リトルウィッチ・プロジェクト

すけたか

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終章――虹を越えて

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 窓に寄せたベッドの上で友人からの手紙を読みながら、アンジェは星屑の音を聞いた。
どこかに――仲間がいる。しかしこんな夜中に訪ねてくるものがいるとしたら、彼くらいしか思いつかなかった。開かれた窓からアンジェが声をかける。

 「降りてきなさいよ。私に用があってきたんでしょう」
 上空にいた凛は言われるがまま降りてきて、出窓にかざられた花の苗をよけながら腰をかけた。
 「……」
 「何か言いたそうね」
 リトル・ウィッチの格好をしていないアンジェは白地に葉のついた苺のプリント柄が印刷されたタンクトップとゆったりとしたズボンをはいている。とてもさわやかな格好だ。帽子をかぶっていないだけで印象はかなり違う。手元の封筒に、

 Dear Alice

 とある。
 「……アンジェは最初から僕が有栖川雪之助の孫だってわかってて近づいたんだろ」
 「まあね」
 アンジェはあっさり認める。
 「たまたまだったわ。東に強いシリウスの光を見るまで、私は君のことなんてこれっぽっちも知らなかった」
 「でも見つけた。アンジェ、君と同じ有栖川雪之助の孫を」
 「残念、私はひ孫にあたるの。でもひいおじいさまの事はずっと聞かされてきたわ。ひいおばあさまのことも。悲恋よね。メリッサおばあさまはひいおじいさまと引き離されてから、お腹に命が宿っているのを知ったのよ。そして産んだ。夫がいなくて、しかも子供は混血児で、当時の苦労は並大抵のものじゃなかったでしょうね」
 「おじいちゃんは知らなかった……」
 「でしょうね。ひいおばあさまは何度か手紙を出したいと思った事はあったみたいだけど、もみ消されるのをおそれて結局出せなかったそうよ。――凛、君の魔女の名、有栖川からとったんでしょう?」
 「うん」
 「私の本名はアリスというの。私だけじゃないわ。おばあさまもアリスというの。メリッサおばあさまが名づけたのよ。有栖川からとったの。言っとくけど、恋人へのセンチな思いを赤ん坊に託したわけじゃないわ。ひいおじいさまの家がお金持ちだと知って、福が舞い降りるようにつけたのよ。――でも、連続してアリスとつけてるから、感傷的だと言われたら否定できないわね」
 アンジェはだるいわ、といいながら布団に半分入る。
 「風邪?」
 「病気よ。――私免疫に問題があるの。まだ軽いほうだけど、若いと進行が速いから困るわ。たまにとてもだるくてたまらなくなるのよ」
 だから来たと思えばとつぜんプツリと来なかったりしたのか。凛の目にはアンジェが病気だとは到底思えなかった。それぐらい元気に見えた。アンジェはふふ、と笑いながら、
 「君を知った時私、ためしてやろうと思ったのよ。日本に逃げ帰った有栖川雪之助の孫の力がどんなものか」
 「逃げ帰ったんじゃない!」
 凛は強く言い放った。
 「おじいちゃんは、おじいちゃんはすぐにイギリスへ向かうつもりだったんだ! でも、邪魔されてできなかったんだ! 有栖川の家を叩きだされて……おじいちゃんは長い間ずっと一人だったんだ!」
 「でもおばあさまは待ってたのよ!!」
 アンジェが起きあがり、ベッドの上に散乱していたはがきや封筒を払いのけた。
 「貧乏な小間使いが、異国の紳士に見染められて! 一緒になろうと夢を見たのよ! 儚い夢だわ。苦労して子供を育て、大きくなって手を離れて、孫ができても! 再婚もせず、ずっと待っていたのよ! 有栖川雪之助が迎えに来てくれるのを!」
 自分の声の大きさに驚いたのか、アンジェが声を低くする。
 「私は仇を討ちに行くつもりだった。リトル・ウィッチとして叩きのめしてやるつもりだったわ――でもそこにいたのは五島凛、という女の子みたいなよりによって男の子。それに有栖川ではなかった。有栖川の家で悠々自適に暮らしているのだと思っていたのに……追い出されたのは知らなかったわ」
 「五島って言うのは有栖川の遠縁なんだ。おじいちゃんは厄介払いをされた。でも五島の家でもうまくいかなくて、ほとんど親戚とは縁が切れた状態だったんだ」
 「そう……君ったら、私にあってもぜんぜん気がつかないんだもの。シリウスの光が見えてないのよ。まだ見えない?」
 「う、うん」
 「まいったわね。そんなんだから――私はしばらく様子を見ることにしたわ。東の良き魔女と祭りあげて、リトル・ウィッチとしてどれだけやれるか観察させてもらったのよ。シグナスが君のことを伝えてくれるし」
 やっぱつながってたんじゃないか! 凛が思わずシグナスの柄をぎゅうと強く握るとぐええ、という声が聞こえた様な気がした。
 「君は結構やる――。それもかなり天然なやり方で。それがわかってなんか拍子抜けしたわ。もっと欲のあるあくどい奴だったらよかったのに」
 あーあ、といってアンジェ――アリスはベッドの上に倒れる。
 「私の正体がばれるのは時間の問題だと思ってたけど、星の光がみえないままばれるとは思わなかったわ……馬鹿みたい。さあ、私を糾弾しにきたんでしょ。聞くわよ」
 「そんなことしにきたんじゃない。僕は虹を越えて会いにきたんだ」
 そういって雪之助の写真をとりだす。おじいちゃんだよ、といってアンジェにさし出す。
 「おじいちゃんはずっと行きたかったんだ。虹の彼方へ」

 あげる、ここがふさわしいから――
 凛の言葉にアンジェはいつになく真面目な顔で写真を受けとる。そしてベッドから起き上がると部屋から出ていき、そして戻ってきた。
 「私の知っているひいおじいさまはこれよ」
 そういって写真を見せた。

 一組の男女がうつっている。
 写真はモノクロであまり鮮明ではないが、二人の笑顔を良くとらえている。雪之助とメリッサなのだろう、メリッサは少女の様な可愛らしさで花束を抱えて微笑んでいる。どことなくアンジェにおもざしが似ていた。雪之助は――とても若かった。凛が初めて見る、青年の雪之助だ。かなりの美青年である。髪を撫でつけ、仕立てたスーツをビシッと着こなし、帽子を手にしてポーズをとっている。
――セピア色の思い出。写真の下の方に走り書きがしてある。

 The Wizard of Oz 1939

 「それ、二人で映画を見に行った時の記念に撮ったんですって。ひいおばあさまは家宝のように大事にしてたの。――私たち家族にとっても大事なものよ。自分がどこからきたのか、知るのは大切なことだから」
 この写真本当にもらっていいの? とアンジェが聞く。凛はうなずいた。
 「その写真のネガは残ってるから」
 「じゃあ私もこっちの写真コピーしようか?」
 いやいい、と答える。
 「もう役目は果たしたから……でも時々みせてくれる?」
 「いいわよ、いつでも言って」
 これメリッサおばあさまの横にかざるわ。アンジェはそういって写真を眺めた。渋くなったものねと呟く。ところで、とアンジェがベッドに腰掛け、凛に首を伸ばした。
 「四月三十日はあけてあるでしょうね」
 「四月……あ、ヴァルプルギスの夜!」
 「「お茶会」よ。ほかの良き魔女に君を紹介するわ」
 凛は驚きの声を上げる。
 「ええー……! それって、僕が東の良き魔女になっちゃったってこと!? でも……」
 「君に挑戦するつもりだった魔女はスカーレットが倒しちゃったんでしょ。そのスカーレットを負かしたんだから君が東の良き魔女ってこと」
 「あれは負かしたとかではなくて」
 「スカーレットが試合を放棄した様なものだもの。君の勝ち」
 「ううん……東の良き魔女かあ……僕に務まるかな……」
 「東の良き魔女になるのがゴールじゃないの! 私達は白薔薇姫を見つけだして、悪しき魔女を追い払うのが目的なんだから――本格的な仕事はこれからよ。しっかりしてよね」
 「……アンジェは、それでいいの」
 アンジェは伸びをすると凛に笑いかけた。
 「同じ星がお茶会に並ぶのも面白いかと思って。ああ、私はひ孫だけど君より年上なんだからそこんとこよろしく……期待してるわよ、アリス君」
 お茶会には当日案内するわ――そう言って手を振るアンジェに凛もまた手を振り返し、ロンドンの街を後にした。遠ざかっていく街並みを振りかえりながら、
 「ロンドンって本当に古い建物が多いなあ」
 「空襲でやられたとこもあんねんけど、アンジェの住んでるビルはメリッサの代から使われてる代物やで」
 「……あー、シグナス、帰ったら覚えてろよ」
 「かんにんや凛」
 「だめだ。箒から枝を三本抜く」
 「えええいややそんなん禿げてまうがな! わし、まだ若いでー」





四月に入り町中を染めるソメイヨシノの木々は早々に散ることなく、なんとか入学式まで持ちこたえて花を添えた。
風に吹かれ、大量の桜の雨をうけながら凛は掲げられた新しいクラスの名簿をのぞいて自分の名を探す。B組に五島凛と記されているのを見つけた。腐れ縁なのか、港もまた同じクラスである。

 「よっ、今年も一年よっしく!」

 ドン、と凛の背中を叩いて港はさっさと下駄箱に向かう。今年は三年生、受験の年だ。すでに春の模試の予定が組まれている。天文部の存続をかけた新入生の勧誘もしなくてはならない。真壁は手伝ってくれるだろうか。
 (月末は魔女達のお茶会もある)

 とても忙しい。

白薔薇姫を見つけるまで自分たちはリトル・ウィッチでありつづけるのだろうか。もし、見つけたとしてそれからどうなるのだろうか。
まだまだわからないことだらけだ。でも。
ふふ、と笑みがこぼれる顔を手で撫でながら、

 (まあ、なんとかなるさ)

 魔女となって――アンジェに会えたし、なにより誰にも知られないままだった祖父の心の深淵を見つけられた。そして実を言えば最近この仕事も楽しく感じている。
リトル・ウィッチも悪くない。
シリウスの加護がある限り――今夜も心の深淵を片手に、星の瞬く夜空を駆けぬけていくだろう。

いくつもの虹を越えて。





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