婚約破棄したはずなのに、元婚約者が家にやって来た

麻路なぎ

文字の大きさ
18 / 51

18やっぱりあまり眠れなかった

しおりを挟む
 マティアス様と夜、家にふたりきり。
 部屋で寝台に寝転がり何度目かの寝返りをうつ。
 なんで緊張しているんだろう?
 一緒に暮らして二ヶ月近く、特に何にもなかったのに。
 きっと、額に口付けられたせいだ。
 なんであんなことされたんだろう?
 当初の予定では諦めてもらうはずだったのに、これでは私が彼に惹かれてしまう。
 そもそも悪い印象はなかったし、惹かれたとしてもおかしな話ではないけれど。
 で、でもまだ十ヶ月くらいあるし、私が朝苦手なところとかちょっとだらしないところとかきっと目につくようになって嫌になるはず、きっと。
 あ、でもマティアス様をみていて嫌なところが思い付かない。
 どうしよう。
 などと考えつつ何度も寝返りをうち、いつの間にか眠っていた。

「エステル様、朝ですよ。今日はお仕事でしょう?」

 なんていうリュシーの声に朝起こされることになったのはきっとマティアス様のせいだ。




 顔はあらったものの、髪の手入れも着替える間もなく私は食卓につく。
 マティアス様は普段着姿だった。
 スーツじゃないということは、今日はお休みなんだろうな。
 寝間着姿のままの私を見て、マティアス様は微笑んで言った。

「おはよう、眠れなかったの?」

「んー……まあ……」

 と曖昧に答える。

「ははは……そっか。俺も余り眠れなかったけれど」

 その理由について聞こうという気力はなかった。
 ご飯をいただいている間に頭は覚醒していき、今日は世間が休日であることを思い出す。
 あぁ、だからマティアス様は私服なのね。
 いくら一緒に暮らしているとはいえ、さすがに寝起きの格好で出てくるのはどうかと思ったけれど、もう開き直ることにした。
 朝食の後、私は着替えをして身だしなみを整え一階へと下りた。
 廊下を行くと、玄関前で当たり前のようにマティアス様が帽子を手に待っていた。
 あぁ、今日も送ってくださるのね。
 当たり前か。
 リュシーが奥から出てきて、一瞬不思議そうな顔をするけれど、頭を下げて言った。

「いってらっしゃいませ、エステル様、マティアス様」

「あ、ええ、行ってきます」

「はい、行ってきます」

 リュシー、きっとうちの親にこのこと報告するんだろうなあ。
 マティアス様が私を教会まで送って行ってるってこと。
 そういえば、毎月のお父様からの使者が来なくなったなあ。
 きっとマティアス様がいるからよね。
 そんなことを考えながら私は家を出た。
 家を出てすぐ商店街なわけだけれど、お店の大半はあいていない。
 一部のお料理屋さんや持ち帰りの飲み物などを売る露店などがあいているくらいだ。
 休日と言うこともあり出勤や登校する人々の姿は少なかった。
 
「今日はお休みだから結婚式があるの?」

「はい、まあ、休日はほぼ必ず一件は入ってますね。今は気候もちょうどいいですから」

 暑くもなく寒くもない。雨も少ない時期なので、結婚式は増える。

「結婚式って参列したことないんだよね。兄もまだ結婚していないし」

「あぁ、そう言えばそうですね。でも婚約されているのではないのですか?」

 マティアス様とお兄様は五歳くらい離れているはずだから二十六位だろうか。正直二十五をすぎて結婚していないのは非常に珍しい。

「そうなんだけれど、まだ兄にその気がないみたいで」

 と言い、マティアス様は笑った。
 と言うことは、兄より弟であるマティアス様を先に結婚させるつもりだったのだろうか?
 ……まあ、弟や妹が先に結婚してはいけない、というわけではないけれどどうかな、とは思ってしまう。

「エステルさんもお兄様がいるよね」

「はい、おりますが」

 そう、実は私には三つ上の兄がいる。
 学校に通うので家を離れていて、今年で卒業のはずだけれど来年家に戻ってくるかは知らない。

「まあ、兄はそこそこ遊ぶ人なので学校で恋人作っているとは思いますけれど」

 どうせ将来親の決めた相手と結婚するだろうから今のうちに遊んでおけ、というのが兄の信条だ。
 見た目は悪くない上にこの国の公子だからけっこうもてるようで、文字通りとっかえひっかえだという噂を聞いた。
 いつか女性に刺されるのではと思うけれど、そう言うことにはなっていないらしい。

「恋人かあ。兄からはそう言う話を聞かないけれど。俺はそういう相手を作らなかったな」

「鍾乳洞に行ったとき、そんな話をされていましたっけ?」

「うん、まあ、俺はいつか縁談とか来て結婚するものだと思っていたし。けれど君が実は婚約者だと知った時は嬉しかったなあ。まあ、その理由はどうかと思ったけれど」

「賭けの結果ですからねえ。いったいなぜそんな賭けをしたのかよくわかりませんけれど」

 母親は呆れた顔でその時のことを話してくれたな。とはいえ、母もその現場に立ち会ったわけではないらしい。
 ただ大喜びで父が、婚約者を手に入れた、とかなんとか言って来たそうだ。

「……って、嬉しかったってどういう意味ですか?」

 危うく聞き流しかけたマティアス様の言葉を思い出し、私は問いかけた。
 すると、マティアス様は私の顔をじっと見て言った。

「俺は、君がいいと思っていたから」

「そ、そ、そうなんですか」

 そう言うことを真正面から言われると気恥ずかしい。
 マティアス様の顔なんて見られなくなってしまった私はの歩幅は自然と広くなってしまう。

「周りに女性がいなかったわけじゃないけれど。一年に一回しか会えなくて、会うたびに君は変わって行って。それを楽しみに思う俺がいたんだよね。友人に『気になる相手はいないか』と聞かれたとき、真っ先に君が思い浮かんだから。俺はエステルさんに惹かれているんだなって気が付いたんだよね」

 あぁ、もう恥ずかしくてまともに聞いていられない。
 いつもより早足で歩いたためか、思ったよりも早く教会にたどり着く。
 早く神官の服を着て落ち着こう。
 私はマティアス様にさっと頭を下げてお礼を言い、教会の中に急いで入って行った。
 すると、神官のアンヌ様が私を見て首をかしげた。

「おはよう、エステルさん。顔が紅いけれど大丈夫?」

 え、嘘。
 私は必死に首を横に振り、

「なんでもありません!」

 と言って足早にその場を通り過ぎた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

処理中です...