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星見くじ

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初めに

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未来か、過去か、この本を手にする人へ。



まず初めに、私はこの本の作者ではない。そもそも誰が作ったのかすら、私にも分からないのだ。
この本を手に入れたのには、ある奇妙な経緯がある。
その日私はどうにも気分が優れず、夜風にでも当たろうとふらりふらり何ともなく歩いていた。
ふと、横から紙が摺れるような音が聞こえた。
見れば、やや鬱蒼とした草むらの中に何やら光るものがある。
やあ、お星様でも落っこちてきたのだろうか。美しいその輝きに、ついその様なことを考え、半ば無意識に茂みをかき分けてそれを取り上げた。
しばらくの間明滅を繰り返していたそれは、しかし徐々に落ち着いていき。それに伴い、緩やかに姿を変えていく、
何と、一冊の本の形を作ったのだ。
あっと声を上げるも束の間、さらに驚くことにそれはひとりでに頁を捲っていく。奇妙な事に、中身は全て白紙であった。
やがてそれは最後の一枚を開く。
そこにだけは、小さな文字が書かれていた。

〝この本を拾った、過去、未来、全ての人へ。
どんな話だろうが、どんな文章だろうが構わない。見た事、知った事、感じた事、どのようなものであってもいい。どうか、この本を完成させて欲しい〟

端から端まで目を滑らせた後。夜闇色のそれはするりと消え、数回瞬きをすれば既に跡すら残ってはいなかった。




夢の様な話だが、紛れもなく現実だ。現に、今私はこうして文字をしたためている。
この本がいつの誰から、どのような目的で送られてきたものなのかは私にも分からない。
ただ一つ。
手にした者は、必ずこの本を完成させる手伝いをしなければならない。
勿論、それを破れば何があるという訳では無い。命を落とす事も、呪われる事もない。どうしたって書きたくないと言うのなら、それを曲げる必要は無い。
だが、これだけは忘れないで欲しい。
この本を作り上げることは、どこかの誰かを助ける事になる。
未来か、過去か、この本を手にする貴方へ。
どうか、見知らぬ隣人への慈悲を。




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