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第四幕
⑧
しおりを挟む「奴め、黒金剛石を守っていやがる。やはり固いだけであっちに真核があると見た」
滝のようにふりかかる水になんとか耐えながら六十九は身体の態勢を整える。装天した回路には火炎系の石が組み込まれていた。
「黒金剛石……金剛石属は火に弱いからな。こっちの動きを察してやがった」
「菫青石の水……俺がやる!」
九十九は装天し石を嵌める。
白榴石、白雲母、氷晶石、そして、
「奴を冷やし、氷と成せ――雪花石膏!」
ギュオオと回路から白い風が立ちのぼる。強力な吹雪にあてられた菫青石は身から出た水が仇となってたちまちその身を凍らせていく。
「いいぞ、九十九! 氷点下まで冷やしちまえば熱割れができる――」
だがクリスタリスはしぶとかった。
突如触手を地面に突き刺し――その先端は地中を移動してレッセイ達の背後に現れた。
それは六十九の両足に巻き付き、宙へと放り投げる。
「うおああっ!」
「師兄上っ!?」
「師匠!」
「――六十九っ!」
幻覚作用に注意を払っていた六十八が振り向き、声を上げた。
共に育った、唯一の同期。
「この……野郎!」
六十九はうねる灰色の腕に捕らわれて空中に逆さま釣りとなった。なんとか絡んだ触手を外そうとするが、ギリリと締め付けてきて離さない。装天して一方の触手を破壊したその瞬間、
「――ぐっ!!」
飛んできた別の触手が六十九の腹部を貫いた。更に足を掴んでいた触手が勢いをつけてその身体を空中から一気に地面に叩きつける。
「……!」
反射的に受け身をとったがただですむはずがない。再度空中へと放りだされた。
「ぐっは……!」
遊んでいる。
クリスタリスは六十九の肉と骨の軋みに喜悦しているのだ。
大地を汚した、カガクシャへの憎しみ。
更にもう一本の触手が六十九の右太腿に絡みつき、万力で握りつぶした。
「があああああっ――っ!」
激痛に意識が遠のく。血反吐を吐きながら六十九は叫んだ。
「――七十七ァ! 覚悟決めろ!」
びくりと七十七の肩が揺れた。六十八と九十九が応戦しているが菫青石の破壊にまで至らない。このままだと六十九はあの触手に弄ばれ続けるだろう。
――尊厳を。
レッセイ・ギルドの誇りを守らねばならない。弟子と師だけが共有する精神の繋がりを七十七は理解している。
やらせるくらいなら、弟子の自分がやる。
装天。石は十字石。七十七は唇をかんだ。
安らぎを。どうか我が師に届いて。
放たれた力は十字の矢となり――六十九の心臓を貫いた。
六十九は血だらけの顔で薄く笑い――触手は興味を失ったかのようにその身体を放り投げる。六十九の身体が地面に激突し、幾度も跳ねて動きを止めた。
永遠の静止。
「師匠」
言葉少なに近づいた七十七の前にうっすらと笑みを浮かべた六十九の骸が横たわる。腹は引き裂かれ、身体は砕かれていた。全身がその髪の様に血で真っ赤に染まっていき、やがて赤黒く沈黙する。
「おのれ」
六十八はぎり、と歯をかみしめると装天する。そこへふわり……と妙な靄が現れ始めた。薄緑や紫、色彩感覚がおかしくなっていく。幻覚攻撃。より深い精神汚染をするつもりだ。
「七十七」
七十七が無表情に振り向く。
「私が全火力で双晶ごと焼く。幻覚が再開された……核を壊せ。九十九、お前は雪花石膏を使い続けろ。私の炎に負けないほど凍らせ続け、七十七を援護してその身を守れ」
九十九は無言でうなずいた。双晶はくるりと一回転すると触手を再び伸ばしてくる。
「は!」
六十八の一声で双晶が一気に燃え上がる。多重六花に使った石は尖晶石、紅玉、淡紅銀鉱、薔薇輝石。どれも同時に使うには多量の血液と周囲を巻き込む可能性がある危険なものばかりだが、もうそんなことも言っていられない。黒金剛石が熱量に悲鳴をあげた。
さらに装天、硫黄、黒玉、紅玉髄。凄まじい火力に黒金剛石は燃え尽き始めた。触手の攻撃を避けながら回路を展開する六十八の消耗も激しい。七十七と九十九は地を蹴った。片身が焼かれて、白く冷えきっていた菫青石に罅が走る。
九十九はそれを無視して、燃え上がり、崩れ落ちる黒金剛石に向かって装天、水晶と雪花石膏で熱風を避けた冷気の道を作る。七十七はそこを辿り……幻覚が強くなるのを感じながら内部を覗いた。
頭がくらくらする。辺りは常に色が変化する空間が支配していた。
(空間の「変化」は星葉石の力……。ただ使役しているだけではなかった。これと別に幻覚を見せている核があるはず)
七十七は幻覚を追ってみる。様々な色に変わる瞬間……どこかにその「境界」があるはず。七十七は色が変化し、ねじれる一瞬を見逃さなかった。
「そこ!」
金紅石を撃った。サアッと幻覚が消える。
そこには金紅石が刺さった灰色の――いや、くるくると回転するごとに七色にその身を光らせる曹灰長石の姿があった。幻覚系で上位の鉱石、その周囲を星葉石が浮遊している。
二つの核の力がともに異空間を生成していたのだ。
金紅石を撃ち込んで両方を破壊すると――双晶が真っ二つに割れ、地面に崩れ落ちる。
焼け落ちた黒金剛石の中に、真っ黒な黒水晶が姿をさらしていた。
九十九がそれを認め、装天する。
「――金緑石!」
虹色の混じった金の輝きに黒水晶が消滅する。崩壊した双晶はズアァと砂の山に変わり、風に吹かれてあっというまにその身を消した。
「……やったな……」
「――うん……」
六十八の声には疲れがあった。それは九十九も同じだった。そして――七十七も。
三人は無言で戦闘の最中、岩盤にあいた穴に六十九を横たえた。六十八が己の腰布を解くと亡骸の上にかける。
九十九はふと思い立って首から下げた小さな試験管から天青石の欠片を二つとりだし、布の上に置いた。
天青石は強力な清浄の力を持つ。クリスタリスが兄弟子の身体を食わないようにと、祈りを込めた。
七十七は黙ってその様子を見ている。砂をかけて埋め終わると、
「戻ろう」
そういって六十八は二人を促した。
七十七はただ黙って、そっと血だらけの自分の手のひらを見る。
二人の弟子を亡くし、さらに己の師も自ら終わらせた、その手を。
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