夢現つ、彷徨いて

振悶亭めこ

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 何と無くで歩ける宵闇が続いている。人なんて、さっきから一人も見当たらない。他に誰も居なかった。
『露天風呂』からのガラスの扉も、もう無いかも知れない。公衆トイレに戻りたくは無いけれど、出口であって、入り口を兼ねてはいなかった場合、見えなくても、消えていても、問題は無いのだと思う。
 私は、ずっと続いているようなハリボテじみた宵闇の路地をひたすらに歩き続けている。

「こんな時間に、こんな所を一人で歩いちゃ、危ないよ」
 後ろから声をかけられた。走って逃げようとしたけれど、少々遅かった。
 首筋を這う、ねっとりとした息遣いが、不気味さを際立たせた。明らかに不審な男に後ろから抱きつかれた。身を捩り、足をバタつかせて足掻いても、太く頑丈な男の腕は微動だにしない。
 そのまま私は、近くの神社に引き摺り込まれた。一瞬見上げた先にあった朱色の鳥居が、やけに印象的だった。
 男の身体が私の上にのし掛かり、世界が大きく揺らいだ。波に飲まれたかのような黒く目まぐるしく攪拌されていく視界……

 何が起こっているのか全く理解出来ないまま、ハッと気が付いた時には、あの朱色の鳥居の上に私は座っていた。
 見下ろした神社の境内では、男があどけない顔立ちの少女を組み敷き、はだけさせた服の中を恣に貪っていた。
 ケダモノの行為は、無声映画。口は動いているものの男の声も、少女の声も、私には全く聞こえてはこない。鳥居の上から、その光景を呆然と眺めていた。
 貪られる少女を、可愛らしいとすら思う。終わるまで眺めていようかと思った矢先、男が少女の首を絞めようとしていた。
 私は鳥居の上から飛び降りる。ふわり、とスローモーションのように緩やかに、重力までもがおかしくなったかのように、宙を舞って、石畳の上に降り立った。男にも少女にも、私の姿は見えていないようだった。
 これで、あの少女が助かるかは分からない。けれど……何もしないよりは、した方がいい。拝殿まで、走った。
 ガランガラン、ガランガラン。
 鈴を思い切り鳴らす。大きな音が辺りに鳴り響く。男は慌てふためいた様子で少女から離れ、宵闇へと逃げて行った。

 咽せるように顔を顰め、胸元を大きく上下させている少女の顔を、覗き込んだ。けれどやはり、少女に私の姿は見えていないようだった。声をかけようと息を吸い込む。再び、波に飲まれたかの様な感覚に襲われた。
 ぜえはぁと、荒い呼吸をしていた。少しだけ呼吸が落ち着くまで、石段に座る。いつの間にか、あの少女の姿も消えていた。身体には、強い違和感があった。どことなく気持ちが悪い。

 石段を登って私は、私の姿を確かめる為に、お社の奥に祀られている鏡を見た。鏡に映っていたのは、影のようなヒトガタの姿ではなく、先程の可愛らしい少女の姿だった。
 鏡を見て、姿を確かめたと同時に、神社の石灯籠にあかりが灯る。やがて祀られた鏡を中心に、神社全体が眩ゆい光に包まれていった。光で、何も見えなくなっていく。
「さあ、次は何処へ行こうか?」
 聞こえた声は、私か?それとも……


【終】
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