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第二部 安定と余白
共鳴暴走
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研究棟の空気は、今日だけ少し薄かった。
夏の午後、廊下の白が眩しい。
換気の音はいつも通りなのに、胸の中心が落ち着かない。
月那は白衣のポケットの中で、指先を丸めた。
(会いに行く理由は、研究じゃない)
そう思った瞬間、自分の喉がひやりとした。
言葉にしてはいけない。
言葉にしたら、もう戻れない。
——それでも足は、研究室の扉へ向かっている。
ノック。
返事はすぐに返ってきた。
「どうぞ」
光理の声は、落ち着いている。
落ち着いているからこそ、今日の月那は苦しい。
優しくされたいわけじゃない。
蓋をされたいわけでもない。
ただ、あの余白の空気を吸いたい。
扉を開けると、光理は机の前にいた。
視線が上がって、月那の顔で止まる。
一瞬だけ、何かを判断する目。
——距離を取ろうとしている。
昨日より、さらに。
「九条くん。今日は、面談の予定は——」
いつもの言葉。
研究者の言葉。
線を引く言葉。
月那は、笑って頷けなかった。
「……少しだけ」
声が、かすれた。
研究の質問を用意してきたはずなのに、喉が出すのは別の音だった。
光理の眉がほんの僅かに動く。
その微細な揺れに、月那の胸の中心が跳ねる。
(だめだ)
自分の中の渇きが、研究の形を壊しにかかっている。
光理は息をひとつ置いて、言い直した。
「今日は、短くしよう」
「君が疲れてるように見える」
優しさの形を保ったまま、距離を作る言い方。
押さない。
でも、入れさせない。
月那の胸の底が、空洞になる。
空洞になった瞬間、身体が勝手に“別の鍵”を探しそうになるのが怖い。
月那は、言葉を探して失敗した。
「……先生、僕」
言った先が、分からない。
“会いたかった”は言えない。
“息がしたい”も言えない。
“渇いてる”なんて——言ったら終わる。
光理はその沈黙を、研究の形に戻そうとする。
「症状の記録、今日はつけられた?」
「夢の頻度は?」
その問いに、月那は救われかけて、救われきれなかった。
(今、僕が欲しいのは、質問じゃない)
そう思ってしまった自分が、いちばん怖い。
月那は小さく頷いた。
「……はい」
嘘じゃない。
記録はつけた。
夢も見た。
でも、それを話すために来たわけじゃない。
光理は端末を開き、淡々と画面を示した。
距離を取るための作業。
線を守るための手順。
その仕草が、月那にとっては残酷に優しい。
(先生は、正しい)
正しいから、余計に渇く。
数分だけ、数字の話をした。
余白を増やす“生活上の工夫”の話をした。
「無理のない範囲で」という言葉が何度も出た。
そのたびに月那は、胸の中心が乾いていくのを感じた。
“無理のない範囲”は、いまの月那にとって、息の形ではない。
最後に光理が言った。
「今日は、ここまで」
「……九条くん。君は、ちゃんと戻れる人だ」
戻れる。
その言葉が、胸に刺さった。
(戻れる? どこへ?)
陽臣の隣へ。
正しい場所へ。
安定へ。
檻へ。
月那は笑うふりをして頷いた。
「……ありがとうございます」
扉を閉める。
廊下の白が戻る。
消毒の匂いが戻る。
なのに、胸の中心は空洞のままだ。
(飢えてる)
やっと正しい言葉が浮かんだ。
浮かんだ瞬間、身体が震えた。
(帰らなきゃ)
帰れば落ち着く。
帰れば整う。
整えば、今日の渇きは薄まる。
——薄まるだけで、消えない。
月那は研究棟の出口へ急いだ。
呼吸が浅くなる。
焦りではない。
“鍵”を探している呼吸だと、自分で分かってしまう。
医学生のキャンパスは、夕方になると人が増える。
講義が終わり、実習が終わり、誰もが帰路へ向かう。
その流れの中で、今日だけ空気が歪んでいた。
——甘い。
匂いの層が、薄く立っている。
それは月那のものではない。
どこか、複数の場所から滲んでいる。
月那は足を止めた。
視線の先。
中庭のベンチ付近に、学生が二人、ふらついている。
頬が赤い。
指先が震えている。
笑っているのに、目が焦点を結ばない。
「……ごめん、ちょっと、頭が……」
別のオメガが壁に手をついて、息を荒くしている。
周囲の学生がざわつき始める。
誰かが保健センターへ走る。
異常だ。
でも、異常の中心はもっとはっきりしている。
——陽臣。
少し離れた場所、研究棟の入口近くに陽臣が立っていた。
顔色は変わらない。
姿勢も崩れていない。
なのに、空気だけが乱れている。
陽臣の周囲に、無意識に人が集まり始めている。
特に、オメガが。
理由もなく引き寄せられるように。
その視線は、切実で、恥も理性も追い越した目だ。
「天城くん……」
「……身体が、熱い……」
「お願い……触って……」
言葉はバラバラなのに、求めるものだけが同じ。
アルファにすがろうとする本能。
月那の胃が冷たくなった。
(……はるくんが、発してる)
陽臣のフェロモンが不安定化している。
発情誘発ではない。
もっと違う。
感情の乱れが、香りの層を崩している。
——感情共鳴暴走。
講義で聞いたその言葉が、頭の中で形になる前に、月那の身体が答えを出す。
(触れなきゃ)
この状況を止められるのは、月那だけだと身体が知っている。
自分が“鍵”だと。
運命の番としての本能が、叫んでいる。
同時に、別の感情が遅れて来る。
(触れてほしくない)
陽臣に、他のオメガが触れるのが。
陽臣が、他のオメガに“求められる”のが。
世界が、それを許す空気になるのが。
胸の底が、熱い。
怖いとは違う。
怒りとも違う。
——所有。
自分でも名づけたくない感情が、濃くなる。
月那は走った。
「はるくん!」
声が出た瞬間、陽臣の視線がこちらへ向く。
その目が、ほんの少しだけ割れている。
いつもの整った静けさが、内側から軋んでいる。
月那が距離を詰める。
最後の一歩で、陽臣の手が先に動いた。
月那の手首を取る。
強くない。
でも、逃げられない位置。
触れた瞬間——空気が変わった。
陽臣の周囲の甘さが、すっと薄れる。
オメガたちの呼吸が少しだけ整う。
視線が迷子になる。
陽臣の肩が、ほんの僅かに落ちる。
安定した。
月那の胸の奥が、安堵でほどける。
同時に、背筋に冷たいものが走った。
(……僕が触れたから)
安定した。
世界が戻った。
だから、ここで終わるはずだった。
——でも終わらなかった。
陽臣が、月那を引き寄せた。
人がいる。
中庭だ。
保健センターへの誘導でざわついている。
視線がいくつもある。
なのに陽臣は、気にしていない。
気にしていないのではない。
むしろ、気にしている。
“見せる”ために、ここでやる。
陽臣の指が月那の顎を上げる。
逃げ道を与えない角度。
それでも痛くない。
「……月那」
低い声。
乱れを抑えている声。
月那が「大丈夫」と言う前に——唇が塞がれた。
噛みつくようなキス。
激しいわけじゃない。
乱暴でもない。
けれど、舌が触れる。
呼吸を奪い、逃がさない。
“番”の証明をする触れ方。
(……やだ)
月那の胸が跳ねる。
恥ずかしいのに、身体は落ち着く。
落ち着くのに、頭が真っ白になる。
陽臣は離れない。
短い口づけで済ませない。
ゆっくり、確かめ、見せつける。
ここにいる。
これが鍵だ。
触れるのはこの人間だけだ。
——そういう宣言。
月那の耳が熱くなる。
周囲の視線が刺さる。
でも、その視線より強いのは、陽臣の“圧”だ。
キスが終わる。
陽臣の額が、月那の額に触れる。
呼吸が、ようやく整う。
周囲のオメガたちは、スタッフの誘導で散っていく。
乱れた空気は薄くなる。
大学の夕方が、少しずつ元に戻る。
月那は、まだ気づいていない。
——見られていることに。
研究棟の入口近く、陰の位置。
白衣の男が立っていた。
神谷光理。
月那の視線はそこへ届かない。
陽臣の腕が、月那の視界を“正しい方向”へ固定しているから。
けれど光理は、見た。
陽臣のフェロモンが崩れた空気の層を。
オメガが引き寄せられる現象を。
そして、月那が触れた瞬間の安定を。
最後に——“見せつけるような”キスを。
光理の目と、陽臣の目が合った。
一秒。
言葉はない。
でも、二人とも理解した。
——月那は、光理に会っている。
——光理が、月那の“余白”になっている。
——陽臣は共鳴でそれを嗅ぎ、暴走し、そして“番”を見せつけた。
全部が、静かに繋がる。
陽臣の目は冷たい。
怒りというより、確定。
境界線の提示。
光理の目は動かない。
怯まない。
でも、その奥に沈むものがある。
研究者としての自制と、アルファとしての本能が、同じ場所でせめぎ合っている目。
月那は、気づかない。
陽臣の腕の中で、ただ呼吸を整えている。
自分が止めた。
自分が鍵だった。
それだけで、世界が元に戻ったと思っている。
陽臣が月那の耳元で、小さく言った。
「……帰ろう」
いつもの順番。
でも今日だけは、順番の意味が変わってしまった。
月那は頷く。
「うん」
その頷きの外側で、二人の男はすでに決着をつけている。
言葉のない場所で。
夕方の風が、研究棟の前を通り抜ける。
消毒の匂いが戻る。
けれど、空気の底に残ったものは消えない。
——暴走の一歩手前の熱。
——見せつけられた“番”の証明。
——目が合った瞬間の、理解。
そして何より。
月那が知らないまま、物語の歯車が一段進んだ音だけが、静かに残っていた。
夏の午後、廊下の白が眩しい。
換気の音はいつも通りなのに、胸の中心が落ち着かない。
月那は白衣のポケットの中で、指先を丸めた。
(会いに行く理由は、研究じゃない)
そう思った瞬間、自分の喉がひやりとした。
言葉にしてはいけない。
言葉にしたら、もう戻れない。
——それでも足は、研究室の扉へ向かっている。
ノック。
返事はすぐに返ってきた。
「どうぞ」
光理の声は、落ち着いている。
落ち着いているからこそ、今日の月那は苦しい。
優しくされたいわけじゃない。
蓋をされたいわけでもない。
ただ、あの余白の空気を吸いたい。
扉を開けると、光理は机の前にいた。
視線が上がって、月那の顔で止まる。
一瞬だけ、何かを判断する目。
——距離を取ろうとしている。
昨日より、さらに。
「九条くん。今日は、面談の予定は——」
いつもの言葉。
研究者の言葉。
線を引く言葉。
月那は、笑って頷けなかった。
「……少しだけ」
声が、かすれた。
研究の質問を用意してきたはずなのに、喉が出すのは別の音だった。
光理の眉がほんの僅かに動く。
その微細な揺れに、月那の胸の中心が跳ねる。
(だめだ)
自分の中の渇きが、研究の形を壊しにかかっている。
光理は息をひとつ置いて、言い直した。
「今日は、短くしよう」
「君が疲れてるように見える」
優しさの形を保ったまま、距離を作る言い方。
押さない。
でも、入れさせない。
月那の胸の底が、空洞になる。
空洞になった瞬間、身体が勝手に“別の鍵”を探しそうになるのが怖い。
月那は、言葉を探して失敗した。
「……先生、僕」
言った先が、分からない。
“会いたかった”は言えない。
“息がしたい”も言えない。
“渇いてる”なんて——言ったら終わる。
光理はその沈黙を、研究の形に戻そうとする。
「症状の記録、今日はつけられた?」
「夢の頻度は?」
その問いに、月那は救われかけて、救われきれなかった。
(今、僕が欲しいのは、質問じゃない)
そう思ってしまった自分が、いちばん怖い。
月那は小さく頷いた。
「……はい」
嘘じゃない。
記録はつけた。
夢も見た。
でも、それを話すために来たわけじゃない。
光理は端末を開き、淡々と画面を示した。
距離を取るための作業。
線を守るための手順。
その仕草が、月那にとっては残酷に優しい。
(先生は、正しい)
正しいから、余計に渇く。
数分だけ、数字の話をした。
余白を増やす“生活上の工夫”の話をした。
「無理のない範囲で」という言葉が何度も出た。
そのたびに月那は、胸の中心が乾いていくのを感じた。
“無理のない範囲”は、いまの月那にとって、息の形ではない。
最後に光理が言った。
「今日は、ここまで」
「……九条くん。君は、ちゃんと戻れる人だ」
戻れる。
その言葉が、胸に刺さった。
(戻れる? どこへ?)
陽臣の隣へ。
正しい場所へ。
安定へ。
檻へ。
月那は笑うふりをして頷いた。
「……ありがとうございます」
扉を閉める。
廊下の白が戻る。
消毒の匂いが戻る。
なのに、胸の中心は空洞のままだ。
(飢えてる)
やっと正しい言葉が浮かんだ。
浮かんだ瞬間、身体が震えた。
(帰らなきゃ)
帰れば落ち着く。
帰れば整う。
整えば、今日の渇きは薄まる。
——薄まるだけで、消えない。
月那は研究棟の出口へ急いだ。
呼吸が浅くなる。
焦りではない。
“鍵”を探している呼吸だと、自分で分かってしまう。
医学生のキャンパスは、夕方になると人が増える。
講義が終わり、実習が終わり、誰もが帰路へ向かう。
その流れの中で、今日だけ空気が歪んでいた。
——甘い。
匂いの層が、薄く立っている。
それは月那のものではない。
どこか、複数の場所から滲んでいる。
月那は足を止めた。
視線の先。
中庭のベンチ付近に、学生が二人、ふらついている。
頬が赤い。
指先が震えている。
笑っているのに、目が焦点を結ばない。
「……ごめん、ちょっと、頭が……」
別のオメガが壁に手をついて、息を荒くしている。
周囲の学生がざわつき始める。
誰かが保健センターへ走る。
異常だ。
でも、異常の中心はもっとはっきりしている。
——陽臣。
少し離れた場所、研究棟の入口近くに陽臣が立っていた。
顔色は変わらない。
姿勢も崩れていない。
なのに、空気だけが乱れている。
陽臣の周囲に、無意識に人が集まり始めている。
特に、オメガが。
理由もなく引き寄せられるように。
その視線は、切実で、恥も理性も追い越した目だ。
「天城くん……」
「……身体が、熱い……」
「お願い……触って……」
言葉はバラバラなのに、求めるものだけが同じ。
アルファにすがろうとする本能。
月那の胃が冷たくなった。
(……はるくんが、発してる)
陽臣のフェロモンが不安定化している。
発情誘発ではない。
もっと違う。
感情の乱れが、香りの層を崩している。
——感情共鳴暴走。
講義で聞いたその言葉が、頭の中で形になる前に、月那の身体が答えを出す。
(触れなきゃ)
この状況を止められるのは、月那だけだと身体が知っている。
自分が“鍵”だと。
運命の番としての本能が、叫んでいる。
同時に、別の感情が遅れて来る。
(触れてほしくない)
陽臣に、他のオメガが触れるのが。
陽臣が、他のオメガに“求められる”のが。
世界が、それを許す空気になるのが。
胸の底が、熱い。
怖いとは違う。
怒りとも違う。
——所有。
自分でも名づけたくない感情が、濃くなる。
月那は走った。
「はるくん!」
声が出た瞬間、陽臣の視線がこちらへ向く。
その目が、ほんの少しだけ割れている。
いつもの整った静けさが、内側から軋んでいる。
月那が距離を詰める。
最後の一歩で、陽臣の手が先に動いた。
月那の手首を取る。
強くない。
でも、逃げられない位置。
触れた瞬間——空気が変わった。
陽臣の周囲の甘さが、すっと薄れる。
オメガたちの呼吸が少しだけ整う。
視線が迷子になる。
陽臣の肩が、ほんの僅かに落ちる。
安定した。
月那の胸の奥が、安堵でほどける。
同時に、背筋に冷たいものが走った。
(……僕が触れたから)
安定した。
世界が戻った。
だから、ここで終わるはずだった。
——でも終わらなかった。
陽臣が、月那を引き寄せた。
人がいる。
中庭だ。
保健センターへの誘導でざわついている。
視線がいくつもある。
なのに陽臣は、気にしていない。
気にしていないのではない。
むしろ、気にしている。
“見せる”ために、ここでやる。
陽臣の指が月那の顎を上げる。
逃げ道を与えない角度。
それでも痛くない。
「……月那」
低い声。
乱れを抑えている声。
月那が「大丈夫」と言う前に——唇が塞がれた。
噛みつくようなキス。
激しいわけじゃない。
乱暴でもない。
けれど、舌が触れる。
呼吸を奪い、逃がさない。
“番”の証明をする触れ方。
(……やだ)
月那の胸が跳ねる。
恥ずかしいのに、身体は落ち着く。
落ち着くのに、頭が真っ白になる。
陽臣は離れない。
短い口づけで済ませない。
ゆっくり、確かめ、見せつける。
ここにいる。
これが鍵だ。
触れるのはこの人間だけだ。
——そういう宣言。
月那の耳が熱くなる。
周囲の視線が刺さる。
でも、その視線より強いのは、陽臣の“圧”だ。
キスが終わる。
陽臣の額が、月那の額に触れる。
呼吸が、ようやく整う。
周囲のオメガたちは、スタッフの誘導で散っていく。
乱れた空気は薄くなる。
大学の夕方が、少しずつ元に戻る。
月那は、まだ気づいていない。
——見られていることに。
研究棟の入口近く、陰の位置。
白衣の男が立っていた。
神谷光理。
月那の視線はそこへ届かない。
陽臣の腕が、月那の視界を“正しい方向”へ固定しているから。
けれど光理は、見た。
陽臣のフェロモンが崩れた空気の層を。
オメガが引き寄せられる現象を。
そして、月那が触れた瞬間の安定を。
最後に——“見せつけるような”キスを。
光理の目と、陽臣の目が合った。
一秒。
言葉はない。
でも、二人とも理解した。
——月那は、光理に会っている。
——光理が、月那の“余白”になっている。
——陽臣は共鳴でそれを嗅ぎ、暴走し、そして“番”を見せつけた。
全部が、静かに繋がる。
陽臣の目は冷たい。
怒りというより、確定。
境界線の提示。
光理の目は動かない。
怯まない。
でも、その奥に沈むものがある。
研究者としての自制と、アルファとしての本能が、同じ場所でせめぎ合っている目。
月那は、気づかない。
陽臣の腕の中で、ただ呼吸を整えている。
自分が止めた。
自分が鍵だった。
それだけで、世界が元に戻ったと思っている。
陽臣が月那の耳元で、小さく言った。
「……帰ろう」
いつもの順番。
でも今日だけは、順番の意味が変わってしまった。
月那は頷く。
「うん」
その頷きの外側で、二人の男はすでに決着をつけている。
言葉のない場所で。
夕方の風が、研究棟の前を通り抜ける。
消毒の匂いが戻る。
けれど、空気の底に残ったものは消えない。
——暴走の一歩手前の熱。
——見せつけられた“番”の証明。
——目が合った瞬間の、理解。
そして何より。
月那が知らないまま、物語の歯車が一段進んだ音だけが、静かに残っていた。
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