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第二部 月、囲われる
再訪
蕭炎の執務は、皇帝になってからより多くなっていた。外交、内政、軍事――全てが蕭炎の判断を必要とした。蕭炎はそれらを、淡々とこなした。完璧に。
月璃は、その全てに付き添った。
朝から夜まで。外廷へも、内廷へも。蕭炎が動けば、月璃も動いた。
月璃の世界は、蕭炎の動く範囲と、ほぼ一致していた。
清然がふたたび宮廷を訪れることが告げられたのは、そんなある朝のことだった。
外交上の用件があるという。前回の交易路の協議の続きだった。
蕭炎はその知らせを、報告書の中で確認した。
顧清然。
その名前を、目で追った。
一瞬だけ――何かが、蕭炎の中で動いた。
動いたことを、蕭炎はすぐに押さえた。
「わかった。準備を進めろ」
臣下に命じた。
いつもと同じ声だった。
その日の午後、蕭炎は月璃に告げた。
「外交の客人が来る」
蕭炎は書類を見たまま言った。
「滞在中、客人には近づくな」
月璃は少し、間を置いた。
「……どなたですか」
「顧清然だ」
また、間があった。
「わかりました」
それだけだった。
月璃は問わなかった。なぜ近づいてはいけないのか、と。問うても変わらないとわかっているからだった。
ただ、「わかりました」と言った。
蕭炎はその答えを聞いて、書類に目を戻した。
月璃が退室した。
扉が閉まった後、蕭炎は書類を読んだ。読み続けた。
――近づくな。
自分が言った言葉を、頭の中で繰り返した。
なぜそう命じたのか。
清然は外交の客人だ。近侍が直接関わる場面は、もともと少ない。わざわざ命じる必要はなかった。
しかし命じた。
――なぜ。
答えは、出さなかった。
出す必要がない、ということにした。
清然が宮廷に入ったのは、三日後の午後だった。
外交の迎えの場が設けられた。蕭炎は皇帝として臨んだ。
清然が入ってきた。
前回と変わらない歩き方だった。急がない。しかし遅くもない。周囲を見ながら歩いている。
蕭炎を見た。
「ご即位、おめでとうございます」
「ああ」
短い挨拶だった。清然の目は、前回と同じだった。値踏みの色がない。ただ、見ている。
しかし今回の蕭炎には――その穏やかな目が、前回より、引っかかった。
前回は「読めない人間だ」と判断した。
今回は――その穏やかさの意味を、蕭炎は知っている。
この人間は、誰に対しても対等に接する。誰に対しても、声をかける。
月璃に対しても。
――大切にしてやれ。
あの言葉が、頭の中に残っていた。
蕭炎は表情を変えなかった。
会談を始めた。
会談は滞りなく進んだ。
清然は有能だった。前回より詳細な資料を持参していた。話し合いは実務的で、感情的にならず、しかし融通も利く。
蕭炎は清然の言葉を聞きながら、観察していた。
この人間が――月璃に声をかけた人間が――今、目の前にいる。
観察しながら、蕭炎は何かを確かめようとしていた。
何を確かめたいのか、言語化しなかった。
ただ、見ていた。
会談が終わった。
清然が立ち上がりながら、ふと言った。
「前回、内廷で少し散策させていただきました。今回もよろしいですか」
蕭炎は一瞬だけ止まった。
「構わない」
答えた。断る理由がなかった。断れば――何かを認めることになる気がした。
清然が頭を下げて、退室した。
蕭炎は清然の背中を見た。
供の者を呼んだ。
「清然の動きを、逐一報告しろ」
低い声で命じた。
供が頷いた。
蕭炎はまた執務に向かった。
何も感じていない顔で。
その日の夕方、清然が内廷を散策した。
月璃は――その時間、執務室にいた。
蕭炎が手放さなかったから。
書類の整理という名目で、執務室に呼ばれていた。書類の整理は、月璃がいなくてもできることだった。しかし蕭炎は、月璃を呼んだ。
月璃は書類を整えながら、窓の外を一度だけ見た。
内廷の庭が、夕方の光に照らされていた。
清然がどこかにいる。
月璃はそれを知っていた。知っていて、窓から目を離した。
「終わったか」
蕭炎が聞いた。
「はい」
「ならばそこにいろ」
「はい」
月璃は命令通り、そこにいた。
窓の外の庭を、もう見なかった。
夜になった。
蕭炎が月璃を求めた。
全てが終わった後、月璃が衣を整えた。
「今夜もここにいろ」
蕭炎が言った。
月璃は頷いた。
横になった。天井を見た。
今夜は――清然が来ている、という事実が、月璃の中にあった。
宮廷のどこかに、清然がいる。
眠れなかった。
眠れない理由が、いつもと少し違った。
いつもは――眠れない理由が、なかった。ただ眠れなかった。しかし今夜は――何かがある。
その「何か」が何なのか、月璃にはまだ、わからなかった。
ただ、清然がいる、という事実だけが、暗い天井の向こうにあった。
月璃は、その全てに付き添った。
朝から夜まで。外廷へも、内廷へも。蕭炎が動けば、月璃も動いた。
月璃の世界は、蕭炎の動く範囲と、ほぼ一致していた。
清然がふたたび宮廷を訪れることが告げられたのは、そんなある朝のことだった。
外交上の用件があるという。前回の交易路の協議の続きだった。
蕭炎はその知らせを、報告書の中で確認した。
顧清然。
その名前を、目で追った。
一瞬だけ――何かが、蕭炎の中で動いた。
動いたことを、蕭炎はすぐに押さえた。
「わかった。準備を進めろ」
臣下に命じた。
いつもと同じ声だった。
その日の午後、蕭炎は月璃に告げた。
「外交の客人が来る」
蕭炎は書類を見たまま言った。
「滞在中、客人には近づくな」
月璃は少し、間を置いた。
「……どなたですか」
「顧清然だ」
また、間があった。
「わかりました」
それだけだった。
月璃は問わなかった。なぜ近づいてはいけないのか、と。問うても変わらないとわかっているからだった。
ただ、「わかりました」と言った。
蕭炎はその答えを聞いて、書類に目を戻した。
月璃が退室した。
扉が閉まった後、蕭炎は書類を読んだ。読み続けた。
――近づくな。
自分が言った言葉を、頭の中で繰り返した。
なぜそう命じたのか。
清然は外交の客人だ。近侍が直接関わる場面は、もともと少ない。わざわざ命じる必要はなかった。
しかし命じた。
――なぜ。
答えは、出さなかった。
出す必要がない、ということにした。
清然が宮廷に入ったのは、三日後の午後だった。
外交の迎えの場が設けられた。蕭炎は皇帝として臨んだ。
清然が入ってきた。
前回と変わらない歩き方だった。急がない。しかし遅くもない。周囲を見ながら歩いている。
蕭炎を見た。
「ご即位、おめでとうございます」
「ああ」
短い挨拶だった。清然の目は、前回と同じだった。値踏みの色がない。ただ、見ている。
しかし今回の蕭炎には――その穏やかな目が、前回より、引っかかった。
前回は「読めない人間だ」と判断した。
今回は――その穏やかさの意味を、蕭炎は知っている。
この人間は、誰に対しても対等に接する。誰に対しても、声をかける。
月璃に対しても。
――大切にしてやれ。
あの言葉が、頭の中に残っていた。
蕭炎は表情を変えなかった。
会談を始めた。
会談は滞りなく進んだ。
清然は有能だった。前回より詳細な資料を持参していた。話し合いは実務的で、感情的にならず、しかし融通も利く。
蕭炎は清然の言葉を聞きながら、観察していた。
この人間が――月璃に声をかけた人間が――今、目の前にいる。
観察しながら、蕭炎は何かを確かめようとしていた。
何を確かめたいのか、言語化しなかった。
ただ、見ていた。
会談が終わった。
清然が立ち上がりながら、ふと言った。
「前回、内廷で少し散策させていただきました。今回もよろしいですか」
蕭炎は一瞬だけ止まった。
「構わない」
答えた。断る理由がなかった。断れば――何かを認めることになる気がした。
清然が頭を下げて、退室した。
蕭炎は清然の背中を見た。
供の者を呼んだ。
「清然の動きを、逐一報告しろ」
低い声で命じた。
供が頷いた。
蕭炎はまた執務に向かった。
何も感じていない顔で。
その日の夕方、清然が内廷を散策した。
月璃は――その時間、執務室にいた。
蕭炎が手放さなかったから。
書類の整理という名目で、執務室に呼ばれていた。書類の整理は、月璃がいなくてもできることだった。しかし蕭炎は、月璃を呼んだ。
月璃は書類を整えながら、窓の外を一度だけ見た。
内廷の庭が、夕方の光に照らされていた。
清然がどこかにいる。
月璃はそれを知っていた。知っていて、窓から目を離した。
「終わったか」
蕭炎が聞いた。
「はい」
「ならばそこにいろ」
「はい」
月璃は命令通り、そこにいた。
窓の外の庭を、もう見なかった。
夜になった。
蕭炎が月璃を求めた。
全てが終わった後、月璃が衣を整えた。
「今夜もここにいろ」
蕭炎が言った。
月璃は頷いた。
横になった。天井を見た。
今夜は――清然が来ている、という事実が、月璃の中にあった。
宮廷のどこかに、清然がいる。
眠れなかった。
眠れない理由が、いつもと少し違った。
いつもは――眠れない理由が、なかった。ただ眠れなかった。しかし今夜は――何かがある。
その「何か」が何なのか、月璃にはまだ、わからなかった。
ただ、清然がいる、という事実だけが、暗い天井の向こうにあった。
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