東方のレッセイ・ギルド

すけたか

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第一幕

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「お疲れさん、ほら」

六十九が熱い湯を古びたカップに入れて差し出す。
受け取った六十八は口にするとフウフウと冷ましてから九十九に与えた。
「妙に冷えるな」
息を吐くとわずかに白い。
ですね、と九十五がこたえると遠くからピシ、ピシ、となにかが軋む音が聞こえてくる。青海が結晶化していく音だ。六十九は日が完全に落ち、世界が闇に沈む瞬間の青海を見た。
――いつみても不思議な眺めだと思う。先ほどまで寄せては返していた波が完全に鎮まり、泡だった浜辺の浅瀬からサーッと凍るように海水が白く結晶化していく。結晶は次第に澄んだ輝きを放ち始め、大海原は結晶質になめつくされて青い。夜の青海は月の光を反射して恐ろしいほどに美しく、ひどく静かだ。結晶化が終わると静寂しじまだけがこの海を支配している。六十九は装天し螢石フローライトをはめて柔らかな明かりを作り、浜辺へ歩を進めた。結晶化した青海は透明度が高い。海面を照らしてみる。閉ざされた海の奥には昼に浜辺で見た貝殻シェルが浮いていた。
惜しいな、と六十九は独り言ちた。貝殻シェルは鉱石と同じ作用をもつ貴重な材料だからだ。
「氷に閉ざされた財宝————か。ん?」
寒いと空を見上げるといつのまにか月はなく、灰色にけぶっている。その代わりにキラキラと降ってくる物があった。
「雲……雪だ! おい、雪が降ってきたぞ!」
嬉しそうに大声を出す六十九の声に皆がおお、と浜辺に駆けてきて空を眺めた。手足に取り付けたホルダーからそれぞれスライドガラスを取り出して空へかざした。
「九十九、九十九手を離せ。動けん」
六十八にぴったりとくっついていた九十九は眉をへの字にする。
「し、ししょう、まだおこってるの……」
「そうじゃない、離せ。見ろ雪だ」
「ゆき……?」
空を見上げた九十九を六十八は抱き上げた。ほろほろと白い雪が天上から降ってくる。その雪片が九十九の頬にくっついて溶けた。
「ちべたい」
六十八は笑って、
「雪は天からの助け」
首に捕まっていろ、と六十八は九十九を肩に乗せるとホルダーからスライドガラスと水筒をとりだした。よく冷えている。

「見ていろ九十九」

六十八はスライドガラスを余分なものがつかないように振ると降りてくる雪へとかざした。
ガラスの表面にいくつもの六花がくっつく。
冷やされたガラスの上で雪の結晶は完全に形を崩すことなく花開いている。
六十八は使えそうな雪華を見定めると、余分な結晶を指で落とし、水筒から青海の水をスライドガラスに一滴垂らすと左右斜めに手首を動かしてまんべんなく表面にいきわたらせた。
ふっと息を吹きかけるとそれは完全に固定して見事な雪の結晶のプレパラートとなる。
閉じ込められているのは扇付星形角板に分類される雪の結晶である。
「これが回路の作り方だ。回路を使うためのプレパラート。青海の水がガラスに雪の結晶を閉じ込めて薄く固い膜をはる。この膜には一見しただけではわからない、細かな穴があいているのだ。結晶の部分だけにな。そこに我々の血が入ることによって装天する。わかるか」
「……」
こくん、とうなずきながら九十九は食い入るように出来上がったプレパラートをのぞいた。六十八が小さな手に渡してやると目を輝かせてあちこちいじり、雪の結晶を指でカリカリとかいた。
「無理だ。一度閉じ込められたらもう取り出すことはできん。装天しなければな。使った後スライドガラスは回収する。再利用するのだ」
「そうてん……」
「久々の雪だ。できるだけ作っておこう」
六十八はまだ何も閉じ込められていないスライドガラスを何枚もとりだして同じ作業を繰り返す。他のレッセイたちも同じくプレパラートをつくっているようだった。九十九はプレパラートを手にしたまま空を見上げた。降ってくる雪は青海を反射してチカチカと青く光った。
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