさになって、確かに笛の様になる。
また振ると、元の楊枝の大きさに戻った。

「でも、呼ばれた場所に ”戻るんだって” って、戻るの? 戻らないの?」
「私にもそう言うものだっていうことしかわからないの。 使ったことないし、使ってるのを見たこともないし。 それに呼び笛は本当に信頼できる人にしか渡してはいけないってカメ婆にいわれたの」

また、カメ婆だ。

「でもそんな大事そうなもの僕がもらっていいの? 他の人の方がいいんじゃない」
「丸男は私の事心配して探してくれたから」
「心配はお母さんもしてたよ」
「わかってるわ。でも、お母さんも吾一もモロミも、丸男の事すごく信頼してるのがわかるの。私には丸男に持っててもらうのが一番いいってわかるの。私にはそう言う事がわかるの」

ちょっと今までの天然のカメ子とは違う感じがして僕はその呼び笛を預かることにした。
僕が受け取るとカメ子はありがとうと言って部屋を出て行った。
階段を降りるとき、部屋のなかにいる僕にも聞こえるくらい大きな声で、今日も野菜サラダだといいなと言っていた。
僕は、さすがに今日は勘弁だよと言ったけど、きっとカメ子には聞こえなかっただろう。
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