婚約破棄したはずなのに、元婚約者が家にやって来た

麻路なぎ

文字の大きさ
45 / 51

45すべてを教えてください

しおりを挟む
 遅いお昼と言うよりも早い夕食と言った方がいいだろう。
 昼の四時過ぎということもあり、どこの飲食店も空いていた。 
 マティアスさんとユリアンがひくくらい私はがっつりと食事をとった。
 食後のおやつもいただき、私は満腹感と幸福感に包まれていた。

「俺より喰った……」

 なんていうユリアンの呟きが聞こえてくる。

「だってお腹すいていたんだもの。そんなに食べられないかなと思ったんだけれど……料理見ていたらどんどんお腹すいてきちゃった」

 まあ、料理がそれだけおいしいとも言えるんだけれど。
人が作った料理はおいしい。

「俺、このあと家に行ってくるよ。お母さんはまだなんか捜査があるとか言ってて、家の掃除とかしないとだから」

 ユリアンの家は私やリュシーが時々掃除をしたり空気の入れ替えをしていたのでそんなに埃が積もっているとかはないだろうけれど、赤ちゃんを迎え入れるなら準備が必要よね。

「手伝いはいる?」

 と尋ねると、ユリアンは首を横に振った。

「ううん、大丈夫! 近所のおばちゃんが手伝ってくれるって言ってくれたし。姉ちゃん疲れてるでしょ? それに俺が姉ちゃん連れていったらマティアスさんに悪いもん」

 にこやかに笑ってユリアンは言うと、マティアスさんの方を見て、

「ねー」

 と、同意を求めた。
 マティアスさんも笑顔で頷き、

「そうだねー」

 なんて答えている。
 何なのこのふたり。
 私はひとり俯いて、お茶をちびちびと飲んだ。



 と言うわけで今、家に私とマティアスさんのふたりきりだ。
 太陽が傾き始めたため、窓から差し込む日の光は橙色に染まっている。
 何となく落ち着かないなかマティアスさんがお茶を淹れてくれると言うので、私は食堂の椅子に腰かけて彼がお茶を運んでくるのを待っていた。
 なんだか濃い二日間だった。
 いや、三日間、かな?
 デュクロ司祭がやってきてから物事がすごい勢いで動いた気がする。
 デュクロ司祭が来て、次の日にお母様が家に来て。教会にブノワ商会の使者が来て、ブノワ商会のガストン=ブノワさんの屋敷に連れて行かれて。
 ニコラさんに会って、アレクシさんに会って。
 思い出していたら疲れてきた。

「マティアスさん」

「んー? 何?」

「マティアスさんはなぜお母様がこちらにいらしたのか、デュクロ司祭がいらしたのか、全部ご存じなんですか?」

「デュクロ司祭の件は俺は正直よく知らないんだよね。俺が中心に動いていたわけではないし」

 あ、そうなのね。てっきりマティアスさんが黒幕だと思っていたのだけれど。

「きっかけは前に言ったようにフラムテールであった獣人の人身売買の摘発だったんだ。獣人はこの国の住人で、ということはここで誰かが彼らを誘拐しているっていうことだよね。
 ブノワ商会の関与がわかったんだけれど証拠がないし、目撃者もいない。
 フラムテールからこの町の警察に問い合わせをしていたんだけれど、色よい返事はなくって。これはおかしくないか、ということで俺が潜入捜査することになったんだ」

 言いながら、マティアスさんは湯気の立つカップを私の前に置いてくれた。
 そして、私の隣の席に腰かける。
 ってなんで隣り。

「サシャが連絡役になって、うちの国や、君のご両親と連絡と取っていたんだよね。そのなかで国をまたいで行われる犯罪を捜査する機関を作ろうと言うことになったみたい。それで中心になったのが君のお母様だったんだ」

「いや、なんでお母様が……」

「それは、大公直属の機関と言うことで、力を持たせたかったんじゃないかなあ。この国で彼女に逆らえる人なんていないでしょ?」

 どこの国でも妻の方が強いというのは変わらないのかな。
 お父様はお母様にめっぽう弱いし、お母様がやると言ったら、お父様は頷くしかないだろう。

「デュクロ司祭がいらっしゃることだって俺は知らなかったんだよね。数日前にサシャが来て、その時に商会でも病気が流行り始めているんだよーって話をしただけだったんだけれど。ニコラさんにうつる可能性を考えたのかな」

 それはなんてご都合主義でしょうか。
 まあでも、実際ニコラさんは風邪にかかり、しかも薬が効かなくて、たまたま来ていたデュクロ司祭が招へいされることになったって出来すぎでしょう。

「そうじゃなくても、ブノワさん自身がデュクロ司祭に会いたがる可能性を考えたのかもしれないけれど。なんといっても癒しの聖人で、有名人だし」

 あ、まだその説の方が納得できる。

「でも、デュクロ司祭を協力させて屋敷に侵入させるって無謀では……」

「そうだねえ。君のお母様から彼に協力をいただいている、って話を聞かされた時はちょっとどうしようかと思ったけれど。まあ、俺がニコラさんたちの幽閉されている場所を掴めなかったのが悪いんだけどね」

 そういえば、いたるところに魔法が掛けられているとかなんとか言っていたっけ。

「侍女からは話が聞けないし、喋れない子を雇っていたみたいで。この間君が見たという幽霊の話のおかげでいそうな場所はわかったけれど……でも、獣人たちが屋敷にいるっていう確証はなかったからデュクロ司祭が潜入するっていう計画は実行されたというか、むしろ彼は乗り気だったと聞いたけれど」

「そうですね、デュクロ司祭なら喜んで協力しますね。傍からきいたら面白そうですから」

「そうそう。面白そうだからやるって張り切っていたらしいよ。で、デュクロ司祭と君が屋敷に入ったあと強制捜査で踏み込んだってわけ」

「でもそれってデュクロ司祭が行かれなくても、強制捜査で踏み込むだけでもよかったのでは……」

「それだと獣人たちをつれて逃げられるかもしれないと思ったんじゃないかなあ。デュクロ司祭には時間を稼いでいただくという目的もあったし」

 まあ確かに時間稼ぎにはなっていたなあ。ものすごく怖い目にはあったけれど。

「君がいてくれたおかげで『娘を返せ』とか言って居場所を聞き出すこともできたし、杖で床を叩く音で居場所を知らせてくれていたし」

「デュクロ司祭が床を叩いていたのって意味があったんですか?」

 マティアスさんの方を向いて言うと、彼は私の方を向いて、頬杖をついた。

「うん。音は響くからね。魔法で聴力を上げることができるから、それでサシャが居場所を突き当てて……でも彼、見つける扉をすべて破壊して回るから少し時間がかかっちゃった」

 なんてことを、にこやかな笑顔で言う。
 ……サシャさん、なにか嫌なことでもあったのかな。私の事、嫌っているみたいだったな、そういえば……
 不意に、マティアスさんの左手が伸びてきて、私の髪の毛にそっと触れる。

「よかったの? 俺に魔法使って」

「え? なんでそんなことを」

「だって、自分の命を削るわけでしょ? 俺の傷の為にそんな代償を支払う必要あるのかなって思ったから」

 私は髪を撫でるマティアスさんの左手首をぎゅっと掴んだ。
 この腕が怪我をした腕だ。
 私はそのまま彼をまっすぐ見つめてきっぱりと言った。

「私を……私たちを守るために怪我をしたわけじゃないですか。治すのは当然です。貴方が命の危険を顧みず私たちを守ったんです。だから私は、命を削ってでも貴方を癒します」

 そんなの当たり前の事じゃないの。
 今の私に、魔法を使うことに対しての迷いはない。
 マティアスさんは目を瞬かせた後、優しく微笑み頬杖をといて右手で私の頬に触れた。

「ありがとう。変なことを言ってごめん」

「いいえ……あの、私こそ助けていただきありがとう……」

 言いかけた唇が、何かに塞がれる。
 まさかこのために私の隣の椅子に腰かけたとか……ないですよね?
 長い口づけの後、私は彼から手を離してばっと椅子から立ち上がり、

「お風呂の用意をしてきます!」

 と裏返った声で言って逃げるようにして食堂を後にした。

 夜。
 ユリアンは一度戻ってきて、家に泊まると告げて帰って行った。
 ということは、今夜も私とマティアスさんのふたりきりである。
 湯につかりながら、私はどうしようかと思い悩んでいた。
 いや、いったい何を悩むことがあるのだろうか?
 普通にしていればいいじゃないの。
 普通に……ふつう……

「あー! もう、意識しちゃうじゃないの」

 とひとりで叫び、口までお湯の中に沈み込む。
 息を吐けばぶくぶくとお湯が泡立つ。
 ふたりきりの夜なんて初めてじゃないじゃないの。
 そう、初めてではないのだから考えても仕方ない。
 私は勢いよく湯船から出た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

処理中です...