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1章 ハインリヒ王家
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ハインリヒ家は、名家中の名家にして、この神聖ローム公国の現王家。
付き合いのある貴族や神官は、数えきれない。
それに比べて、オッドーネ家は間違っても、国王に匹敵するような力は持っていない。
婚約を決めたハインリヒ三世……レスターの父親の読みは、ある意味、完璧。
「いくらレスターを中心とした王家が、私に対してだけでなく、王宮の中で好き勝手やっていたとしても……私は、何も言えないわ。あなたがいてくれるから、まだなんとかやれているのに、私は八つ当たりしちゃって……」
謝ろうとして、私は言い直した。
クラリスは、こっちの方が喜んでくれる。
「あなたがいてくれるから、私は耐えられてるの。まだ、やっていこうと、努力してみようと思えるの。ありがとう、クラリス」
「いいえ。いつか、本当にあなたを姫と呼べるようになるのが、私の夢なのですから」
私は座ったまま、私にしがみついて泣いているクラリスの頭を、その赤毛ごと抱きしめた。
「覚えていらっしゃいますか?」
クラリスも私のことを抱きしめてくれる。
「ベル様と王子の婚約が決まっ時に、オッドーネ家で話したことを」
時刻は夕暮れを過ぎて、夜になっていた。
乏しい灯り、薄暗闇の中、私はクラリスを抱きしめたまま言った。
「もちろん、覚えているわ。忘れるはずないじゃない」
あの時は、幸せだった。
政略結婚とは聞いていた。
それでも、あの時の私は、幸せだった。
王子は立派な人だと聞いていたから。
お義父様のお役に立てると思ったから。
一国の姫という立場になれば、クラリスにとっても名誉なことだと思ったから。
「ね、ベル様。いつか、必ず叶えましょう?」
クラリスもクラリスで、複雑な立場。
もしかしたら、私以上の苦労人。
だからこそ、この人は、誰よりも優しくて、誰よりも面倒見がいいのだと私は思っている。
「叶えられる……かしら? 仮にも一度、婚約……それどころか、事実上の結婚生活を送っている身だもの。欲しいと思ってくれる男の人はいるかしら? ましてやハインリヒ王家と仲違いした女なんて」
「もちろんです。今は我慢することしかできなくて苦しくとも、いつか必ず……ベル様は、幸せになる資格のある方ですから」
「そうね。あなたがそう言ってくれるなら、そうなのだと思うわ」
自分の恋愛も結婚も、今はもうまるで期待なんてもてない。
それでも、クラリスが願ってくれるなら、私はそれを叶えてあげたい。
どうしようもないほど優しくてお人好しなこの人は、本当に私の幸せを望んでくれているのだから。
そして……多分この人は、私のそんな心理を分かっていて、そう言ってくれている。
付き合いの長さがあるからこそ、分かってしまう。
「そう考えると、都合がいいのかも。最近のレスターは、ほとんど私に関心を示さなくなっているから」
王家の体面もあったのかもしれない。
私がこの王宮に移り住んできてからのしばらくは、まだ接点も多かった。
(どうせ結婚するなら、聖女マティルダが良かった)
そう言われて、私は謝った。
(お前のその貧乏くさい格好をどうにかしろよ)
そう言われて、国内の貧しさをひとまず忘れて、私は着飾るようにした。
(けど、結局、生まれながらの地味さが滲み出てるんだよな。お前みたいなのがいるから、この国は貧しくなっていくんじゃないのか?)
そう言われて、「王子が本当にその問題を憂いていらっしゃるなら、どうか私の生まれ、オッドーネ家を頼ってください。多少なりとも、力になってくれるはずです」と言ってみた。
(口答えするな! お前ごときに、経済の何がわかる!)
そう言って……私は、殴られた。
(ほんとお前って、可愛げがないくせに、説教臭いよな。自業自得だ、反省しろ)
そう言われて、私は泣くことしかできなかった。
そんなことが何度も繰り返されていたのは、最初の頃。
今考えてみれば、あんな態度だったなりに、レスターは私に関心を示していたと思う。
「レスターからしたら、私は本当に嫌なタイプの人間だったのかもね」
「……この王宮はクズの集まりです」
間違っても、本来のクラリスは他人にクズなんて言わない。
そのクラリスですら、私と二人きりんの時、今でははっきりと王家のことをクズという。
「ベル様は何度酷い目にあっても、何度でも自分を変えようとして、何度でも……」
「だから、それが嫌だったのでしょう? 本当は、私の方に問題があったことにして、別れたかったのよ。向こうも向こうで、それが上手くいかないから、最近はもう私に関わらないようにするだけになっているんじゃないかしら」
「それは……確かにそうかもしれませんが」
付き合いのある貴族や神官は、数えきれない。
それに比べて、オッドーネ家は間違っても、国王に匹敵するような力は持っていない。
婚約を決めたハインリヒ三世……レスターの父親の読みは、ある意味、完璧。
「いくらレスターを中心とした王家が、私に対してだけでなく、王宮の中で好き勝手やっていたとしても……私は、何も言えないわ。あなたがいてくれるから、まだなんとかやれているのに、私は八つ当たりしちゃって……」
謝ろうとして、私は言い直した。
クラリスは、こっちの方が喜んでくれる。
「あなたがいてくれるから、私は耐えられてるの。まだ、やっていこうと、努力してみようと思えるの。ありがとう、クラリス」
「いいえ。いつか、本当にあなたを姫と呼べるようになるのが、私の夢なのですから」
私は座ったまま、私にしがみついて泣いているクラリスの頭を、その赤毛ごと抱きしめた。
「覚えていらっしゃいますか?」
クラリスも私のことを抱きしめてくれる。
「ベル様と王子の婚約が決まっ時に、オッドーネ家で話したことを」
時刻は夕暮れを過ぎて、夜になっていた。
乏しい灯り、薄暗闇の中、私はクラリスを抱きしめたまま言った。
「もちろん、覚えているわ。忘れるはずないじゃない」
あの時は、幸せだった。
政略結婚とは聞いていた。
それでも、あの時の私は、幸せだった。
王子は立派な人だと聞いていたから。
お義父様のお役に立てると思ったから。
一国の姫という立場になれば、クラリスにとっても名誉なことだと思ったから。
「ね、ベル様。いつか、必ず叶えましょう?」
クラリスもクラリスで、複雑な立場。
もしかしたら、私以上の苦労人。
だからこそ、この人は、誰よりも優しくて、誰よりも面倒見がいいのだと私は思っている。
「叶えられる……かしら? 仮にも一度、婚約……それどころか、事実上の結婚生活を送っている身だもの。欲しいと思ってくれる男の人はいるかしら? ましてやハインリヒ王家と仲違いした女なんて」
「もちろんです。今は我慢することしかできなくて苦しくとも、いつか必ず……ベル様は、幸せになる資格のある方ですから」
「そうね。あなたがそう言ってくれるなら、そうなのだと思うわ」
自分の恋愛も結婚も、今はもうまるで期待なんてもてない。
それでも、クラリスが願ってくれるなら、私はそれを叶えてあげたい。
どうしようもないほど優しくてお人好しなこの人は、本当に私の幸せを望んでくれているのだから。
そして……多分この人は、私のそんな心理を分かっていて、そう言ってくれている。
付き合いの長さがあるからこそ、分かってしまう。
「そう考えると、都合がいいのかも。最近のレスターは、ほとんど私に関心を示さなくなっているから」
王家の体面もあったのかもしれない。
私がこの王宮に移り住んできてからのしばらくは、まだ接点も多かった。
(どうせ結婚するなら、聖女マティルダが良かった)
そう言われて、私は謝った。
(お前のその貧乏くさい格好をどうにかしろよ)
そう言われて、国内の貧しさをひとまず忘れて、私は着飾るようにした。
(けど、結局、生まれながらの地味さが滲み出てるんだよな。お前みたいなのがいるから、この国は貧しくなっていくんじゃないのか?)
そう言われて、「王子が本当にその問題を憂いていらっしゃるなら、どうか私の生まれ、オッドーネ家を頼ってください。多少なりとも、力になってくれるはずです」と言ってみた。
(口答えするな! お前ごときに、経済の何がわかる!)
そう言って……私は、殴られた。
(ほんとお前って、可愛げがないくせに、説教臭いよな。自業自得だ、反省しろ)
そう言われて、私は泣くことしかできなかった。
そんなことが何度も繰り返されていたのは、最初の頃。
今考えてみれば、あんな態度だったなりに、レスターは私に関心を示していたと思う。
「レスターからしたら、私は本当に嫌なタイプの人間だったのかもね」
「……この王宮はクズの集まりです」
間違っても、本来のクラリスは他人にクズなんて言わない。
そのクラリスですら、私と二人きりんの時、今でははっきりと王家のことをクズという。
「ベル様は何度酷い目にあっても、何度でも自分を変えようとして、何度でも……」
「だから、それが嫌だったのでしょう? 本当は、私の方に問題があったことにして、別れたかったのよ。向こうも向こうで、それが上手くいかないから、最近はもう私に関わらないようにするだけになっているんじゃないかしら」
「それは……確かにそうかもしれませんが」
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