壊れた世界できみとつくる理想郷

麻路なぎ

文字の大きさ
2 / 38

2 日常

しおりを挟む
 それから十二年が経った、西暦二三二八年六月十五日金曜日。
 僕が引き取ったカナタは、もうすぐ一八歳を迎える。
 高校三年生である彼はいつからか俺より早く起き、朝食の準備をして洗濯機まで回すようになっていた。

「あ、おはよう音耶」

 にこにこと笑いながらカナタは言い、テーブルにお皿を並べる。
 焼き魚にご飯、お吸い物。
 日本の朝食、という感じの食事を用意したカナタはとても日本人には見えない容貌をしている。
 短い銀髪に、紫色の二重の瞳。先端が少し尖った耳に、青白い肌。口もとから尖った八重歯が見える彼は、今の日本ではごく一般的な人の姿だった。
 三百年ほど前に突如世界を襲った大洪水は、海抜五十メートルの都市を水底に沈めた。
 そこから人類は進化をとげ異形ばかりの世界となった。
 異形の多くは生活のために旧人類の姿をとれるが、どこかしらに異形の痕跡が残る。
 カナタは本来背中に黒い羽根があるが、普段は人に擬態してその羽根を隠している。だが旧人類の姿でも耳や肌の色、八重歯など異形の原型をとどめていた。
 だけど僕は違う。
 純粋な、世にも珍しい旧人類。
 そんな目立つ容貌の為、俺は異形たちのかっこうの標的にされていた。
 ――性的な、意味を持って。
 僕は、カナタに挨拶を返して食卓に腰かける。
 
「今日は俺、部活で遅くなるからね。帰り六時過ぎる」

「あぁ、わかってる。夕食はちゃんと作るから」
 
 僕が答えると、カナタは頷き言った。

「昨日のひき肉残ってるから、よかったら使って。週末は買い物連れてってね」
 
「わかった」
 
 家事は僕と彼で分担して行っている。
 朝食はカナタが。夕食は半分半分だ。
 カナタは勝手に弁当を用意するようにもなり、俺がやる家事はだいぶ減った。

「冷蔵庫にひき肉解凍してあるからそれ使ってね。明日は買い物ね」

 なんて言いながら、当たり前のように俺のお茶を用意して、カナタは椅子に腰かけた。

「いただきます」

「いただきまーす」
 
 白いシャツに紺のスラックス。それに紺のベストを着たカナタは、長い指で器用に箸を持ちご飯を食べていく。
 引き取った時、僕よりもずっと小さかったのに、今では僕の身長を五センチ越えて百八十センチになってしまった。
 彼がもつ茶碗も湯呑も小さく感じてしまう。
 僕よりも早くささっと食事を終えたカナタは、食器を片付けてバタバタとリュックを背負い、僕に手を振った。

「じゃあ行ってきます!」

「いってらっしゃい」

 カナタは元気よく挨拶をして、マンションを後にした。
 残された僕は、黙々と食事をとり、食べ終えれば食器を洗う。
 なんでもない、平和な時間。
 十二年前、カナタの両親は闇ルートで手に入れた人魚の肉を食べて怪物となり、隣に住んでいた僕が殺した。
 この国には人魚の肉を喰えば不老不死になれる、という伝説がある。
 洪水により人魚が姿を現した三百年前、人々は当たり前のように人魚を乱獲し、その肉を喰らったらしい。
 だけど皆、怪物となり理性を失い大量虐殺が起きたという。
 それから人魚狩りは禁止されたけれど、今でも人魚の伝説を求めて闇で肉が流通する。
 おかげで人魚は姿を見なくなり、絶滅した、とも人に擬態して生活している、ともいわれている。
 人魚の肉を喰らった者は誰も不老不死になんてなっていない。
 少なくとも、表向きは。
 食器を洗い、洗濯物を干して掃除機をかけて。
 俺は仕事の用意をする。
 といっても私服に着替えるだけだが。
 黒いシャツに、黒いパンツ。それに銀色のカラーコンタクトを装着し、帽子を被ってマンションを出た。
 不老不死なんておとぎ話だ。
 僕もそう信じていた。
 百年前のあの日までは。
 僕が生まれたのは百年以上前。
 僕は、たぶん人魚を喰らい不老不死になった唯一の存在だった。
 だから僕は、まともな仕事にはつけない。
 洪水で政治機能が止まっても、群馬に首都機能を移して今でもまともに国家としてなりたっているこの日本、という国ではいまでも戸籍が機能している。
 僕は戸籍上百歳以上だ。
 しかも何年経っても見た目がまったく変わらないから普通の仕事などできるわけがない。
 カナタを引き取る前は、遺跡で遺物を発掘するハンターで生きてきた。
 けれどハンターは何日も家を空けるし、六歳の子供をひとりになどしておけるわけがない。
 
「やだ、僕、音耶兄ちゃんと一緒にいる!」

 と、両親を殺した僕から離れなかったカナタを引き取る為に、色々と裏取引をしなくてはならなかった。
 カナタが学校にいっている間だけ仕事をし、カナタが帰る前に家に帰る。
 そんな生活を初めて十二年経った。今や僕は高級娼夫だ。主に政治家や金持ち相手に身体を売る。
 純然たる旧人類の姿である僕は、この異形ばかりの世界では珍獣扱いだ。だから俺は人気があり、客が途切れることはなかった。
 
  
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

平凡高校生の俺にイケメンアイドルが365回告白してくる理由

スノウマン(ユッキー)
BL
高校三年生の橘颯真はイケメンアイドル星宮光に毎日欠かさず告白されている。男同士とのこともあり、毎回断る颯真だが、一年という時間が彼らの関係を少しずつ変えていく。 どうして星宮は颯真に毎日告白するのか、そして彼らの恋の行方は?

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

処理中です...