2 / 4
2
しおりを挟む
それは、ほんとうに突然だった。
塔の最上階で、月光を浴びながら魔法の調整をしていた時、
窓の外、遠く王都の方向に──黒い煙が、立ち上っていた。
「……え?」
私は、息を呑んで立ち止まった。
その煙は、ただの火事じゃなかった。
もっとこう……おかしい、何かが壊れてしまったような、そんな感じがした。
空が、裂けてた。
まるで、天にナイフを入れたみたいに。
月が半分、隠れてて……空気も、ピリピリしてた。
「リディア!」
階下から、マルグリット様の声がした。
私はすぐに飛ぶように階段をかけおりる。
塔の中に満ちていた魔力が、ざわざわと不安げに揺れていた。
「……見たな?」
「はい。あの煙……まさか、王都で?」
「そうだ。結界が破られた。あれは……《魔喰い》だ」
「ま……魔喰い……」
私は背筋がぞくっとした。
それは、魔法使いの間でしか語られない、古い、古い伝説。
“魔力を喰らい、土地を枯らし、人を狂わせる”
封印された災厄の一つ。
そんな存在、ただの噂だと思ってた。
だって、何百年も前に、封じられたはずじゃ……!
「……なぜ、今になって?」
マルグリット様はゆっくり首を振った。
「誰かが、封印を解いた。意図的に、ね。
王都の政治家たちは、力の意味を理解していない。
便利な“道具”とでも思って、魔法遺物に手を出したのだろう」
私は唇をかんだ。
馬鹿だ。
どこまでも、身勝手で、愚か。
けれど……それが、王都の“いつものやり方”だった。
「……でも。放ってはおけない」
「そうだね。だから、リディア――行ってくれるね?」
「……え?」
マルグリット様は、私の目をまっすぐに見ていた。
「《月影の魔女》の力が、今こそ必要だ。
あれを止められるのは、もうお前しかいない」
私の心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
「でも……私なんかで、本当に……?」
「“なんか”じゃない。
お前は、ずっと抑えていただけで、他の誰よりも強い。
そして、お前はもう、何者にも縛られていない。
魔法が、全力で応えてくれるはずだよ」
私はぐっと拳を握った。
たしかにこわい。
でも、もっとこわいのは──あの街に残ってるたくさんの人たちが、
何も知らずに災厄に巻きこまれていくこと。
……その中に、“ほんとうに傷つく必要のない誰か”がいるかもしれないから。
「行きます、マルグリット様。
……私、行かなきゃって思います」
「よく言った。なら、これを持っていきなさい」
そう言って、差し出されたのは、一冊の古びた黒い魔導書だった。
「これは、私が若いころに使っていたものだ。
今のリディアなら、使いこなせる。
気をつけて行くんだよ。
――戻ってくる場所は、ここにあるからね」
私は、目を潤ませながら小さくうなずいた。
「……はい。絶対、帰ってきます」
馬車を用意する時間も惜しかったから、私は魔法陣での転移を選んだ。
塔の地下には、王都とつながる緊急転移陣がある。
それは、魔法塔の内部しか知らない、秘密の通路。
転移の光が収まったとき、私は王都の外れ──“西門”の裏路地に立っていた。
……すごい、音。
鐘の音と、叫び声と、泣き声が混じってる。
空はまだ黒く裂けていて、風がびゅうびゅう唸ってる。
人々は逃げ惑い、兵士たちが必死に防衛線を張っていた。
「……本当に、魔喰いが」
そしてそのときだった。
私の目に、ひときわ目立つ“誰か”の姿が飛び込んできた。
金髪。
青いマント。
そして……どこかで見たことのある、顔。
「……エヴァンス様……?」
その男の人は、まっすぐ私を見て、目を見開いた。
「……リディア!?」
エヴァンス・クレイモア。
かつて、魔法塔で訓練していた頃にすれ違ったことのある人。
貴族ではなく、王国直属の“近衛魔導騎士”。
そして今──すっかり大人になって、
目の前で剣を抜き、魔法の盾を展開して、
住民たちを守ろうとしていた。
「まさか……君が、来てくれるなんて……!」
彼の瞳が、まるで希望を見つけたみたいに、私を見つめていた。
心臓が、また跳ねた。
……きっと、これから、とても苦しい戦いになる。
でも、この人となら……背中を預けられる気がした。
「来たのよ、ちゃんと。
わたし、《月影の魔女》として、戻ってきたの」
塔の最上階で、月光を浴びながら魔法の調整をしていた時、
窓の外、遠く王都の方向に──黒い煙が、立ち上っていた。
「……え?」
私は、息を呑んで立ち止まった。
その煙は、ただの火事じゃなかった。
もっとこう……おかしい、何かが壊れてしまったような、そんな感じがした。
空が、裂けてた。
まるで、天にナイフを入れたみたいに。
月が半分、隠れてて……空気も、ピリピリしてた。
「リディア!」
階下から、マルグリット様の声がした。
私はすぐに飛ぶように階段をかけおりる。
塔の中に満ちていた魔力が、ざわざわと不安げに揺れていた。
「……見たな?」
「はい。あの煙……まさか、王都で?」
「そうだ。結界が破られた。あれは……《魔喰い》だ」
「ま……魔喰い……」
私は背筋がぞくっとした。
それは、魔法使いの間でしか語られない、古い、古い伝説。
“魔力を喰らい、土地を枯らし、人を狂わせる”
封印された災厄の一つ。
そんな存在、ただの噂だと思ってた。
だって、何百年も前に、封じられたはずじゃ……!
「……なぜ、今になって?」
マルグリット様はゆっくり首を振った。
「誰かが、封印を解いた。意図的に、ね。
王都の政治家たちは、力の意味を理解していない。
便利な“道具”とでも思って、魔法遺物に手を出したのだろう」
私は唇をかんだ。
馬鹿だ。
どこまでも、身勝手で、愚か。
けれど……それが、王都の“いつものやり方”だった。
「……でも。放ってはおけない」
「そうだね。だから、リディア――行ってくれるね?」
「……え?」
マルグリット様は、私の目をまっすぐに見ていた。
「《月影の魔女》の力が、今こそ必要だ。
あれを止められるのは、もうお前しかいない」
私の心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
「でも……私なんかで、本当に……?」
「“なんか”じゃない。
お前は、ずっと抑えていただけで、他の誰よりも強い。
そして、お前はもう、何者にも縛られていない。
魔法が、全力で応えてくれるはずだよ」
私はぐっと拳を握った。
たしかにこわい。
でも、もっとこわいのは──あの街に残ってるたくさんの人たちが、
何も知らずに災厄に巻きこまれていくこと。
……その中に、“ほんとうに傷つく必要のない誰か”がいるかもしれないから。
「行きます、マルグリット様。
……私、行かなきゃって思います」
「よく言った。なら、これを持っていきなさい」
そう言って、差し出されたのは、一冊の古びた黒い魔導書だった。
「これは、私が若いころに使っていたものだ。
今のリディアなら、使いこなせる。
気をつけて行くんだよ。
――戻ってくる場所は、ここにあるからね」
私は、目を潤ませながら小さくうなずいた。
「……はい。絶対、帰ってきます」
馬車を用意する時間も惜しかったから、私は魔法陣での転移を選んだ。
塔の地下には、王都とつながる緊急転移陣がある。
それは、魔法塔の内部しか知らない、秘密の通路。
転移の光が収まったとき、私は王都の外れ──“西門”の裏路地に立っていた。
……すごい、音。
鐘の音と、叫び声と、泣き声が混じってる。
空はまだ黒く裂けていて、風がびゅうびゅう唸ってる。
人々は逃げ惑い、兵士たちが必死に防衛線を張っていた。
「……本当に、魔喰いが」
そしてそのときだった。
私の目に、ひときわ目立つ“誰か”の姿が飛び込んできた。
金髪。
青いマント。
そして……どこかで見たことのある、顔。
「……エヴァンス様……?」
その男の人は、まっすぐ私を見て、目を見開いた。
「……リディア!?」
エヴァンス・クレイモア。
かつて、魔法塔で訓練していた頃にすれ違ったことのある人。
貴族ではなく、王国直属の“近衛魔導騎士”。
そして今──すっかり大人になって、
目の前で剣を抜き、魔法の盾を展開して、
住民たちを守ろうとしていた。
「まさか……君が、来てくれるなんて……!」
彼の瞳が、まるで希望を見つけたみたいに、私を見つめていた。
心臓が、また跳ねた。
……きっと、これから、とても苦しい戦いになる。
でも、この人となら……背中を預けられる気がした。
「来たのよ、ちゃんと。
わたし、《月影の魔女》として、戻ってきたの」
20
あなたにおすすめの小説
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
さよなら、悪女に夢中な王子様〜婚約破棄された令嬢は、真の聖女として平和な学園生活を謳歌する〜
平山和人
恋愛
公爵令嬢アイリス・ヴェスペリアは、婚約者である第二王子レオンハルトから、王女のエステルのために理不尽な糾弾を受け、婚約破棄と社交界からの追放を言い渡される。
心身を蝕まれ憔悴しきったその時、アイリスは前世の記憶と、自らの家系が代々受け継いできた『浄化の聖女』の真の力を覚醒させる。自分が陥れられた原因が、エステルの持つ邪悪な魔力に触発されたレオンハルトの歪んだ欲望だったことを知ったアイリスは、力を隠し、追放先の辺境の学園へ進学。
そこで出会ったのは、学園の異端児でありながら、彼女の真の力を見抜く魔術師クライヴと、彼女の過去を知り静かに見守る優秀な生徒会長アシェル。
一方、アイリスを失った王都では、エステルの影響力が増し、国政が混乱を極め始める。アイリスは、愛と権力を失った代わりに手に入れた静かな幸せと、聖女としての使命の間で揺れ動く。
これは、真実の愛と自己肯定を見つけた令嬢が、元婚約者の愚かさに裁きを下し、やがて来る国の危機を救うまでの物語。
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
私の事を婚約破棄した後、すぐに破滅してしまわれた元旦那様のお話
睡蓮
恋愛
サーシャとの婚約関係を、彼女の事を思っての事だと言って破棄することを宣言したクライン。うれしそうな雰囲気で婚約破棄を実現した彼であったものの、その先で結ばれた新たな婚約者との関係は全くうまく行かず、ある理由からすぐに破滅を迎えてしまう事に…。
『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!
志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」
皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。
そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?
『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!
婚約破棄された公爵令嬢エルカミーノの、神級魔法覚醒と溺愛逆ハーレム生活
ふわふわ
恋愛
公爵令嬢エルカミーノ・ヴァレンティーナは、王太子フィオリーノとの婚約を心から大切にし、完璧な王太子妃候補として日々を過ごしていた。
しかし、学園卒業パーティーの夜、突然の公開婚約破棄。
「転入生の聖女リヴォルタこそが真実の愛だ。お前は冷たい悪役令嬢だ」との言葉とともに、周囲の貴族たちも一斉に彼女を嘲笑う。
傷心と絶望の淵で、エルカミーノは自身の体内に眠っていた「神級の古代魔法」が覚醒するのを悟る。
封印されていた万能の力――治癒、攻撃、予知、魅了耐性すべてが神の領域に達するチート能力が、ついに解放された。
さらに、婚約破棄の余波で明らかになる衝撃の事実。
リヴォルタの「聖女の力」は偽物だった。
エルカミーノの領地は異常な豊作を迎え、王国の経済を支えるまでに。
フィオリーノとリヴォルタは、次々と失脚の淵へ追い込まれていく――。
一方、覚醒したエルカミーノの周りには、運命の攻略対象たちが次々と集結する。
- 幼馴染の冷徹騎士団長キャブオール(ヤンデレ溺愛)
- 金髪強引隣国王子クーガ(ワイルド溺愛)
- 黒髪ミステリアス魔導士グランタ(知性溺愛)
- もふもふ獣人族王子コバルト(忠犬溺愛)
最初は「静かにスローライフを」と願っていたエルカミーノだったが、四人の熱烈な愛と守護に囲まれ、いつしか彼女自身も彼らを深く愛するようになる。
経済的・社会的・魔法的な「ざまぁ」を経て、
エルカミーノは新女王として即位。
異世界ルールで認められた複数婚姻により、四人と結ばれ、
愛に満ちた子宝にも恵まれる。
婚約破棄された悪役令嬢が、最強チート能力と四人の溺愛夫たちを得て、
王国を繁栄させながら永遠の幸せを手に入れる――
爽快ざまぁ&極甘逆ハーレム・ファンタジー、完結!
婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜
夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」
婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。
彼女は涙を見せず、静かに笑った。
──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。
「そなたに、我が祝福を授けよう」
神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。
だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。
──そして半年後。
隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、
ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。
「……この命、お前に捧げよう」
「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」
かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。
──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、
“氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる