輪廻の誓いは、愛になる

帰り花

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第一部 運命

言葉の手前

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 体育館裏は、冬の光が薄かった。
 人気はない。
 冷たい風だけが通り抜ける。
九条くじょう
 呼び止めたのは、黒瀬くろせだった。
 月那るなは振り向く。
 胸の奥が、すでに少し熱い。
「どうしたの」
 黒瀬は、いつもの調子ではなかった。
 目が真っ直ぐすぎる。
 逃がさない視線。
「最近、変だろ」
 単刀直入。
 月那の指先がわずかに震える。
「何が」
「俺の前だと、息荒くなる」
 言い切る。
 逃げ道を与えない言い方。
 月那の鼓動が跳ねる。
 図星だから。
「……考えすぎだよ」
 黒瀬は一歩近づく。
 距離が、狭い。
 その瞬間。
 身体が、反応した。
 下腹の奥から、じわりと熱が広がる。
 喉が渇く。
 呼吸が浅い。
 甘い気配が、自分でも分かるほど濃くなる。
 黒瀬の喉が、ごくりと鳴る。
 視線が、月那の唇に落ちる。
「違う」
 声が低い。
「俺も、なる」
 月那の視界が揺れる。
「何が」
 黒瀬は息を吐く。
 理屈を探す顔。
 でも最後は、本音になる。
「近くにいると、触れたくなる」
 その一言に、空気が止まる。
 月那の背中が、冷たい壁に触れる。
 逃げ場がない。
 黒瀬は無意識に手を上げかけて、止める。
「でも」
 声がわずかに掠れる。
「それだけじゃない」
 一瞬、目が柔らかくなる。
「あの日、泣いてたやつの背中さすってただろ」
 月那の呼吸が止まる。
「お前、削れても平気な顔する」
 責める声じゃない。
 怒りもない。
 ただ、まっすぐ。
「それ見てから、余計に離れられなくなった」
 胸が、締めつけられる。
 甘い熱とは違う。
 別の衝動。
 あたたかくて、痛い。
「俺、」
 黒瀬は言いかけて、止まる。
 言えば、変わる。
 でも、言わないともう戻れない。
「……お前のそばにいたい」
 告白ではない。
 奪うとも、守るとも言わない。
 ただ、隣に立ちたい。
 その言葉に。
 月那の身体が、大きく震えた。
 どくん、と強く鳴る。
 熱が、さらに濃くなる。
 視界が霞む。
 黒瀬の匂いが近い。
 吸い込みそうになる。
 違う。
 これは違う。
 頭は否定しているのに。
 身体が、前に傾く。
「……やだ」
 小さな声。
 でも必死だった。
 黒瀬の胸が軋む。
 拒絶じゃない。
 恐怖だと分かる。
 月那は首を振る。
 涙が滲む。
「ごめん……わかんない」
 本音だった。
 何が起きているのか、分からない。
 心が揺れているのか。
 身体が暴れているのか。
 自分の境界が曖昧になる。
 その瞬間。
 背後から、足音。
 一定で、静かで、迷いがない。
 陽臣はるおみ
 空気が変わる。
 温度が、落ちる。
 月那の肩が、わずかに揺れる。
 黒瀬は振り向かない。
 分かっている。
 来ると思っていた。
 陽臣は何も言わない。
 ただ、月那の横に立つ。
 それだけで。
 月那の呼吸が、すっと落ち着き始める。
 熱が、ほんの少しだけ引く。
 黒瀬は、それを見た。
 はっきりと。
「……そっか」
 小さく笑う。
 負けた顔ではない。
 理解した顔。
「でも俺、引かない」
 陽臣の瞳が、冷たく澄む。
 空気が、静かに凍る。
 黒瀬は続ける。
「お前が選ぶなら、それでいい」
 月那を見る。
 まっすぐ。
 逃げない。
 その視線を、月那はまともに受け止められない。
 心が揺れる。
 身体も揺れる。
 陽臣の指が、月那の手首を包む。
 強くない。
 でも、離さない。
 月那は、初めて理解する。
 これは。
 三人の問題になってしまったのだと。
 冬の空は、白い。
 何も壊れていない。
 だが確実に。
 均衡は、崩れた。
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