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第一幕
⑫
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「こいつァ……「フル・フル」だな」
呼応型結晶。
それは仲間を呼ぶ種のクリスタリスのことだ。
クリスタリスは基本的に群れない。箔群などは別だが、個別に行動する単一結晶が多いのだ。理由はわからないが、集まったとしても精々二、三体ほどである。だがたまに仲間を意図的に呼ぶクリスタリスがいる。それが呼応型結晶だ。その名の通りふるふると背の水晶を振動させて微弱の信号を送り、クリスタリス達を呼ぶ。呼ばれた仲間はどこからともなく現れて襲ってくるというわけだ。
獣形のクリスタリスが咆哮をあげて向かってくる。地をかけ、三体が一斉にレッセイたちに襲いかかった。
「チッ!」
八十八が装天し、駆ける。流れるような手つきで嵌めた鉱石は金紅石と黒金剛石。生成された黒鉄の槍が連続してクリスタリスを核ごと撃った。更に残りを撃とうとして装天したが、
「! 八十八! 下!」
八十九の叫びに振り向いたその瞬間、八十八は――地面の下から飛び出したクリスタリスを避けきれなかった。
その牙に右半身を大きくえぐられて倒れる。
「ぐっ……しまっ……た……影の中に……いると……は」
音をたてて倒れた八十八の周囲にみるみる血だまりができていく。
「かはっ……下を……見誤っていた……ぜ……」
「師兄上!」
九十九は真っ青になり駆け寄ろうとしたが六十八は九十九の腕をつかんで止めた。
「師匠! 何するんだ、師兄上が」
六十八は無表情のまま怒鳴った。
「数が多すぎる。いいか皆、一旦隠れる! ――構わないか八十八」
八十八は転がったまま頷き、土気色の顔で弱弱しく言った。
「……失血が酷い。この姿ではどのみちもう助からない……さらばです」
六十八は無言のまま装天し、煙水晶を嵌める。途端に薄墨のような煙が回路から吹き出し、辺りを暗闇で包んだ。煙水晶の闇はクリスタリスの視覚と嗅覚を濁らせる。これを使えばレッセイたちはクリスタリスに気付かれないよう、流れるように移動することができる。目くらましにはもってこいだが、逃げるための足がないと意味がない――八十八はクリスタリスに食われるだろう。
構わないと答えたのはそういう事だ。
九十九は震えた。
(フル・フルにはこれといった特徴はないが)
九十九は六十八に叩きこまれた知識を頭をフル回転させて思い出していた。煙水晶の煙は暗黒ではないのでレッセイたちにはクリスタリスの姿がうっすらと見えている。
(仲間を呼ぶため水晶を振動させるその一瞬、雷が走る)
そうすれば、背中の水晶が光るはずだ――九十九は視線をあげ、薄闇の周囲を見渡す。――見えた。螢石のようなおぼろげだが確かな光。九十九はすばやく装天し、回路にダララッと黒縞瑪瑙と重晶石を装着する。
九十九の頭は沸騰していた。
「よくも師兄上を――その身を破壊しろ!」
九十九の重力の一撃はフル・フルを粉々に砕いた。九十九が何をしたのか瞬時に悟ったレッセイたちはそれぞれ一斉に装天しクリスタリスたちを砕く。辺りは消滅したクリスタリスの砂煙で包まれ、やがて強い風に押し流されて静寂が戻った。
「……よくやったな九十九」
九十がうつむいている弟弟子に声をかけた。八十八の姿はどこにも見当たらない。九十五は膝をついて多量の血痕跡に視線を落としていた。言うまでもなく、彼は八十八の弟子だ。
「九十五」
五十五が話しかける。
「苦しいことにならないように――八十八の心の臓は私が撃った。クリスタリスに食われる前に。本来なら弟子のお前にやらせるべきだった。すまんな」
「いえ」
九十五は首を振って、
「ありがとうございます」
「なんで煙水晶なんて使ったんだ!」
九十九が怒りで叫んだ。そして自分の師の胸を拳で叩く。
「師兄上は動けなかったのに!」
「九十九、あそこで煙幕をはらなくては私たちが全滅していたかもしれないのよ」
七十七が窘める。
「わかってるよ! でも!」
「切り捨てると決めたのは私だ……恨みたければ、恨め」
六十八は九十九を見下ろし、静かに言った。
「――っ」
誰かが悪いのではない。生き残るための選択は責められない。それでも、と九十九は六十八の胸を叩いた。
叩きながら、泣いた。
「九十九はレッセイの鬼子かもしれねえなあ」
六十九は水筒の水を飲みながら言った。
あれからレッセイたちは場所を移動し、比較的湿潤な砂漠を見つけて休憩をとっていた。針だらけのサボテンが点々と生えている。サボテンは水を多く蓄えているので、貴重な水分補給源だ。
「どういう意味だ」
六十八は六十九と二人で話していた。少し距離を取った先で九十九や七十七達がサボテンを採取している。他にも植物は生えているが、どれも食用には向かない。
「感情の起伏が大きすぎる。直情だ。七十四の師兄上の時もそうだったろ」
七十四は九十九が七になる頃、結晶症候群で世を去った。九十九は大泣きして結晶化した七十四の遺体にすがり、なかなか離れようとしなかったのだ。
「結晶世界では割り切りが必要だ。九十九はもう腕は立派だよ。あの年で多重六花も使えるならいつかはお前と同じ一二三になるかもしれねえ。だがレッセイとしては三流だ。感情に流されすぎてる。それはレッセイのあるべき姿じゃない」
「……わかっている」
そういって六十八はため息をついた。
突然仲間を失う――この世界ではそれは日常茶飯事で当たり前のことなのだ。
いちいち慟哭していては精神が持たない。
「感情のコントロールに関しては厳しくしてきた。だがあれは生来のものなのだろう」
「もしかしてよー……お前まだあのことを言ってないんじゃないのか」
問われた六十八は一瞬逡巡して、
「――忘れていた」
「やっぱな。九十九がレッセイとしての自覚に乏しいのはそれだろ。早く教えろよ」
「ああ……」
「気が進まないのか」
「そういうわけじゃない。ただ九十九がどう思うか、少し怖い気もする。私が聞かされた時は反応に困ったからな。お前もそうだっただろう」
「そうだなあ」
六十九はごろりと横になって、
「だがてめえが何者かは自覚しておかないとな。誰もが皆、そうだったように」
呼応型結晶。
それは仲間を呼ぶ種のクリスタリスのことだ。
クリスタリスは基本的に群れない。箔群などは別だが、個別に行動する単一結晶が多いのだ。理由はわからないが、集まったとしても精々二、三体ほどである。だがたまに仲間を意図的に呼ぶクリスタリスがいる。それが呼応型結晶だ。その名の通りふるふると背の水晶を振動させて微弱の信号を送り、クリスタリス達を呼ぶ。呼ばれた仲間はどこからともなく現れて襲ってくるというわけだ。
獣形のクリスタリスが咆哮をあげて向かってくる。地をかけ、三体が一斉にレッセイたちに襲いかかった。
「チッ!」
八十八が装天し、駆ける。流れるような手つきで嵌めた鉱石は金紅石と黒金剛石。生成された黒鉄の槍が連続してクリスタリスを核ごと撃った。更に残りを撃とうとして装天したが、
「! 八十八! 下!」
八十九の叫びに振り向いたその瞬間、八十八は――地面の下から飛び出したクリスタリスを避けきれなかった。
その牙に右半身を大きくえぐられて倒れる。
「ぐっ……しまっ……た……影の中に……いると……は」
音をたてて倒れた八十八の周囲にみるみる血だまりができていく。
「かはっ……下を……見誤っていた……ぜ……」
「師兄上!」
九十九は真っ青になり駆け寄ろうとしたが六十八は九十九の腕をつかんで止めた。
「師匠! 何するんだ、師兄上が」
六十八は無表情のまま怒鳴った。
「数が多すぎる。いいか皆、一旦隠れる! ――構わないか八十八」
八十八は転がったまま頷き、土気色の顔で弱弱しく言った。
「……失血が酷い。この姿ではどのみちもう助からない……さらばです」
六十八は無言のまま装天し、煙水晶を嵌める。途端に薄墨のような煙が回路から吹き出し、辺りを暗闇で包んだ。煙水晶の闇はクリスタリスの視覚と嗅覚を濁らせる。これを使えばレッセイたちはクリスタリスに気付かれないよう、流れるように移動することができる。目くらましにはもってこいだが、逃げるための足がないと意味がない――八十八はクリスタリスに食われるだろう。
構わないと答えたのはそういう事だ。
九十九は震えた。
(フル・フルにはこれといった特徴はないが)
九十九は六十八に叩きこまれた知識を頭をフル回転させて思い出していた。煙水晶の煙は暗黒ではないのでレッセイたちにはクリスタリスの姿がうっすらと見えている。
(仲間を呼ぶため水晶を振動させるその一瞬、雷が走る)
そうすれば、背中の水晶が光るはずだ――九十九は視線をあげ、薄闇の周囲を見渡す。――見えた。螢石のようなおぼろげだが確かな光。九十九はすばやく装天し、回路にダララッと黒縞瑪瑙と重晶石を装着する。
九十九の頭は沸騰していた。
「よくも師兄上を――その身を破壊しろ!」
九十九の重力の一撃はフル・フルを粉々に砕いた。九十九が何をしたのか瞬時に悟ったレッセイたちはそれぞれ一斉に装天しクリスタリスたちを砕く。辺りは消滅したクリスタリスの砂煙で包まれ、やがて強い風に押し流されて静寂が戻った。
「……よくやったな九十九」
九十がうつむいている弟弟子に声をかけた。八十八の姿はどこにも見当たらない。九十五は膝をついて多量の血痕跡に視線を落としていた。言うまでもなく、彼は八十八の弟子だ。
「九十五」
五十五が話しかける。
「苦しいことにならないように――八十八の心の臓は私が撃った。クリスタリスに食われる前に。本来なら弟子のお前にやらせるべきだった。すまんな」
「いえ」
九十五は首を振って、
「ありがとうございます」
「なんで煙水晶なんて使ったんだ!」
九十九が怒りで叫んだ。そして自分の師の胸を拳で叩く。
「師兄上は動けなかったのに!」
「九十九、あそこで煙幕をはらなくては私たちが全滅していたかもしれないのよ」
七十七が窘める。
「わかってるよ! でも!」
「切り捨てると決めたのは私だ……恨みたければ、恨め」
六十八は九十九を見下ろし、静かに言った。
「――っ」
誰かが悪いのではない。生き残るための選択は責められない。それでも、と九十九は六十八の胸を叩いた。
叩きながら、泣いた。
「九十九はレッセイの鬼子かもしれねえなあ」
六十九は水筒の水を飲みながら言った。
あれからレッセイたちは場所を移動し、比較的湿潤な砂漠を見つけて休憩をとっていた。針だらけのサボテンが点々と生えている。サボテンは水を多く蓄えているので、貴重な水分補給源だ。
「どういう意味だ」
六十八は六十九と二人で話していた。少し距離を取った先で九十九や七十七達がサボテンを採取している。他にも植物は生えているが、どれも食用には向かない。
「感情の起伏が大きすぎる。直情だ。七十四の師兄上の時もそうだったろ」
七十四は九十九が七になる頃、結晶症候群で世を去った。九十九は大泣きして結晶化した七十四の遺体にすがり、なかなか離れようとしなかったのだ。
「結晶世界では割り切りが必要だ。九十九はもう腕は立派だよ。あの年で多重六花も使えるならいつかはお前と同じ一二三になるかもしれねえ。だがレッセイとしては三流だ。感情に流されすぎてる。それはレッセイのあるべき姿じゃない」
「……わかっている」
そういって六十八はため息をついた。
突然仲間を失う――この世界ではそれは日常茶飯事で当たり前のことなのだ。
いちいち慟哭していては精神が持たない。
「感情のコントロールに関しては厳しくしてきた。だがあれは生来のものなのだろう」
「もしかしてよー……お前まだあのことを言ってないんじゃないのか」
問われた六十八は一瞬逡巡して、
「――忘れていた」
「やっぱな。九十九がレッセイとしての自覚に乏しいのはそれだろ。早く教えろよ」
「ああ……」
「気が進まないのか」
「そういうわけじゃない。ただ九十九がどう思うか、少し怖い気もする。私が聞かされた時は反応に困ったからな。お前もそうだっただろう」
「そうだなあ」
六十九はごろりと横になって、
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