壊れた世界できみとつくる理想郷

麻路なぎ

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30 海物(かいぶつ)の影

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 船に乗ってスイレン市に着くのは夜の十九時過ぎだ。
 スイレンで二泊して、二十五日の朝、帰路につくことになっている。
 昼よりも夜の方が海物がでてくる危険性が高いため、漁船以外が夜の海を渡ることは原則ない。
 鳥に餌を与え、船室に戻ろうか、という時にアナウンスが響いた。

『甲板にいる乗客の皆さま、スタッフはすぐに船内へとお願いいたします。シーサーペントの影が確認されました。甲板にでいる……』

 そのアナウンスを聞き、僕はばっと視線を巡らせる。船の前方にその姿は見えない。ということは後方だろうか。
 シーサーペントは巨大な蛇のような海物で、ビルなどが多いこの海域では移動が難しくあまり姿を現さない。
 ということは子供だろうか。
 シーサーペントは漁船程度なら沈める力があるので厄介だ。
 響くアナウンスに、乗客たちが一気にざわめく。
 するとスタッフが声を張り上げた。

「よくあることです。落ち着いて、船内にお願いいたします! この辺りはビルが多く、シーサーペントは自由に動き回れません! 念のため船内でしばらくお過ごしください!」

 スタッフたちの様子を見ると、確かに慣れているようだった。
 顔に、恐怖の色が見えない。
 乗客たちは不安な表情を浮かべつつ、それでも落ち着いてスタッフの指示に従い船内へと入っていった。

「音耶……」

 無意識だろうか、カナタが海の向こうを見つめながら僕の腕を掴んでくる。
 わずかに怯えている様で、僕はそんな彼の肩に手を置いて声をかけた。

「大丈夫だよ。スタッフが言う通り、シーサーペントは身体が大きいし、ビルが多いこの辺りじゃあたいしてスピードも出ないから、追いかけてくるのは難しいと思うよ」

「あ……うん」

 ばっとこちらを見たカナタは、それでも僕の腕を掴む手に力を込める。

「中に行こう。護衛艦もついているしやり過ごせるよ」

 極力優しく声をかけるが、カナタの顔から不安の色が消えることはなかった。
 スタッフに従い船内に入り、僕らは客室へと戻る。
 ソファーに腰かけて僕は窓へと視線を向けた。
 そこから見える海は穏やかで、海物の姿は見ることができなかった。
 そびえるビルの合間を縫って、船はいく。
 カナタは僕に張り付いてずっと離れず、窓の外を不安げに見ていた。
 まあ普通はこういう反応になるだろう。
 海物は突然海から現れて船を水底に引きずり込むのだから。
 僕は怯えるカナタの身体を抱きしめ、静かに声をかけた。

「だいぶ遠くに影が見えたんだと思うよ。大丈夫……僕が一緒なんだから」

「うん……」

 震えた声の後、カナタはおずおずと僕の背中に手を回してきた。

「ねえ、音耶」

「何」

「シーサーペントと戦ったこと、ある?」

「あるよ。小さいやつだけど」

 シーサーペントの子供は沈んだビルを根城にしていることがあり、小型の船が近づくと容赦なく襲いかかってくる。
 だから僕は、何度かシーサーペントと対峙したことがあった。

「怪我したりしないの?」

「まあ、喰われかけたことは何度かあるけど」

 そう濁すが、実際は腕をちぎられたことがある。けれど再生したのでさすがにそれを口には出来なかった。
 傷はもちろんないが、痛みと記憶は残り続けている。

「そう、なんだ」

「でも滅多に現れないから」

「うん」

 頷きカナタは大きく息を吐いた。
 こうしていると本当に子供なんだな、と思う。
 それはそうか。彼はまだ、十八歳なのだし見えない脅威は恐ろしいだろう。
 僕を守りたい、ということを口にするがそれはどれほど先の話になるだろうか。
 しばらくそうして抱き合ったまま、時間が過ぎていく。

「音耶」

 甘えた声がしたかと思うと、彼は僕の顔を見つめそして唇を重ねてきた。
 昼間からこんなことをしてくるのは珍しい。
 触れるだけのキスを繰り返した後、ほっとした様な顔にやっとなり、微笑み言った。

「ごめん。大丈夫。ちょっと怖かったけど」

 と言い、僕から離れていく。

「あぁ。海物は怖い存在だからね。そういうものたちと、ハンターは戦わないといけないんだよ」

「うん……わかってるつもりだったけど、姿が見えないのになんかすっげー怖かった」

 不安の色を浮かべ、彼は窓の外に視線を向けた。
 
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