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25.ある天才の大悟
しおりを挟む転生ゴブリンの私には、睡眠も食事も排泄も必要ない。
――と、思っていたのはどうやら完全に勘違いだったようで、HPをMAX15しか持たない私は、定期的に食べなければスタミナ切れで餓死するし、ミギエさんの鋭いツッコミでどんどんHPが削られて死にかけるしで、減ったHP回復のため部屋に戻った瞬間寝落ちした。
そしてその間、現実世界では大層な事件が起こっていたらしく……
まだ夜も明けきらぬ早朝、私はミギエさんに文字通り叩き起こされた。
せっかく回復したはずのHPが早速減った。すごく悲しい。
まだ覚醒しきらずぼんやりした状態だというのに、ミギエさんの容赦ないマシンガントークが右耳を襲う。事のあらましを早口で捲し立てられ戸惑った。
どうやらタラバが自害未遂事件を引き起こしたらしい…… ん? は? 何それ、どういうこと?
興奮するミギエさんを一旦落ち着かせ、とりあえず顔を洗い頭をしっかりと覚醒させてから、私はもう一度改めて事の次第を聞き出した。
そしてーー
「はい、では、第一回スコテッシュフォールド家プロジェクト会議を始めまーす!」
ミギエさんからの指示通りに、会議の開幕を宣言する。もう……どこから突っ込んでいいのかわからない。だから、あえて突っ込まない。
「えーと、それでまずは、タラバがすぐに命を粗末にしようとする問題だっけ?」
「す、すみません……」
「しかも、昨日だけじゃなく、あの変態伯爵の屋敷で初めて会った日も実は死のうとしてたという事なのね?」
「あっ、あっ」
昨夜のあらましの説明後、更なる自害未遂を告白したタラバに、ミギエさんはいたくご立腹の様で、彼はベッドに腰掛けることも椅子に座ることも許されず、会議の開始前から硬い床での正座を強いられている。
外人――というか異世界人なのに、足大丈夫?
「1年前、母のその日記をヤンゲ・ジョルドールの隠し金庫から見つけました。そこに書かれていることを読んで母の真実を知り、復讐を胸に誓いました。だからあの日、晩餐会の最中に派手に死んで見せれば、その責任を問われるヤンゲ・ジョルドールにもエルバルグ辺境伯にもそれ相当の痛手を与えられると思ったんです。僕の生物学上の父親は、恐らくこの国の国王アンブロ・ガラマ・アストゥール・アルブレンですから…… 僕の存在を血眼になって探しているらしいあの男にも、そうする事で一矢報いることが出来るはずだと……」
え? タラバのお父さん王様なの? いきなりもの凄い爆弾ぶっ込んできた!
「あー…… あっ」
タラバがミギエさんの反応を見て、私へと視線を向ける。翻訳希望のようだ。
「くだらん。浅はかだな……だってさ」
「はい。今は、そう思います……」
え? 王様の件はスルーなの? 2人して大したことじゃない的な雰囲気だけど…… そ、そうなの? じゃあ、その話は置いといて……
「でも大体さ、タラバもどうせ死ぬ覚悟するくらいならーー」
――と説教しかけて、その言葉を飲み込んだ。
彼はもう十分に反省している。己が過ちも理解している。そもそも彼は、無駄に頭が回るが故に己が策略に溺れかけたが、まだまだ齢14歳の子供なのだ……
「いや、うん、そうだね。誰だって1人で出来ることなんてたかが知れてるわ。でも、誰にも相談すらできなかったんだもんね。まぁ、やろうとしたことは愚の骨頂だったわけだけど……まぁ、あれよ。今まで1人でよく頑張った! 辛かったね…… でもこれからは、1人で勝手に抱え込まないこと! タラバもほら、この会議に参加している以上はスコティッシュフォールド家の一員なんだしさ……」
どちらかというと、人間であるタラバは成り行きで一緒に行動しているに過ぎない部分が大きいんだけども……
わざと軽めなジョークを交えたつもりだったのだが、私の言葉にタラバが驚きの表情を浮かべる。そして大粒の涙をボトボトと流し始めた。
きっとこれまで、一滴の涙すら流すまいと我慢してきたのだろう。うんうん、泣きなさい。でもおばちゃん、美少年のそんな姿見せられたら、こっちがもらい泣きでメンタル削られそうだよ。
タラバ曰く、母カタルナ・ザントレ・グラブエンドは、彼に負けず劣らず頭のキレる女傑だったそうで、その日記の文字を考えたのは彼女本人だという。よって、この日記を読めるのは彼女と息子の2人だけ……ということらしかったのだがーー
「ウチがあの阿呆共と出会ったんは、ウチが9歳の誕生日を迎えてすぐやった…… え? 何だこの口調」
彼女の日記には、その壮絶な人生の哀愁が実に詳細に書かれていた。
「え? どうして? どうしてスコティッシュフォールド様は、この文字が読めるのですか?」
恐らくよくある転生特典で日本語変換されているのであろうその日記は、全編にわたりコテコテの関西弁で構成されていて、正直壮絶な内容なのに全然頭に入ってこない。ちょいちょい入ってくるノリツッコミが、完全にこの悲劇を台無しにしている。
どうしてこうこの世界は、私に対して余計な演出を繰り出してくるのだろう? もしもこれが誰かの仕業なのだとしたら、タラバよりもそいつを正座させて、小一時間みっちり説教してやりたい。
小さな文字でビッシリと何百ページにもわたり書き綴られたその恨み節の詰まった暗黒日記をパラパラとめくる。
「お母さん、大変だったみたいだね……」
タラバ母カタルナの人生は、確かに波乱に満ちたものだった。
9歳にして年上の変態2人に誘拐された彼女は、10年もの長い間監禁生活を強いられる。
そこで彼女は、自身を洗脳していた変態魔術師ユアンに恋心を抱く。それは彼女にとって、この国で生きるための唯一の希望となった。
それから数年の間は絶妙な3角関係が続くのだが、当時王子だったアンブロが正妃との結婚の儀を執り行って数年後、事態が急変する。
カタルナのユアンへの恋心に感づいた彼が、ユアンがいない隙を突いてカタルナを力ずくで我がものにしてしまったのだ。どうやらユアンはそっちの面ではかなりの奥手だったらしく、カタルナの気持ちに気づくこともなく……というより、そういう行為そのものが苦手だったようで、彼は純潔ではなくなった彼女を避けるようにアンブロへと譲ってしまったらしい。
その激しいショックにより、幸か不幸かカタルナの洗脳魔法が解けた。
彼女はそこで初めて、信じてきた自身の恋愛そのものが洗脳魔法による偽りの感情だったことに気づき落胆する。
さらに嫌悪する誘拐犯に手籠にされた憤りもあって、その両方で絶望の淵へと突き落とされる。
そして、さらなる不幸が彼女を襲う。
たった1度のその行為で、憎き相手の子を身籠ったのだ。そのことに気づいた時の彼女の心情は、察して余りある。 同じ女だったことのある身として、思わず唇を噛まずにはいられなかった。
そして、その事実を知ったタラバの気持ちを考えると……
無駄に頭がいい分、母親の心情を察しすぎて、復讐が生きる糧になってしまったのかもしれない。
ーーと、そんなことを慮りながら読み進めていくと、ふと、その先の日記の変化が気になった。
「僕は、生まれてきてはいけない子だったんです……」
かいつまんで日記の内容をミギエさんに説明し、肝心の先へ進もうとした時、再びタラバがダークサイドへと転がり落ちた。
その表情は、絶望そのもの。
「はぁ?」
「だってそうでしょ? 母きっと、僕のことなんて産みたくなかったはずなんです。あいつらだけじゃない。母にとっては、僕も加害者の1人で……僕のことを恨んで死んでいったーー」
「あんたねぇーー」
私が反論を開始しようとしたほぼ同時に……
――パンッ!
ミギエさんの強烈な平手打ちが、タラバの左頬にめり込んだ。そして思わず反射的にミギエさんを見つめ返した彼にーー
――パンッ! パンッ! パンッ!
更なる追撃の往復ビンタが、爽快な音を打ち鳴らす。
「み、ミギエさん…… もうその辺で……」
5発めを繰り出そうとする彼女を慌てて止める。
さすがにその辺で勘弁してあげて。そろそろ彼のライフはゼロになるわ!
へたり込み真っ赤に腫れ上がった両頬を押さえてぼう然とするタラバの目の前に立ち、彼に日記を差し出す。
「あんたこれ、ちゃんと最後まで全部読んだの?」
タラバが怯えた瞳で首を横に振る。
「僕を身籠もってすぐに何者かに襲われ、ヤンゲ・ジョルドールの商会へと売られてから僕が生まれた辺りまでしか…… なかなか盗み見出来なくて……」
よりによって、1番ヘビーなところまでって……
私は盛大なため息を吐き、彼の目を見据えた。
「あんたのお母さんはあんたを見つめる時、どんな目をしてた? いつもどんな表情だった? 冷たい目で見られたことある? あんたをぞんざいにに扱ったことある? あんたを産んで後悔してるって言ったことあるの?」
その言葉にタラバがその目を泳がせる。
「母の目はいつも……」
私は彼女の日記を開き、在りし日の一文を読み上げた。
「ウチの子、マジ天使。ホント天才! 世界一だわ。今日タラバが、オネショしたシーツを隠してたから叱ってんけど、言い訳がめっちゃ可愛かった。夜更けにオバケがやって来て、『今夜は舞踏会なのですが、急いでいて大切なシーツを破いてしまいました。どうかそのシーツを貸していただけませんか?』って、懇願されたんやって。好きな女の子と踊る約束しとる言うて可哀想やったから、しゃーないなって貸したってん……やて! なんなん? どないな理由やねん。天才か! もうマジ可愛すぎ! それじゃあしゃーないな、ほんまタラバは優しいなって、めっちゃ褒めてしもたやん」
親バカか! 私そんな頭脳持った3歳児恐怖だわ……
そしてまたある日の日記にはーー
「ウチの子、マジ天使すぎて泣けてくる。顔見てるだけで、幸せ過ぎてほんま生きててよかったわ。この子の父親がどうとか、もうどうでもええわ。この子はウチが産んだウチの子。可愛い可愛いウチだけの天使。てかもう、こんな可愛すぎる子の存在すら知らんとか、もうそれが何より最大級の復讐やん。めっちゃ最高の仕返しやわ! タラバありがとうな。ほんまこんなウチのとこに産まれてきてくれてありがとう」
タラバ出産後の彼女の日記は、ほぼ全てがそんな調子で、前半の恨み辛みしかない閻魔帳と後半の親バカ全開なお花畑の落差が半端ない。
今日1番のポカーン顔を披露したタラバが、日記帳を受け取り声にならない声を漏らす。
「あんたのお母さん、めちゃくちゃ幸せそうだよ? タラバがいたからだよね? 思春期拗らせるのも終わりにして、そろそろ厨二病は卒業しな」
私はミギエさんに目配せすると、2人で部屋を後にした。
幾度となく背後から漏れ聞こえる「おかあさん!」の叫び声に、また一つメンタルHPが削られるのを感じた。
カバンの中のミギエさんと共に、まだ些か早い時間ではあるが、朝食をもらいに階下の食堂へと顔を出すと、そこには一夜にしてゲッソリとやつれた宿屋の主人アルフと昨日とは違う警備隊3名の姿があった。
一瞬ギョッとしたが、変に勘ぐられるのも嫌なので、完全スルーしてセルフサービスの飲み水を湯飲みへと注ぐ。
私を見つけるなり、アルフが恨めしそうな目付きでこちらへと歩み寄って来た。
「俺は今、未だかつてない危機に晒されている」
強面のやつれたムキマッチョが突然そんなことを呟くものだから、思わず口に含んでいた水を盛大に吹き出した。
「ゴホッゴホッゴホッ……え? なに?」
「お前のおかげで、俺の信用は今風前の灯火だ……と言っている」
「待て、何のことだかさっぱり分からん」
以下、アルフの説明はこうだったーー
昨夜私が調理した絶品料理の噂が、瞬く間にこの界隈に広まった。そして私が寝こけている間に、相当な人数が料理を食べたいと押し寄せてきたらしい。
「料理を作った張本人は気難しいバカボンで今は機嫌がすこぶる悪いから、落ち着くまで待ってほしい。近いうちに必ず説得して、皆にその料理を味わってもらう機会を作るから!」
――と、いくら説得しても、皆一様に「そんな話は信じられない!」と、納得してくれなかったらしい。
挙げ句の果てに「そんなゴブリンの呪いなんぞをかけられるようなバカボンが絶品料理など作れるはずはないだろう」とか「どうせどこかに料理人の影武者がいるんだろ? そいつを出せ」と、暴動寸前まで行ったそうだ。
何それ、失礼な奴らだな。というか、お前も本人の前でバカボンって言うな。少しは隠せ。
そして夜更けすぎになって、ようやく皆が諦めて帰ったと思ったら、今度は愛する妻と娘に「私達にまで嘘をつくの?」と追い討ちをかけられたらしい。
さらにさらに今朝早く、引っ切り無しに来る捜査依頼に嫌気がさした警備隊が、事情を聞きに訪れて、今に至るのだという。
「へー、そりゃ大変だな」
そう返事を返し、さっさと逃亡を図ろうと踵を返した。――が、思いっきり襟首を掴まれた。
「うぐっ」
「おいおい、それはないだろ? 頼むから何とかしてくれよ。せめて俺の妻と娘にだけは、一度でいいからお前の料理を振る舞ってやってくれよ。それだけで俺は、明日も無事に生きていける」
え? どれだけ家庭内地位が低いんだよ、オッさん。
「うぐぐ…… わ、わかった。分かったから、手、手を離せ……し、死ぬ……」
「あっ、悪い悪い。つい力が入っちまった」
ついじゃねぇぇぇえ! 爆睡で回復したはずのHPが、それこそ風前の灯火だわ!
何とか対処を考えることを無理やり約束させられ、不味い朝食を手に逃げるように部屋へと戻ると、すっかり落ち着きを取り戻したタラバが、天使の微笑みで出迎えてくれた。
それはまるで長年の憑物がすっかり落ちたかのような凛とした笑顔だった。
「この命尽き果てるその日まで……否、朽ちて尚どこまでも、貴女様への永遠なる忠誠を誓います」
この日私は、本当の意味で美しく賢明な最高の仲間を手に入れた。
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