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17.奴隷契約
しおりを挟む自称天才少年のタラバは、確かに控えめに言っても天才美少年だった。
エルバルグ辺境伯の屋敷を出た私達は、人間は滅多に立ち入らないと噂の『常闇の森』へは進路を取らず、眼下に広がる城下町、大都市パルバスを目指した。
私としては、とりあえずは衣食住の心配もないことだし、そのまま追手のかからないうちに遠いところへ逃亡を図りたかったのだが、美少年タラバ曰くーー
「いくらミギエ様がお強いとはいえ、僕達3人で夜の『常闇の森』へ入るのは危険すぎます。僕も噂や書物を通しての知識上でしか知らないので、正確なことは言えませんが、森の中は様々な魔物達で溢れかえっているという話です。今そのような危険を侵すよりも、とりあえず城下町に下ってこれからの体制を整えましょう。幸い、王都までは早馬でも1週間はかかる距離です。騎士団や軍隊が派遣されるとしても約2週間の猶予はあります。大事を取って早めにここを離れるにしても、10日は準備に当てられるはずです」
なるほど。では、そうしましょう……と相成った。
そして町外れの作物畑へと差しかかった頃、タラバが馬車を止めるよう促した。
「馬車はここまでにして、あの辺りで夜を明かしましょう。そろそろ戻りの遅い主人を心配して、街に残っていた従者が様子を見にやってくるとも限りません。すれ違いざまに姿を見られるのは極力避けたいので……」
なるほど。では、そうしましょう……と、馬車を降りようとした瞬間――
馬の手綱を手に行者をやってくれていたミギエさんが素早く動いた。そして投げ込まれたのは、どこぞの暗殺者といった風態の2人組の死骸。
「ヒッ!」
「…………ッ!」
なるほど、こういうことねーーと、心底納得した。
馬車と死骸を仕舞い込み、畑脇にエルバルグ邸の庭園にあった庭師用の休憩小屋を取り出す。
簡素な造りだが、むしろだからこそ違和感が全くない。
中にあった邪魔な物を『トランクルーム』へと収納し、とりあえずホッと一息ついた。
「君、ほんと天才!」とタラバに言いかけたその時、外でヒズメと荷車の音が響いた。何台かの馬車と馬が駆けていく。
タラバの言う通り、主人の帰りを危惧した者達なのだろう。
「これから慌ただしくなりそうですね……」
先にタラバが口を開いた。
「まぁ、なるようになるでしょ」
「あっ、あっ」
私の適当発言に、ミギエさんからのお叱りが飛ぶ。
緊張感無くて、すみません……
「本当なら、朝まで休んでくださいって言うべきなんですが……」
タラバが苦笑いで言い淀む。
「なに? え、何か私、余計なことした?」
「いいえ! 違います。そうじゃないです」
「あっ、あっ」
「なら、早く言え」と、ミギエさんがせっつく。
ほんと、せっかちな右手なんだから……
「え? えっと、あの……なんと……?」
そうか、彼にはミギエさんの言葉は通じないのか。
「早く言えって……」
「あ、はい。すみません。ではーー」
天才少年タラバの話は以下の通りだった。
まず、私の服装についてーー
今私が着用しているのは、『銀の匙』先生作のちょっと小洒落た上等な子供服とブーツ。
タラバ曰く、そんじょそこらの貴族の子でも、これほどいいモノを着ることは滅多にないそうでーー
「なるほど。このまま街に入ったら怪しいにも程があるね」
――というわけで、屋敷の警備に駆り出されていた一般的な冒険者達の服を使って、改めてゴブリン用の普通の冒険者っぽい幼児服と、同じくタラバ用の少年服を作った。
冒険者風にしたのは、これまたタラバの提案によるもの。
いや待って! その前に顔がゴブリンってだけで、十分怪しいにも程がありすぎると思うの。
次にタラバが指摘したのはーー
私の顔について……
まぁ、そうですよね。でも、もうこの顔はどうにもならないよ?
前に『素材鑑定』した時に、人也の実がどうこうって項目もあったけども、正確な材料も分からないから、作りたくても作れないしーーと、怪訝な顔で思案していたら、思わぬところから美少年の提案が降ってきた。
「スコティッシュフォールド様、僕の新しいご主人様になって頂けますか?」
「はい……?」
タラバ曰く、今現在彼の奴隷契約は宙に浮いた状態なのだという。理由は簡単ーー雇用主だったヤンゲ・ジョルドールが死んだから。
この世界の奴隷契約は、魔法で心身を呪縛する特殊な形式なんだそうだ。それは雇用主が死ぬか、又は権利を放棄しない限り永遠に続く強力なものらしい。
「うん、ごめん。話が見えない。それとゴブリンの顔と、どんな関係があるの?」
「あっ、あっ」
「話の途中で横槍を入れるな!」とミギエさんに叱られた。
バカでごめん……
「特殊な魔法という意味でもう一つ、魔物化の呪いというものがあります」
「魔物化の呪い?」
「はい。その名の通り、容姿が魔物化してしまうという特殊魔法です。ですがこれはそんなに深刻なものでは無く、10日ほどで自然に解けて元に戻ります。一時期王都の貴族達の間で流行った社交界のお遊びみたいなもので……」
「なんだ、その遊び! めっちゃタチが悪い!」
私のブスくれ顔に、美少年が苦笑する。
可愛い顔するんじゃねぇ……
「本来はオークやオーガが主流なんですが、辺境伯が新たに開発したゴブリンバージョンってことにすれば、ごまかせると思います」
「うーん、解せん。でも助かる」
「あっ、あっ」
「あまりにリアル過ぎて疑われないか? ――って」
「大丈夫です。スコティッシュフォールド様は、人間語を話せますから」
「ん? どういうこと?」
「一般的な認識として、魔物は基本知能が低いんです。人語を理解する魔物は、長い歴史において古竜だけだと言われています」
「なるほど。確かに、私も一魔物だった時は、ミギエさんみたいにしか話せなかったし、バカだったわ」
「あっ、あっ」
「今もねって、言うな!」
「スコティッシュフォールド様が、何故こんなにも流暢に言葉を理解されるのか…… 僕には青天の霹靂です」
褒められてるのか? うーん、反応に困る。
てか、スコティッシュフォールド様言うな!
「そのスコティッシュフォールド様って、やめて」
「でも……スコティッシュフォールド様ですよね?」
「いやまぁ、確かに私はいつの間にかスコティッシュフォールドになってたんだけどーー」
「あっ、あっ」
「どうでもいいから、先に進めーーと」
「すみません。話を戻します」
次にタラバが話し始めたのは、いかにして街を自由に出歩けるようにするかーーという点だった。
タラバ曰く、魔物化の呪いをかけられたという話と、見た目ゴブリンでも人語を操るから人間なんですというだけでは、貴族以外の一般庶民視点では少し不安が残るらしい。
そこで重要になるのが、奴隷契約である。
奴隷契約において、従属する奴隷側には、一目でそれとわかる印が両手の甲に現れる。
さらに雇用主はそれが己が奴隷だと誇示するため、同じ紋章の刻印された首飾りを掛けるのだそうだ。因みに奴隷契約自体は、形式上法律で禁止されてはいるが、長い慣習の下暗黙の了解として、取締りは一切されていないらしい。
美少年を奴隷にしているゴブリンは、絶対にいないとバカでも分かる図式なんだそうだ。
そう説明すると、彼は少しはにかんだ様子で私に両手を差し出した。
彼の甲には、確かに透明だが刻印らしきものが見て取れる。これは主人不在の奴隷を表すもので、このまま通りを闊歩しようものなら、すぐにでも拉致されてすぐ様奴隷契約を結ばされてしまう恐ろしい状態だというーー
「なにそれ、大変じゃない!」
「そうなんです。だから、スコティッシュフォールド様がご主人様になってくれると、僕としても非常に助かります」
そう言う彼の笑みが、どこか怪しげに見えるのは、私の中身が人間不信で汚れているせいだろうか?
確かに昔から、人を見る目が無いけども……
「分かりました。それが最善の方法なら、そうします」
何故だか緊張して、思わず丁寧語になった。
「ありがとうございます!」
「でも、この街を出たらその必要もなくなるわけだから、その時は即契約解除するからね? タラバはタラバとして、タラバが生きたいように生きていかなきゃダメだよ?」
タラバの目が一瞬泳ぎ、そして誤魔化すように美しく微笑んだ。
なんだ、今のは! お姉さんは、誤魔化されないぞ? 綺麗な奴が美しく笑う時ってのは、何かしら後ろ暗い時がある時なんだ! うーん、微妙に引っかかるけども仕方ない。
私は仕方なくタラバの提案を受け入れ、『トランクルーム』から取り出したヤンゲ・ジョルドールの首飾りを手に、タラバと残念ゴブリンの隷属契約を交わした。
「さて、そしてこれが最後のお願いなのですが……」
新しく刻印が刻まれた己が手の甲をうっとり顔でシゲシゲと見つめていたタラバが、ミギエさんの鉄拳制裁でようやく我を取り戻し口を開いた。
「ギルドカードの改竄って、可能ですか?」
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