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第一幕
⑧
しおりを挟む「もうすぐ海面の結晶化が始まる」
九十九を腕の中に抱きかかえ、六十八は寒さで赤くなった九十九の頬を撫でてやった。
「ではそれまでに回路の基本形のおさらいだ」
「ししょう、おなかすいた」
「晩飯まではまだだ。それより基本形は覚えているか」
「うん」
九十九は得意げにうなずく。六十八は浜に移動し、九十九を降ろすと回路の模型を取り出した。
「これは何だ」
「……ろっかくばん?」
六十八は薄く笑った。
「六角板。そうだな。これは?」
「ほうだん」
「うむ、砲弾状。よし……これは?」
「ほし、がた」
六十八の眉がぴくりと動いた。
「星形はあってる。これは何の星形だ」
「ほ……ほしがた、ほしがた……かくばん」
「星形角板。つぎは?」
「ろ、ろっか?」
六十八は無表情で、
「扇六花だ、扇状結晶であることを忘れるな。こっちは?」
「じゅし……」
「違う。羊歯状星形樹枝だ。これは?」
「う、うう……」
「九十九!」
「ほ、ほしろっか」
「違う! 扇付角板六花!」
「わ、わがんないよおーッ」
九十九が泣き始めた。泣いている九十九に向かって六十八は厳しい声でこれはなんだ! と答えを迫り続ける。遠くからその様子を見守っていた九十五は鬼だなあ……とつぶやいた。なおも六十八の厳しい質問は続く。九十九はぐずぐずと泣きながら、
「ろっか」
「違う」
「おうぎつき」
「違う」
「はりじょう」
「違う、九十九!」
ひっ、と九十九は立ち上がった六十八に恐れをなして縮こまった。六十八は回路の模型をじゃらりと手の中に広げ見せつける。
よく見ろ! と六十八は厳しく言うと、
「お前は回路の基本構造を意識して答えていない! なんとなくで答えるな!」
「うっうっ、わかっ、わかってるもん……」
肩を揺らしながら九十九はずず、と鼻をすすった。顔は涙でぐちゃぐちゃだが六十八は容赦ない。
「嘘をつくな。お前はまだ十分に理解していない。回路は雪の結晶が本性だ。その構造の多くは六角形を基本としている。基盤となる底面は六方晶。ここから六角形を形成する尾根がのびていてその周りに現れるのが肋骨。そして一番外側にあたるのが額縁だ。鋭い先端の尾根をもつのが樹枝形の特徴。先端が扇のように広がっているのを扇付と呼ぶ、いいな」
六十八は砂浜に転がっていた長く赤い珊瑚を手に取ると地面に回路の図を描いた。
「扇形は角板と樹枝形の中間。角板は底面を中心として大きく成長した結晶だ。完全な六角形。そしてここからまた姿を変える。星形と呼ばれる六方に成長したもの、これはとても多い。ほとんどが星形に入ると言ってもいい。星形には多種多様な種類がある。樹枝形がそうだな」
「ほしがたと、じゅしがたは、ちがうの」
「いい質問だ。樹枝形にはさらに羊歯状という細かく枝分かれしたものがある。シンプルに言えば羊歯六花。木の枝のように成長し尾根にあたる部分を主枝と呼ぶ。これに左右に細かく枝分かれしてついているのが側枝。分別して呼んでいるのは複雑な構造の回路ほど使うのが難しく、しかし大きな成果をもたらすからだ。ただの樹枝形と羊歯状を一緒に考えることは暴論。枝分かれが多いと我々の「血」が隅々までいきわたるぶん、威力が変わってくる。だがこれらは総じて六方に伸びた星形から始まっているので星形を基本と考える。そもそもさっきも言ったように回路は同じものは一つとして存在しない。だからこれはあくまで大別しているだけだ。星形も正確には複合板状星六花形という。これは星形が複合板状結晶に分類されるからだ」
「……」
「角板と扇形は複合板状結晶と同じ板状結晶群だが、針状、角柱、砲弾状は立体で柱状結晶群に分けられる。特に威力を発するのが多重六花と呼ばれる分類で……九十九、聞いているのか。九十九!」
「は、はぇっ」
「……わかっていないな」
「わ、わかってる! もん!」
「嘘はつくなと前に言ったはずだな。……今日はもう止めるか」
六十八は無表情に持っていた珊瑚を投げ捨てた。
「いっ」
師の態度に九十九は大粒の涙をこぼしながら慌ててその足に抱きついた、
「いやーッ、やだーっ、やめないっわかってるもん! やめないよぉーっ!」
「複雑多重角板の分類は」
「――ば、ばんじょうけっしょう!」
「板状結晶群非対称板状結晶だ」
九十九はきつく唇をむすんでぷるぷると震えた。はあ、と六十八はため息をついて、
「まだ鉱石の話も残っている……。回路に嵌める鉱石の純度・透度・種類・系統・研磨。回路との組み合わせは万を超える。それを理解しなければ回路技術を習得したことにはならない。それを頭と体に叩きこまなければならないのだぞ! わかっているのか」
「そこまでにしとけよ六十八」
浜辺より少し上に皆が敷物を広げて夜営の準備を始めていた。寒さを和らげるために掛布をまとった六十九は呆れ顔で近づいてくる。
「回路の完璧な分別なんてまだ無理だろ。俺だって三年以上かかったぜ。それよりはやく青海の水を汲んじまえよ。まだ全部の筒に入れてないだろ。完全に陽が落ちたらとれなくなるぜ」
「ああ、――そうだったな。九十九のせいで忘れていた」
うう、と足に抱きついて離れない九十九を引きずりながら六十八は何とか青海の水を満足に得た。九十九はぼろぼろと涙を落とし、ほしろっかはふくごうばんじょうけっせう……としゃくりあげながら繰り返している。
「そんなに泣いていると目が溶けるぞ」
六十八の言葉に思わず九十九は目を抑えた。
「冗談だ。……しかし技術と知識も大事だがレッセイの掟も忘れてはならないぞ」
「掟……」
「そう。ひとつ、名を持たぬこと。ふたつ、弟子は自分を超えると確信した者を選ぶこと。みっつ、けしてレッセイ・ギルド以外の人間となれあわぬこと」
「なれあう?」
「親しくしてはならない。我々の技術を渡してはならない」
「どうして?」
「それが掟だからだ。それ以外にない。掟は破ってはならない。もし破ることがあれば、破ったものを弑す」
「……殺しちゃうの」
「そうだ。だが今まで掟を破ったものはいない。お前もレッセイなら掟に従え」
「うん……」
九十九はそういいながらわかったようなわからないような表情で顔をこする。六十八は水筒の蓋を締めると九十九の手をひいて皆の元へ歩み寄った。
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