まだ運命を知らない僕たちは

麻路なぎ

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3 訪問者サーシャ

 診察室に入ってきたのは、黒髪黒目、背の高い褐色の肌の青年だった。
 俺よりだいぶ背が高いし体格がいいので騎士か戦士だろうか。身なりはいいが、少し疲れた感じがする。マントに身を包んでいるし旅人か?
 腰に剣をぶら下げているが、冒険者、という雰囲気もしない。なんというか、隠しきれない上品さを醸し出している。
 何者だろうか。
 俺の頭の中で警報が鳴り響く。
 思わず身体を強張らせて、俺はじっと、その男を見つめる。
 彼は俺の前にある椅子に腰かけると、軽く頭を下げてにっと、歯を見せて笑い言った。

「初めまして、サーシャ=シュヴァイクといいます。今は旅人ですが元リデューの騎士です」
 
 と言い、深く頭を下げた。
 あぁ、やはり騎士なのか。
 ここからかなり遠い国だが、いったいそんなところからなぜ俺を訪ねてきた?
 警戒心を解かず、俺は言った。

「カミル=スピラです。本日はどのようなご用件ですか?」

「貴方が、勇者一行の中にいた魔法使いの祖先であると聞き、話を伺いたいと思いました」

 真剣な黒いまなざしが、俺の顔をじっと見つめる。
 その時、心臓が高鳴る音がした。どんどん鼓動が早くなり、僅かに体温も上昇し始めているように思う。
 なんだ、これは……
 そう思って俺は思わず胸に手を当てた。
 明らかに身体がおかしい。けれどなんの心当たりもない。
 訳が分からないが、今はこの男の目的を知るのが先決だ。
 そう思い俺は極力平静を装おうと、顔に笑顔を張り付けて言った。

「えぇ。勇者と同行していた魔法使いのひとり、ハイナーは俺の祖父です。早くに亡くなったと聞いています」

 俺の祖先が早死にするのは珍しい事ではなかった。
 なぜなら、そういう運命だからだ。
 しかも祖父は勇者と共に旅をした。自分の命を削り、勇者に尽くしたのだから長く生きられるわけがない。
 祖父は三十前に死んだらしい。そして俺の父も早くに死んでいる。
 俺の言葉を聞いた騎士は、神妙な顔で頷き言った。

「そのようですね。それで、確認したいのですが貴方のおじい様が治癒魔法を使えた、という話は本当ですか?」

 まっすぐに見つめる目は、真剣そのものだった。
 俺の表情をうかがうように、じっと、俺を見据えている。
 いったいなぜそんなものを探し求める?
 緊張か、背筋にひんやりとしたものが流れていく。
 わずかに心に痛みを感じつつ、俺は首を横に振る。

「そのような秘術、あるわけないでしょう。伝説ですよ」

 幾度となく繰り返してきた嘘を口にすると、相手の顔には失望の色がいつも浮かぶ。そしていつも、そこで話は終わるのに。なのに目の前の騎士は顔色を変えなかった。
 
「四年前、死んだ仲間に聞いたんです。彼は戦士ダレンの孫でした。彼の実家に遺品を届けに行った時にも聞きました。ハイナー氏の話を。彼はどんな傷も病も治せたとうかがいました」

 言いながら、騎士はわずかに腰を浮かせた。
 ダレン、の名前を聞き、俺は内心焦り出す。
 勇者一行は四人だった。祖父と勇者と、戦士ダレンともうひとりの魔法使い。さすがに仲間の証言ではごまかすのが難しい。
 どうする、カミル。
 俺は首を横に振り、

「そのようなことあるわけないでしょう。回復魔法は使えたと思います。俺も使えますし、こればかりは素質で遺伝しますからね。でも治癒魔法は存在しません。するわけがないんです」

 そう強く否定すると、彼の顔に失望の色が浮かぶ。
 目を細め、唇がわずかに震えているように見えた。

「そう、ですか……」

 そう呻くように言い、彼は下を俯いた。
 その姿を見るといたたまれない気持ちになるが、仕方ない。真実を伝えることはできないのだから。

「なぜ貴方は治癒魔法を探し求めているんですか?」

 そう問いかけると、サーシャはゆっくりと顔を上げ、悲しげな顔で語り始めた。

「……それは……四年前、俺は戦争でたくさんの仲間を失いました。戦争終結のラッパが鳴り響いた時、まだ生きている者がいたんです。でも、時がたつにつれて声が聞こえなくなり……」

 そして騎士は、自分の手のひらをじっと見つめる。
 その指先が、がたがたと揺れている。
 戦場を思い出しているのだろうか。

「その魔法さえあれば、彼らは生き残ったのかもしれない。実家に帰り、愛する者たちと過ごすことができたかもしれない」

 そう、サーシャは苦しげに呻いた。
 そうかもしれない。でも、違うかもしれない。
 その場で死んだのなら、それが彼らの運命だったのだろう。
 そう思うものの口には出来なかった。
 彼は顔を上げ、今にも泣きそうな顔で言った。
 
「本当に治癒魔法があるのか確かめたいんです! その魔法さえあれば、仲間たちが死ななくて済んだのかずっと考えていてそれで存在を確かめたくて」

 ずいぶんとおかしなことを言っているように思うが、これは彼の贖罪、なのだろうか。
 彼の問いかけに答えがあるとは思えなかった。
 
「……そうですか。でも……」

 俺はゆっくりと首を振りながら告げる。

「治癒魔法はないんです――あれはおとぎ話ですよ」

 自分に言い聞かせるように、俺は繰り返し、強い口調で言った
 そうだ、あの魔法はあってはならない。
 だってあの魔法は、術士の命を削るものだから。
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