37 / 51
37朝がきた、人も来た
しおりを挟む
朝、顔を洗おうと廊下を歩き洗面所へと向かう。
ユリアンがいないから朝食を用意しないと。面倒だから外に食べに行くのもありかなあ。
学生の町であるためか、朝食を提供してくれる飲食店が割りとある。だから最悪それでもいいんだけど、どうしようかな。
廊下を歩いていて気が付く。食堂の方がなんだか賑やかだ。
もしかしてリュシーが来てるのかな? 前もユリアンがいないとき朝来てくれて朝食を用意してくれたっけ。
廊下を歩きつつなにかなと思いながら私は洗面所で顔を洗った。
そして、眠い目をこすりつつ私は食堂へと向かった。
扉を開けて中を見ると、椅子に女性が腰かけていた。
紺色の服を着た、肩口までの金髪の中年女性……
「……お母様?」
なんでこんな時間にこんなところにいるのよ。
朝ですよ?
だいぶ早いですよ?
そして、その横に立つ、白い前掛けをしたリュシー。
よかった。朝食の用意はしなくて済んだらしい。
母とリュシーは私の方へと向いて、
「おはよう、エステル」
「おはようございます、お嬢様」
とほぼ同時に言った。
「おはようございます……お母様、いつこちらに?」
言いながら、私はお母様の向かい側の椅子に腰かけた。
お母様は、頬杖をついて微笑んで答えた。
「昨日よ。リュシーの家にお泊まりさせてもらっているの」
「昨日……知らせてくれたらよかったのに」
「あらあ。言ったら『来なくていい』とか言って怒るくせにー。貴方の機嫌を損ねたくないから、あの人……セドリックだって表だって貴方に使者を寄越さなくなったのに」
セドリックとは私の父だ。確かに使者は来ていない。そもそもリュシーがいるのだし寄越す必要なんてないだろう。
「お嬢様、お茶でございます」
言いながら、リュシーが私専用のカップを私の前に置いてくれる。
「あ、ありがとう、リュシー」
「お嬢様、マティアス様はまだお休みでしょうか?」
「えぇ。たぶん」
と私は曖昧に答える。
「お声をおかけしましょうか?」
という言葉に私は首を振った。
「朝食の用意をしようと私が早く起きただけだから。あと少ししたら起きてくると思うわ」
と、私は早口で答えた。
リュシーはにこっと笑い、
「そうですね、お嬢様にしては起きるの早いですもんね」
と言う。
私はお茶の入ったカップを両手で持ち、それを口につけた。
お茶は気持ちを落ち着かせてくれる。
私は息をつき、そしてお母様のほうを向いた。
「貴方、外国の病にかかったんですって?」
とお母様が言う。
「はい。最近この町で流行っていて」
「だから正直来ようかどうか悩んだんだけれど、用ができたからついでに寄ったのよ」
あ、私の方がついでなんだ。
いったい何の用があるのだろうか?
「用とは?」
「うーん、色々とね。それよりも私、貴方に話したいことがあるのよ」
あ、何か誤魔化された。
なんでこちらに来たのかは、話す気がないんだろうな。
「私に話とは?」
「あのね、この間から聞いたのよ。賭けの時の詳しい話」
それは、私の婚約を賭けたあの噂の話かな?
「詳しい経緯は知らないと、お母様おっしゃってましたもんね」
「えぇ、そうなんだけれど……ずっと不思議だったのよ。セドリックが勝ったら子供を婚約者にするって話だったわけだけれど、ノエル陛下が勝っていたらどうなっていたのかしらって。聞いてもセドリックは答えてくれなかったんだけれど、貴方がマティアス殿下と暮らしているのがよほどうれしかったのか、あの日から飲んでこなかったお酒をたくさん飲んでねー」
「お母様、お父様がお酒を今まで飲んでこなかったという話は初耳ですが」
夕食の時間に、うちでは食前食後にお酒を飲むのが当たり前で、お父様は赤い色の液体を飲んでいたと思うんだけれど。
あれ、お酒じゃなかったの?
お母様は首を横に振って言った。
「あれはお酒じゃないわ。あの賭け以来本当に飲まなくなったし。それでね、久しぶりに飲んで喋ったのよあの時何があったのかを」
まあ、確かに謎だった。
ノエル陛下が勝っていたらどうなっていたのか。
「酔っての勢いなんでしょうけれど、『俺が勝ったら獣人をひとり寄越せ』と言いだしたんですって」
……今なんておっしゃいました?
私はお茶を一口飲んで言われたことを考えた。
獣人を寄越せ。
「……いや、それはどうかと」
思わず顔が引きつってしまう。
お母様は呆れた顔をして言った。
「そうよねえ。酔った勢いとはいえどうかと思うんだけれど。それでね、セドリックは考えたんですって。あちらはフラムテールの国王だし、酔っているし、一度言いだしたら撤回なんてそう簡単にはしないでしょうって。なら自分が勝つしかないって。でも勝ったらどうしようかと思って思いついたのが……」
「私とマティアス様の婚約ですか」
「そうらしいわよ。あの人曰く、『獣人を賭けの対象にするなんてありえない。絶対に負けられない戦いだった』そうよ」
確かに、獣人だって人だものね。奴隷じゃないんだから、ありえない賭けだ。でもあちらは国王陛下で、一度言いだしたら簡単に撤回なんてしないでしょうね。
絶対に負けられない戦い。確かに負けられないよね。まあ、お父様が勝ったからよかったけれど……うん、勝ってよかった。
「酔っ払いって面倒ですね」
と言うのが精いっぱいだった。
お母様は何度も頷いて、
「そうよねえ、だからエステル、お酒を飲んでも飲まれちゃだめよ?」
というありがたい忠告をしてくれた。
ユリアンがいないから朝食を用意しないと。面倒だから外に食べに行くのもありかなあ。
学生の町であるためか、朝食を提供してくれる飲食店が割りとある。だから最悪それでもいいんだけど、どうしようかな。
廊下を歩いていて気が付く。食堂の方がなんだか賑やかだ。
もしかしてリュシーが来てるのかな? 前もユリアンがいないとき朝来てくれて朝食を用意してくれたっけ。
廊下を歩きつつなにかなと思いながら私は洗面所で顔を洗った。
そして、眠い目をこすりつつ私は食堂へと向かった。
扉を開けて中を見ると、椅子に女性が腰かけていた。
紺色の服を着た、肩口までの金髪の中年女性……
「……お母様?」
なんでこんな時間にこんなところにいるのよ。
朝ですよ?
だいぶ早いですよ?
そして、その横に立つ、白い前掛けをしたリュシー。
よかった。朝食の用意はしなくて済んだらしい。
母とリュシーは私の方へと向いて、
「おはよう、エステル」
「おはようございます、お嬢様」
とほぼ同時に言った。
「おはようございます……お母様、いつこちらに?」
言いながら、私はお母様の向かい側の椅子に腰かけた。
お母様は、頬杖をついて微笑んで答えた。
「昨日よ。リュシーの家にお泊まりさせてもらっているの」
「昨日……知らせてくれたらよかったのに」
「あらあ。言ったら『来なくていい』とか言って怒るくせにー。貴方の機嫌を損ねたくないから、あの人……セドリックだって表だって貴方に使者を寄越さなくなったのに」
セドリックとは私の父だ。確かに使者は来ていない。そもそもリュシーがいるのだし寄越す必要なんてないだろう。
「お嬢様、お茶でございます」
言いながら、リュシーが私専用のカップを私の前に置いてくれる。
「あ、ありがとう、リュシー」
「お嬢様、マティアス様はまだお休みでしょうか?」
「えぇ。たぶん」
と私は曖昧に答える。
「お声をおかけしましょうか?」
という言葉に私は首を振った。
「朝食の用意をしようと私が早く起きただけだから。あと少ししたら起きてくると思うわ」
と、私は早口で答えた。
リュシーはにこっと笑い、
「そうですね、お嬢様にしては起きるの早いですもんね」
と言う。
私はお茶の入ったカップを両手で持ち、それを口につけた。
お茶は気持ちを落ち着かせてくれる。
私は息をつき、そしてお母様のほうを向いた。
「貴方、外国の病にかかったんですって?」
とお母様が言う。
「はい。最近この町で流行っていて」
「だから正直来ようかどうか悩んだんだけれど、用ができたからついでに寄ったのよ」
あ、私の方がついでなんだ。
いったい何の用があるのだろうか?
「用とは?」
「うーん、色々とね。それよりも私、貴方に話したいことがあるのよ」
あ、何か誤魔化された。
なんでこちらに来たのかは、話す気がないんだろうな。
「私に話とは?」
「あのね、この間から聞いたのよ。賭けの時の詳しい話」
それは、私の婚約を賭けたあの噂の話かな?
「詳しい経緯は知らないと、お母様おっしゃってましたもんね」
「えぇ、そうなんだけれど……ずっと不思議だったのよ。セドリックが勝ったら子供を婚約者にするって話だったわけだけれど、ノエル陛下が勝っていたらどうなっていたのかしらって。聞いてもセドリックは答えてくれなかったんだけれど、貴方がマティアス殿下と暮らしているのがよほどうれしかったのか、あの日から飲んでこなかったお酒をたくさん飲んでねー」
「お母様、お父様がお酒を今まで飲んでこなかったという話は初耳ですが」
夕食の時間に、うちでは食前食後にお酒を飲むのが当たり前で、お父様は赤い色の液体を飲んでいたと思うんだけれど。
あれ、お酒じゃなかったの?
お母様は首を横に振って言った。
「あれはお酒じゃないわ。あの賭け以来本当に飲まなくなったし。それでね、久しぶりに飲んで喋ったのよあの時何があったのかを」
まあ、確かに謎だった。
ノエル陛下が勝っていたらどうなっていたのか。
「酔っての勢いなんでしょうけれど、『俺が勝ったら獣人をひとり寄越せ』と言いだしたんですって」
……今なんておっしゃいました?
私はお茶を一口飲んで言われたことを考えた。
獣人を寄越せ。
「……いや、それはどうかと」
思わず顔が引きつってしまう。
お母様は呆れた顔をして言った。
「そうよねえ。酔った勢いとはいえどうかと思うんだけれど。それでね、セドリックは考えたんですって。あちらはフラムテールの国王だし、酔っているし、一度言いだしたら撤回なんてそう簡単にはしないでしょうって。なら自分が勝つしかないって。でも勝ったらどうしようかと思って思いついたのが……」
「私とマティアス様の婚約ですか」
「そうらしいわよ。あの人曰く、『獣人を賭けの対象にするなんてありえない。絶対に負けられない戦いだった』そうよ」
確かに、獣人だって人だものね。奴隷じゃないんだから、ありえない賭けだ。でもあちらは国王陛下で、一度言いだしたら簡単に撤回なんてしないでしょうね。
絶対に負けられない戦い。確かに負けられないよね。まあ、お父様が勝ったからよかったけれど……うん、勝ってよかった。
「酔っ払いって面倒ですね」
と言うのが精いっぱいだった。
お母様は何度も頷いて、
「そうよねえ、だからエステル、お酒を飲んでも飲まれちゃだめよ?」
というありがたい忠告をしてくれた。
0
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる