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第一部 運命
漏れ出すもの
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無事体育祭が終わり、冬が近づくにつれ、空気が重くなっていた。
気温のせいではない。
九条月那の体調が、明らかにおかしくなっている。
最初は、黒瀬だけが気づいた。
授業中。
月那のシャツの首元が、じんわりと湿っている。
もう秋の終わりだ。 暑いはずがない。
だが彼の肌は、常にわずかに赤い。
呼吸も、浅い。
ペンを持つ指先が震えている。
「……大丈夫か」
昼休み、黒瀬は低く声をかけた。
月那は顔を上げる。
目が、少し潤んでいる。
「うん、平気」
平気なはずがない。
近づいた瞬間。
――強い。
以前より、はっきりと。
甘い。
湿った甘さ。
喉の奥がひりつく。
胸の奥が、ざわりと波立つ。
黒瀬は反射的に距離を取る。
理屈じゃない。
近づきすぎると、何かが外れそうになる。
「顔、熱いぞ」
無意識に手を伸ばしかけて、止めた。
触れたらまずい。
何が、とは説明できない。
だが本能が警告している。
月那は机に手をつき、ゆっくり息を吸う。
「ちょっと……暑いだけ」
暑い。
それだけのはずなのに。
教室の何人かが、落ち着かない様子で視線を泳がせている。
空気が変わっている。
理由は分からないが、全員が微妙にそわそわしている。
その中心にいるのが、月那だ。
後ろの席から、椅子が引かれる音がした。
陽臣。
ゆっくり立ち上がる。
表情は変わらない。
だが視線だけが、鋭くなる。
「保健室、行こう」
声は穏やかだ。
だが拒否の余地を与えない響きがある。
月那は立ち上がる。
その瞬間。
甘さが、ふわりと強まった。
黒瀬の視界が、一瞬揺れる。
呼吸が荒くなる。
何だこれ。
鼓動が早い。
指先に力が入る。
本能が言っている。
近づけ。 触れろ。 確かめろ。
理性が、それを押し返す。
ふざけんな。 ただのクラスメイトだ。
なのに。
月那が一歩踏み出した瞬間、 黒瀬の足が無意識に動きかけた。
それを、止めたのは視線だった。
陽臣。
冷たい目。
怒りではない。 警告だ。
――越えるな。
その無言の圧に、黒瀬は歯を食いしばる。
分かっている。
分かっているのに。
身体が、言うことをきかない。
月那が教室を出る。
甘い気配が遠ざかる。
途端に、呼吸が楽になる。
教室の空気も、わずかに落ち着く。
黒瀬は机を強く握った。
汗がにじむ。
自分の手だ。
月那じゃない。
自分が、反応している。
何だよ、これ。
もし今、誰も止めなかったら。
自分は一歩、踏み出していたかもしれない。
恋? 違う。
衝動。 もっと原始的なもの。
放課後。
保健室の前で、黒瀬は立ち止まる。
自分でも理由が分からない。
ただ、確認したい。
扉が開いて、 陽臣が出てくる。
月那は奥にいるらしい。
陽臣と視線がぶつかる。
静かだ。
だが、張り詰めている。
「大丈夫か」
黒瀬は問う。
陽臣は一拍置いて答える。
「大したことない」
嘘だ。
分かる。
あれは“大したことない”匂いじゃない。
陽臣の目が、わずかに細くなる。
「黒瀬」
名前を呼ばれる。
低い声。
「近づきすぎない方がいい」
穏やかだ。
だがそこには、はっきりとした線が引かれている。
黒瀬は、笑った。
「何で」
陽臣は答えない。
ただ見つめる。
その目の奥にあるものを、黒瀬は初めて見る。
焦り。 ほんのわずかな。
近づきすぎない方がいい
それは警告というより、祈りに近かった。
それを見た瞬間。
黒瀬の中で、何かが確信に変わる。
――こいつ、分かってる。
九条の変化を。 この甘さを。
そして。 自分が反応していることも。
黒瀬は背を向ける。
呼吸がまだ荒い。
胸の奥が熱い。
奪いたいわけじゃない。
壊したいわけでもない。
ただ、あの熱の正体を、知りたい。
九条月那が、何なのか。
そして、自分が何なのか。
廊下の窓から、冷たい夕暮れの光が差し込む。
世界は変わっていない。
だが確実に、何かが、限界に近づいていた。
気温のせいではない。
九条月那の体調が、明らかにおかしくなっている。
最初は、黒瀬だけが気づいた。
授業中。
月那のシャツの首元が、じんわりと湿っている。
もう秋の終わりだ。 暑いはずがない。
だが彼の肌は、常にわずかに赤い。
呼吸も、浅い。
ペンを持つ指先が震えている。
「……大丈夫か」
昼休み、黒瀬は低く声をかけた。
月那は顔を上げる。
目が、少し潤んでいる。
「うん、平気」
平気なはずがない。
近づいた瞬間。
――強い。
以前より、はっきりと。
甘い。
湿った甘さ。
喉の奥がひりつく。
胸の奥が、ざわりと波立つ。
黒瀬は反射的に距離を取る。
理屈じゃない。
近づきすぎると、何かが外れそうになる。
「顔、熱いぞ」
無意識に手を伸ばしかけて、止めた。
触れたらまずい。
何が、とは説明できない。
だが本能が警告している。
月那は机に手をつき、ゆっくり息を吸う。
「ちょっと……暑いだけ」
暑い。
それだけのはずなのに。
教室の何人かが、落ち着かない様子で視線を泳がせている。
空気が変わっている。
理由は分からないが、全員が微妙にそわそわしている。
その中心にいるのが、月那だ。
後ろの席から、椅子が引かれる音がした。
陽臣。
ゆっくり立ち上がる。
表情は変わらない。
だが視線だけが、鋭くなる。
「保健室、行こう」
声は穏やかだ。
だが拒否の余地を与えない響きがある。
月那は立ち上がる。
その瞬間。
甘さが、ふわりと強まった。
黒瀬の視界が、一瞬揺れる。
呼吸が荒くなる。
何だこれ。
鼓動が早い。
指先に力が入る。
本能が言っている。
近づけ。 触れろ。 確かめろ。
理性が、それを押し返す。
ふざけんな。 ただのクラスメイトだ。
なのに。
月那が一歩踏み出した瞬間、 黒瀬の足が無意識に動きかけた。
それを、止めたのは視線だった。
陽臣。
冷たい目。
怒りではない。 警告だ。
――越えるな。
その無言の圧に、黒瀬は歯を食いしばる。
分かっている。
分かっているのに。
身体が、言うことをきかない。
月那が教室を出る。
甘い気配が遠ざかる。
途端に、呼吸が楽になる。
教室の空気も、わずかに落ち着く。
黒瀬は机を強く握った。
汗がにじむ。
自分の手だ。
月那じゃない。
自分が、反応している。
何だよ、これ。
もし今、誰も止めなかったら。
自分は一歩、踏み出していたかもしれない。
恋? 違う。
衝動。 もっと原始的なもの。
放課後。
保健室の前で、黒瀬は立ち止まる。
自分でも理由が分からない。
ただ、確認したい。
扉が開いて、 陽臣が出てくる。
月那は奥にいるらしい。
陽臣と視線がぶつかる。
静かだ。
だが、張り詰めている。
「大丈夫か」
黒瀬は問う。
陽臣は一拍置いて答える。
「大したことない」
嘘だ。
分かる。
あれは“大したことない”匂いじゃない。
陽臣の目が、わずかに細くなる。
「黒瀬」
名前を呼ばれる。
低い声。
「近づきすぎない方がいい」
穏やかだ。
だがそこには、はっきりとした線が引かれている。
黒瀬は、笑った。
「何で」
陽臣は答えない。
ただ見つめる。
その目の奥にあるものを、黒瀬は初めて見る。
焦り。 ほんのわずかな。
近づきすぎない方がいい
それは警告というより、祈りに近かった。
それを見た瞬間。
黒瀬の中で、何かが確信に変わる。
――こいつ、分かってる。
九条の変化を。 この甘さを。
そして。 自分が反応していることも。
黒瀬は背を向ける。
呼吸がまだ荒い。
胸の奥が熱い。
奪いたいわけじゃない。
壊したいわけでもない。
ただ、あの熱の正体を、知りたい。
九条月那が、何なのか。
そして、自分が何なのか。
廊下の窓から、冷たい夕暮れの光が差し込む。
世界は変わっていない。
だが確実に、何かが、限界に近づいていた。
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