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序
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夢の終わりは、誰そ彼。
月の出ない、宵の薄暗さに包まれていた。カチカチと途切れそうに、虫の息を繰り返す街頭が頼りない。
午後七時より少し前。先程降りた駅で確かめた時刻はその位だった。駅近くの商店街の、殆どの店はシャッターが降り、人通りは殆ど無い。
開いている店は、赤提灯の下がる古めかし木造建築の居酒屋と、ケーキ屋。それなりに長い商店街の中で、営業している店はたったの二軒。私は場の据えた臭いを感じていた。
商店街を抜けた先を、更に歩きいつも迷いそうになる仄暗い住宅街の中のアパートに住む、友人の部屋に向かっている途中で。久々に会うというのに手土産一つも用意していなかった事に、商店街の出口付近で気がついた。
少しだけ、駅の方へと商店街を引き返し、ケーキ屋の軋む引き戸を開けた。友人はバタークリームのケーキが好きだったなぁと、遠い記憶に思いを馳せる。
前に一人だけ居た先客は、シュークリームを十五個買って、オマケをお断りし、店を後にして行った。
ショーウィンドウに並ぶケーキ。時間も時間なだけあって、残りは少なくなっていた。
「ええと……バタークリームのケーキと、サバラン、オペラを一つずつ下さい」
暗く、モヤのかかったレジの奥。店員さんの顔は見えず、影のようなヒトガタに見える者が、箱にケーキを詰めていく。私も、店員さんと変わりは無い見た目をしていた。ショーウィンドウに反射して映る、私の姿もまた、影のようなヒトガタに見える、得体の知れぬ者だ。
「こちら三点でお間違えありませんか?」
店員さんは、箱にケーキを綺麗に詰めて、案外明るい声色で尋ねてきた。
「間違いありません。おいくらですか?」
お会計を済ませて、ケーキの箱を受け取る。スッと差し出された店員さんの手のひらの上には、シナシナになって半分程が腐敗した、何とも言い難い異臭を放つ、ハーブのような葉の寄せ集めが乗せられていた。
「オマケです。どうぞ」
店員さんは、腐敗した葉の寄せ集めを乗せた手のひらを近づけて、渡そうとしてくる。流石にそれは受け取りたくない、胡散臭いし。
「オマケは……要らないです。けど、チップ置いておきますね」
受け取る人なんて殆ど居ない気がするオマケ。私も受け取りたくはない。この店員さんは何度も断られ続けていたのだと思うと、モノがダメだと気づかないでいたとしても、少しだけ心苦しくなった。
私は財布の中に大量に入っていた10円玉を軽く一掴み分、レジのトレーの上にジャラリと置き、ケーキ屋を後にした。
チカチカ、チカチカ。
頼りない街灯のあった商店街を抜けて、迷いそうな住宅街へ、ケーキの箱を片手に足を踏み入れていく。
住宅街を進むにつれ、アスファルトの道は狭くなり、荒れていく。人なんて殆ど住んでいないのではと思う程、生活のにおいがして来ない。頼りない街灯すらも、事切れた残骸ばかりが立ち並び、静かに朽ちる時を待っていた。
幸い、私は夜目の効く方だった為、近年増加しているこのような光景の中でも難なく歩く事が出来る。
白い外観の、友人の住むアパートの一室に入った。私を出迎えたのは、友人と同居している男だった。私は、この男が嫌いだ。だが、波風立てて面倒な事に巻き込まれるのはもっと嫌だった。ケーキを三個買った理由なんて、その程度の事だ。
友人は、居なかった。「久々に会いたい」と、日時を指定して招いてきた彼女はどこに消えたのだろうか?男癖が悪く、悪食な彼女の事だ。同性との約束を連絡無しで放り投げ男の所へ行く事は、今までも何回かあった。
はぁ、と、脱力したため息が出る。台所を勝手に借りて手を洗い、サバランを貪り食い、残りのケーキの入った箱には「食え」と、油性ペンで書いて冷蔵庫へ入れておいた。
月の出ない、宵の薄暗さに包まれていた。カチカチと途切れそうに、虫の息を繰り返す街頭が頼りない。
午後七時より少し前。先程降りた駅で確かめた時刻はその位だった。駅近くの商店街の、殆どの店はシャッターが降り、人通りは殆ど無い。
開いている店は、赤提灯の下がる古めかし木造建築の居酒屋と、ケーキ屋。それなりに長い商店街の中で、営業している店はたったの二軒。私は場の据えた臭いを感じていた。
商店街を抜けた先を、更に歩きいつも迷いそうになる仄暗い住宅街の中のアパートに住む、友人の部屋に向かっている途中で。久々に会うというのに手土産一つも用意していなかった事に、商店街の出口付近で気がついた。
少しだけ、駅の方へと商店街を引き返し、ケーキ屋の軋む引き戸を開けた。友人はバタークリームのケーキが好きだったなぁと、遠い記憶に思いを馳せる。
前に一人だけ居た先客は、シュークリームを十五個買って、オマケをお断りし、店を後にして行った。
ショーウィンドウに並ぶケーキ。時間も時間なだけあって、残りは少なくなっていた。
「ええと……バタークリームのケーキと、サバラン、オペラを一つずつ下さい」
暗く、モヤのかかったレジの奥。店員さんの顔は見えず、影のようなヒトガタに見える者が、箱にケーキを詰めていく。私も、店員さんと変わりは無い見た目をしていた。ショーウィンドウに反射して映る、私の姿もまた、影のようなヒトガタに見える、得体の知れぬ者だ。
「こちら三点でお間違えありませんか?」
店員さんは、箱にケーキを綺麗に詰めて、案外明るい声色で尋ねてきた。
「間違いありません。おいくらですか?」
お会計を済ませて、ケーキの箱を受け取る。スッと差し出された店員さんの手のひらの上には、シナシナになって半分程が腐敗した、何とも言い難い異臭を放つ、ハーブのような葉の寄せ集めが乗せられていた。
「オマケです。どうぞ」
店員さんは、腐敗した葉の寄せ集めを乗せた手のひらを近づけて、渡そうとしてくる。流石にそれは受け取りたくない、胡散臭いし。
「オマケは……要らないです。けど、チップ置いておきますね」
受け取る人なんて殆ど居ない気がするオマケ。私も受け取りたくはない。この店員さんは何度も断られ続けていたのだと思うと、モノがダメだと気づかないでいたとしても、少しだけ心苦しくなった。
私は財布の中に大量に入っていた10円玉を軽く一掴み分、レジのトレーの上にジャラリと置き、ケーキ屋を後にした。
チカチカ、チカチカ。
頼りない街灯のあった商店街を抜けて、迷いそうな住宅街へ、ケーキの箱を片手に足を踏み入れていく。
住宅街を進むにつれ、アスファルトの道は狭くなり、荒れていく。人なんて殆ど住んでいないのではと思う程、生活のにおいがして来ない。頼りない街灯すらも、事切れた残骸ばかりが立ち並び、静かに朽ちる時を待っていた。
幸い、私は夜目の効く方だった為、近年増加しているこのような光景の中でも難なく歩く事が出来る。
白い外観の、友人の住むアパートの一室に入った。私を出迎えたのは、友人と同居している男だった。私は、この男が嫌いだ。だが、波風立てて面倒な事に巻き込まれるのはもっと嫌だった。ケーキを三個買った理由なんて、その程度の事だ。
友人は、居なかった。「久々に会いたい」と、日時を指定して招いてきた彼女はどこに消えたのだろうか?男癖が悪く、悪食な彼女の事だ。同性との約束を連絡無しで放り投げ男の所へ行く事は、今までも何回かあった。
はぁ、と、脱力したため息が出る。台所を勝手に借りて手を洗い、サバランを貪り食い、残りのケーキの入った箱には「食え」と、油性ペンで書いて冷蔵庫へ入れておいた。
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