残念なゴブリンは今日も世界に死に戻る

長谷川くおん

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30.お母さんいつもありがとう

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 約束通り、ミギエさんご所望のメニューを5日分作り終えたのは、日も傾きかけた夕方だった。
 予定では午前中に馬や仲間の製作を終え、昼食後に2時間ほどでストック料理を作成したら、残りの時間を使って、優雅にまったりと日頃の疲れを癒そうと思っていたのに……
 今日は2度も死に戻ったせいで、いつも以上に疲れ果ててしまった。
 酷い二日酔いのような状態から、まだ抜け出せそうにない。何時もよりも回復が遅い。心なしかミギエツッコミによるHPの減りも多い気がする。
 キッチリ1人前ずつ小分けした最後の一品を『トランクルーム』へと仕舞い込み、とにかく疲れた10分休憩……と、わざわざ高級宿屋の1人用ソファを取り出して、重い腰を下ろした。
 ――と、次の瞬間。

「コティ様~。今日の夕飯は何ですか~?」

 ンノォォォォォォォォ!
 絶妙なタイミングでお邪魔虫が現れた。

「タラバ君…… それ仕事から疲れて帰ってきたかーちゃんが、子供や夫に言われたくないセリフ第1位のやつだから…… キレたかーちゃんの血の雨が降るから」
「え? 何ですか? すみません。もう一度お願いします」
「いやいい……ごめん。ちょっと疲れてて、余計なこと口走ったわ。忘れて。まぁ、アレ。アレよ、夕飯の支度はこれからだからさ。今日はもうなんか適当に作るから。とりあえずミギエさんの様子でも見てきてくれる?」
「……でも僕、ミギエ様からコティ様の夕飯作りを手伝って来いって言われて来たんです」
「は? ミギエさんから?」
「はい。今日は、あいつ疲れたから夕飯はなんか適当に作るとか言い出しかねないから、見張ってろって……」
「は? タラバ、何でミギエさんの言葉――」
「地面に文字を書いて伝えて下さいました」
「クッ! またそういうとこだけ……」
「本当に優秀ですよねー。それに本当コティ様のこと、よく分かってらっしゃいますし」

 タラバはケラケラと屈託なく笑い、いそいそと調理の準備を始めた。
 暴君め、何と根回しのいい…… 
 タラバも手慣れたもので、必要とするであろう器具類を並べ、手洗い桶に水を張りテーブルへ、その横には手拭き用のタオルまで用意されている。衛生観念のないこの世界で、教えた通りにしっかりと手を洗うタラバに、いい子だなぁと感心した。
 今夜は『銀の匙』先生特製の塩ステーキでいいやと思っていたのだが、独裁者の目が光っているとあってはそうもいかない。手持ちの材料と調味料を考慮しつつ、頭の中でどんな料理を作ったものかと思案する。
 どうせ作るなら美味しいものがいいなぁ……仕方ない、やるか! ――と、立ち上がり大きく伸びをして振り下ろした手が腰に巻きつけている卵ホルダーに勢いよく当たった。

「イタッ! あ、ごめん。忘れてた」

 急遽錬成したホルダーベルトがいい仕事をしてくれているようで、幸い卵は無事だった。
 右から、赤、黄、銀、青、黒と、5色に光るそれらは、昼間錬成した新たなる仲間達。あの壮大な儀式から創り出されたとは思えない、ビックリするほどSサイズな仲間達。
 アレから数時間後、死に戻ってそれらを目にした時には、流石に度肝を抜かれた。否、魂を抜かれた。

「え、まさかこれ……?」

 思わず、ガッカリの心の声が漏れた。
 確かに死ぬ間際に、それらしきものを目にしたような気もしていたが、幻覚だと思っていた。
 とうの昔に呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンしているであろうと期待した仲間達の凛々しい姿は見られず、ほんの一瞬目にしたソレがそままその形で放置……否、静置されていた。
 賢い2人は、シリョウバモドキの錬成の際に圧死した私を思い出し、触るな危険と判断したのだという。
 周りが賢すぎて辛い……

 ――――――――――――――――――――
 トミエ族【グレードSS】の卵

 最高グレードのトミエ族の卵
 創造主の愛情を糧に産まれる
 ――――――――――――――――――――

 あ、愛って……何ですか……?
 むしろこっちが教えて欲しいくらいの難題を前に、私は無言で卵ホルダーを作った。
 卵といえば温めて孵すもの。愛=温もりって事だろ? え? 服の上からホルダー付けてどうやって温めるんだって? だって、素肌に5色の魔物の卵くくりつけて温めるなんて、嫌だもん。うっかり生まれて、何かが刺さったりしたら怖いもん。絶対そうなるもん。これまでの経験で、私だって学習してるんだもん。そう……でもまぁ、気持ちだよ、気持ち。こういうのは、気持ちでどうにかなるもんなのさ……
 ミギエさんもタラバも、もう何も言わなかった。でもその目は雄弁に、「残念な子」と物語っていた。


「いいなぁ……僕もコティ様の愛が欲しいなぁ」

 冗談とも本気とも取れないトーンで、不意にタラバが呟いた。
 その言葉で、我が子を慈しむように無意識に卵を撫で回していた自分に気づく。
 なんだか、非常に気恥ずかしい。

「僕もみんなと同じように、生まれ変わりたいなぁ……」

 おバカな天才がまた、とんでもないことを言い出した。

「何をバカなことを……タラバは人間なんだから、無理に決まってるでしょ」

 私は呆れてるよと首を振り、『トランクルーム』からサラダの材料を取り出し、なんちゃってシンクへと置いた。

「それは試してみないと分からないじゃないですか。僕だって必要な条件はクリアしてるですし……」
「はいはいはいはい。そうね、クリアしてるね……ん? 何をクリアしてるって?」
「コティ様って、僕の話いつも全然聞いてないですよね」
「き、聞いてるよ…… でもほら、またそんな自殺願望口にしてると、今度こそミギエさんにその首ホントに切り落とされちゃうよ?」
「え? うーん。それは怖いなぁ……あ、でもそしたらみんなみたいに、僕のこともトミエ族として産みなおしてくれますか?」

 またもや本気とも冗談とも取れぬ微笑みで惑わすタラバに、若干本気でイラッとした。

「タラバ。人間も魔物も関係ない。あんたは私達にとって大事な仲間だって言ったよね?」

 私の本気の怒りに気づいたタラバの顔が、スッと青ざめる。

「すみません……軽口が過ぎました……」

 今にもこぼれ落ちそうな涙を必死に堪える彼を見て、ため息を吐いた。
 これまでも何度かタラバが口にしてきた魔物になりたい願望。それは多分、軽口ではなく彼にとっては本気の願いなのだろう。
 事あるごとに、タラバは人間の醜さや愚かさを語り、嫌悪感を表す。そしてそんな人間である自分に憤りを募らせているように思える。
 まぁ、これまでの彼の境遇を考えれば、仕方ないのかもしれないけども……

「あ、そうだ。いいメニュー思いついた」
「え? 何ですか?」

 私は涙目のまま、不安そうにこちらを覗くタラバに、これまでで最高にいやらしいニタ~とした笑顔を返した。



「お願いです! やめて下さい! 僕が悪かったですから! 謝ります! 土下座でもなんでもします! だからお願いします! それだけは! それだけはー!」

 必死で止めるタラバを無視して、鉄製のボールの中に卵を5個割り入れる。
 本物の菜箸で丁寧にかき回し、塩少々と砂糖、醤油で味を整えて、油を垂らした四角いフライパンを使い、弱火でゆっくり焼き始めた。
 一品目は少し甘めの卵焼き。鰹節等がないので、好物だった出汁巻き卵とはいかないが、ママが作るお弁当の卵焼きをイメージした懐かしい一品。

「魔物の卵を食べるだなんて……」

 堪えていた涙をボトボトと流しながら、美しい顔を青くしてタラバが魔石コンロの隅でいじけ始める。
 二品目、三品目と、私が卵を使うたびに、「アアアア」だの「ヒィィィィイ」だのうるさいことこの上ない。
 もちろんこれらの卵は、5色に光る【トミエ族の卵】ではない。
 昨夜、唯一生き残った鶏風の魔物が産んだ卵である。

 ――――――――――――――――――――
 コケコトリス

 鳥型の魔物 鋭い脚爪と嘴で獲物を襲う
 雑食性 雌雄はなく朝晩2回大量の卵を産む
 その殆どを共食いするため、数が増えづらい
 ――――――――――――――――――――


 タラバが卵を食すのを非常に嫌がっていたのは、この魔物の共食いイメージがかなり強烈なことが原因の一つのようで、人間社会では魔物の卵を食べると魔物化すると恐れられているらしい。
 ちなみにこの世界において、魔物は全て卵生なのだそうだ。その種類によって、産まれるまでの日数に差異はあるものの、ドラゴンを除く現存が確認されている全ての魔物が卵生らしい。

「え? ドラゴンは卵生じゃないの? むしろその方が驚きなんだけど……」
「え? ドラゴンが卵生? それは一体どんな書物からの知識ですか?」

 質問に質問で返された。
 ドラゴンの出産……想像しただけでも、なんだか恐ろしい。
 この世界の魔物のほとんどが卵生ということもありーー

「お前、ホントは卵から生まれたんじゃねぇの?」

 というのが、前世でいう「お前のかーちゃん出べそ!」と同等の定番の侮辱なのだそうだ。
 うーん、全然響かない。まぁ、出べそ呼ばわりも昨今傷つく奴はいないだろうけど……

 二品目のチキンもどきとレタスもどきのサラダーーマヨネーズドレッシング和えーーと、三品目の巨大ハンバーグ目玉焼き乗せを完成させた頃には、タラバの顔色は青を通り越して白かった。まぁ、元々白いけども……

「あっあっ!」

 肉の焼けるいい匂いを嗅ぎつけたミギエさんが、勢いよく私の右肩へと飛び乗って来た。
 さっきまで泉の中に浸かっていたらしく、濡れた体を拭き取ろうと、私のフードを無理矢理に引っ張ってくる。

「待って待って! 死ぬ死ぬ! 首絞まる!」

 お代わり分のハンバーグと目玉焼きを焼きながら、慌てて『トランクルーム』からタオルを取り出し献上する。
 いや待って、貴女、いつでも自分で取り出せるよね?

「あっ? あっ?」

 どこぞの燃え尽きたボクサー風に灰と化している美少年を見て、ミギエさんが人差し指をかしげた。

「ん? あー、その屍タラバ? この卵料理が嫌なんだってさ。食べたら魔物化しそうで怖いんだって。いつもあんなに魔物になりたいって言ってるくせにね」

 嫌みったらしくそう笑ってやったら、途端にタラバが目を見開き、ワッと叫んでグルグルと回り出した。
 ナニナニ? どうした急に! 怖い怖い怖い……
 そのあまりの興奮度に、あのミギエさんさえ若干引いている。

「コティ様!」
「はい……」
「大盛りで! 大盛りで! これ全部、大盛りで下さい!」
「あ? あっ! あっ!」
「待って待って! 落ち着ついて! お前も、お前も、どっちも落ち着け!」

 その夜……
 多めに作ったはずの15人前はあろうかという夕食は……
 化物2人に、見事に食い尽くされた……
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