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しおりを挟むふたりで歩いたその先に、小さな広場があった。
そこには、ぽつんと一本だけ大きな木が立っていて――
アレク様はその下で、ふと立ち止まった。
「昔、君が孤児たちに絵本を読んでいた場所だ」
「あっ……」
「君が子どもたちと笑っているのを見て、思ったんだ。……あぁ、こんな人と、一緒に生きたいって」
その言葉に、わたしの心臓がどくん、と音を立てた。
「……わたしなんて、何も取り柄もないのに」
「あるよ。君の優しさも、強さも、全部……俺は知ってる。だから――」
アレク様が、わたしの手を取ったまま、静かに膝をついた。
――えっ……?
「エレナ。俺と、結婚してくれないか?」
時間が止まったような気がした。
夕日が、アレク様の金の髪を照らしていて、まるで絵本の中の騎士様みたいで――
わたしの胸は、きゅうっと音を立ててしぼんだ。
「……わたしで、いいんですか?」
「君じゃなきゃ、ダメなんだ」
「……わたし……ずっと、誰かに“必要だ”って言ってほしかった……」
涙が、勝手にあふれてくる。
でも、これはもう悲しみじゃない。嬉しさで、心がいっぱいになっている涙。
「うん……はい、わたしでよければ、お願いします……!」
アレク様の目も、少し潤んでいた。
「ありがとう、エレナ」
その言葉は、わたしの心の奥まで、すうっと溶けていった。
夕焼けの中で、ふたりだけの約束。
重なった手のぬくもりが、ずっとずっと、あたたかくて。
◆◇◆
夜、わたしはひとり部屋で、日記をひらいた。
今日のことを、ぜんぶ書いておきたくて。
この胸のあたたかさを、言葉にして残しておきたくて。
『わたしは今日、プロポーズされました。とってもやさしい、素敵な人から。』
『あの頃のわたしには、想像もできなかった未来です。』
『でも、今は思えるんです。あの日の悲しみも、涙も、全部――今につながっていたって。』
わたしの人生は、もう過去に縛られていない。
もう、誰かに捨てられて泣く日々なんていらない。
これからは、アレク様と。
それは、まるで冷たい嵐が私の目の前に降りかかるような出来事だった。
ある朝、教会の窓から差し込む光に目を覚ました私。
いつものように今日も孤児たちと過ごそうと思っていたけれど、どこか胸の奥がざわざわしていた。
「エレナ様!」
突然、慌ただしい声が聞こえた。
窓の外から聞こえたのは、村の人たちのざわめきだった。
私は慌てて外に出てみた。
するとそこには、村の人たちの中で一人の男が泣きそうな顔をして、必死に訴えている。
「ルイス様が、借金の取り立てに追われているって……本当ですか?」
耳を疑った。
ルイス様?
あの、私の元婚約者であり、かつては私の家の未来だった男。
「そうだ、あの二人が無計画に放蕩を重ねて、家はもう借金まみれだって噂に……」
妹の名前も、一緒に聞こえてきた。
ああ、あの時私は信じてしまったのだ。
ルイス様が改心する日が来るって。
でも、それは嘘だった。
◆◇◆
私は震える足で、村人の話を聞きながら、やがてその場から離れた。
胸の奥がぎゅっと痛む。
「やっぱり……」
それでも私は思った。
「どうして、今さら助けを求めてくるの?」
その日の夕方。
教会に、ルイス様本人がやってきた。
いつもの傲慢な顔はどこにもなくて、ただひたすら疲れ果てたように見えた。
「エレナ……お願いだ。もう一度、やり直せないか?」
その言葉に、私の心はかき乱された。
「やり直す……? あなたはもう、私を傷つけた。妹と結婚し、私を捨てた。それを簡単に“やり直したい”なんて言わないで」
私は声を震わせた。
「お願いだ、エレナ。俺は間違っていた。君だけが本当に大切だった」
その言葉は、空っぽに聞こえた。
「そうですか……でも、もう遅い」
私は静かに言った。
「私はもう、あなたのことを忘れました。もう戻る場所はありません。私の人生は、今、ここから始まるのです」
ルイス様は、ただ俯いているだけだった。
◆◇◆
その後も、私はアレク様と過ごす日々に幸せを感じていた。
でも、ふと心によぎるのは、あの元婚約者の影だった。
でも。
「これからは、私を傷つける人はもう現れない。私には、私を守ってくれる人がいる」
夜空の星を見上げて、そう誓った。
その日、教会の扉が静かに開く音で目が覚めた。
「エレナ、起きて。朝だよ」
優しい声が聞こえて、ふと隣を見ると、そこにはアレク様が立っていた。
「もう朝か……」
眠い目をこすりながらも、私は嬉しくて小さく微笑んだ。
「おはよう、アレク様」
◆◇◆
アレク様はいつも優しくて、私のことを大切にしてくれる。
「今日はみんなで外に出かけよう。孤児たちに新しい場所を見せてあげたいんだ」
そう言って、手を差し出してくれた。
私はその手をそっと握り返した。
「うん、一緒に行こう」
教会の外は朝の光で輝いていて、風が心地よかった。
孤児たちは嬉しそうに笑って、私も自然と笑顔になれた。
◆◇◆
歩きながら、アレク様がぽつりと言った。
「エレナ、君がどんなに強くなったか、僕はずっと見ていた。君は本当にすごい」
胸がじんわり熱くなった。
「ありがとう。アレク様がいてくれたから、私、頑張れたの」
「ああ、僕には君しかいない。これからもずっと、君を守りたい」
そう言って、私の手をぎゅっと握った。
その瞬間、私は確信した。
「私の幸せは、ここにあるんだ」
◆◇◆
夕暮れ時、教会に戻ると、ふと思い出したように呟いた。
「ルイス様のことはもう、考えない。私の未来は、アレク様と一緒にある」
アレク様は笑って、優しく私の肩に手を置いた。
「そうだよ、エレナ。君の未来は明るい。僕たちが一緒に歩んでいこう」
夜空の星がひとつ、またひとつと輝き始める。
その星の光に、私の心も満たされていくようだった。
朝日がゆっくりと空を染めていく。
私は深く息を吸い込んで、静かに目を開けた。
「今日も、いい日になりそう」
そう思える自分が、少しだけ誇らしかった。
◆◇◆
アレク様が朝の光を浴びて、いつもより少し柔らかく笑っていた。
「おはよう、エレナ」
「おはよう、アレク様」
声が重なって、なんだか心が温かくなった。
「今日は村の市場に行こう。みんなでお祝いしたいんだ」
そう言われて、私は嬉しくて手を握り返した。
「うん、楽しみ」
市場はにぎやかで、子どもたちの笑い声があふれていた。
アレク様が私の手を離さずに、ゆっくり歩く。
「あのね、エレナ」
突然アレク様が少し照れたように言った。
「君と過ごす時間が、一番の幸せなんだ」
胸がきゅんとして、私は顔を赤らめた。
「私も……同じ気持ち」
◆◇◆
夕方になると、教会の庭でひとり、空を見上げた。
「もう、あの頃の私はいないんだ」
ルイス様に裏切られて、悲しかったけど、今はもう違う。
「私は自由。私には守ってくれる人がいる」
そう思うと、涙があふれてきたけど、それは嬉し涙だった。
「ありがとう、アレク様」
そっと呟いて、私は未来へ向かって歩き出した。
――
朝の光が窓から差し込んで、カーテンをゆらゆら揺らしている。
私はベッドの中でゆっくり目を開けた。
「ああ、今日も生きているんだなあ」
そんな当たり前のことが、こんなにもありがたく感じられるなんて、昔は思いもしなかった。
◆◇◆
朝食の席でアレク様がニコッと笑った。
「エレナ、今日は特別な日だ。君に見せたい場所があるんだ」
「特別な日?」私はちょっとドキドキしながら尋ねた。
「うん、君に感謝を伝えたい。君のおかげで僕は強くなれたから」
その言葉に、胸がじんわり温かくなった。
「アレク様……そんなふうに思ってくれてたなんて」
◆◇◆
二人で森の中を歩いた。
小鳥のさえずりが聞こえて、葉っぱの間から光がキラキラこぼれていた。
「ここだ」
アレク様が立ち止まった場所は、小さな泉がひっそりと輝いている場所だった。
「きれい……」
私は思わず声をあげた。
アレク様が静かに言った。
「君みたいに心が澄んでいる場所だと思ったんだ」
私は照れて顔を赤くしながらも、心から嬉しかった。
「ありがとう、アレク様」
◆◇◆
夕方になると、教会に戻り、孤児たちと笑いあった。
その笑顔が、何よりも私の宝物だった。
「私はもう、ひとりじゃない」
心の中で何度もつぶやいた。
その夜、星空を見上げながら、私は小さく誓った。
「これからも、強く優しく生きていこう」
そう、未来は私のもの。
どんなに辛いことがあっても、私には守ってくれる人がいる。
――
朝の光がそっと部屋に差し込んで、私の頬を優しくなでた。
目を閉じて、その温かさを感じると、ふっと心が軽くなった。
「今日も、きっといい日になる」
そう信じて、布団からゆっくり起き上がった。
◆◇◆
アレク様はもう庭で待っていて、にこにこ笑っていた。
「おはよう、エレナ。今日は何をしたい?」
「おはようございます、アレク様。うーん、今日はみんなと一緒にお茶会をしたいな」
「いいね。君の提案はいつも素敵だ」
照れたように笑うアレク様に、私は胸がキュンとした。
◆◇◆
お昼前、孤児たちが集まって、にぎやかなお茶会が始まった。
「エレナお姉ちゃん、大好き!」
子どもたちが笑顔で言ってくれるたびに、私の心はぽかぽか温かくなった。
「みんな、ありがとう。私もみんなのことが大好きよ」
アレク様はそんな私を静かに見つめて、そしてそっと手を握ってくれた。
「君が笑うと、世界が明るくなる」
胸がじんわりと熱くなった。
◆◇◆
夕暮れの教会で、アレク様が真剣な顔で言った。
「エレナ、君と出会えたことが、僕の一番の幸せだ」
「私もよ、アレク様」
涙があふれそうになりながらも、私は強く頷いた。
「これからも、ずっと一緒に歩んでいこう」
その言葉に、私はしっかりと応えた。
「うん、ずっと一緒に」
◆◇◆
夜空に輝く星たちを見上げて、私は心の中で約束した。
「どんなことがあっても、私は負けない。だって、私にはアレク様がいるから」
これからの人生は、きっともっと輝く。
そう信じて、私は新しい朝を迎える準備をした。
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