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陸 ※
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夜が来る。
誰にも等しく安寧をもたらすかと思えば、闇へと引きずり込む。
ひとたび落ちれば、果てがなく、底がなく。
堪らなく淫靡で爛れた背徳が、その身を犯す。
他ならぬ、現人神の手によって。
※
尚人はそっと、息を吐いた。どきどきと、胸の鼓動が収まらない。
「緊張してる?」
「い、いいえ……っ、あの、……はい。少し」
白い夜着に袖を通した尚人は、首を横に振ろうとしたが、やがて小さく頷いた。
「少し?」
「……すごく、してます」
正座し、膝上にある手が拳を作った。
尚人がいるのは、神蔵の邸宅の最奥。幼い頃から何度も入ることを許された、現人神の座所の、さらに奥。
そこは一組の布団が敷かれた寝室だった。
ほの暗い室内で、明かりは部屋の端に置かれたオイルランプだけだが、今はありがたい。
きっと尚人の顔は真っ赤になっている。
「ふふ、可愛い」
尚人は布団の端に申し訳なさそうに座っているが、向かいの相手は艶冶に笑む。
今代は人の齢では二十二歳。幼年から妖しいまでに美しかったが、成人を越えると磨きがかかり、満開の花王のごとき艶やかさである。
異能も冴えに冴え、ふと零した言葉が日ノ本の政財界を揺るがすこともある。
先日など、「女王の国で一悶着が起きる。あちらの資産を引き上げておきなさい」と尚人の学校の課題を手伝いがてら今代は宣った。
尚人はすぐさま当主へそれを伝えた。父から「今代様の先見の言葉は当主様に伝えるように」と言われていた。
数日後、海の向こうのとある国で政治的クーデターが勃発した。老女王の崩御をきっかけに王族と民衆が対立し、女王の国で盛んだった世界金融市場が大いに動揺。日ノ本へも影響は避けられなかったが、損失は最小限で済んだという。
現人神の先見がもたらされると、時に黒塗りの高級車が御殿へ列をなし、ものものしいスーツの男たちが出入りする。そうした来客は度々あることで、その群れの中の誰かが新聞やテレビの画面に映しだされることがあった。きっとあれは、政府の要人や高官だったのだろう。
今代の異能は日ノ本の舵取りに多大なる影響力を有しているのだ。
かと思えば。
「明日、茶虎の子猫が御殿に迷いこんでくる。尚人に似てて可愛いよ」
等という先見を尚人に授けたりもする。翌日その通りに子猫が姿を見せ、ひとしきり今代の目を楽しまて終わった。
先見の精度やさじ加減を今代に求める莫迦はいない。今代は些細な事から世間をゆるがす大事まで、いちいちを気にするそぶりもない。
見えたものをさらりと投げて寄越すだけ。それをどう処理するかはすべて神蔵の当主に一任されている。
「信じられないくらいです」
「うん?」
「僕が、その……」
神蔵の御殿、最奥の寝所。
これまでも寂しさに堪えかねて、潜り込んだ場所ではあった。
かの人はいつでも布団をめくり上げて、腕枕をし、時には幼い尚人が寝つくまで抱きしめ、寝物語を語ってくれた。
その相手と、全く違う夜をこれから過ごす。
「今からそんなに緊張してたら、体が持たないよ?」
尚人はあの時のような子供ではない。明日で十六になる。
神蔵の集落に住まう者として、現人神の今代様に望まれたなら、たとえそれが死でも喜んで実行しなければならない。
「なに、死ぬわけじゃない」
尚人の心を読んだように、今代は呟く。
「ただ死ぬほど気持ちよくて、やめないでって尚人が言うことになるかもしれないけれど」
今代は、すでに完成された大人であった。生まれた時からそばにいるが、そもそも今代が十六歳の時と今の尚人ですらあまりに違いすぎる。なまめく白い膚、常に尚人には笑みを浮かべるかんばせ。時折、直視するのが眩しいくらいだ。
比べて尚人はどうだ。体格の良い父に似ず、背もあまり伸びない。学校では美術部で絵を描いてばかりで、ひょろりと頼りない。今代は細身ながらもしっかりと筋肉もあり、均整が取れている。
「準備、してきたんでしょう」
「……はい」
それはもう恥ずかしいほど入念に。
晩生の尚人は誰とも触れあったことがなかったのに、いきなり初体験、しかも同性を受け入れる準備をしなければならなかった。
「嫌? やめる?」
そんなつもりは毛ほどもないくせに、今代は問うてくる。それは尚人の意思を確かめるようでいて、嬲るようでもあった。
今代の意図を長年のつきあいで感じとってはいても、尚人は否を唱えることはできない。
「いやじゃない、です」
尚人も心の奥底では望んでいるからだ。
「……今代様の、御心のままに」
今代は頷き、尚人を引き寄せた。
力強く引っ張られ、あっという間に組み敷かれる形になった。ふっと鼻腔をくすぐるのは今代が好む香水の香り。
無邪気にそれをいい匂いだと、身を任せていた日常が、遠のく。
同じ果実の香りでありながら、がらりと変わることがあるのだと、その時尚人は感じた。
熟れた果実が、今にも枝から落ちんばかりの、爛熟した香りだ。
「口を開けて」
「ふっ…ぁ……」
唇をついばまれたのは一瞬、驚いたように開けた隙間からぬるりと舌が入りこんできた。
「ん、ん……! んぁぅっ」
口づけももちろん、初めてだった。
否応なく絡めとられ、耳をふさぎたくなるような水音が尚人と、今代の口元からこぼれる。
息苦しくなったところで今代が離れた。
頭がぼんやりして、体に力が入らない。飲んだことのない酒に酔うとはこんな感覚になるのだろうか。
「あ、は……あっ」
今代はたびたび口づけを繰り返しながら、指を滑らせた。尚人はそのたびに声が漏れ出る。
はだけた肩から胸元をたどるように指が遊ぶ。仰臥した尚人は今代が自分の体を開いていくのを見上げることしかできない。未知の感覚が泡のように生まれ、羞恥とせめぎ合う。
肩口から鎖骨、胸の突起をやわらかく撫であげた時、尚人は思わず「ひあっ」と悲鳴をあげた。
「ああ、尚人はここが好き?」
「ちが……あ、あ、知らない! す、好きじゃない……っ」
意識したこともない肉の粒をつまみあげられ、指の腹でやわやわとこすられる。それだけで腰が震えた。
「気持ちいい、ね?」
もう、知らないとは言わせないばかりに。
それは快楽だと今代が断じる。
「あ、……今代、様っ」
「ちゃんと、口に出して言うんだよ、尚人。気持ちがいい。してほしかったら、もっと、てね」
「あぁ、あっ!」
「ほら、尚人」
甘えるように、咎めるように。子供の時から聞いていた、妙なる声音。
尚人を呼ぶ声はやわらかく、優しい。
けれどもその持ち主は秘めていた尚人の性感を暴き、請い、ねだれと命じる。
片手は胸に。もう片方の手によって帯はほどかれ、前があらわにされた。今代の指はさらに秘された場所、立ち上がっていた尚人自身を捉えた。
「下着も履かせてもらえなかったの?」
「だ、だって……!」
「そう教わった? もう、素直すぎるなぁ」
「あ、あ! そこは……っ」
「だめじゃない」
尚人は自分が涙を流していることも、開きっぱなしの口から涎が垂れていることも気づかなかった。
今代のもたらす嵐のような快感にただただ翻弄され、呼吸と悲鳴交じりの喘ぎを零すことしかできない。
ぬめる音が耳まで届く。同時にとろけるような熱が下肢から腹、脊髄をかけのぼる。
「尚人」
「あ、……ち、いい…っ」
「聞こえない」
茎の先をくじられ、胸の粒がきゅぅ、と捻られた時、尚人ははっきりと、己の快楽を認めた。
「気持ち、いい……もっと……!」
「……いい子」
現人神はぺろりと己が唇を湿らせた。
誰にも等しく安寧をもたらすかと思えば、闇へと引きずり込む。
ひとたび落ちれば、果てがなく、底がなく。
堪らなく淫靡で爛れた背徳が、その身を犯す。
他ならぬ、現人神の手によって。
※
尚人はそっと、息を吐いた。どきどきと、胸の鼓動が収まらない。
「緊張してる?」
「い、いいえ……っ、あの、……はい。少し」
白い夜着に袖を通した尚人は、首を横に振ろうとしたが、やがて小さく頷いた。
「少し?」
「……すごく、してます」
正座し、膝上にある手が拳を作った。
尚人がいるのは、神蔵の邸宅の最奥。幼い頃から何度も入ることを許された、現人神の座所の、さらに奥。
そこは一組の布団が敷かれた寝室だった。
ほの暗い室内で、明かりは部屋の端に置かれたオイルランプだけだが、今はありがたい。
きっと尚人の顔は真っ赤になっている。
「ふふ、可愛い」
尚人は布団の端に申し訳なさそうに座っているが、向かいの相手は艶冶に笑む。
今代は人の齢では二十二歳。幼年から妖しいまでに美しかったが、成人を越えると磨きがかかり、満開の花王のごとき艶やかさである。
異能も冴えに冴え、ふと零した言葉が日ノ本の政財界を揺るがすこともある。
先日など、「女王の国で一悶着が起きる。あちらの資産を引き上げておきなさい」と尚人の学校の課題を手伝いがてら今代は宣った。
尚人はすぐさま当主へそれを伝えた。父から「今代様の先見の言葉は当主様に伝えるように」と言われていた。
数日後、海の向こうのとある国で政治的クーデターが勃発した。老女王の崩御をきっかけに王族と民衆が対立し、女王の国で盛んだった世界金融市場が大いに動揺。日ノ本へも影響は避けられなかったが、損失は最小限で済んだという。
現人神の先見がもたらされると、時に黒塗りの高級車が御殿へ列をなし、ものものしいスーツの男たちが出入りする。そうした来客は度々あることで、その群れの中の誰かが新聞やテレビの画面に映しだされることがあった。きっとあれは、政府の要人や高官だったのだろう。
今代の異能は日ノ本の舵取りに多大なる影響力を有しているのだ。
かと思えば。
「明日、茶虎の子猫が御殿に迷いこんでくる。尚人に似てて可愛いよ」
等という先見を尚人に授けたりもする。翌日その通りに子猫が姿を見せ、ひとしきり今代の目を楽しまて終わった。
先見の精度やさじ加減を今代に求める莫迦はいない。今代は些細な事から世間をゆるがす大事まで、いちいちを気にするそぶりもない。
見えたものをさらりと投げて寄越すだけ。それをどう処理するかはすべて神蔵の当主に一任されている。
「信じられないくらいです」
「うん?」
「僕が、その……」
神蔵の御殿、最奥の寝所。
これまでも寂しさに堪えかねて、潜り込んだ場所ではあった。
かの人はいつでも布団をめくり上げて、腕枕をし、時には幼い尚人が寝つくまで抱きしめ、寝物語を語ってくれた。
その相手と、全く違う夜をこれから過ごす。
「今からそんなに緊張してたら、体が持たないよ?」
尚人はあの時のような子供ではない。明日で十六になる。
神蔵の集落に住まう者として、現人神の今代様に望まれたなら、たとえそれが死でも喜んで実行しなければならない。
「なに、死ぬわけじゃない」
尚人の心を読んだように、今代は呟く。
「ただ死ぬほど気持ちよくて、やめないでって尚人が言うことになるかもしれないけれど」
今代は、すでに完成された大人であった。生まれた時からそばにいるが、そもそも今代が十六歳の時と今の尚人ですらあまりに違いすぎる。なまめく白い膚、常に尚人には笑みを浮かべるかんばせ。時折、直視するのが眩しいくらいだ。
比べて尚人はどうだ。体格の良い父に似ず、背もあまり伸びない。学校では美術部で絵を描いてばかりで、ひょろりと頼りない。今代は細身ながらもしっかりと筋肉もあり、均整が取れている。
「準備、してきたんでしょう」
「……はい」
それはもう恥ずかしいほど入念に。
晩生の尚人は誰とも触れあったことがなかったのに、いきなり初体験、しかも同性を受け入れる準備をしなければならなかった。
「嫌? やめる?」
そんなつもりは毛ほどもないくせに、今代は問うてくる。それは尚人の意思を確かめるようでいて、嬲るようでもあった。
今代の意図を長年のつきあいで感じとってはいても、尚人は否を唱えることはできない。
「いやじゃない、です」
尚人も心の奥底では望んでいるからだ。
「……今代様の、御心のままに」
今代は頷き、尚人を引き寄せた。
力強く引っ張られ、あっという間に組み敷かれる形になった。ふっと鼻腔をくすぐるのは今代が好む香水の香り。
無邪気にそれをいい匂いだと、身を任せていた日常が、遠のく。
同じ果実の香りでありながら、がらりと変わることがあるのだと、その時尚人は感じた。
熟れた果実が、今にも枝から落ちんばかりの、爛熟した香りだ。
「口を開けて」
「ふっ…ぁ……」
唇をついばまれたのは一瞬、驚いたように開けた隙間からぬるりと舌が入りこんできた。
「ん、ん……! んぁぅっ」
口づけももちろん、初めてだった。
否応なく絡めとられ、耳をふさぎたくなるような水音が尚人と、今代の口元からこぼれる。
息苦しくなったところで今代が離れた。
頭がぼんやりして、体に力が入らない。飲んだことのない酒に酔うとはこんな感覚になるのだろうか。
「あ、は……あっ」
今代はたびたび口づけを繰り返しながら、指を滑らせた。尚人はそのたびに声が漏れ出る。
はだけた肩から胸元をたどるように指が遊ぶ。仰臥した尚人は今代が自分の体を開いていくのを見上げることしかできない。未知の感覚が泡のように生まれ、羞恥とせめぎ合う。
肩口から鎖骨、胸の突起をやわらかく撫であげた時、尚人は思わず「ひあっ」と悲鳴をあげた。
「ああ、尚人はここが好き?」
「ちが……あ、あ、知らない! す、好きじゃない……っ」
意識したこともない肉の粒をつまみあげられ、指の腹でやわやわとこすられる。それだけで腰が震えた。
「気持ちいい、ね?」
もう、知らないとは言わせないばかりに。
それは快楽だと今代が断じる。
「あ、……今代、様っ」
「ちゃんと、口に出して言うんだよ、尚人。気持ちがいい。してほしかったら、もっと、てね」
「あぁ、あっ!」
「ほら、尚人」
甘えるように、咎めるように。子供の時から聞いていた、妙なる声音。
尚人を呼ぶ声はやわらかく、優しい。
けれどもその持ち主は秘めていた尚人の性感を暴き、請い、ねだれと命じる。
片手は胸に。もう片方の手によって帯はほどかれ、前があらわにされた。今代の指はさらに秘された場所、立ち上がっていた尚人自身を捉えた。
「下着も履かせてもらえなかったの?」
「だ、だって……!」
「そう教わった? もう、素直すぎるなぁ」
「あ、あ! そこは……っ」
「だめじゃない」
尚人は自分が涙を流していることも、開きっぱなしの口から涎が垂れていることも気づかなかった。
今代のもたらす嵐のような快感にただただ翻弄され、呼吸と悲鳴交じりの喘ぎを零すことしかできない。
ぬめる音が耳まで届く。同時にとろけるような熱が下肢から腹、脊髄をかけのぼる。
「尚人」
「あ、……ち、いい…っ」
「聞こえない」
茎の先をくじられ、胸の粒がきゅぅ、と捻られた時、尚人ははっきりと、己の快楽を認めた。
「気持ち、いい……もっと……!」
「……いい子」
現人神はぺろりと己が唇を湿らせた。
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