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11.ある天才の誤算
しおりを挟むタラバは、控えめに言っても天才だった。
一度目を通せば大抵のことはそっくりそのまま覚えることができたし、読み書き計算も得意だった。人の機微をよく観察し、次に何を言えば相手が喜ぶのかーー それも瞬時に見極めることができた。様々な情報から先に起こるであろうことを予測し、見事的中させる事も多かった。
その為、タラバは強欲な商人達から非常に重宝された。
だが、都合の良い道具として様々な無理難題を押し付けられることはあっても、敬われることはなかった。
原因は、タラバの出自とその見た目にあった。
彼は、奴隷の産んだ子だった。そして息を飲むほど美しい子供だった。
タラバが5歳になった頃、その類稀なる才能と美貌に気付いた者があった。彼はそれまで、愛情深き母に隠されるように育てられていた。
しかし、彼の幸せな時間は、彼が異質であったが故に終わりを告げる。母の生命と引き換えに、タラバは母の奴隷主であるジョルドール商会の子飼いとして、金の卵を生むガチョウへの道を強いられた。
「これほどまでとは思いませんでした。流石はエルバルグ辺境伯の晩餐会ですね。このような場に当然のように招待される旦那様は、本当になんと素晴らしい方なのでしょう。本日はこのような場に、私のような下賤な者をご一緒させて下さいまして、改めて感謝申し上げます。ありがとうございます、旦那様」
タラバは豪華絢爛な晩餐会の感想を聞かれ、主人が今1番望んでいるであろう感激の演技を返した。案の定、その完璧な答えに、タラバの主人ジョルドール商会会長ヤンゲ・ジョルドールは上機嫌である。もちろん美貌の子飼いを連れていることで受ける羨望の眼差しもその要因の一つだがーー
エルバルグ辺境伯の屋敷は、領内一の大都市パルバスを見下ろせる小高い丘の上に建っていた。
そこは屋敷というにはあまりにも広く巨大で、首都の王城にも引けを取らない程、豪奢な造りである。広大な土地の四方を3メートルはある塀で囲み、地上3階地下1階、玄関ホール横には巨大なパーティ会場を有しているにもかかわらず、部屋数は20を超しているという。
庭にはこれまた広大な薔薇園が造園され、四季折々に来客の目を楽しませ、さらに使用人用の住まいの別棟が3棟、屋敷裏に設けられていた。
流石は「王家に継ぐ権力を持つ」と噂のエルバルグ辺境伯である。
『常闇の森』に隣接し国の重要地に位置する辺境領とはいえ、2つの公爵家を差し置いて、ここまで巨大な権力を手にしている背景にはーー
(如何なるカラクリがあるのか……)
そもそもこの辺境伯は、独り身である。そろそろ歳の頃は40に差し掛かると言われていたはずーー
美しく輝く銀色の髪と、同じく銀色の瞳、元が端正な顔立ちであるが故に、一層目を引くやややつれたように落ち窪んだ目元……
(これほどの財と権力を持つ変わり者か…… お近づきには、絶対になりたくないな)
豪奢な屋敷のーーそして50名を超す招待客の面子を見て、タラバは今更ながら「住む世界がこうも違うとは…」と苦笑を漏らした。
エルバルグ辺境伯の年に一度の特別討伐晩餐会は、有力貴族のみならず王国で商売を営む商人にとっても、憧れの行事である。
その待望の晩餐会へ初めて招かれた主人のお供として選ばれたタラバは、今日のこの日を並々ならぬ決意で迎えた。
母の真実を知った1年前、彼はそれまでの自分に別れを告げた。そして復讐のためだけに生きようと、そう決意したのである。
「それでは皆様、いよいよ本日のメインイベントの開催でございます。どうぞ前方の扉をご覧下さい」
そして計画通り絶好のチャンスが、訪れた。
会場端の重厚な扉から運び込まれたのは、大小様々な檻に囚われた恐ろしい姿の魔物達だった。けたたましい狂声を上げ、檻を壊さんばかりに暴れ回っている。
一体これらは、何という種類の魔物なのだろう……?
これまで見聞きしてきた魔物達が可愛く見えるほど、異様なあまりの光景に、華やかだったはずの会場内はどよめき、気を失う婦人さえ現れる始末――
「少し、黙らせるか……」
エルバルグ辺境伯がそう呟き、何やら詠唱を始める。
すると魔物達は途端にその動きを止め、「グルル」と小さく唸るだけで、その身を強張らせた。
場内から割れんばかりの拍手が上がる。
タラバの胸が、何故だか少しツキンと痛んだ。魔物達の目が、最後に見た母親のそれと重なる。
「それではどなたか…… この魔物達に制裁を加えて下さる方を……」
そう言って屋敷の執事が指名したのは、年若き赤髪の少年だった。
タラバよりも少し年上かと思われるその少年は王都に設立されている『カンザリアン上級学校』の訓練服に身を包み、腰には長剣を帯刀している。
(騎士コースの3年生…… 着古した身なりからして、恐らくどこぞの貧乏貴族の3男か4男と言ったところかーー)
次に同じく学園の訓練服に身を包んだ、薄い黄土色の髪の少年が呼ばれた。こちらは帯刀しておらず、雰囲気からして恐らく魔術師コースーー
2人はそれぞれ、目の前の檻へと歩みを進める。
タラバは、覚悟を新たに息を呑んだ。ここでタイミングを間違っては元も子もない。
2人の少年が構えを取り、屋敷の警備兵と思われる者が檻の扉に手をかけた瞬間――
「待て! その役、是非私に譲ってもらえないか?」
金色に輝く髪をなびかせ、煌びやかな衣装に身を包んだ少年が、含みを持った笑みで手を上げた。
途端に、赤髪の少年の顔があからさまに曇る。
「そう、出来ればそっちも、彼に譲ってもらえると嬉しいのだが……」
金髪の少年が、隣に立つ緑色の髪の少年にも譲るようにと、黄土色の髪の少年にも声を掛けた。
こちらの少年は作り笑顔を崩さぬまま、軽く頭を下げる。
「なんだ……突然水を差すとは、無粋な……」
タラバの隣でことの成り行きを見守っていたヤンゲ・ジョルドールが不快に呟いた。
同じような反応を示す商人組と、ワッと驚きつつも期待に満ちた雰囲気を醸し出す貴族達を見て、タラバは件の少年はよほど高貴な存在であるのだろうと思った。
司会役の執事の視線が、エルバルグ辺境伯へと向けられる。
エルバルグ辺境伯は、顔色ひとつ変えずただ頷いた。
しかし、タラバの目は微かにその瞳の奥に光る別の感情を捉えていた。
「では折角ですので、ダルミアン・タナル・ルイス・アルブレン第一皇子様と、ご友人のバルゴー・エル・ブランコ様にも加わっていただき、4人でこの邪悪な魔物共の制圧をお願い致しましょう」
司会の言葉に場内から割れんばかりの拍手が巻き起こる。
隣では「第一皇子様に宰相様の御子息だと?」と、驚嘆の声を漏らす愚者の姿。
思いがけぬ幸運。
タラバは、まさに絶好のチャンスが巡ってきたと、踊る心を抑え唇を噛んだ。
そこから先は、タラバの当初の想定を遥かに超える展開となった。
4人の少年達は、檻の扉が開けられる度に競うように、魔物へと攻撃を繰り出していく。
一方の魔物達は、エルバルグ辺境伯の魔法による状態異常化にあるためか一切の反抗を許されず、ただただ絶叫を上げ体の一部と体液を飛び散らせている。そして瀕死の魔物は別の巨大な檻へと収容され、息も絶え絶えに微かに声を上げるばかりだった。
タラバはゆっくりと後退り、ヤンゲ・ジョルドールから離れた。
(まだだ……まだ早い……)
もう何匹目かも分からない魔物が、助けを求めようと小さく鳴きながら仲間の檻へと手のようなものを伸ばした。仲間もまた、その手を取ろうと檻の間から、体の一部を伸ばす。
そこに狙いを定めたように、第一皇子が追撃を繰り出した。
その様子に会場内のボルテージは最高潮に上がり、今日一番の大歓声が轟く。
「うそ……だろ……」
タラバは、震えていた。
自分でも制御不能なほどの大量の涙が溢れ、呼吸は荒く、うまく息が出来ない……
何故こんなにも動揺しているのか? 今さら怖気付いたとてもいうのか? 否、そうではない。そうではないがーー
タラバ自身にも理解出来なかった。
ただ、目の前で繰り広げられる残酷な宴を、心から楽しみ歓声を上げる面々と同じ血が流れているという事実が、酷く汚らわしく思えて無性に腹立たしかった。
ふと、タラバはエルバルグ辺境伯へと視線を向けた。
彼のお方へと視線を向けている伯の口角が、一瞬だが微かに上がった気がした。
――その瞬間、タラバは突き動かされるように駆け出し、魔物へ剣を突き立てようとしていた第一皇子の目の前に飛び出した。
「なっ!」
皇子の長剣がタラバの左耳を切り飛ばし、魔物の一部がその右肩に歯を立てる。
「アアアアァァァァ!」
――場内に衝撃が走った。タラバの絶叫が響く。
激痛のあまり左耳を押さえ、その場に蹲るタラバ。思わず剣を放り出し尻餅をつく第一皇子。
「な、な、な、何のつもりだ! ぶ、無礼者!」
魔物は戸惑った様子でタラバの肩から口を離し、その傷口を優しく舐めた。
タラバの体から徐々に痛みが消え、代わりに全身に痺れが広がっていく。
「お……まえ……」
タラバは蹲ったまま痺れる身体をなんとか捻り、後方を見た。
その視界の端に、こちらへと向かうあの少年の靴が見えた。
「に、にげ、ろ……」
口が痺れてうまく言葉にならない。
魔物はまるでタラバに謝るかのように頭らしきものを下げると、後方へと走り出した。
「や、やめ……」
何とか痺れる手を伸ばし、赤髪の少年の足を掴もうとするがーー
「ギヤァァァァァア!」
右耳にタラバのかばった魔物の絶叫が届く。
「クッ……」
タラバの噛み締めた唇から、一筋の血が流れた。
ーーガチャリーー
不意に、後方に位置するあの扉の解鍵音が、タラバの耳に届いた。未だ騒然とする場内で、何故かその音がハッキリとーー
再度身体をひねり、そのまま横たわるようにして身を投げ出すと、後方の扉へと目を向けた。
背中に傷を受け倒れたあの魔物の横を抜け、こちらへと歩み寄る1人の幼児の姿が見えた。
タラバは我が目を疑った……
見たこともないデザインの上等な服に身を包んだその幼児の顔は、噂に聞く真緑のゴブリンそのもので、右肩に同じ色の右手首を乗せている。
「……は?……」
異質なゴブリンは、目の覚めるような美しい青の涙を流していた。
そしてーー
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
突然、胸を裂くような狂声を上げ、その場に倒れた。
その刹那――
突然変異した魔物達によって、華やかだった晩餐会は阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、人間は皆、ただの肉の塊へと変貌したーー
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