日ノ本国秘聞 愛玩

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 風呂場で今代様の背中を流した尚人は、食後、心ゆくまで父の似顔絵を画用紙に描き込んで、すぐに眠りに落ちた。
 添い寝をしていた岬は、そろりと身を起こすと、寝室から抜け出した。
 障子を閉めれば、庭に面した廊下にすぐ行き着き、月光がやわらかに差し込んでいる。

 首都の夜は昨今人工の光で賑々しいが、山間の神蔵では夜は未だ、天体たちの独壇場である。空を仰げば、やや肥えた半月が蒼く冴え、星々を従えている。
 夜半を回れば、御殿もひっそりと静まりかえる。

 浴衣姿の岬は足音ひそやかに回廊を渡り、最奥の座敷の前まで辿り着いた。

 声をかける前に、すぅっと障子が開く。
 誰も、開ける手はない。ひとりで開いたのだ。
 その不可思議を岬は驚くでもなく、するりと座敷に入る。

「尚人は眠ったの?」  
「はい。疲れたのでしょう。ずいぶん一生懸命でしたから」
「宿題に?」
「あなたのお世話に、です」

 ふふ、と今代の声は忍びやかだ。

 岬が入室したのは今代の居室だった。どこよりも手間と時間をかけて作られた、現人神の座所である。
 書院作りの座敷にさりげなく配された調度、花器の花一輪とて美しく調和する空間だ。
 明かりはオイルランプが一基。長く優美な漆塗りの脚の上に蕾を模した火屋が据えられ、細く絞られた明かりに、あたりの陰影がゆらめく。

 闇に慣れた岬は今代の笑みまではっきりと見ることができた。

「またこんなものを持ち出して……どこにあったんです?」
「蔵さ。尚人と隠れ鬼をしていて見つけたんだよ。灯明や電灯よりこちらのほうがいい」

 洋装好きの今代も、夜には寝衣の襦袢を纏う。さらした首元になまめかしい鎖骨の陰がこごる。
 絹のすべる音を耳にすると、もう岬の体の奥に疼きが生まれるような錯覚さえしてくる。

「立ってないで、こちらにおいで」

 寝所の褥に今代は胡座をかいていた。手招かれ、岬はその傍らに座った。
 襟元を掴まれ、乱暴に引き寄せられる。

「こん……っ!」

 今代は岬の唇に噛みつくように貪った。
 一瞬うろたえるも、岬は今代の気ままな舌と唇の動きにあわせ、自らも応えた。
 ひちゃり、と粘ついた音がたがいの耳に届く。間近の今代は猫のように目を細め、口腔の交わりを楽しむ。淫蕩な気配をふりまいて。

「……は」
「いつまでも、慣れないね。可愛らしくもあるけれど」

 今代の手は襟元から項へ滑り、耳朶をかすめる。薄い皮膚のつながりを辿り、こめかみと髪の生え際を指先が遊んだ。
 夜陰に紛れて今代の寝所に侍るのは、もう何年も続いている。

 子をなすよう命じられ、すぐに岬は今代が用意した一族の女を抱いた。
 十月十日のち、尚人が生まれた。

 閨を共にした女の顔も末路も、岬は知らない。
 幼子が「知らなくていい」と言ったからだ。
 もう生きてさえいないかもしれないが、岬には興味の外であった。

 幼子が少年になり、精通を迎えたのは、岬が十九の時だった。
 現人神は淫技に長け、それまで夜毎自らの指で舌で、玩具で翻弄していた岬を、ついに抱いた。

 六歳も年長でありながら、寝所で岬は啼き叫んだ。あまりの快楽に。
 今までは文字通り「可愛がられて」いただけなのだと、身をもって思い知る。
 現人神のもたらす快楽は底なし沼のように岬を引きずりこみ、それは夜明けまで及んだのだった。

「昼間どれだけつれなくても、夜はこんなに素直だ。準備までして、もう欲しいの?」
「……欲し、です…あっ……」
「いい子」

 体格こそ勝っていても、主導権を常に握っているのは今代だ。いいように玩弄し、貫き、岬を啼かせる。何度法悦を与えられても飽きることなく、深々と岬をえぐり、離さない。

「ひ、あ!」

 股を割られ、下肢に及ぶ指はあくまで、優しい。けれど容赦なく岬の弱いところを暴きたて、熱をため込ませていく。

 初めて後腔で快楽を教え込まれて、三年。
 今代の手が及ばぬ箇所はもはや無い。夜じゅう、自らの肌と夜着の絹が高く音をたてるのを何度耳にしただろう。女のような、みっともない喘ぎや懇願を何度繰り返しただろう。
 それでも岬を満たすのは、魂魄をまるごとねぶられるような、淫猥で圧倒的な悦びなのだ。
 乱れれば乱れるほどに、今代は愉悦に笑み、愛撫の手をなお深くする。

「あああ……!」

 大きく脚を開かされた同時に、灼熱に貫かれる。
 待ち望んだ瞬間だった。肉の隘路を押し開かれ、果てのない波が理性をさらう。他の誰がそんなものを呉れるだろうか。

「庚様……っ」

 普段は秘する現人神の名を、箍が外れたように呼ぶのを止められない。
 岬が閨でこらえきれずに零すそれを、今代は喜んでいるように見えた。
 闇と性のしたたる寝所で、頬や肌のうっすら紅潮した現人神はいっそう艶めく。体のどこよりも熱くなった肉茎をつきいれ、体をゆらめかせて岬を翻弄し、己の肉欲すら余興であるように愉しんでいる。

「もう少し、先にするよ」
「あ、あ……なに……」

 淫蕩にかすんでいた岬の瞳が一瞬、揺らぐ。

「その方が愉しめるからね」
「……尚人、ですか……?」

 岬は息子の名を口にした時、僅かに哀しむような、惜しむような表情になった。

「そう。岬とはまた違う、可愛い子」
「は、……うぅんっ」

 だがそれも束の間で、深く突きたてられ息が詰まる。同時にしびれるような淫楽が脳髄まで駆け巡る。

「引っ込み思案で、奥ゆかしくて、それでいて……僕や岬から離れられない、可愛い子」

 だから、待つことにするんだ。
 今代は眼下の岬に「もう少し、お預けだよ」と言い、律動を早めた。

「あ、ああ……庚様っ!」
「残念だった? でも、果実は熟れて、枝から落ちる寸前が一番おいしいからね」 

 あの子はまだまだ、実ったばかり。
 早熟の実をもぐのも悪くはないけれど、取っておくほどに、あれは甘く美味になる。
 今代は楽しみだ、と囁く。

「とても、楽しみだね。岬」
「……はい、庚様……」

 岬の淫ら極まりない声は夜陰に紛れ、健やかな眠りにつく子の耳に届くことはなかった。
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