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伍 ※
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風呂場で今代様の背中を流した尚人は、食後、心ゆくまで父の似顔絵を画用紙に描き込んで、すぐに眠りに落ちた。
添い寝をしていた岬は、そろりと身を起こすと、寝室から抜け出した。
障子を閉めれば、庭に面した廊下にすぐ行き着き、月光がやわらかに差し込んでいる。
首都の夜は昨今人工の光で賑々しいが、山間の神蔵では夜は未だ、天体たちの独壇場である。空を仰げば、やや肥えた半月が蒼く冴え、星々を従えている。
夜半を回れば、御殿もひっそりと静まりかえる。
浴衣姿の岬は足音ひそやかに回廊を渡り、最奥の座敷の前まで辿り着いた。
声をかける前に、すぅっと障子が開く。
誰も、開ける手はない。ひとりで開いたのだ。
その不可思議を岬は驚くでもなく、するりと座敷に入る。
「尚人は眠ったの?」
「はい。疲れたのでしょう。ずいぶん一生懸命でしたから」
「宿題に?」
「あなたのお世話に、です」
ふふ、と今代の声は忍びやかだ。
岬が入室したのは今代の居室だった。どこよりも手間と時間をかけて作られた、現人神の座所である。
書院作りの座敷にさりげなく配された調度、花器の花一輪とて美しく調和する空間だ。
明かりはオイルランプが一基。長く優美な漆塗りの脚の上に蕾を模した火屋が据えられ、細く絞られた明かりに、あたりの陰影がゆらめく。
闇に慣れた岬は今代の笑みまではっきりと見ることができた。
「またこんなものを持ち出して……どこにあったんです?」
「蔵さ。尚人と隠れ鬼をしていて見つけたんだよ。灯明や電灯よりこちらのほうがいい」
洋装好きの今代も、夜には寝衣の襦袢を纏う。さらした首元になまめかしい鎖骨の陰がこごる。
絹のすべる音を耳にすると、もう岬の体の奥に疼きが生まれるような錯覚さえしてくる。
「立ってないで、こちらにおいで」
寝所の褥に今代は胡座をかいていた。手招かれ、岬はその傍らに座った。
襟元を掴まれ、乱暴に引き寄せられる。
「こん……っ!」
今代は岬の唇に噛みつくように貪った。
一瞬うろたえるも、岬は今代の気ままな舌と唇の動きにあわせ、自らも応えた。
ひちゃり、と粘ついた音がたがいの耳に届く。間近の今代は猫のように目を細め、口腔の交わりを楽しむ。淫蕩な気配をふりまいて。
「……は」
「いつまでも、慣れないね。可愛らしくもあるけれど」
今代の手は襟元から項へ滑り、耳朶をかすめる。薄い皮膚のつながりを辿り、こめかみと髪の生え際を指先が遊んだ。
夜陰に紛れて今代の寝所に侍るのは、もう何年も続いている。
子をなすよう命じられ、すぐに岬は今代が用意した一族の女を抱いた。
十月十日のち、尚人が生まれた。
閨を共にした女の顔も末路も、岬は知らない。
幼子が「知らなくていい」と言ったからだ。
もう生きてさえいないかもしれないが、岬には興味の外であった。
幼子が少年になり、精通を迎えたのは、岬が十九の時だった。
現人神は淫技に長け、それまで夜毎自らの指で舌で、玩具で翻弄していた岬を、ついに抱いた。
六歳も年長でありながら、寝所で岬は啼き叫んだ。あまりの快楽に。
今までは文字通り「可愛がられて」いただけなのだと、身をもって思い知る。
現人神のもたらす快楽は底なし沼のように岬を引きずりこみ、それは夜明けまで及んだのだった。
「昼間どれだけつれなくても、夜はこんなに素直だ。準備までして、もう欲しいの?」
「……欲し、です…あっ……」
「いい子」
体格こそ勝っていても、主導権を常に握っているのは今代だ。いいように玩弄し、貫き、岬を啼かせる。何度法悦を与えられても飽きることなく、深々と岬をえぐり、離さない。
「ひ、あ!」
股を割られ、下肢に及ぶ指はあくまで、優しい。けれど容赦なく岬の弱いところを暴きたて、熱をため込ませていく。
初めて後腔で快楽を教え込まれて、三年。
今代の手が及ばぬ箇所はもはや無い。夜じゅう、自らの肌と夜着の絹が高く音をたてるのを何度耳にしただろう。女のような、みっともない喘ぎや懇願を何度繰り返しただろう。
それでも岬を満たすのは、魂魄をまるごとねぶられるような、淫猥で圧倒的な悦びなのだ。
乱れれば乱れるほどに、今代は愉悦に笑み、愛撫の手をなお深くする。
「あああ……!」
大きく脚を開かされた同時に、灼熱に貫かれる。
待ち望んだ瞬間だった。肉の隘路を押し開かれ、果てのない波が理性をさらう。他の誰がそんなものを呉れるだろうか。
「庚様……っ」
普段は秘する現人神の名を、箍が外れたように呼ぶのを止められない。
岬が閨でこらえきれずに零すそれを、今代は喜んでいるように見えた。
闇と性のしたたる寝所で、頬や肌のうっすら紅潮した現人神はいっそう艶めく。体のどこよりも熱くなった肉茎をつきいれ、体をゆらめかせて岬を翻弄し、己の肉欲すら余興であるように愉しんでいる。
「もう少し、先にするよ」
「あ、あ……なに……」
淫蕩にかすんでいた岬の瞳が一瞬、揺らぐ。
「その方が愉しめるからね」
「……尚人、ですか……?」
岬は息子の名を口にした時、僅かに哀しむような、惜しむような表情になった。
「そう。岬とはまた違う、可愛い子」
「は、……うぅんっ」
だがそれも束の間で、深く突きたてられ息が詰まる。同時にしびれるような淫楽が脳髄まで駆け巡る。
「引っ込み思案で、奥ゆかしくて、それでいて……僕や岬から離れられない、可愛い子」
だから、待つことにするんだ。
今代は眼下の岬に「もう少し、お預けだよ」と言い、律動を早めた。
「あ、ああ……庚様っ!」
「残念だった? でも、果実は熟れて、枝から落ちる寸前が一番おいしいからね」
あの子はまだまだ、実ったばかり。
早熟の実をもぐのも悪くはないけれど、取っておくほどに、あれは甘く美味になる。
今代は楽しみだ、と囁く。
「とても、楽しみだね。岬」
「……はい、庚様……」
岬の淫ら極まりない声は夜陰に紛れ、健やかな眠りにつく子の耳に届くことはなかった。
風呂場で今代様の背中を流した尚人は、食後、心ゆくまで父の似顔絵を画用紙に描き込んで、すぐに眠りに落ちた。
添い寝をしていた岬は、そろりと身を起こすと、寝室から抜け出した。
障子を閉めれば、庭に面した廊下にすぐ行き着き、月光がやわらかに差し込んでいる。
首都の夜は昨今人工の光で賑々しいが、山間の神蔵では夜は未だ、天体たちの独壇場である。空を仰げば、やや肥えた半月が蒼く冴え、星々を従えている。
夜半を回れば、御殿もひっそりと静まりかえる。
浴衣姿の岬は足音ひそやかに回廊を渡り、最奥の座敷の前まで辿り着いた。
声をかける前に、すぅっと障子が開く。
誰も、開ける手はない。ひとりで開いたのだ。
その不可思議を岬は驚くでもなく、するりと座敷に入る。
「尚人は眠ったの?」
「はい。疲れたのでしょう。ずいぶん一生懸命でしたから」
「宿題に?」
「あなたのお世話に、です」
ふふ、と今代の声は忍びやかだ。
岬が入室したのは今代の居室だった。どこよりも手間と時間をかけて作られた、現人神の座所である。
書院作りの座敷にさりげなく配された調度、花器の花一輪とて美しく調和する空間だ。
明かりはオイルランプが一基。長く優美な漆塗りの脚の上に蕾を模した火屋が据えられ、細く絞られた明かりに、あたりの陰影がゆらめく。
闇に慣れた岬は今代の笑みまではっきりと見ることができた。
「またこんなものを持ち出して……どこにあったんです?」
「蔵さ。尚人と隠れ鬼をしていて見つけたんだよ。灯明や電灯よりこちらのほうがいい」
洋装好きの今代も、夜には寝衣の襦袢を纏う。さらした首元になまめかしい鎖骨の陰がこごる。
絹のすべる音を耳にすると、もう岬の体の奥に疼きが生まれるような錯覚さえしてくる。
「立ってないで、こちらにおいで」
寝所の褥に今代は胡座をかいていた。手招かれ、岬はその傍らに座った。
襟元を掴まれ、乱暴に引き寄せられる。
「こん……っ!」
今代は岬の唇に噛みつくように貪った。
一瞬うろたえるも、岬は今代の気ままな舌と唇の動きにあわせ、自らも応えた。
ひちゃり、と粘ついた音がたがいの耳に届く。間近の今代は猫のように目を細め、口腔の交わりを楽しむ。淫蕩な気配をふりまいて。
「……は」
「いつまでも、慣れないね。可愛らしくもあるけれど」
今代の手は襟元から項へ滑り、耳朶をかすめる。薄い皮膚のつながりを辿り、こめかみと髪の生え際を指先が遊んだ。
夜陰に紛れて今代の寝所に侍るのは、もう何年も続いている。
子をなすよう命じられ、すぐに岬は今代が用意した一族の女を抱いた。
十月十日のち、尚人が生まれた。
閨を共にした女の顔も末路も、岬は知らない。
幼子が「知らなくていい」と言ったからだ。
もう生きてさえいないかもしれないが、岬には興味の外であった。
幼子が少年になり、精通を迎えたのは、岬が十九の時だった。
現人神は淫技に長け、それまで夜毎自らの指で舌で、玩具で翻弄していた岬を、ついに抱いた。
六歳も年長でありながら、寝所で岬は啼き叫んだ。あまりの快楽に。
今までは文字通り「可愛がられて」いただけなのだと、身をもって思い知る。
現人神のもたらす快楽は底なし沼のように岬を引きずりこみ、それは夜明けまで及んだのだった。
「昼間どれだけつれなくても、夜はこんなに素直だ。準備までして、もう欲しいの?」
「……欲し、です…あっ……」
「いい子」
体格こそ勝っていても、主導権を常に握っているのは今代だ。いいように玩弄し、貫き、岬を啼かせる。何度法悦を与えられても飽きることなく、深々と岬をえぐり、離さない。
「ひ、あ!」
股を割られ、下肢に及ぶ指はあくまで、優しい。けれど容赦なく岬の弱いところを暴きたて、熱をため込ませていく。
初めて後腔で快楽を教え込まれて、三年。
今代の手が及ばぬ箇所はもはや無い。夜じゅう、自らの肌と夜着の絹が高く音をたてるのを何度耳にしただろう。女のような、みっともない喘ぎや懇願を何度繰り返しただろう。
それでも岬を満たすのは、魂魄をまるごとねぶられるような、淫猥で圧倒的な悦びなのだ。
乱れれば乱れるほどに、今代は愉悦に笑み、愛撫の手をなお深くする。
「あああ……!」
大きく脚を開かされた同時に、灼熱に貫かれる。
待ち望んだ瞬間だった。肉の隘路を押し開かれ、果てのない波が理性をさらう。他の誰がそんなものを呉れるだろうか。
「庚様……っ」
普段は秘する現人神の名を、箍が外れたように呼ぶのを止められない。
岬が閨でこらえきれずに零すそれを、今代は喜んでいるように見えた。
闇と性のしたたる寝所で、頬や肌のうっすら紅潮した現人神はいっそう艶めく。体のどこよりも熱くなった肉茎をつきいれ、体をゆらめかせて岬を翻弄し、己の肉欲すら余興であるように愉しんでいる。
「もう少し、先にするよ」
「あ、あ……なに……」
淫蕩にかすんでいた岬の瞳が一瞬、揺らぐ。
「その方が愉しめるからね」
「……尚人、ですか……?」
岬は息子の名を口にした時、僅かに哀しむような、惜しむような表情になった。
「そう。岬とはまた違う、可愛い子」
「は、……うぅんっ」
だがそれも束の間で、深く突きたてられ息が詰まる。同時にしびれるような淫楽が脳髄まで駆け巡る。
「引っ込み思案で、奥ゆかしくて、それでいて……僕や岬から離れられない、可愛い子」
だから、待つことにするんだ。
今代は眼下の岬に「もう少し、お預けだよ」と言い、律動を早めた。
「あ、ああ……庚様っ!」
「残念だった? でも、果実は熟れて、枝から落ちる寸前が一番おいしいからね」
あの子はまだまだ、実ったばかり。
早熟の実をもぐのも悪くはないけれど、取っておくほどに、あれは甘く美味になる。
今代は楽しみだ、と囁く。
「とても、楽しみだね。岬」
「……はい、庚様……」
岬の淫ら極まりない声は夜陰に紛れ、健やかな眠りにつく子の耳に届くことはなかった。
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