極上の蜜~みかどの寵蜜~

奇埼伊利

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第38章 託された想い:~エピローグ~

【第38章:託された想い ~エピローグ~】

しばらくして―――屋敷には静寂が訪れていた。

廊下の突き当たり、重い扉の前で、アンディは背筋を伸ばして立っていた。
呼吸を整えるように一度だけ息を吐き、ノックの音を三度、均等に刻む。

「あぁ」

短い返答を確認したあと、扉を押し開いていく。
部屋には大きな窓から木漏れ日が差し込んでいた。

重厚な書斎の中で、みかどが書類に目を通していた。
顔を上げることはなく、時折、小さな溜息を紡いでいく。
すぐ傍のソファの背には、外出用のコートがかけられていた。

「お呼びでしょうか、みかど様」

アンディが頭を下げると、みかどはペンを置き、ゆっくりと顔を上げた。

「あぁ…アンディ」

いつもの柔らかな微笑み。その奥に、かすかな疲れの色が差しているようにも見えた。

「……少しの間、ここを離れることにした」

みかどはそう切り出し、机の端に用意された旅支度の一部に視線を落とす。
アンディの胸の内に、小さなざわめきが走ったが、表情には出さない。

「行き先は、お訊きしても?」

「向こうの“主”のところへ。……少し、片付けなくちゃいけないことがあってね」

ふ、と濁した言い回しに、アンディはそれ以上を詮索しないことを選んだ。
ただ、次の言葉を静かに待った。

「その間、蜜のことは、君に任せたい」

みかどの視線が、アンディの肩越しではなく、まっすぐこちらに向けられた。

「食事も、体調も、ここでの過ごし方も。必要だと思うことは全部、君の判断でしてほしい」

任される責任の重さを理解しているからこそ、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
それでもアンディは、ほんのわずかな間のあと、静かに頷いた。

「……かしこまりました。蜜様のこと、お預かりいたします」

“預かる”という言葉に、自分でも気づかないほど小さな熱が混じる。
みかどはその響きをどう受け取ったのか、少しだけ目を細めた。

「君になら、蜜をうまく扱えるだろう…」

軽く伸ばされた手が、アンディの肩に触れる。
それは主から従者へ向けられた、ごく当たり前の信頼の仕草にすぎないはずだった。

「――頼んだ、アンディ」

「はい。必ず」

短い返事が、書斎の静けさに溶けていく。

部屋を下がるとき、アンディは一度だけ廊下の奥を振り返った。
その先には、蜜の部屋へ続く扉がある。

これからしばらく、その扉を開ける役目は、自分だけのものになる。
それが、任務以上の意味を持ち始めていることに、まだ気づかなかった。

そう思った瞬間、胸の奥で何かが静かに形を変えた気がした。
アンディはそれにまだ名前をつけないまま、いつも通りの足取りで、蜜の待つ方へと歩き出した。

― 完 ―


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
このエピローグをもって、ひとまず蜜とみかどの物語「~調教編~」は一区切りとなります。

後日公開予定の「アンディ編」では、みかどの不在のあいだ、蜜を預かった執事・アンディとの屋敷での日々が描かれます。
引き続きお付き合いいただけましたら嬉しいです。
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