カメムシのカメ子

田山 田(たやま でん)

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第9話 小さな命。。。3/3

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「カメ子と吾一が警察に捕まった?」

僕の問い返しに、モロミはこくりと頷いた。
と、思ったら、突然わっと泣き出した。

「ちょ、モロミ、どうしたの? なにがあったの? ねぇ、泣かないでよモロミ、モロミ」

聞き間違いかと思ったけど、モロミはしっかり頷いた。
とにかく、カメ子と吾一が警察に捕まったというのは間違いないらしい。
でも、サッカー部の友人に誘われてサッカーをしてる吾一、そして散歩に出かけているだけのカメ子が、どうしてカメ子と吾一が警察に連れていかれるのだろう。
自分の知っている事と、いま言われた事がリンクしない。

無駄だと思ったけど、僕はもう一度聞いてみた。

「ねぇモロミ、何があったの?」

すると、モロミは震える声で「わかんない、わかんない」と何度も首を振った。
モロミとは幼稚園からの付き合いだけど、これだけぎゃんぎゃん泣きじゃくるモロミは見た事が無い。

「ちょっと、どうしたの?」

モロミの鳴き声が聞こえたからだろう、奥からお母さんも出てきた。

「モロミちゃんどうしたの? 何があったの?」

お母さんのその問いかけにもモロミは答えない。

「おばさーん」

モロミは、お母さんに抱きついた。
お母さんもそれを受け止めた。
するとモロミは安心したのか、ますます声をしゃくりあげて泣いた。

「ねぇ丸男、何があったの?」
「よくはわからないけど、カメ子と吾一が警察に連れていかれたみたい」
「警察? なんで?」

とりあえず僕はカメ子と吾一が警察に連れていかれて、モロミはそれを知らせに来てくれたみたいだという事をお母さんに伝えた。
モロミは僕に「警察に捕まった」と言った。
でも僕はこの時、カメ子と吾一が「捕まった」 とは言わず、「連れていかれた」 と言った。
「警察」って言うのも衝撃的だけど「捕まった」はさらに衝撃的過ぎると思ったから。
詳しく事情を知らない僕としては簡単には「捕まった」なんて軽々しく口にできなかった。
「警察に連れていかれる」と言うのには色々理由が考えられるけど、「捕まった」はどう考えても悪い事しか思い浮かばない。
詳しい事は話を聞かないと分からない。
僕達はとりあえずモロミに家に上がってもらい、落ち着いて話ができるようになるのを待った。
しばらくして、落ち着いたモロミから捨て犬コロと士郎君の話を聞いた。
カメ子が散歩に行く時に野菜を持って行ってた理由も、吾一が最近よくサッカー部に誘われる理由もわかった。

話を聞いてお母さんは、吾一やモロミ、カメ子もいるのに何故僕がその中にいないのか不思議がって聞くと、モロミは僕を誘わなかった理由も教えてくれた。
話を聞きおえると、お母さんは理由はわかると一応理解はしたが、少し不満そうな顔で言った。

「ちゃんと話をしてくれれば、何か手伝えることもあったかもしれないのに」 
「でも、お母さんはカメ子に、うちでは犬は飼えないって言ったんでしょ? それだから、お母さんに相談できなっかたのかも知れないよ」
「確かに飼えないとは言ったけど・・・」
「でもなんでうちでは犬は飼えないの?」
「そ、それはまぁなんていうか、色々、そう、色々あるのよ。ま、それは置いといて、とにかくカメちゃんのこと考えないと。吾一君も一緒なんでしょ? どうなっちゃうのかしらね」

うちで犬を飼わない事に、歯切れの悪さもお母さんも気になるけど、それよりも、カメ子の 「ちょっとね」 で何かあると感ずくモロミは本当凄いと思った。
僕なんか同じ話を聞いてたのに全然気にもならなかったし、それどころか、今のいままで、吾一はサッカーをしてて、カメ子は散歩にいってるだとばかりと思ってたもん。

「ねぇモロミちゃんはカメちゃんたちが連れていかれるのを見てたの? どんな感じだったの?」

その場にいたモロミは、グラウンドで遠巻きに見ていたので、一緒に連れて行かれることはなかったけど、どうして連れていかれたのか、全くわからないと言う。
とにかく、パトカーに乗せられる吾一達を見て怖くなってどうしたらいいのかわからないまま、うちに来たんだと話してくれた。

中学校の裏の公園で捕まったと言う事なら地元の警察に決まってるだろうが、こういう時、こちらから電話をするものなのかどうか迷ってる所に、お母さんの携帯が鳴った。
吾一のお母さんからだった。
吾一のお母さんの話では、吾一が警察で保護されており、これから警察に向かおうと思っているが、警察からカメ子も一緒だという事を聞いたので、僕やうちのお母さんが何か知ってるかも知れないと電話をくれたみたい。
しかし残念ながら僕たちも何もわからない。
その電話の後、僕達も急いで警察に向かうことにした。

タクシーで警察署に着くと緊張して来た。
初めて来た警察署はとても頑丈そうな建物で立派に見えるけど、そこに入るにはちょっとした勇気を必要とするくらいとても重々しい感じがした。

 「お前達はここに何しに来たのだ。言ってみろ、返答次第ではただではおかぬぞ!」

 大袈裟かもしれないけど、初めて来る警察署はそんなふうに感じるくらいものすごい威圧感があった。
モロミの話を聞く限りでは大した事はないと思うのだけど、やっぱり実際こうして警察署まで来ると「捕まった」という言葉が物凄くリアルに感じた。

建物の中に入ると、病院の待合室にある様な長椅子に、吾一とカメ子、そしてモロミの話で聞いた士郎君が座っていた。
士郎君は仔犬を抱いていた。
僕はテレビでよく観る狭くて暗い取調室のような所でうなだれて座っているのを勝手に想像していたので、僕に気づいた吾一とカメ子が笑顔で手を振ってくれた瞬間ほっとして泣きそうになった。
うちのお母さんもカメ子の顔を見てほっとしたようで、小さく手を振った。
そして、うちのお母さんと吾一のお母さんは、初めて会う士郎君のお母さんに簡単な挨拶をすませると、女性の警察官の案内で別の部屋へ案内された。
その案内に従いながら周りを見ると制服を着た警察官が沢山いて、本当に警察署へ来てるんだと思い、僕の緊張感は一層増した。

案内された部屋は学校の教室の様なつくりになっていて、教壇がありそれに向かい合う様にいくつもの机が並べられていた。
その教壇に男性警察官は座っており、どこでもお好きな所へお座りくださいと言った。
お好きな所へといわれたけど、僕達は教壇に近い一番前の席に横並びで座った。
僕達が座るとその男性警察官は僕達の一人ひとり顔をじっくりと、まるで初めて会う僕達の顔を覚えようとでもするかのようにじっくり見てきた。
そして顔を覚えたからかどうかわからないが、全員の顔を見終わるとはっきりとした口調でここまでの経緯を簡単に説明してくれた。

「初めに私、佐々木と申します。 本日はお忙しい所突然のお呼び出し、大変申し訳ありません」

それに対し、うちのお母さんも吾一のお母さんも士郎君のお母さんも恐縮してこちらこそ申し訳ありませんでしたと、口をそろえて言った。

「本当はお子さんたちがいたグラウンドで話をお聞きしても良かったんですが、あまりにも人が集まり過ぎて収拾がつかなくなりそうだったので私の判断でお子さん達に署まで来ていただきました。お母様方にはご足労おかけしてすみませんが、こうしてお迎えに来ていただければ、その他特にお子さん達には問題があるわけではないので、この後、ご一緒にお帰り頂けます」

問題がないと分かっていても、未成年を警察に呼んで話を聞いた後、警察としては子供達だけで返すという訳にはいかないという事だった。
そしてこの佐々木さんによると吾一は警察に着くと自分の事やカメ子の事、士郎やコロのことなど聞かれるがまま、丁寧に答えてくれたので警察の人も色々手間が省けて助かったと言った。
普通こういう風に警察に連れて来られると逆にかまえてしまったり、緊張してしまったりと、話を聞きだすのが大変な場合もあるのだとも言った。

「本当に申し訳ありませんでした。あたしも警察に捕まったなんて本当驚きました」

吾一のお母さんが言うと警察の人は慌ててそれを否定した。

 「捕まったなんてとんでもありません。 あの公園では人が多く集まって来てしまったので私の判断で、お話をお聞きするのにこちらまで来て頂いただけです」

警察署の人自らが「捕まった」 を否定してくれた。
僕は嬉しくてほっとした。
ここに来てから緊張しっぱなしだったので、やっと緊張の糸がほぐれた様な気がした。

「ただ、息子さん達がここに来たのは今言った通り公園では人が多く集まって来たのでというのが一番の理由なのですが、一度逃げ出そうとした事も理由の一つなんです。ですが、捕まったとかそういう事ではないです。断じてないです」
「逃げ出そうとした?」

話を聞いていた全員が、打ち合わせたかの様に同時に口から出た。

「ええ、あの仔犬を連れて小学生の士郎君とカメ子さんが走り、それを逃がす為と言うか、追わせない様にだと思うんですが、吾一君が手を広げて私の前に立ちはだかったんです」

逃げ出したと聞いたときは驚いたけど、二人ために自分が犠牲になるなんて不謹慎かもしれないけど吾一の奴カッコイイじゃんと僕は思った。
でも吾一のお母さんの感想は真逆の様だった。

「本当にどうもすみません。 あの子は本当にもう。 ちゃんと叱っておきますから」

吾一のお母さんは恐縮仕切りで警察の人に頭を下げている。

「それはいいんです、気にしないでください」

そこへ、吾一たちが係の人に連れられて部屋に入って来た。
話をしてた警察の人は三人を確認すると話を続けた。

「その犬の件なんですが、署には置いておけないのでこのままだと保健所に引き渡すようになります。 そうすると数日は引き取り手を探してくれるみたいなんですが、見つからないと仔犬でも殺処分になるようなんです。 あの犬は迷い犬ではなく捨て犬のようなのでお引き渡しすることも可能なのですが...............」

そう言うと、周りの反応を確認しながら、引き取った後のことも付け加えて話してくれた。
「もちろん病気がないかの検診や登録、予防接種をちゃんとしていただかなくてはならないのですが」
それを聞き、まず士郎君のお母さんが言った。

「うちはアパートでペットは飼えないので無理なんです」

続いて吾一のお母さんも自分の家の状況を話した。

「うちのマンションもペット不可で、主人にも動物アレルギーがあって無理なんです」

こうなると次はうちのお母さんの番だ。

「うちは・・・・」

口ごもったお母さんにカメ子がコロを抱きながら近づいた。

「うちもダメなんでしょ?」
「えっ!?」

うちで話してる時もはっきりしなかったけど、ここでカメ子に聞かれても、なんか歯切れが悪い。

そう言えば、なんでうちで犬を飼うのがだめなんだろう。
僕も動物は平気だし、お父さんも子供の頃、犬も猫も飼ってたって聞いたことあるし、お母さんだって近所で犬をみかけて可愛いわね、なんて言って近寄っていったりもしてるのを見たこともある。
僕も不思議に思って聞いてみた。

「ねぇお母さん、なんでうちでは犬は飼えないの?」

するとお母さんにしては珍しく俯いて、言葉は悪いかもしれないけど、なんか観念したいうか、弱々しい感じになって、力なく話してくれた。

「子供の頃犬を飼ってたことがあったんだけどその犬が病気をして、随分長いこと苦しんで亡くなったの。そばにいても何にもしてあげられなくて、あんなに辛くて悲しいこと二度と嫌だと思って。それからもう犬は飼わないって決めたの。」

これを聞いて警察の人は言った。

「無理にではないので大丈夫です。 すみませんでした。 犬の件はこちらで処理しますので結構ですよ」

仔犬のことは警察が 「処理する」 と言うことでこの件は終わる。
しょうがないのかもしれないが、あまりにも事務的で悲しい。
小さいけど、動物だけど、僕達と同じ命には変わりないのに。
僕にだって「処理する」という事がどういう事を意味するかぐらいわかる。
 でも、可哀想だけどもうどうする事も出来ない。

これで終わった。

そしてカメ子と士郎君は周りを気にせず大声で泣いた。
「処理する」 と言う言葉があまりにも事務的で冷たかったからなのか、コロのその後の事を思ったからなのか、とにかく二人はコロの為に泣いていた。
これがコロにしてあげられる最後の事になるのだと言わんばかりに。
僕達はそれをただ黙って見ているしかなかった。
警察の人も黙って見ている。
この小さな命と最後になるかもしれないこの時を、誰も止めようとはしなかった。
モロミも二人が泣いてるのを見て目に涙を浮かべてる。
吾一は歯を食いしばって涙を見せない様に我慢してるのがわかった。
でもお母さんの言う事もわかる気がする。
ペットとはいっても一緒に暮らせば家族なんだし、その家族が苦しんでる時に何もできないなんてきっと辛いだろう。
こんな経験二度としたくないって思うだろう。

でもその時、僕はふと思った、その犬を飼わなければ、お母さんはそんな悲しい経験をしなくてすんだのに、と。
そう考えるとお母さんは今どう思ってるの聞きたくなった。

「ねぇ、お母さんは悲しい思いをしたその犬を飼わなければよかったって思ってる?」

お母さんはさっきとは違ってハッキリと力強く自分の思いを話してくれた。

「そんな事ないわよ。チェリーは 家族だったし、いい思い出がたくさんあるわ、病気になって辛そうにしているの見てる時は、確かに辛かったけど、飼わなければよかったなんて一度も思ったことなんてないわよ。 今だって思い出すことがあるんだもの」

チェリーというのがお母さんが飼っていた犬の名前みたいだ。
僕の話に答えるのに名前を言うことなんてないのに、つい口に出ちゃったみたい。
自分でも気づかないくらい自然に。
それを聞いて僕は思った、お母さんの思い出の中でチェリーは昔飼ってたペットの犬ではなく、一緒に暮らし、大切な思い出をたくさん残してくれたかけがいのない家族なんだろう。

お母さんの気持ちを考えると、僕がこんなこと言うのはいけないんじゃないかとも思った。
お母さんが心の奥にしまっていた悲しい思い出。
それを、家族だからといっても、簡単にああすれば、こうすればなんて言っちゃいけないのかもしれない。
でも、僕は自分の思った事をお母さんに伝えた。

「それだったらこの子をこのままにするより、この子にも僕達でいっぱい思い出を作ってあげればいいんじゃない」

そう言うとお母さんはハッとして黙り込んんでしまった。

カメ子はそんなお母さんへ抱いていたコロを差し出した。
お母さんはコロを抱き受けると自分の顔をコロの顔に擦り付け「コロ」 小さな声で 言った。
コロを抱いたお母さんは優しい笑顔をしていたけど、その頬には涙がつたっていた。
チェリーの事を思い出していたのかも知れない。
でも、その涙は悲しい涙ではなかったんだと思う。
きっと暖かかく、優しい涙だったに違いない。



警察署を後にする時、士郎君が 言った。

「今度カメ子お姉ちゃんの所遊びに行っていい?」

カメ子が笑顔でうなづき、お母さんが答えた。 

「いつ来てもいいわよ。 気にしないでいつでもいらっしゃい」 
「ありがとうおばさん。 必ず行きます」

そう言って士郎君と別れた。
モロミも吾一と一緒に帰っていった。

来た時はとてつもない威圧感を感じ、怖い思いをしながら入って来た警察署だったけど、話が落着すると逆に、この頑丈で大きな建物が僕達を守ってくれるような気がする。
そして僕達は皆が帰った後、ちょっとした手続きをして警察署を後にした。

新しい家族と一緒に。

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