カメムシのカメ子

田山 田(たやま でん)

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第6話 僕は女の子。。。後編

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「おばさん今日はありがとうございました。カメ子さんも丸男くんもありがとう」

虎雄は丁寧に言って深く頭を下げた。

「いいのよ。来てくれてありがとう」

せっかくだからもし良かったら家に今日は一緒に夕飯を食べていったらどうかとお母さんが言ったんだけど、虎雄は気持ちがだいぶ落ち着いたので家に帰りたいと言った。
この気持ちのまま家に帰りたいって。

虎雄は自分のお父さんは海外から珍しい家具を輸入している会社の社長でゆくゆくは息子である虎雄を自分の後継にと考えていて服装とか言葉遣いにすごく厳しい人なんだと話してくれた。
とてもじゃないけど今日僕達に話してくれた事なんて話せない。
だから毎日学校から家に帰るのが苦しくてたまらなかったんだって言った。
でも今日はうちのお母さんの話を聞いて気持ち良く家に帰れそうだと言いこんなこと初めてですとお母さんの方を見た。

僕は虎雄がこれからもお母さんが話してくれたタカさんの様に自分の心を辛さや苦しい思いを隠して生活していかなくちゃいけないんだろうなと思った。
今日ここに来て自分の本当の気持ちを話せて少し楽になったって言うのは本当だろうし、お母さんの話を聞いて同じような事で悩んでる人がいると知れただけでも良かったんだと思う。

でも、これでいいんだろうか?
このまま虎雄を返してまた明日から普通に学校で合えばいいんだろうか?
僕はどうしたらいいかわからなかったけど、帰ろうとしている虎雄を呼び止めた。

「ねぇ、このままでいいの? 僕達は話を聞いてはあげたけど何もしてあげられてないんだよ。悪いけどこのまま家に帰ってもまたすぐに同じ事の繰り返しになるんじゃないの」
「うん、わかってる。 でもこればっかりはどうにもならないし、しょうがないよ。理解してくれる人と会えただけでもよかった。今日はおばさんのお話が聞けて本当に良かった。本当に」

僕には虎雄とタカさんの話が重なっていた。
そして諦めてる虎雄を見てると悲しい気持ちになった。
でもどうしたらいいのかわからなかった。

そんな僕達のやり取りを見ていたお母さんが僕に聞いてきた。

「丸男はどうしたらいいと思うの?」
「どうしたらいいかわからないけど、このまま返しちゃいけないような気がして・・・」と言ったらまた胸が詰まって次の言葉は出てこなかった。

お母さんは黙ってしまった僕の肩に手を回し僕の腕をさすりながら虎雄に聞いた。

「ねぇ、これから一緒にあなたの家に行っておばさんにお話しさせてくれないかしら」

もしよかったらの話だけど、と付け加えた。

「えっ、そんな事しても無駄だと思います。うちのお父さんは聞く耳なんて持たないと思います。確かにこのままだと丸男くんの言う通り同じことの繰り返しになると思います。だけど悪くなるわけではないです。今まで通りになるだけだから・・・・」

そう言うと虎雄は僕と同じように言葉を詰まらせた。
すると、これまでずっと黙ってい話を聞いているだけだったカメ子が口を開いた。

「大丈夫よ。お母さんと丸男、それにあたしも一緒に行くわ。もう悲しい気持ちにならないようになるわ。あたしにはわかるの」

僕はカメ子がよく言う「あたしにはわかるの」が、正直何がわかるのかわからないけど、この時はとても心強く感じた。
もしかしたら、カメ子は人の心を感じたり、自分の気持ちを相手の心に伝える事ができるのかも知れない。



虎雄の家は駅の反対側になるので商店街を抜けて行かなければならない。
商店街を歩いてると店じまいをしているモロミの家、パンの麹屋の前を通った。

「あら、お揃いでこんな時間にどこ行くの?」
「カメちゃんのお友達を送りに行くの。遅くなっちゃったから」

不思議そうに聞いて来たモロミのお母さんに対し、うちのお母さんはそう説明した。



虎雄の家は僕が想像してたよりかなり大きい家だった。
家というよりお屋敷といった方がいいかもしれない。
虎雄からお父さんがとても厳しい人だって聞いてたからかも知れないけど、その立派な門構えや今は暗くてよく見えないけど広そうな庭からそこに住む人の厳格さっていうか威圧感みたいなものが感じられた。
”家とは、屋敷とはこうあるものだ” という厳格なルールの元に建てられたような感じだ。
特に玄関のドアは木製で表面には四角い模様がいくつも彫られすごい重みが感じられる。

そしてそのドアの横の壁についてる照明の金具もただ電球を落とさないように留めるだけの物というわけではなくどこか外国のお城からでも持ってきたような豪華な作りになってる。
まだ虎雄のお父さんに会ったわけじゃないのに門から玄関までの少しの間歩いただけで圧倒される。
そんな圧倒される僕の横で虎雄はここまで来て怖じけずいたのかモジモジしながら言った。

「あのー、やっぱり今日は、、、えーと、、、」

その様子を見てお母さんは気持ちを察したようで虎雄に向かって優しい口調で言った。

「いいわよ。無理する事ないわ。でも忘れないで、おばさんはいつでもあなたの見方よ、何かあったらいつでも来てちょうだい。ただ今日は遅くなっちゃったからその挨拶だけさせてちょうだい」

虎雄はホッとしたような表情をすると挨拶だけならと玄関を開けた。
玄関を開けるとそこには虎雄のお父さんとお母さんが立っていた。
勿論虎雄の両親は僕達が来る事なんて知るはずもないので全くの偶然だけど思ってもみないいきなりの対面になった。
このいきなりの対面には僕達も驚いたけど、虎雄のお父さんとお母さんも驚いているようだった。

「どうした虎雄遅かったじゃないか。 何かあったのか? なんの連絡もないから心配してたんだぞ。とりあえずそこら辺を見に行こうと思ったところだ」

虎雄のお父さんはそう虎雄に言うと後ろに立つ僕とお母さんとカメ子の顔を順番に見ながら聞いてきた。

「失礼ですが、あなた達は?」
「私、息子さんの同級生の菱形丸男の母でございます。今日はうちに遊びに来ていて遅くなったので送りにに来ました。 ご心配かけてどうもすみません」

お母さんは虎雄の両親にここまで来た理由を伝えお詫びをした。
虎雄のお父さんは体が大きくて色も黒くて角顔で、話す声もデカイ。
この家と同じ様な威圧感があり、見た感じはなんていうか、元気ガラッパチという感じだ。
それに対し虎雄のお母さんはおとなしそうなイメージ、というより弱々しいという方がいい感じで両極端な感じがした。
虎雄はお母さん似のようだ。

「そうですか。それはご丁寧にわざわざ送っていただいてすみません。 あ、申し遅れました、私この鮫山虎雄の父です。 普段息子がこんな時間に帰るような事なんてないのでどうしたのかと思ってたんですよ。 でもそういう事ならよかった」

うちのお母さんもこんな時間に一人で返すのが心配だったのでと言うと、最後にもう一度「どうもすみませんでした」と謝った。
僕はお母さんの最後のお詫びの言葉を合図に今日のところはこれで終わりだなと思った。
結局僕達は虎雄の話を聞くだけで何もできなかった、何もしてあげられなかった。
僕が残念に思ってると、突然話し出したカメ子の言葉で一瞬にして空気が変わった。

「今日は虎雄が自分で自分の事が変だって言うからうちでみんなで話し合ってたの」

初対面ではあったけど和んだ様な雰囲気でもあったのにその場が凍りついた。
僕は場が凍りつくというのを初めて経験した。
カメ子の言った事に何か感じるところがあるのか虎雄のお父さんは笑顔から一変して厳しい顔になった。
その反応の早さは触れられたくない所を触れられた時の様な素早い反応の仕方だった。
きっと普段の虎雄を見ててこのお父さんも何か感じていたのかもしれない。
虎雄のその仕草や話し方は学校でも時々だけどからかわれるくらいなんだから一緒に暮らしてるならなおさらなのかもしれない。
そして虎雄のお父さんは最後のお詫びの言葉を言い終えて虎雄たちに背を向け帰ろうとしてるお母さんへ厳しい顔のままきつい口調で言葉を投げつけた。

「どういう事ですか? 何があったんですか?」

お母さんはその言葉を黙って背中で受ける。
突然の虎雄のお父さんの豹変に僕は驚いたが直接背中に言葉を受けたはずのお母さんはなんでもないように僕の顔を見て小さい声で言った。

「やっぱり今日お話しするのが良さそうね」

虎雄はうつむいている。
そんな虎雄に虎雄のお父さんはうちのお母さんに言うよりもキツイ口調で言った。

「何が変なんだ虎雄。ちゃんと言ってみなさい。何があったんだ虎雄。男らしく言いなさい」

そのやり取りを大人しそうな虎雄のお母さんが割って入り、ここではなんだからと僕たちに言い家に上がるように促した。
「は~い」と一人だけ場違いな感じで返事をすると、カメ子は靴を脱ぎ家に上がった。
お母さんもそれでは失礼いたしますと、一緒に家に上がろうとしていた。
僕もそれに続くしかなかった。
虎雄はうちで観念した時と同じようにうつむいていた。


僕達三人は、ものすごい天井が高い応接間へ通された。
その部屋の中央正面にある一人がけのソファーに虎雄のお父さんが座る。
その前にテーブルを挟んで三人がけのソファが左右に一つづつあり、虎雄のお父さんから見て右側に僕達三人が、向かい側に虎雄のお母さんが座り、その横に虎雄が座った。
皆が席に着いた後若干間があったけど先に口火を切ったのは虎雄のお父さんだった。

「失礼ですが、この方は娘さんですか?」
「あたし? あたしはカメ子、カメムシのカメ子」

そう虎雄のお父さんに聞かれカメ子はいつものように答えた。
そしてその横でお母さんはキッパリと言った。

「今はうちの娘です」

たったそれだけの言葉だけどそのお母さんの言葉で虎雄のお父さんとの話し合いが始まった。
少し大袈裟かもしれないけど戦いの火蓋が切られたって感じがした。
きっとお母さんは虎雄だけじゃなく、高校時代に友達だったタカさんの事も考えているに違いない。

「カメムシ? カメ子?  ま、そんな事はどうでもいいです。 私が聞きたいのは娘さんが仰った事はどう言う事なのかという事です。虎雄の何が変なのでしょうか? 私はこう見えても祖父の代から続く輸入家具の会社の経営者をしております。 この虎雄も立派な後継者としてしっかりと育てて来たつもりです。その息子を変だとは、どう言うことだかお聞かせいただきたい」

カメ子は虎雄が自分で自分の事を変だと言ったって言ったのに ”何が変なのでしょうかって” 僕達が言ったみたいになってる。
それに ”お聞かせいただきたい” ってなんか随分偉そうだなと思う。
でもホント虎雄が言ってた通り人の話なんか聞く耳持たない感じだし威圧感もありありだ。
そんな威圧感にカメ子とお母さんは真正面からぶつかった。

「誰も変だなんて思ってないわ、虎雄が自分で自分の事を変だって言ってたの」
「失礼ですが、本当はお父様もお母様も何か感じてらっしゃったんじゃないんですか? 息子さんは誰にも相談出来ずにたった一人で悩んでるんですよ」

お母さんもこのお父さんの顔色の変わる様子を見て僕と同じ事を感じてるらしい。
虎雄から具体的な事は聞いてないんだろうけど自分の息子は何かが違う何か変わってるなって思ってるんだろう。
でも自分の子供だから変わってるなんて思いたくないのかもしれない。
そういう思いがあってなのか虎雄のお父さんの口調はさらに強い口調くなった。

「何をですか?」
「何をって、ご自分の思いや考えを押し付けるんじゃなくて、お子さんの気持ちを考えた事があるんですか? お子さんの普段の口調や仕草を見てお子さんが何を考えどうしたいのか考えたことおありですか?」
「だからさっきも言った通り私はこの子を後継者として育ててるんです。確かに仰る通り口調や仕草は少し、女っぽいと言うか、こう、なんて言うか・・・、それは私も気になっているので注意もしています。だからと言ってそれを変だと言うのひどいんじゃありませんか」
「私達は息子さんに対して変だなんて言ってませんし、思ってもいません。 ご自分の息子さんを変だと思ってるのはお父さん、あなたの方じゃないですか!」

虎雄のお父さんの口調もキツイがうちのお母さんも中々だ。
正直よくこんな元気ガラッパチなお父さんと正面から言い合えるなと思ったけどきっとタカさんへの思いがお母さんの事を後押ししてるんだと僕は思った。
お母さんの高校時代の友達、ずっと一人で苦しんで悩んでいた友達の事が。
お母さんとミホおばさんに会うまでずっと一人で辛い思いをして来たタカさんへの思いが今虎雄を助けるための力になってるのかもしれない。

「お父さんもういいよ! もういい! あたしは・・・・・・」
「僕はだ! 何度言ったらわかるんだ! そう言うところが周りに変な事を思わせるんだぞ。 いつも言ってるだろう」

虎雄は何か言おうとしたみたいだけどお父さんに言葉を遮られるとまた下を向いてしまった。
しかし、ここで今日会ってからずっとうつむいて黙っていた虎雄のお母さんが最初に会った時の弱々しい印象とはまるで違う迫力で話に割って入ってきた。

「あなた! この方の仰る通り変なのは、おかしいのはあなたの方です」

そう言うと虎雄のお母さんはゆっくり僕のお母さんの方を向き涙で震えていたけどまるで懺悔でもするかのように言った。

「私は何と無く感じていました。でも、どうしたらいいのか分からなくて、何をしてあげたらいいのか分らなくて」

そこまで言うと虎雄のお母さんは横に座る虎雄を抱きしめた。

「ごめんね。ごめんね。辛かったんだよね。本当にごめんね。男の子とか女の子とかはどうでもいいの、あなたは私たちの子供なんだから。わかってあげられなくてごめんね」

やっぱり気づいてたんだ。
でもどうしたらいいのかわからなかったって言うのは本当のことだろうと思う。
僕も虎雄から聞いた時は何を言ってるのか分からなかったし学校で時々からかうクラスメートもきっと虎雄がこんなに悩んでいるなんて分からないでいるに違いない。
虎雄のお母さんは泣きながら虎雄に何度も「ごめんね」を繰り返していた。
虎雄は抱きしめられたまま、泣きながら小さく何度もうなづいていた。
それを見ていた虎雄のお父さんは表情を変えた。
こんどはさっきまでの厳しい表情とはうって変わって悲しそうで少し青ざめたようにも見える。
そしてそのまま虎雄のお父さんはそこから先は何も言葉にすることができず、ただ惚けてだまっているだけっだった。
虎雄のお母さんが落ち着いたのみて、うちのお母さんは虎雄の両親にもタカさんの話をした。
途中虎雄のお母さんは虎雄を抱きしめ何度も泣いていた。
虎雄のお父さんは涙こそ見せはしなかったが、話を真剣に聞きいっており時には膝に置いた手を強く握り感情を押し殺す様に腕を震わせたりもした。

お母さんが話を終えた後、誰も何も口にすることはなくその場は静かな空間になった。
虎雄のお父さんの怒鳴り声も無く虎雄のお母さんの泣き声も無いこの静かな時間がひと山超えたっていうか戦いが終わったというか、言うべき事を言ったという達成感があった。
始まる時のあの凍りつくような感じとは違いこの静かな空間が僕にはとても心地よかった。
もう少しこの心地良い時間の中に居たかったけど時計を見ると大分遅い時間になってる。
来た時間が遅かったので当たり前といったら当たり前だけど。
お母さんは今度こそ本当に今日最後の挨拶を虎雄の両親にすると帰りましょうと言い立ち上がった。
僕とカメ子もお母さんについて立ち上がった。

僕達が部屋を出て玄関に行くまでの間、虎雄や虎雄のお父さんお母さんは何も言葉はかけてこなかった。
僕と同じように心地よい空間に包まれていたいのか驚きで何も言えないのか分からないけど何も言葉はかけてこなかった。
僕達も何も言わず黙って部屋を出て玄関へ向かった。

玄関で靴を履いてる所に虎雄のお父さんに元気な声で呼び止めれらた。

「ちょっと待ってください」

このお父さん帰ろうとしてる僕達に対し最後の最後で何をするのかと思ったら、僕達の前へ来ていきなり土下座をした。

「今日は本当にありがとうございました。私共もこれからどうしたら良いかわかりませんが、息子としっかり向き合っていきたいと思います。先ほどのお話を聞いて、とにかく私は今までのことを反省いたします。 そして家族でも話し合っていきたいと思います。今日は本当にありがとうございました。皆さんがお越し下さらなければこれからもずっと我が子を苦しめ続けていたかもしれないと思うと・・・・・」

と言ってその場にいた全員が驚く様な大きな声で泣き出した。
その泣き方を見て僕は思った。
やっぱり元気ガラッパチだ。
気づくと土下座してるお父さんの後ろには虎雄と虎雄のお母さんもいた。

「お父さん・・・・・・」

そう小さく呟くと虎雄も泣いていた。


虎雄の家からの帰り道、僕達は今日の事を話し合った。

「一緒に来てよかったね。始めはどうなっちゃうかと思ったけど今日のお母さんカッコ良かったよ」
「そう? でもあの子が帰る時に丸男が呼び止めなかったらお母さんも来ようとは思わなかったわ」
「そうね。丸男やるじゃない」
「カメちゃんもよ。二人とも今日は良かったわよ~」
「タカさんもね」
「そうね。今日はタカも大活躍だったわね」
「タカさんて今どうしてるの?」
「どうしてるのかな、会いたいなぁ。最後に連絡があったのはお母さんとお父さんの結婚式に招待したの時なのよ、ま、行けないって言う連絡だったんだけどね。あの時、泣きながら何度も謝ってくれたわ。大事な友達なのに最後に聞いたのが泣いて謝ってるのって今考えるとちょっと寂しいわね」
「大丈夫よ、お母さん。又絶対会えるわ。あたしわかるわ」



次の日からしばらく虎雄は学校を休んだ。
体調が悪いと言うことらしい。
虎雄には仲の良い友達はいないみたいだったけど何日も休んでいるので皆が心配しはじめた。
そんな時、モロミが僕に聞いてきた。

「そう言えば丸男さぁ、いつだったかカメちゃんとおばさんとで遅い時間うちの前通った事あったでしょ? うちのお母さんが丸男とカメちゃんの他にもう一人いたって言ってたけど、あの時一緒にいたのって誰?」
「虎雄だよ。カメ子が友達になったって言ってうちに連れてきたんだ。あの日は遅くなったんでみんなで送って行ったんだ」

僕は全てを話さなかった。
話した方がいいのかわからなかったから。

「遅いって言ってもあの時間なら一人で帰れるでしょ。虎雄だって普段は確かにナヨナヨしてるけど、男なんだし一人で返しちゃえば良かったのに」
「ナヨナヨってなんだよ。別におかしいことなんてないだろう」
「何よ、ムキになっちゃって。ナヨナヨがダメならメソメソじゃない虎雄なんて」
「ふざけるな! 虎雄がどんな気持ちでいるかお前にわかるのかよ」

僕が興奮して大きな声を出したんでクラスのみんなが僕とモロミに注目した。

「やっぱりなんかあったんだ。うそよ。ごめんね。本当は何があったの?」

僕はモロミにはめられる形であの日の話をした。
虎雄とタカさんの話を。
始めはモロミと吾一しかいなかったのにいつの間にかクラスのみんなが集まっていた。
僕の話を聞いて泣いてる子もいた。
そしていつからいたのか、青山先生も一緒に聞いていた。
話し終わった後、誰かが言った。
恥ずかしくてこれなくなったのかなぁ。
話を聞いて皆心配していたが、その後も虎雄はまだ休んでいた。



ある日の昼休み僕は吾一と校庭でサッカーボールを蹴りあって遊んでいた。
悔しいけどサッカーボールの扱いは吾一の方が一枚上手。
同じボールでもグローブとバットを使えば絶対僕の方が上手いのに。
行くぞ丸男ちゃんと止めろよと吾一が力を入れてボールを蹴った。
僕はそのボールを受けそこなった。
受けそこなったボールは僕の後ろへ転がって行く。
転がったボールは吾一が蹴った勢いのまま校庭を歩いていた人の方へ転がっていった。
校庭を歩いてたのは二人の大人。
このままだとボールは二人のどちらかに当たってしまう。
僕はその歩いているの人に声をかけた。

「すみませーん。あ、」

校庭を歩いていた二人の大人の人は虎雄のお父さんとお母さんだった。
虎雄のお父さんは僕に気づき、転がるボールを片足で受け止めこちらを見ていた。
虎雄のお母さんも僕に気づき軽く頭を下げた。
僕は二人の元へ走っていき虎雄の様子を聞いた。

「こんにちは、虎雄君はげんきですか?」
「うん、元気よ。ありがとう」
「丸男君だったよね? 虎雄の事、気にかけてくれてありがとう。この間、君たちが来てくれた時は正直想像もしたことの無い事だったから私も驚くばかりだったよ。で、あれから家族でずいぶん話し合ってね。もちろん虎雄が虎雄らしくなれるようにね。そして今日はその話し合った結果を学校に伝えに来たんだよ。先生方も親身になって話を聞いてくれ虎雄らしさを尊重してくれるって言ってくれてね」

最後の方は少し声が震えていた。
そして呼吸を整え続けた。

「あとは虎雄の気持ち次第なんだけど来週からは学校に来れそうだよ。丸男君また虎雄と仲良くしてやってくれるかい?」
「もちろんです。虎雄君は僕の大切な友達です」

僕がそう言うとおじさんも、おばさんもありがとうと言いながら目に溜まった涙を拭った。
そしておじさんは今度カメ子ちゃんと一緒にうちに遊びにこないかと誘ってくれた。

「数年前仕事でピザ窯を仕入れた事があってね、あまりにも良いものだったので売り物にしないで家に持ってきたんだよ。持ってきた時は良くピザを焼いて虎雄とも一緒に食べたんだ。久しぶりに窯に火を入れるから一緒に食べに来てくれないかな」

横で話を聞いていた吾一がピザと聞いて

「ピザ? あの~、僕も一緒に行っていいですか?」
「もちろんいいよ。他にも誰かいたら連れてきてくれていいよ」


「来週から学校に来れそうだ」と聞いた時、僕は本当に嬉しかった。

もしかしてこのまま転校でもしちゃうんじゃないかと思って気になってたから。



その日の帰りの会で青山先生から虎雄の話が出た。
それは来週からこれるかもしれないと言うことだった。
今のクラスはみんな虎雄の事を理解してる。
いつ来ても大丈夫だ。
そんな時モロミがもし本当に来るなら虎雄じゃなくて違う名前で呼んであげた方がいいんじゃないかと提案をした。
他の子達からも賛成の声が多かった。
それを聞いた青山先生はあまり時間はないけどと前置きして言った。

「虎雄じゃなければどんな名前がいいと思う?」

そう言うとクラスのみんなからはトラ子、トラミに始まり色々な名前が上がったけどどれもイマイチ。
すると最後にモロミが言った。

「虎雄って名前は今の虎雄にはどうかと思うけど、生まれた時にはきっとお父さんやお母さんの想いがこもったものだったと思うの、で、名前みたいじゃないけど虎雄のイニシャルの T(ティー)ってどう?」

ティー?

とりあえずと言ったらなんだけど僕はいいと思う。
この名前には誰からも反論が出なかった。
すると先生が言った。

「よし、わかった。今日鮫山の家に行って聞いてみるよ。みんなが待ってるって言うのもちゃんと伝えて来るからな」




「久しぶりだね。顔色もいいし、元気そうで良かった」

担任の青山は虎雄の家に行き今日のクラスでの出来事を虎雄と虎雄の両親に伝えた。
名前の事はどうしたらいいか虎雄の両親も考えていたそうだ。

「虎雄っていう名前はお父さんとお母さんの想いがこもった名前なんだ、でも今のお前には違う方がいいかもしれないとお母さんとも話してたとこなんだ。これからどうするかはゆっくり考えて行けばいい。今はクラスのみんなが考えてくれた名前っていうのもいいかも知れないな」
「そうね。お母さんもいいと思うな。あなたはどう思う?」



月曜の朝がきた。
クラスのみんなは何も言わないけど、みんな待っている。
ちゃんと来るだろうか、名前はどうなっただろうか。
いつもなら先生が入って来て注意されるまで騒いでる子達も今日は席に着いて静かに待っている。

教室のドアが開き先生が入って来た。
先生は振り返り後ろから歩いて来る生徒に入りなさいと言った。
その 「彼女」 は恥ずかしそうにゆっくりと教室に入って来た。

「みんな素敵な名前をありがとう。今日から鮫山ティーになります。よろしくお願いします」

ティーは震える声でそれだけ言うと下を向いてしまった。
きっと精一杯考えた言葉だったんだと思う。
ティーが下を向いた時に静かになった。
こう言う時、いつもなら絶妙なタイミングで吾一がなにか言うと笑いが起こる。
今日も吾一はタイミングを外さない。
ただひとついつもと違ったのは今日は笑いは起きなかった。

「よろしくティー」

その瞬間クラス中のみんなから拍手が起こった。
ティーの制服は女子の制服でスカートを履いている。
この間お父さんたちが来たのはこの制服の件を学校にお願いに来たんだと話してくれた。
話に来た時にあのお父さん校長先生の前でまた土下座したんだって言うことも教えてくれた。
「どうかよろしくお願いします」って床に頭をこすりつけて大声でお願いしたんだって。
やっぱり元気ガラッパチだ。
僕はこの話をティーから聞いた。
そしてティーに言った。

「いいお父さんだね」
「うん。色々あったけど大好きなお父さんなんだ。丸男君もありがとう」

でも、僕が元気ガラッパチと名付けたのは内緒にしてある。




数日後・・・・・・・
ある日の夕食の時、スマホのベルが鳴った。

「誰? あなた?」
「俺じゃないよ」
「丸男?」
「僕のは部屋に置いてあるよ」
「お母さんのじゃない」
「えっ、あ、ホント、あたしだ。あれ?ミホからだ」
「もしもし、久しぶりね。どうしたの」

久しぶりに鳴ったお母さんのスマホ。
ミホおばさんからの電話。
今度の日曜日にうちに遊び行きたいんだけど予定はどうかと言う電話。
僕も会うのは久しぶりなので会うのが楽しみだ。
それにミホおばさんは必ずお土産を持って来てくれる。
そのお土産も楽しみだ。



「遅いじゃな~い」
「ゴメン、ゴメン」
「アンタってば久しぶりっていうのに遅れて来て~」
「ごめんなさい、ホントごめんなさい。久しぶりの電車で迷っちゃたのよ。でもミホちゃん変わらないわね。その怒りかたなんかも昔のまんまね」
「何言ってんのよ。あたしはそうそう変わりませんよ~。それにあんただって変わってないわよ」
「そう?」
「そうよ。でも久しぶりに電話もらったと思ったら三人で会いたいなんてね。ビックリしたわよ。それに、、、、おめでとう」
「ありがとう。まだ実感ないんだけどね。で、今日行くのはサッちゃんには言ってあるんでしょう?」
「うん? 電話はしてあるけどあんたが一緒だとは言ってないわよ」
「えっ大丈夫? 突然あたしが顔出しちゃったりして、サッちゃん怒らないかなぁ。あたし結婚式にも出れなかったし」
「怒るわけなんてないでしょ、サチコはそんなこと気にしてないわよ。それにあなたの報告聞いたらサチコも泣いて喜ぶわよ。いい? サプライズよサプライズ」



ピンポーン

「あ、来たみたい。丸男悪いけど出てくれない? ちょっと手が離せないのよ。きっとミホよ」
「は~い」

お母さんはミホおばさんと食べるお昼を作ってる。
もちろんこういう時は野菜サラダではない。
玄関を開けるとやはりミホおばさんだ。
それと凄い綺麗な女の人も一緒。

「丸男くん、久しぶり~、また大きくなったわね。はい、これお土産」
「やった~、ありがとう。ミホおばさん」

お土産をもらって喜んでる僕の顔をもう一人の綺麗な女の人が泣きそうなくらい真剣な顔で見てくる。

「この子がサッちゃんの息子さん?」
「そうよ。丸男くんて言うの」
「ほんとサッちゃんにそっくりね」
「丸男くん、お母さんは? 悪いけど呼んで来てくれる?」
「は~い、今呼んできま~す」

これはきっとケーキだ。
僕はお土産を落とさないようにお母さんのところに持って行った。

「ミホおばさん来たよ」
「入ってもらってよ」
「呼んで来てって行ってたよ。あと、もの凄い綺麗な女の人も一緒だよ。僕なんか顔をジロジロ見られちゃって、ちょっと恥ずかしかったよ」
「えっ、ミホだけじゃないの? 誰か連れて来るなんて言ってなかったのに、誰かしら」
「その人もお母さんのこと知ってるみたいよ」
「なんでわかるのよ」
「だって僕を見てサッちゃんにそっくりねって言ってたよ」
「えっ? なんて?」
「綺麗な方の女の人が僕を見てサッちゃんにそっくりねって言ったんだよ。サッちゃんてお母さんのことでしょ?」
「サッちゃんって言ったの? その人」
「うん」

お母さんは料理中の手を止めてもう一度僕に確認した。

「本当に?」
「本当だよ。 嘘言ってどうなんの」
「だってサッちゃんなんて呼ぶのは・・・・・」

お母さんは何度もウソウソを繰り返し慌てながら玄関へ向かった。
玄関がなんか騒がしい。
僕には入ってもらってって言ってたのに、何やってんだろう。

「丸男~、カメちゃ~ん。ちょっとい~い?」

入ってもらえばいいのに。
しかたなく僕達も玄関へ行く。

「紹介するわ。この人がタカよ」

タカさんは卒業してから女性として生活をしてて、今度結婚することになって、今日はその報告で会いに来てくれたんだって。

「あれ、サチコ、あんた子供一人だけじゃなかったの?」
「あたし? 私はカメムシのカメ子。よろしくね」

この後、お母さんとミホおばさんとタカさん、それとカメ子の四人で女子会だと言って、泣いたり笑ったり賑やかなお昼になった。
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