それを愛とは呼ばなかった

帰り花

文字の大きさ
24 / 47
第二部 月、囲われる

再訪

 蕭炎しょうえんの執務は、皇帝になってからより多くなっていた。外交、内政、軍事――全てが蕭炎の判断を必要とした。蕭炎はそれらを、淡々とこなした。完璧に。
 月璃げつりは、その全てに付き添った。
 朝から夜まで。外廷へも、内廷へも。蕭炎が動けば、月璃も動いた。
 月璃の世界は、蕭炎の動く範囲と、ほぼ一致していた。

 清然しょうぜんがふたたび宮廷を訪れることが告げられたのは、そんなある朝のことだった。
 外交上の用件があるという。前回の交易路の協議の続きだった。
 蕭炎はその知らせを、報告書の中で確認した。
 顧清然こしょうぜん
 その名前を、目で追った。
 一瞬だけ――何かが、蕭炎の中で動いた。
 動いたことを、蕭炎はすぐに押さえた。
「わかった。準備を進めろ」
 臣下に命じた。
 いつもと同じ声だった。

 その日の午後、蕭炎は月璃に告げた。
「外交の客人が来る」
 蕭炎は書類を見たまま言った。
「滞在中、客人には近づくな」
 月璃は少し、間を置いた。
「……どなたですか」
「顧清然だ」
 また、間があった。
「わかりました」
 それだけだった。
 月璃は問わなかった。なぜ近づいてはいけないのか、と。問うても変わらないとわかっているからだった。
 ただ、「わかりました」と言った。
 蕭炎はその答えを聞いて、書類に目を戻した。
 月璃が退室した。
 扉が閉まった後、蕭炎は書類を読んだ。読み続けた。
――近づくな。
 自分が言った言葉を、頭の中で繰り返した。
 なぜそう命じたのか。
 清然は外交の客人だ。近侍が直接関わる場面は、もともと少ない。わざわざ命じる必要はなかった。
 しかし命じた。
――なぜ。
 答えは、出さなかった。
 出す必要がない、ということにした。

 清然が宮廷に入ったのは、三日後の午後だった。
 外交の迎えの場が設けられた。蕭炎は皇帝として臨んだ。
 清然が入ってきた。
 前回と変わらない歩き方だった。急がない。しかし遅くもない。周囲を見ながら歩いている。
 蕭炎を見た。
「ご即位、おめでとうございます」
「ああ」
 短い挨拶だった。清然の目は、前回と同じだった。値踏みの色がない。ただ、見ている。
 しかし今回の蕭炎には――その穏やかな目が、前回より、引っかかった。
 前回は「読めない人間だ」と判断した。
 今回は――その穏やかさの意味を、蕭炎は知っている。
 この人間は、誰に対しても対等に接する。誰に対しても、声をかける。
 月璃に対しても。
――大切にしてやれ。
 あの言葉が、頭の中に残っていた。
 蕭炎は表情を変えなかった。
 会談を始めた。

 会談は滞りなく進んだ。
 清然は有能だった。前回より詳細な資料を持参していた。話し合いは実務的で、感情的にならず、しかし融通も利く。
 蕭炎は清然の言葉を聞きながら、観察していた。
 この人間が――月璃に声をかけた人間が――今、目の前にいる。
 観察しながら、蕭炎は何かを確かめようとしていた。
 何を確かめたいのか、言語化しなかった。
 ただ、見ていた。
 会談が終わった。
 清然が立ち上がりながら、ふと言った。
「前回、内廷で少し散策させていただきました。今回もよろしいですか」
 蕭炎は一瞬だけ止まった。
「構わない」
 答えた。断る理由がなかった。断れば――何かを認めることになる気がした。
 清然が頭を下げて、退室した。
 蕭炎は清然の背中を見た。
 供の者を呼んだ。
「清然の動きを、逐一報告しろ」
 低い声で命じた。
 供が頷いた。
 蕭炎はまた執務に向かった。
 何も感じていない顔で。

 その日の夕方、清然が内廷を散策した。
 月璃は――その時間、執務室にいた。
 蕭炎が手放さなかったから。
 書類の整理という名目で、執務室に呼ばれていた。書類の整理は、月璃がいなくてもできることだった。しかし蕭炎は、月璃を呼んだ。
 月璃は書類を整えながら、窓の外を一度だけ見た。
 内廷の庭が、夕方の光に照らされていた。
 清然がどこかにいる。
 月璃はそれを知っていた。知っていて、窓から目を離した。
「終わったか」
 蕭炎が聞いた。
「はい」
「ならばそこにいろ」
「はい」
 月璃は命令通り、そこにいた。
 窓の外の庭を、もう見なかった。

 夜になった。
 蕭炎が月璃を求めた。
 全てが終わった後、月璃が衣を整えた。
「今夜もここにいろ」
 蕭炎が言った。
 月璃は頷いた。
 横になった。天井を見た。
 今夜は――清然が来ている、という事実が、月璃の中にあった。
 宮廷のどこかに、清然がいる。
 眠れなかった。
 眠れない理由が、いつもと少し違った。
 いつもは――眠れない理由が、なかった。ただ眠れなかった。しかし今夜は――何かがある。
 その「何か」が何なのか、月璃にはまだ、わからなかった。
 ただ、清然がいる、という事実だけが、暗い天井の向こうにあった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

この身を滅ぼすほど、終わらない狂愛を君に─いつもクールな幼馴染みが、最近俺の知らない顔で熱く見つめてくるけど、その瞳が少し怖いんです─

高月 壬黎
BL
【俺様クール後に溺愛攻め×優しい平凡受け×手に入れるためならどんな手段も惜しまないヤンデレ執着依存攻め】 村を魔物に襲われ、命からがら逃げ出した少年・フレデリクを救ったのは、美しくも飄々とした貴族の少年──テオドア・ユートリス。 侯爵家のテオドアの家に拾われ、素っ気ないけど時々優しさを見せてくれる彼と共に暮らす内に、フレデリクは傷ついた心と身体を癒していった。 その十二年後。兄弟のように育った二人は、ギルドの依頼をこなす剣士として、穏やかな日々を過ごしていた。テオドアは相変わらずふてぶてしくて掴み所のない男だったが、フレデリクは彼のことが大好きだった。 しかしそんな二人の関係は、ある日を境に、突然歪み始めてしまう。 数日間の外出から戻ったテオドアは、以前とどこか様子が違っていた。 表情も、言葉遣いも、距離感さえも──まるで「別人」のように。 戸惑うフレデリクだったが、そんな彼を見つめるテオドアの瞳には、どこか歪んだ愛情が滲んでいた。 「──好きだ。フレデリクのことが、どうしようもなく、好きなんだ……」 歪な笑みと、昏い悦びに蕩けた紫紺の瞳。 このテオドアは、本当に自分がよく知る"テオドア"なのだろうか。 フレデリクは彼の変化に違和感を持つ内に、閉ざしていた"あの男"との記憶を、嫌でも思い出すことになっていくのだが──。 終わらない執着の先にあるのは、果たして希望か、絶望か。 三角関係×ヤンデレ×ファンタジー。

【完結】兄様はすこぶる絶好調~愛する弟と番様の結婚に向けて、アルファの貴公子は我が道を行く~

縞々しじま
BL
\オメガが差別されないオメガバース/ 正統派にして最上級のアルファであるジェドリグ・ミカフォニスは、番がいないことで身体が弱いオメガの弟ラディルを何よりも誰よりも愛している 傲慢で優しい彼は、可愛い蜂蜜ちゃん・ラディの運命の伴侶を見つけた 『君には俺を超えてもらわねばならん』 ベータとして生きてきた少年を鍛え上げ大切な2人を出会わせたことで、彼のラディの庇護者としての役目は終わった 当然のことのように養子だった家を離れようとしたら、さあ大変 今度は弟夫夫が黙っちゃいない 自らの幸せを望んでほしいと番作りを願われる アルファとして能力に秀でていながら、番が欲しいと思えずオメガフェロモンに一切動じないジェドリグ そんな彼が出会ったのは、自分を恋い慕ういじらしくて可憐な、ヒートが頻発してしまう小柄なオメガで── 人生を愛する弟に捧げることに何の迷いもなかった貴公子の絶大な愛を巡る話 (アルファ×オメガで完全固定。主人公と血の繋がらない弟の恋愛は一切なし・その気なし。ただし、作中繰り返しミカフォニス兄弟が番う番わないの話が出ます、ご注意ください) ------------------- 2026.05.13 アルファポリスのガイドラインを改めて見直しました [ R-15 ]の性的表現について、【1-3.18歳未満の登場人物の性行為が書かれているもの。】に該当するためレーディングを見直しました 直接的な性行為描写こそ控えておりますが、全体的に性的な雰囲気があり規定違反だと判断しました 途中での閲覧範囲変更を心よりお詫び申し上げます

俺以外を見るのは許さないから

朝飛
BL
赤池凌平は、成瀬真介と出会い、緩やかに親交を深めてやがて恋人同士になるのだったが、時折違和感を抱いていた。  その違和感の正体が明らかになる時には、もう何もかも手遅れになってしまい……。 (女性と付き合うシーンもあります。) ※ネオページ、エブリスタにも同時掲載中。マイペースに更新します。

おバカでビッチなオメガが、表向きスパダリイケメンだけど本当は腹黒執着ストーカーアルファにつかまって、あっという間にしまわれちゃう話

トオノ ホカゲ
BL
おバカでビッチなオメガ・藤森有は、ある日バイト先のカフェで超ハイスぺイケメンの男を見つける。その男・一ノ瀬海斗は弁護士で年収2000万(推定)、顔は超イケメンで高身長の細マッチョ、しかも紳士で優しいという完璧さ。有は無理を承知でアタックをかけるが、なぜだかするすると物事はうまく運び――?   

陰日向から愛を馳せるだけで

麻田
BL
 あなたに、愛されたい人生だった…――  政略結婚で旦那様になったのは、幼い頃、王都で一目惚れした美しい銀髪の青年・ローレンだった。  結婚式の日、はじめて知った事実に心躍らせたが、ローレンは望んだ結婚ではなかった。  ローレンには、愛する幼馴染のアルファがいた。  自分は、ローレンの子孫を残すためにたまたま選ばれただけのオメガに過ぎない。 「好きになってもらいたい。」  …そんな願いは、僕の夢でしかなくて、現実には成り得ない。  それでも、一抹の期待が拭えない、哀れなセリ。  いつ、ローレンに捨てられてもいいように、準備はしてある。  結婚後、二年経っても子を成さない夫婦に、新しいオメガが宛がわれることが決まったその日から、ローレンとセリの間に変化が起こり始める…  ―――例え叶わなくても、ずっと傍にいたかった…  陰日向から愛を馳せるだけで、よかった。  よかったはずなのに…  呼ぶことを許されない愛しい人の名前を心の中で何度も囁いて、今夜も僕は一人で眠る。 ◇◇◇  片思いのすれ違い夫婦の話。ふんわり貴族設定。  二人が幸せに愛を伝えあえる日が来る日を願って…。 セリ  (18) 南方育ち・黒髪・はしばみの瞳・オメガ・伯爵 ローレン(24) 北方育ち・銀髪・碧眼・アルファ・侯爵 ◇◇◇  50話で完結となります。  お付き合いありがとうございました!  ♡やエール、ご感想のおかげで最後まではしりきれました。  おまけエピソードをちょっぴり書いてますので、もう少しのんびりお付き合いいただけたら、嬉しいです◎  また次回作のオメガバースでお会いできる日を願っております…!

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

【完結】束縛彼氏から逃げたのに、執着が想像以上に重すぎた

鱗。
BL
束縛の強い恋人、三浦悠真から逃げた風間湊。 逃げた先で出会ったのは、優しく穏やかな占い師、榊啓司だった。 心身を癒やされ、穏やかな日常を取り戻したかに見えた——はずだった。 だが再び現れた悠真の執着は、かつてとは比べ物にならないほど歪んでいて。 そして気付く。 誰のものにもなれないはずの自分が。 『壊れていく人間』にしか愛を見出せないということに。 依存、執着、支配。 三人の関係は、やがて取り返しのつかない形へと崩れていく。 ——これは、『最も壊れている人間』が愛を選び取る物語。 逃げた先にあったのは、『もっと歪んだ愛』だった。 【完結済み】

断罪回避のはずが、第2王子に捕まりました

ちとせ
BL
美形王子×容姿端麗悪役令息  ——これ、転生したやつだ。 5歳の誕生日、ノエル・ルーズヴェルトは前世の記憶を取り戻した。 姉が夢中になっていたBLゲームの悪役令息に転生したノエルは、最終的に死罪かそれ同等の悲惨な結末を迎える運命だった。 そんなの、絶対に回避したい。 主人公や攻略対象に近づかず、目立たずに生きていこう。 そう思っていたのに… なぜか勝手に広まる悪評に、むしろ断罪ルートに近づいている気がする。 しかも、関わるまいと決めていた第2王子・レオンには最初は嫌われていたはずなのに、途中からなぜかグイグイ迫られてる。 「お前を口説いている」 「俺が嫉妬しないとでも思った?」 なんで、すべてにおいて完璧な王子が僕にそんなことを言ってるの…?  断罪回避のはずが、いつの間にか王子に捕まり、最後には溺愛されるお話です。 ※しばらく性描写はないですが、する時にはガッツリです