まだ運命を知らない僕たちは

麻路なぎ

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4 アルファとオメガと

 騎士は下を俯き、首を横に振ったかと思ったら顔を上げた。
 その顔にはなぜか笑みが浮かべられていて、俺はひとり困惑する。
 なんでこの男は笑っているんだろうか。
 今までここを訪れ、治癒魔法について尋ねてきた者たちは皆、失望の色を浮かべて去って言ったの言うのに。
 彼らとの反応の差に戸惑いを感じていると、彼は頭に手をやり言った。

「貴方が否定するのなら、そうなのでしょうね。きっと、彼は希望を口にしていたのでしょう。戦場で希望は生きぬく活力になりますから」

 とても納得しているようには思えないが、もしかして失望を誤魔化そうとしているのだろうか。
 俺はじっと、彼を観察する。何度も何度も、そうですよねぇ、と呟いているのは自分に言い聞かせているのだろう。
 納得、しきれはしていないのだろうな。
 その姿を見ると胸が苦しくなってしまい、俺はわずかに彼から目をそらした。
 嘘を言うのは辛く、正面から騎士を見つめるのは罪悪感を感じるからだ。
 視界の端で、彼が首を横に振るのが見える。

「じゃあ、俺は帰りますね。すみません、ありがとうございました」

 そう告げて騎士は立ち上がった。
 これで帰ってもらえるならありがたい。

「こちらこそ、お役に立てず……」

 すみません、という言葉を俺は飲み込んだ。
 受付の方が何やら騒がしい。何があったのかすぐに察し、内心深くため息をつく。

「ですからぁ、先生は来客中で……」

 というニコルの叫びが聞こえてくる。
 嫌な予感が的中したことに気が付くが、客人の手前騒ぎ立てるわけにもいかないし、逃げるわけにもいかない。
 無法者は容赦なく扉を開き、診察室へと入ってきた。
 短く刈られた金色の髪、一重の濃い青の瞳。ノエル=ツェルガー。この辺りの領主である伯爵家の跡取りであり、アルファ。優秀な頭脳と見た目と、能力をもつ者。
 彼はときおりここにきて俺を口説く。
 何度も断っているのに、懲りない奴だ。
 
「ノエル様……」

 彼の名を呼ぶと、ノエルは嬉しそうに微笑み腕を大きく広げた。

「やあ、カミル殿。今日も美しい」

 美しい? どこが?
 そう言いたいのをぐっとこらえ、俺は極力冷たい目で彼を見つめて言った。

「そういう言葉は、伴侶にのみ向けてください。客人がおりますのでお帰りいただけますか?」

 俺の言葉を聞き、そこで初めてノエルは客人、サーシャの方へと視線を向ける。値踏みするように頭の先から足の先まで見た後、彼は顎に手を当てて首を傾げた。

「この辺りでは見ない顔だな」

「え、あ、はい……あの、旅をしていてそれで、最近この町に流れ着きました、サーシャ=シュヴァイクと申します」

「俺はノエル。この辺りの領主であるツェルガー家の者です」

 張りつけたような笑顔で言い、彼はサーシャに手を出す。
 俺には何度断っても言い寄ってきて不遜な態度をとるが、他人には愛想がいい。
 一年ほど前、彼は男のオメガを伴侶として迎えた。なのに俺に言い寄ってくるのだから意味が分からない。
 サーシャは驚いた様子で目を丸くした後、にこっと笑い、手を出して握手にこたえた。

「それは失礼いたしました」

 握手を交わした後、ノエルはこちらを向き歩み寄ってくる。

「これからお昼だろう、カミル。一緒に食べないか?」

「お断りいたします、ノエル様」

 間髪入れずに断りの言葉を口にする。
 伯爵家に対して失礼では、という思いはあるが、嫌なものは嫌だ。この男には下心しかないし、それをまったく隠そうともしない。
 だから俺はこの男が嫌いだし、近寄っても欲しくなかった。
 だいたい結婚しているならその相手だけを見ていればいいだろうに。なぜ俺に言い寄ってくるのか。

「俺の伴侶の心配ならいらないよ。今あの子は妊娠中だからな。俺たちの愛の巣で、今日もお腹の子に語りかけていたよ」

 そう、うっとりとした顔で告げるノエルに、心底反吐が出る。
 嫌悪感に吐き気さえ覚えてしまう。

「ならば余計にこんな戯れはやめるべきでしょう。不貞は許されませんよ」

 無駄と思いつつそう言ってみたものの、ノエルの耳に俺の言葉は届いている気がしなかった。
 彼がこちらに一歩近づいてきたので俺は半歩下がって距離をとる。
 とはいえここは狭い診察室だ。逃げ場は余りない。

「何をそんなに気にしているんだ? カミル。俺は今、君だけを見ているんだよ」

「俺ではなく、伴侶だけを見ていてください」

 本当に訳が分からない。アルファ、という存在はこうも意味の分からないものなのだろうか。
 性欲が強い、とは聞くが生涯の中で伴侶だけを大事にして浮気などあり得ないとも聞いていた。なのにこの男は俺の常識を踏み越えていく。

「あの子の事はとても大事だよ。なにせオメガは『神の御使い』だからね。だけど今ここにいるのは君だ。そうだろう、カミル。今俺は君だけが欲しいんだから」

 まったく話が通じていない。俺の言葉は春のそよ風とでも思っているのだろうか。
 どうする?
 こんな狭い場所で魔法を使うわけにはいかない。家具などが壊れかねないし、客人に被害が及ぶだろう。
 そもそも相手は貴族だ。いくら気に入らないからといって、彼に向かって魔法を使えば俺はタダでは済まないだろう。
 頭の中でどうやってこの場を乗り切るかを考える。
 
「あの」

 と言い、サーシャがノエルの肩を叩いた。
 するとノエルはニコニコとした笑顔で振り返り、

「何か?」

 と、怒りを含んだ声で言った。この声……アルファ特有の、人を従わせる声だ。
 聞いた者を恐怖と畏怖で支配しようとするもので、この声で命令されると抗うのは難しい。
 この声のせいで俺は何度も強引に、外に連れ出されてしまっている。
 実際に今俺は、身がすくんでしまい動けなくなっていた。

「彼は嫌がっているようですしそれに、俺はまだ、用事がすんでいません」

 アルファの声に何も感じていない様子でサーシャは言った。
 驚いたのは俺だけではないらしい。ノエルの顔がみるみると驚きの表情へと変わっていく。
 そしてすっと目を細め、

「そうでしたか」

 と呟き、さっと、後ろへと下がる。

「ならば出直します。カミル、また来るよ」

 そう微笑み告げた背中に、心の中で二度と来るな、と声をかける。そして静まり返った診察室で俺はサーシャに頭を下げた。

「驚かせてすみません。ありがとうございます、助かりました」

「え、あ、あの、俺は何もしていませんし。ただ、困っている様子だったから……えーと……どうしましょう」

 と、困った様子で言った。
 そうか、ノエルに用事が済んでいない、と言った手前、帰るに帰れなくなったのだろう。
 それならば。

「これからお昼ですから、一緒に食べに行きましょうか」

 そう声をかけると、彼は満面の笑顔で頷いた。
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